他力斎

雑記、雑感その他もろもろ

愛国心とスノビズム

 何かが好きだと公言して憚らない人間は、そんな「自分が好き」なだけだ。己の存在や人生を肯定したり正当化するための理由や根拠として、好いたそれを利用しているにすぎない。また、実のところ、その好いているという思いも単なる設定でしかない。愛すべき何かがあり、それに身も心も捧げているというストーリーを用いて、ごっこ遊びや自慰に耽っているだけだ。

 

社会の一員と一部

 どのような国や時代においても、社会というものは中流以上の階層に属する人間のためのものだ。並以上の生まれや育ちの人間のために世間なるものは存在しているのであって、その階級を形作る人間のみが「社会の一員」として数えられる。とある社会の一員であると自負することは、己が最悪でも中流階級以上の出身もしくは所属であると自認することと完全に同じだと言いたい。

 対して、中流未満の人間は厳密な意味合いで言うところの社会の一員ではない。表向きは国民や市民などと言われて権利や身分などを保証されている「ことになっていても」、それは飽くまで建前にすぎない。所詮、卑しかったり貧しかったりするような連中など、社会の一員としてカウントされはしない。こんなことを言うのは、ほかならぬ俺自身が実体験としてそれを嫌と言うほど思い知らされてきたからなのだと、念のため断っておく。

 中流にもなれないような身分の人間は、単に社会の一部でしかない。一員ではなく一部にすぎないということは、あらゆる文脈や場面において基本的には伏せられる。現代において、社会の階層というのはできるだけ意識せずに済むようになっている。色々な矛盾や理不尽、不条理などと言ったものに鈍感でありさえすれば、今の日本は平等であるように感じられはするのかもしれない。

 狭く浅い了見で世の中や自分を捉え続けるなら、どんな環境でも何の問題もなく思えるだろう。自分を縛り押さえつける有形無形のありとあらゆる物事を、そもそも知ることさえないならば、ある意味それは幸福なのかも知れない。そしてその幸福を享受することこそが、下層階級に求められる一種の資質なのだと言っても、決して極論ではないだろう。

 ゆとり教育が国民感の格差を固定化するために実施されたというのは有名な話だ。一々誰それがこう言ったなどと引用をするまでもなく、どう見てもその意図は明らかである。公教育の水準を引き下げれば、国民の多くは余計なことを考えたり知ろうとしなくなり、また動こうともしなくなる。それにより個人個人が属する社会階層は不動となる。つまり、卑しく生まれた者は卑しい人生を送るのだ。それこそがこの国が目指すところであり、それが功を奏したかどうかなど、俺の知ったことではない。

 魚屋の息子が官僚になろうとしたら云々、というのがこの国の支配階級が持つ本音なのだろう。問題は中流にもなれない人間が、そのような理屈や魂胆により営まれる社会を、どのように捉え見なすべきかだ。俺はこの国の最底辺に属する人間であり、それはもしかしたら死ぬまで変わらないかもしれない。そのような人間は、この国や社会、世の中といったものを、愛するべきか憎むべきか。

 学校などで子供に愛国心を刷り込もうなどと企てる者が相当数いるという。果たして、国を愛する心というものは地域や世代、階級などの隔てなく全国民が絶対に抱かなければならない精神なのだろうか。経済行為や職業選択に分相応というものがあるように、思想信条にもそれが当てはまると俺は考えている。それに則り私見を述べると、愛国心は本当なら中流以上の国民だけが持てばいい代物であろう。要するに俺は、底辺だからこの国を愛さない。

母国を愛する資格

 みんながみんな愛国心を強要される社会は不自然だ。全国のあらゆる土地の、あらゆる階層の、あらゆる経歴の全員が国を愛してると胸を張って言うような世の中など、思い浮かべるだけで反吐が出る。そのような状況を好ましいだとか望ましいと考える人間がいるというのが信じられない。先ほど触れたように、どんなものにも分相応というものがあり、国などの共同体に対してどのように捉えるかもまた然りだ。

 全てのものには置き場所がある。愛国的な立場に立ち発言したり行動したりするのは、中流以上の階層に属する人間がやるべきことだ。国や社会において、恵まれた境遇に生まれ、豊かな教育を受け、青春を謳歌し良い縁にも恵まれ、幸せな生涯を送ってきたような人間なら、愛国心を持つに値する。それを抱くことがその者に課せられた義務でもあると言えるだろう。

 逆に、そのような水準の人生を送れなかった人間が愛国的な言説や思想にカブれるのは噴飯物である。厳しい気候の貧しい土地に産まれ落ち、頑迷で狭量な人間に囲まれて育ち、粗末な教育を施された後に卑しい職に就き、雀の涙ほどの金のために割に合わない仕事にしがみ付きながら生きるしかない者が、一体どうして国や共同体を愛せるというのだろうか。憎むと言うならまだ分かる。

 鄙びた所で貧しい暮らしに甘んじながらも愛国的な人間は滑稽である。そしてそのようなタイプの人間が、この国において決して少なくはないというのは、改めて考えてみれば驚くべきことだ。と言っても、生まれ育った故郷に帰属し、地域の共同体を維持しようという考えが愛国に結びつくのは、妥当であり当然なのかもしれない。社会で割を食わされたり皺寄せを受けたりしているくせに。

 それはスノビッシュ愛国心とでも呼ぶべきではないのか。個人として、あまり芳しくない人生を歩んではいるが、それでも自分は国を愛せる程度にはマトモな出自と教育を受けているのだと思いたい。そんな感情の発露としての愛国心は、社会階層にそぐわない、背伸びした、やせ我慢じみた考えでしかない。そんなものに囚われたり執着するのが、立派で正当だなどと思い込むのはスノブ以外の何であろうか。

 かつて俺は、インターネット広告代理店で働いていた。その会社の社長が自称愛国者であったのだが、そんな彼も俺にとっては滑稽きわまりない人物だった。その会社の業務は世間に対してとても胸を張って言えるようなものではなかった。具体的な仕事の内容については伏せるが、ともかくそれは恥ずかしい類いの稼業であったということだけは言っておく。そんなことをしている会社の社長が愛国者だなどと。

 その会社は零細企業であり、立派な仕事に携わっているわけでもなかった。言ってしまえば阿漕と言うか悪どい企業であった。会社の外側の人間にはもちろんのこと、俺などの従業員、つまり社の内側に居る人間にも不誠実な組織であった。そんな集団を立ち上げトップに立つような人間が、インターネットで仕入れたと思しき国粋的な文言を宣うのだから、俺にとってそれは痛々しいことこの上なかった。

 

 結局、その会社は俺が入社して1年も経たない間に潰れてしまった。給料などの待遇は世間的には下の下もいい所で、従業員は世に言う社畜というやつだった。そして社長もまた金銭的に大変苦しい生活を強いられているとのことだった。どんな志を持って彼が例の恥ずべき会社を興したのか、俺には知る由もなかったし、また興味も湧かなかった。しかし、彼が実業家や経営者としても、また社会生活を送っている単なる個人としても辛酸を嘗めているのは、誰の目にも明らかであった。

 幸福でもない人間が国を愛したところで、為政者や支配階級に都合がいいだけだ。本当にそれ以外には何もなく、そんな考えを掲げたり縛られたりしても当人には一切、得られるものなどありはしない。それなのになぜ愛せるのだろうか、俺には全く理解できない。前述の社長の件も同じだった。仕事について細かく明かしたら、世間の連中にとって物笑いの種にしかならないような会社。そんなものを経営しながら資金繰りに頭を悩ませ、辛苦や疲弊を被る身の上でありながら、あろうことか愛国者を自称するなど。

 彼の心情は推し量るしかないが、その愛国とやらは何度も言うようにスノビズムによるものだろう。経営者としては大失敗の結果に終わった彼であったが、そんな自分が目の当たりにしている状況や現実から逃れるための幻想として、愛国心を奮い起こしているようにしか、俺には見えなかった。天皇を陛下と呼び、大和民族の人種的な優越や日本人として全うすべき道徳について滔々と語るその姿は。

 世間がその会社やその代表たる社長にどんな評価を下すかなど、想像に難くなかった。ハッキリ言って、侮蔑や嘲笑の念すら向けられかねない。その会社はそれくらい低劣で、更に言えばあらゆる意味で悪質な企業であった。加えて、それは経営的にも失敗ときている。そんな現実をそのまま受け止めたとしたら、そもそも天下国家を論ずる気になど、とてもならないはずだろう。

 暮らしに窮し、また卑しい仕事に就かなければならない身分ならば、愛国だの保守だの、国粋だのと言っている場合ではないのだ。第一、下層階級というのは社会から直接的にせよ間接的にせよ、虐げられる立場であり、その苦しみの源たる国だの社会だのといったものを肯定的に捉えるなど、一体何の冗談か。自分を苦しめる、不都合な存在を愛する前に、自分の身を立てることを優先すべきと俺は思うが、それは間違いではあるまい。

 恵まれて幸福な、満ち足りた者だけが国を愛すべきだ。言い換えれば、愛国心とは幸福であることと不可分だとも言える。しかし、ある者がその精神を身に付けたからといって即、幸福になれるわけではない。またその者は、恵まれた生まれにもならず、満ち足りた人生を送っているということにもならない。自称愛国者はこのあたりを踏まえず、国を愛せるのは幸福であると思いたがるところがあるように見える。

愛せない身の上

 そうでなければ、どんな理由があって国など愛せるだろうか。自分がそれなりの、マトモな人間だと思いたいがために、国を愛する。だが愛国とは本来、ある程度の階級に属する人間の「特権」であり、惨めで不幸せな人種には縁がないものである。にもかかわらず、それに自らも浴そうと試みる負け組や底辺の振る舞いや言動は、もはや物悲しい感じさえ起こさせる。

 それは健気だとか涙ぐましいと言うよりも、分を弁えもしない気取り屋、要するにスノッブな態度でしかない。その鼻持ちならなさや自惚れを誇ったり持ち上げたりする人間と深く関わりたいなどとは思わない。前出の社長などは嫌韓をこじらせたタイプの思想の持ち主でもあり、典型的なネトウヨでもあった。別に他国や外人について俺は特にどうとも思わないが、例の思想をひけらかす様にはホトホトうんざりした覚えがある。

 俺は身の丈に合わない思想により自らを糊塗したくない。またそれを実践して生きている人種を好ましいとも思わない。その手の連中が言ったりやったりすることは所詮、自己正当化であり、国や愛という言葉や概念はそれを行うための都合のいい道具にすぎない。そんな輩が何を唱えたところで、その内容の前に背景にある事情や魂胆が透けて見えてしまう。そのためそれは、浅ましい所業の域を出ることは決してないのだ。

 これ見よがしに自身が何かを愛しているのだと触れ回る人間には、ロクな奴がいない。その念を向けるモノが国だろうが社会だろうが、組織だろうが個人だろうが、どんなものに対してであっても同じことが言える。生まれた国が好きで、愛しているなら勝手に黙って命を捧げ死ねばいい。それが本物の愛国者というものだ。愛に言葉は不要であり、行動によってのみその有無や多寡を真に示せばいいのである。

 愛国者ならこの国で幸福に生まれ育ち、暮らしてきたはずだ。だから国のために喜んで犠牲になれるはずであり、またなるべきだ。もし、ほんの僅かでもそれを渋る気持ちがあるなら、その人間にとって例の思想は分不相応なのである。別にだからダメだとか悪いだとか言いたいのではなく、ただそれを明らかにし、自ら認めるべきなのだと俺は主張したい。エセ愛国というスノビズムに堕するよりは、その方がよほど健全であり、また誰も不幸にはならないはずだから。

 要はノブレス・オブリージュというやつだ。それは言うまでもなく、選ばれた一握りの人間にだけ課されるものである。ある共同体に人生を捧げ、命を懸けてそれに報いるのは、それにより多大な恩恵を受けてきた人間だけで十分だ。俺は尊くも貴くもないがために、そんな義務や責任からは完全に無関係だ。それの良し悪しは取り敢えず置いておくとしても、俺がそんなことをする筋合いはない。その対象がどんなものであろうとも。

 この国や社会のタチが悪いのは、例のノブレス・ナニガシを全国民が負っているかのようにマインド・コントロールするところだ。組織や共同体のために身を捧げることの美しさや素晴らしさばかりが、学校やメディアなどで盛んに喧伝されている。そして不気味なことに、多くの者はそれを疑うこと無く受け入れている。そんな国民間で互いにそれを強要し合うのが日本という社会の実相であるように思えてならない。そんなこと、やりたい奴らだけで勝手にやっていればいい。

正しさから遠く離れて

 世の中の大半の人間は正しい生き方を実践している。生まれ持った分をわきまえ、許された範囲の自由の中で何かを欲しがったり望んだり、求めたりして生涯を送る。しかし俺にはそんな生き様が、とてつもない曲芸のように感じられてならない。分不相応の欲や志を持たずに行儀よく正当な市民・国民として生を全うできる人々を、俺は羨ましく思う。それと同時に、俺が行くべき道はそれとはまるで異なっていると認めざるをえないのだ。

 

生まれつき課せられたこと

 もし俺が、正しく生きようとしたなら、俺は東京になど住めなかっただろうし大学にも通えなかっただろう。正しい生き方というのは要するに、分相応な生き方ということで、それに則った生き方を俺が志していたとしたら、現在のような暮らしは絶対にありえないと断言できる。俺は何食わぬ顔をして、当たり前のように東京で生活しているが、それは本来の宿命に反した振る舞いだと言えるだろう。

 では本来、俺に与えられた正しい生き方とは何か。それは寒村にある貧しい家の長男といて相応しいそれに他ならない。俺は家を支えるために生まれてから死ぬまで地元の町から出ることなど本当なら許されず、マトモな教育も受けられずに働かなければならない身の上だった。俺は下層階級の底辺労働者として一生涯、被雇用者として他人に使われる人材となることを周りから望まれ、強いられ続けて育った。

 その生き様に於いて重要なのは第一に労働、次いで消費と納税、最後に生殖、それだけだ。つまり俺は働いてコンスタントに金を稼ぎ、それを誰かに支払い、次世代の労働力たる子供を作り育成するためだけに生まれてきた存在だ。それらと関係のない事柄について関わることも考えることも俺は決して許されなかった。田舎で死ぬまで貧乏暮しをする以外の人生など、端から願ってはならなかった。

 にもかかわらず、俺はそれが嫌だった。生まれ故郷の弘前が同仕様もなく嫌いだったし、家族や兄弟、親戚の連中とはことごとく反りが合わなかった。津軽という貧しく遅れた世界で望まない就職をし、身近にいる誰かと妥協して結婚し、可愛くもない子供を育てるだけの一生を、俺は拒んだ。俺は町の外の文化を渇望したし、貧家の長男として分を弁えることなどどうしても我慢ならなかった。

 そんな俺は両親を始めとした周りの人間からには常に厄介者だった。やれ東京に行きたいだの普通科の高校に進学したいなどと言っては、俺は父や母を困らせた。我ながら親不孝だと今は思うが、子供の頃の俺は正当な要求をしているつもりでいた。しかしそれは、やはり正しい言動や思想、願望ではなかったのだ。両親の言葉を借りるなら、俺は甘えていて、さらに言えばオカシイ奴でしかなかった。

 所詮、人間という存在は環境の産物にすぎない。産まれ落ちた境遇により、個人個人がどのような人生を歩むかなど9割9分は決まってしまう。いや、もしかしたら都心の上流階級に生まれても事故や病気で早死にするかもしれないし、ホームレスでも宝くじで億万長者になるかもしれない。だが、人生における不確定な要素など、せいぜいそんな程度のものでしかない。

 津軽の寒村で営々と暮らす貧しい家の長男として生まれた俺に、一体どんな希望や可能性があったというのか。重ねて言うが、俺に与えられた定めは、彼の地で死ぬまで寒さと貧しさに堪え続ける以外、何もありはしなかった。それに疑問や不満を抱くのは、先に述べたように「おかしいこと」もしくは甘えなのだ。その例の定めに従う道以外は正しくなく、全て間違った振る舞いでしか無く、俺の人生とは即ちそれだったと省みる。

星の下から目を背け

 どんな人間にも宿命というものがあるだろう。俺に与えられたそれは、辺境の地で社会の最底辺に属してこの国の社会を支えることだった。それを嫌がるなど、言語道断であり、あらゆる全ての人間が俺に対してその生き方を要求してきた。俺は子供の頃、両親の指図や躾けを理不尽で不当なものだと感じたが、社会に出てみると彼らが言っていたことと似たようなことを世間の大概の連中が言うのだからオカシイ。

 父や母は俺をどうにかして一人前にしようと躍起になった。マトモに働けるように、稼げるようにと習い事や運動などを散々やらされ、そのどれもが俺にとっては苦々しい記憶として今も脳裏に刻み込まれている。小学生の頃に俺はそろばん塾を母に強要されたが、それも母なりに俺の将来を見越してのことだった。我が子を机仕事ができる身分にするために、ソロバンを習わせれば間違いないと踏んだのだろう、愚かにも。

 両親が俺に施したあらゆる教育や躾は、煎じ詰めれば良い労働者になるための素養だった。逆に言えば、それとして相応しい人間に育たないとしたら、俺は出来損ないであり間違った存在だということになる。そしてとどのつまり、俺はまさしくそんな人間になってしまったのだが、これは両親にはたいへん不満な結末だろう。彼らの努力や気苦労は全く実を結ぶことはなかったのである。

 両親がおかしく、反社会的なことを俺に要求していたのなら、まだ救いがあった。どっこい、彼らが俺にやったり行ったりしたことは、その殆どが真っ当であり、その事実が俺にとっては不都合きわまりない。結局、父も母も俺に対して完全に正論を言って居たのだった。鄙びた地の貧しい家で暮らす、それも長男なのだから一生底辺の労働者として生きなければならないのは定めというものだ。その前提に基づいて俺を育てようとした両親は全くもって正しかったのである。

 俺に高い教育は無用だった。文化や芸術に触れる機会も学問をする必要もなかった。単に雇われて働かされ、少しでも高い賃金を得て、何も考えずに漠然と金を払うなり納めるなりするだけで良かった。後は近場にいる何者かと適齢期で結婚し、自分と同じ生き方をして社会最底辺で支える世代の国民を再生産するだけで十分だった。と言うより、それとは無関係なあらゆる望みを抱くことは、反社会的でさえあった。

 俺は雇われて働くのが嫌で嫌で仕方がなかった。また、できるなら質の高い本物の教養を身に付けたいと欲し、文化的な生活を謳歌したいと欲した。それが如何に分不相応で、間違った願望であったか。国内の最底辺の地方で、職業科の高校に通わされ、長い休みには工場に働きに出される、そんな諸々について嫌だと思うことなど許されなかった。それを不服に思うことは、そもそもあり得ないことだった。俺の境遇や身分にあっては。

 俺はその禁を破った。俺は生まれ育った環境を嫌い、そこに俺を閉じ込める全ての人間、そこから抜け出すことを阻むあらゆる社会的な要因を憎んだ。仮にその上で何一つ実行に移さなかったとしても、自らの分を厭う感情を持つこと自体が、今にして思えば正しくなかった。父も母も、毎日不満げな顔をしている俺の態度を一切理解せず、絶えず咎め続けた。不満を感じる自由など俺には無かったのだから当然だ。

 

 与えられた役割に徹しようとしないものは、それだけでダメなのだ。身も蓋もない言い方になるが、俺はズバリそれだった。正しくあれ、間違ったことをするなと親をはじめとしたあらゆる人間が俺に強要ないし要求してきた。そしてそれが俺にとって何よりも重荷だった。蛙の子は蛙であり、貧しく卑しい家の長男として生まれた以上は、それとして振る舞わなければならなかった。

 何も願えなかったし、何も望めなかった。いや、予め与えられ許された範囲の中で俺は望み、願わなければならなかった。津軽の実家から通える範囲で職場や仕事を選択すべきだった。親の言いつけの通り職業科の高校に通い、それに一切の不満を抱くこと無く順当に高卒社会人として働くことが求められた。そうでない人生など想定されていなかったし、それを志向することは犯罪に等しかった。

 正しくあれと誰もが俺に言った。中学2年の進路決定の時、両親は俺に乳男の給与明細を突き付け、俺の将来の選択肢の狭さを嫌というほど思い知らせた。俺は工業高校の土木科に進み、そこで「手に職」をつけて少しでも給料が高い仕事にありつくことだけを考え生きることを要求された。それができない俺は、甘えていて頭がおかしい低能として親に完膚なきまでにナジラれた。

 当時は親が間違っているように感じられたが、間違っているのは俺の方だった。逆に父も母も完全に正しく、俺のほうが正しくなかった。田舎にはロクな仕事もなく、そういう世界で生きていくしかないならば、両親が言う通りにすべきだったと今になって思う。それが糞面白くもなく、失意と絶望しかない人生だったとしても、そのような生き方こそが俺という個体にとっては「正しい」のだった。

 俺は正しい生き方から目を背けて生きてきた。上京もその行為の一環でしかなかった。貧しく卑しい星の下に産まれ落ちた俺が、定められた運命に則って生きるならば、これまで何度も書いたような人生設計以外は許されず、また有り得なかった。そんな正しい生き方から、俺は逃れたかった。実利と得失だけが支配する世界から解かれて、まるで違う理屈が罷り通る世界を、俺は夢見ていたのかもしれない。

 東京でも、俺の生まれ持った運命は常に付いて回った。たとえ此の世のどこに居たとしても、俺が津軽人であることは一切変わらず、何の取り柄もなく下らない人間だという事実は全く覆ることはない。そのため、社会のどんな場所に居ても絶えず俺は苦渋と辛酸を嘗め、煮え湯を飲まされ続けてきた。東京に出ても、俺は全く自由でも幸福でもなく、将来に明るい兆しなども僅かもない。

 東京においても結局、俺は底辺労働者として苦しく貧しい暮らしに耐えるしかない。仕事も生活も、何もかも放り出して、破滅に身を委ねたい気持ちに駆られる。懐かしむ過去も、望ましい未来もない俺は、ただ延々と続く現在に必死にやり過ごしているだけだ。それはハタから見れば普通に社会生活を営んでいるだけなのだが、そんな正しい生活態度にウンザリしている自分がいる。

正しくない生を

 正しくあれと幼いうちから仕込まれてきたし、大人になってもそれに囚われている。俺にとって生きることとは、正しさへの反目とでも呼ぶべき営みであったと言えるのかもしれない。世間体を損なわず、恥をかいたり後ろ指をさされたりせず、稼げて体裁も整うような、そんな生き方を推奨、要求、あるいは強制されてきた。社会の構成単位として好ましい存在として振る舞うことでもあったろう。

 俺はそれが不満で嫌だった。そのような人生が正しく、更に言えば楽で賢明であったとしても。俺はそれに背を向けてでも、自分にとって満足できる、腑に落ちる、「然り」と胸を張って言えるような生き方がしたかった。結局それは叶わなかった感があるが、俺は人生を失敗したとは思わない。なぜなら、俺の人生の意味とは即ち、正しくない道を故意に選ぶことにこそあったからだ。

 極端な話、俺は失敗したかった。貧乏な田舎者として「正しい」人生がどのようなものであるかなど、子供でも容易く分かる。しくじることこそ俺にとっての念願であり、正しくない方向をひたすら向き、歩み続けてきたからこそ現在の俺の生活があるのだ。楽しくなかったとしても、それが俺にとってのある種の理想だったのかもしれない。俺が欲し、求めたのは、つまるところ正道から外れたオカシイ生き方でしかなかった。

 定石どおりの生き方ができず、またしたくなかったから、俺は今ここにいる。東京でああでもないこうでもないとやっている原点にあるのは、プラクティカルな価値観に基づいた貧しく狭い世界から逃れたい一心であったように思う。その領域の中で正しくあろうとするより俺は、敢えて正しくない、誤った道を自らの意志により選んだのだ。思えば、なんという不毛な生き方だろうか。

 俺は過ちを犯さずに一日たりとも生きられない。それを拒絶するなら、これまで生きてきた己の半生を根本から否定することになるだろう。常道を踏み外して生きたいと、幼いうちから俺は腹の底から願ってきた。だが、自身の本心について、俺はあまり明確に自覚してこなかったきらいがある。自身が本当に本心からの望みについて、ハッキリと見据えていれば俺は、もっと別の生き方ができたかもしれないと夢想してしまう。

 生きる上で踏まえなければならない正しい道はある意味で容易い。それは誰の目にも明らかで、考えなくても歴として正当性が分かる、そんな生き方だ。地元や実家から離れずに人生を送るのは、縁もゆかりもない場所で身をやつすより正しい。しかし、その正誤や善悪は別としても俺はそれを望まず、我を通して今日までどうにか生きて来られた。何にせよ、俺は自発的にそうしたし、そうしてきた。

 正しくない、誤った領域の中にこそ、俺は安住できるしまた、そうすべきなのだろう。真っ当だとか正当などといった言葉が当てはまる世界には、俺の居場所などはじめからなく、俺は本当でそれを察していたのかもしれない。間違い過ちの中で生きることだけが俺に与えられた真の天命、神から与えられた本当の使命なのではないかと思っている。

面白きことも無く

 何をしても楽しくないというのは、俺にとって長年の悩みの種だった。できることなら俺だって、面白おかしく生きてみたいと願ったし、そのような心持ちで物事に臨もうと試みたこともあった。しかしそれは結局空回りにしかならず、結局何に対しても俺は楽しいとは思えずに、今日に至っている。しかし、楽しくないというのは本当に問題だといえるだろうか。面白くなかったとしても、取り組むに値することも世の中には多々あるはずで、それを見極めるには別の視点が有効となるかも知れない。

 

楽しくない日々

 本当にどこで何をしていても全く面白くも楽しくもない。会社でやらされている仕事はもちろんのこと、通っている文章教室の課題や自主的にやっているブログを書くことも全然楽しいと感じないのは我ながら問題だろう。通勤中や仕事の休憩時間に読書をするようにしているのだが、それまた単に面倒くさいだけでこれっぽっちも面白いと思えない。うつ病か何かなのだろうかと自分でも訝しく思う。

 文章を書くのは不得手ではないと思いたいが、実際は甚だ疑わしい。学校でエッセイなどの課題を書いても全く振るわず、それどころか言葉選びなどで割りと手厳しい評価を講師から貰うことが結構ある。プロの文章家になるには、俺の文章ではダメだと面と向かって言われる度に俺は、嫌な気持ちになる。掌編小説を投稿しても鳴かず飛ばずだし、テレビ評論の文章を書いて提出してもナシのつぶて。

 ハッキリ言って、文章を書くことが最近は楽しくない。俺は文章力を磨くためにこのブログを毎日更新し、記事1つあたり最低5000字の文章を作ることを自らに課している。その日課も俺には負担でしか無く、正直に打ち明けると面倒くさく感じており、やらずに済むならその方がいいとさえ思うこともある。自由で何の制約もないブログという場においても、俺は書くことを億劫に感じてしまう。

 文章の学校に通い、一応はプロの文章家になりたいと思っている身分でありながら、これである。教養がないだとかテクニックが足りないだとかいう理由で行き詰まるのならまだ救いがある。俺が目下ぶち当たっている壁は、そもそも書くという行為そのものが実はあんまり楽しくないのではないか、という思いなのだから始末が悪い。第一、俺は文章を作ることが本当は好きじゃないんじゃないかと。

 物書きを目指さないなら、例の学校に行く必要などない。毎週末、貴重な時間をそこに通うために割いているのは、全くの無駄ということになる。いや、それ以前に結構な額を俺はそこに支払っている。それが死に金だというのは、俺としては相当まずい。加えて、金や時間以外にも問題はある。書くことから離れて俺が生きていくとして、どんな人生が待っているというのだろう。

 ワーキングプアとして社会の最底辺を這うだけの、それだけの人生。出世も栄達も何もなく、ただ日々を汲々と生きるだけの生活しか、俺には望むべくもない。文芸の道を志さないならば、俺は死ぬまで割に合わない労働に身をやつす孤独な男として暮らすしかない。その生活には意義もなければ楽しみもない。結婚もできないし、蓄財をするだけの稼ぎも絶対に得られない。

 作家志望ということにしておけば、それらを正当化できる。逆に文章で身を立てることを諦めてしまえば、本当に俺は何の取り柄も夢も希望もない、底辺労働者としてのんべんだらりとした暮らし以外には、なにもないのだ。それは御免被るが、かと言っても毎日文章を書くことが楽しいとも思えないのだから、我ながらどうしたものかと考えあぐねている。

楽しかった頃など

 思い返せば、俺は何かを楽しいと思ったことなど一度もないかもしれない。文章に限らず、俺は何かをやっていて心の底から楽しいだとか面白いだとか、感じたことがたった一度でもあっただろうか。俺は子供の頃から全く遊ばなかった、というわけではない。それなりにたくさんの遊びをしたはずだが、それらを「楽しんで」やっていたかと自問してみると、それがどうにも怪しいのだ。

 俺にとってはどんな娯楽も現実逃避や憂さ晴らしに過ぎなかった。それに興じる時、いや興じるという言葉を使うことさえも、もしかしたら適切でないかもしれないが、その最中、楽しんでいたかと言えば、答えは否だ。大抵家や学校のことで、見たくないことや考えたくないものが最初にあり、それを忘れるためにゲームだのテレビだのと言ったものに没頭していたような感がある。

 幼い時分から俺は何も楽しんでこなかった。そのように考えれば、仕事が面白くなく、文章学校やブログの更新が楽しいと思えないことなど、大した問題ではないような気もする。学校でも会社でも、仕事でも余暇でも、俺は生まれてこの方、何も楽しいと思わずに今日まで生きてきた。それは無視できない事実である。それがいいか悪いかは取り敢えず置いておくとしても、俺の人生の実体はそんなものだったのだ。

 とは言っても、俺も余人と同じように人生を謳歌したかった。斜に構えずに生きることを楽しみたいという思いが、俺の胸中に全く無かっただろうか。俺も人並みの情緒を持っているはずだから、そのような願いが潜在的にはずっとあったはずだ。それが叶わなかった理由はいくつもあるだろうが、それについていちいち列挙する意味を俺はあまり見いだせない。とにかく俺は楽しみたかったが、それができなかった、そして今もできずにいる。

 テレビゲームをやっていても、酒に溺れていても、俺は全く楽しくなかった。それらはどちらも、何であれ単なる現実逃避でしかなく、目を背けたい何かが、まずあった。それができている間はゲームにも酒にも、無我夢中でのめり込めるが、それらが用をなさなくなれば、俺はとたんにそれらに飽き、ウンザリさせられる。思い返せば、どんな趣味もそうやって俺は投げ出してきた。

 俺はブログを毎日書いているが、それも放擲してしまいそうになっている。文章を書くことは俺には単に面倒で骨が折れるだけの作業でしかないのだろうか。そうならば俺は、生活を維持するための労働をして、それ以外は飯を食って眠るだけの生き方をするしかないということになる。それもまたどうしようもなくつまらなく思える。会社の仕事が面白く感じられるようなことは、おそらく永遠にないだろうし。

 どんなことでも、無心になってただ楽しんでやるということが、どうして俺にはできないのだろう。子供の頃に与えられた娯楽、それどんなものであれ前述の通り単なる憂さ晴らしや現実逃避の域を出ず、楽しいからやっていたのではなかった。内心、俺はそれが好きでも何でもなかった。漫画を読んでもアニメを見ても、小説を読んでもラジオを聴いても、どんなことも俺は別に楽しみはしなかった。

 

 これを書きながらも、未だに暗中模索・五里霧中と言ったところだ。文章を書くのは辛く苦しく、面倒くさい作業にしか思えない。楽しくも面白くもないことを、惰性と意地で続けているだけだ。なぜ楽しくないのか、それはもしかしたら能力がないからなのかもしれない。人並み以上にできないから、達成感も何も感じられず、それのために俺は何をやっても面白くないのかも知れない。

 つまり、俺が無能だから悪いのだろうか。仕事がつまらなく楽しくないと書いたが、俺が職場で無双できる才覚があったとしたら、もしかしたら不本意な労働すらも、俺は楽しんでやれるのかもしれない。結局、給料分の仕事やるだけで精一杯だから、首にならないようにするだけで汲々としているから、おれは仕事が楽しくないのだろう。何をやってもつまらないのは、俺がどんな分野に対しても能力が低いからなのかもしれない。

 これは大変不都合な現実で、俺はそんなことを認めたくない。俺は親から出来損ない呼ばわりされて育った。実際学校では優秀な方ではなかったし、高校は普通科にも行かせてもらなかった。どこで何をしても俺は人並み以下だったような気がする。それを思い知る度に、やはり俺は面白くなかった。文章を書いている時も、筆の進みが遅く他人に見せても芳しい評価もしてもらえない。よって、やはり楽しくない。

 先天的な能力の低さが、俺の人生をつまらないものにしているのだとしても、対策の立てようがない。俺が時分の才覚について、嫌というほど知っているし、これはもうどうにもならない。だから俺の人生のつまらなさは、改善の余地など一切ないということになる。その結論に至るしかないということもまた、俺にとってはどうしようもなく面白くなく、要するに俺は不服である。

 死んで生まれ変わって有能になる以外に、手などないのかもしれない。俺が俺である限り、このどうしようもなく面白くない生から解かれることはない。自分が自分であることが、俺にはもう窮屈で仕方がないのだ。生きているのが面白くない。働いていても休んでいていも、読んでいても書いていても、何も楽しめず、面白いとは全く思えない。

 何かをつつが無くやれたことなど、思えば一度もなかった。何をやっても他人よりもできなかった。文章についても同じで、学校に通い課題を出しても、他の生徒より俺の文章が抜きん出いているということもない。むしろ逆で、俺が書いた文章の評価は決して高くはなく、俺の文才などは実のところ皆無であった。だから俺はブログを毎日書いていても時間を相当かけなければならず、それが生活の中で負担となっているのだ。

 楽しいことをやって生きたいと思っていても、それはどうしても実現し得ない。その理由はこれまで述べてきた通りだ。俺が俺として今生を生きる限り、楽しい生活など望むべくもないのだ。己から逃れるために、俺はあらゆる手を尽くし、それはどれも場当たり的な現実逃避でしかなかった。どんな気晴らしも、俺を救いはしなかったし、何の解決にもならなかった。

楽しくなくても

 望んでも仕方がないことをアレコレ考えるだけ時間の無駄というものだ。何かをする時に、それが面白いかだの楽しいかだのと自問するのはナンセンスだ、俺の場合は。文章を書くことを俺は投げ出す訳にはいかないのだから、最低限ブログの更新だけはどうしても自らに課した分だけこなせるようにならなければならない。それが楽しくも面白くもなくても、それは別に問題ではない。

 一応文章の勉強をしていて、それで身を立てるために学校に行ったり実際に色々と読んだり書いたりしてはいる。それをしていることが重要なのであって、それが内心ではシンドイだけの作業だとしても、それでもいいと思えばそれまでの話だ。どうせそれ以外の何をやっていても糞面白くもないのだから、煎じ詰めれば同じことだ。少なくとも働いて他人に使われている時間よりは、文章を書いている方がまだマシだから、取り敢えず学校もブログも、それ以外のことも続けることにする。

 究極的には嫌かどうかで判断すればいい。文章を書くのは別に楽しくないが、嫌いではない。嫌々やっているというのであれば、それはもうやるべきではないが、そうでないならば取り敢えず続けるに値すると言えるだろう。仕事は嫌いだしイヤイヤやっている作業に過ぎないのだから、頃合いを見て辞めるべきだろう。どんなことでもそうだが、人間にとって重要なのは好きかどうかよりも、嫌いかどうかだと思う。

 嫌いかどうかで何かをすべきかどうか判断すれば、人間は間違わない。損得や体面、体裁などではなく、自分自身がそれを嫌っていないかどうかを良く良く考えてみることだ。文章を書くことが俺にとってすぐに金になるわけでもなければ、誰かに褒めて貰えるわけでもない。しかし、俺はそれが嫌いではない。その一点だけで、書くという行為は俺にとって続けるだけの勝ちがあるのだと断言して良い。

 子供の頃から、色々なことを他人に強いられてきた。将来役に立つから、恥ずかしくないように、義務だから、云々……。それをやるのが己にとって嫌かどうかなど二の次で、俺は随分といろいろなことをやらされてきた。そしてそれらのどれもが、俺の人生にはマイナスに作用したのは特筆すべきだろう。やりたくもないことは、どれだけ実益や功利に適っていても、所詮人間にとって有害な代物でしかない。

 文章を書くことなど、一円にもならないことがほとんどだ。しかし、それが俺にとって嫌なことでない限り、それは続けるべきことなのだと信じたい。これまで嫌なことを無理強いさせられてきたが、その結果として俺は社会の最底辺で好まざる職に就かされて酷使されている。これだけ見ても分かるように、嫌々何かをやったところで、それは当人に何一つもたらしはしない。

 面白くなくても、楽しくなくても、嫌でないならばそれに向き合うべきだ。俺にとって書くことは少なくとも嫌ではないのだから、その事実だけで十分だろう。目に見えた成果が一つもなく、生活上多少の負担を強いることがあっても、それは継続して取り組まなければならないのだと自らに言い聞かせたい。嫌いじゃないと思えるだけでそれに対してはもう、十分過ぎる。

酒のない国に行きたい

 酒のせいで折角の休日が台無しになった。ビールくらいならいくら飲んでも平気だと思いこんでいたが、俺の肝臓はもう往時の機能を有していないようだ。摂取したアルコールを内蔵が処理できず、俺の身体は著しく体調を損なっている。要するに二日酔いで体の具合が相当に悪い。本も読めないし、文章を書くのにも難儀し、とにかく最低最悪だ。もう二度と家の中で飲酒はしたくない。

 

久しぶりに飲んだら

 三連休ということで久々に酒を呑むことにした。半蔵門にある酒屋でエビスビールをロング缶で6本買い、それを飲んだら法外な旨さだった。これは日曜日の話である。俺は3連休であることをいいことに月曜日にも同じ店で同じ分量の酒を買い込み、例によって例の如く家にこもってひたすら飲みまくった。一度飲み始めると、俺は止まらないタチでこうなるともう歯止めが効かないのだ。

 俺の月曜日は飲酒によって消失した。気絶するまでビールを飲んで、晩飯を食うことすらせずに俺は延々グロッキー状態だった。夜中に起き上がってトイレに行く事以外は、全く何もすることができなかった。日曜日だけの飲酒に留めておけば、俺の月曜日はもっと有意義に過ごせたはずだと、俺は今頃になって深く悔やんでいる。本当なら俺は、祝日を読書に費やすつもりでいたのだ。

 俺は成人してからこっち、ビールで体調を崩すようなことはなかった。ビールは酒ではないと腹の底では考えていたフシさえあった。俺はどちらかと言えば酒に強い方だと自負していたし、その一点に限っては他人にも誇れると愚かにも思っていたのだ。度数が高い酒ならいざ知らず、ビールごときの軽い酒なら、いくら飲んでも生活に差し障るようなことは、絶対にないと高をくくっていたのだ。

 もう歳なのだろうか、俺はビールでかなり悪酔いした。ベッドに仰臥したまま、俺はトイレ以外には何をする気にもなれなかった。全身が鉛のように重く感じられ、食欲も湧かず身を起こして水を飲むことさえ億劫だった。家で楽しく休日を過ごすはずだったのに、蓋を開けてみれば散々な結果だった。己の肝機能について、認識を改めなければならない時なのかもしれない。

 俺はアルコール依存症だったということを、唐突に思い出した。身体からアルコールが抜けると、動悸がして手足が震えだし、一睡も出来なくなるのだ。そんな症状に苦しんだのは、もう1年も前のことだった。喉元過ぎればなんとやらで、俺は己の身体が被った苦しみとそれを生み出した原因について、完全に失念してしまった。連休だからと言って、俺が酒を飲んでいいはずがないのに。

 今のところ自律神経に異常はない。一つだけ気がかりなのは眠れるかどうかだ。不眠より苦しいことなど、此の世にはないのかもしれない。手軽震えるだの心臓の挙動が不自然になるだのといったことよりも、眠るべき時に眠れない方が比較にならないほど辛いのだ。疲れていて、脳がマトモに働かないにもかかわらず、焦燥感が募り横になることさえままならない状態の苦しさといったら。

 眠れなければ仕事に差し支える。俺は何よりもそれが気がかりだ。体調など二の次三の次で、働けるかどうかが目下どんなことよりも重要なのだ。無産者として他人に雇われて労働している身の上であるため、要するに身体が資本だ。仕事を休めばその分給料が減るし、勤務態度が悪いと見なされれば減給や解雇の可能性もある。それを考えれば俺は恐ろしくてたまらなくなるのだ。そんな状況下において飲酒をするなど今にして思えば正気の沙汰ではない。我ながら迂闊にも程があるというものである。

元の木阿弥

 酒を断ってからかれこれ1年になる。2週間ほど離脱症状に苦しめられ、俺は地獄を味わった。脂汗が止まらず、先ほど書いたように一睡もできず、手が震えて文字も書けず、心臓が止まりかけるほどの危機を俺は体験した。もう二度と酒など飲まないと俺はそのとき神か何かに誓ったような記憶がある。少なくとも家の中では酒など呷らないようにしようと、その時は思ったのだ。

 そんな誓いもいつの間にか揺らいでしまい、結局今日のような有り様なのだから愚劣きわまりない。盆や正月などの長い休みの最中にはどうしても気が緩んでしまう。土日しか休みがないならまだ我慢できるが、休みが3日以上あると飲んでもいいだろうという気になってしまうのだ。日曜日だけ飲んで月曜日は休肝日にしておけば、ここまでひどく酔わなかっただろうに、日曜に続けて月曜も何リットルも飲んだから、こんな目に遭うのだ。

 親知らずを抜き、歯肉に縫い込んだ糸を抜いたことで、少々ハメを外してみたくなったというのもある。糸の存在が口中で違和感を生み出し、俺は縫合して1週間それが気になって仕方がなかった。その糸をようやく抜くことができ、歯医者に通う必要も当面なくなった。それに加えて3連休で月曜が休みともなれば、久々にエビスビールでもと思うのは無理からぬ事であろう。

 一度酒を飲みだすと、止まらなくなる俺はやはり歴とした依存症なのだろう。連休の後半のすべての時間を俺は飲酒に費やした。俺はビールを合計5リットルも飲み、肝臓はアルコールを分解できずに身体が不調に陥った。これから先、完全に身体からアルコールを抜くのに数日を要し、離脱症状に怯えながら暮らさなければならない。そのことを思うと気が遠くなってしまう。

 学生時代はウィスキーでも焼酎でも、ストレートでいくらでも飲んだものだ。当然二日酔いはしたが、働いていなかったからどうとでもなった。酒のせいで次の日に響くだの何だのと気を揉むようになったのは労働者になってからだ。20代前半のうちはいくら飲んでも仕事に障ることもなく、どうにか生きてこられた。そんな生活にもいつしか陰りが見え始め、とうとう俺は断酒を余儀なくされたという次第である。

 酒があったから俺は労働者としてやってこられたという側面もある。俺の20代は飲酒のためだけに空費されたようなものだが、俺はそれについては一切後悔していない。大学も酒がなければ卒業できなかっただろうし、社会に出てから被った貧困や職場でのあらゆる理不尽も、酒を飲むことでやり過ごせたのは否定できない事実ではある。酒がなければ、俺の人生はもっと惨めだったと思う。

 俺は一生酒を飲み続けると心に決めていた、肝臓に限界が来るまでは。ある時、酒を呷ろうとすると胸がつかえるような感覚があり、その瞬間から俺の酒飲みとしての生活に終止符が打たれることになった。身体が全く酒を受け付けなくなり、アルコールが身体から抜けると自律神経が狂いあらゆる不調が俺を襲うのだった。それについては先に述べたが通りだが、それらの症状を通して俺は酒害の恐ろしさを身をもって知ることとなった。

 

 飲酒を再開すれば、酒を抜く際のあらゆる気苦労を再び味わうことになる。分かってはいるが、どうしてもふとした拍子に飲みたくなってしまうのだから度し難い。連休で、歯医者のことで悩まされることも無くなり、飲んでいい条件が一通り揃ってしまったがために、俺は再びビールに手を出すことになった。ビールぐらいなら深酒しても大事には至らないと思っていたが、蓋を開けてみれば先に触れたとおりである。

 横になって目を閉じる時、原因のない不安や焦りが胸中に絶えず起こる。この感覚の不愉快さは筆舌に尽くしがたい。眠るどころか、身体を寝かすことさえままならないのだ。俺は家の中を無意味に歩き回り、いたたまれない気持ちを抱えたまま夜を無為に過ごす。そうしている内に夜が明けて朝が来てしまう。そうなれば疲労困憊のまま俺は出勤のための準備をしなければならず、疲れ切った状態で仕事に臨む。

 酒をやって例の不調がぶり返すたびに俺は、このような苦しみを経験することになる。学習能力もなく、同じことを何度も何度も繰り返す情けなさが自分でも嫌になる。頭では重々わかっているのだが、それでも一年のうちに数回はこのような苦しみを味わうのだから我ながら呆れるより他はない。酒を楽しむということを、俺は実のところ全く経験していないのかも知れない。

 節度を持って嗜む飲み方が、俺には全然できないのだ。一滴でも飲み始めれば、気絶するまで飲まなければ気が済まないのは、中々損な性分である。シラフでいるのは、つまらなく楽しくない。飲酒の習慣がなくなってからも、その認識は相も変わらずだ。生きていても全く甲斐がなく、ハッキリ言って破滅するまで飲んだ方が俺は幸せなのかもしれないとさえ思う。

 酩酊の中に安住してしまいたい。何も見ず、何も聞かず、何も思わず誰にも会わず、ただひたすら安酒を飲み続けて、俺はいっそ死んでしまいたい。ところが、そうは問屋が卸さない。酒で身を持ち崩すといっても、綺麗かつアッサリと死ぬというわけにはいかない。内臓や脳を壊したまま、人間は相当長い間生きながらえてしまう。悪くなった身体を引っさげて生き続けるのが酒飲みの末路だ。

 俺はそれが嫌だから、日常的に酒を飲むことは最早ない。眠れなかろうが自律神経が失調しようが、それでも明日はやって来る。そしてその恐るべき、忌まわしい明日をどうにかしてやり仰せる以外の選択肢など、俺にはない。明日について考えると、それだけで気が滅入る。俺は朝が来るのが耐えられない。次の日になり、働きに出なければならず、それのためにあれこれ支度だの準備だのをするのを思うと、気が遠くなってしまう。

 ストロングゼロなどの安酒に溺れれば、酔っている間だけはすべてを忘れられる。俺には振り返って懐かしむ思い出もなければ、望ましい未来への展望もない。俺の人生にあるのは後悔と絶望だけで、それらに板挟みになった現在が鬱々と、延々と続いていくだけだ。俺にとって生きることは単なる惰性による苦行に過ぎず、酩酊はそれから一時的に逃げる上で、有効な手段であった、

金輪際、一人酒はもう

 とは言っても、これほど酒で悩まされれている以上、もう家の中では一切飲まないようにするしかないだろう。現在、冷蔵庫には飲み残したロング缶のビールが2本ほど入っている。これを最後にして俺は、今後はどれだけ長い休みがあろうとも、盆も正月も酒など飲まないと心に決めるしかない。他人と食事をするときなどは止むを得ず飲むとしても、少なくとも自宅で一人きりの時には金輪際、飲まないようにしたい。

 酒で己の生から目を背けるのは、もう終わりにする。同じことばかり幾度となく繰り返す芸のない生き方にはいい加減、飽き飽きしてしまった。一人酒で悦に入っていられるほど、俺の人生は悠長に構えていられない。酒があったから労働者として生きてこられたと書いたが、その時期はもう過ぎ去った。いつまでも延々と、その段階に固執したり拘泥したりする理由など、最早一つもありはしない。

 子供の頃から色々なものにハマり、のめり込んだ。別な言い方をすれば、依存するきらいがあった。テレビゲームばかりやっていた時期もあったし、一日中ラジオばかり聴いていた頃もあった。成人してから耽る対象がそれらから酒に変わった。改めて考えてみれば、幼い頃から延々と俺は何かに縋って生きてきたように思う。そしてその縋る感情は、いつかは冷めて俺はその対象から離れた。

 酒に対してもそれは同じであり、「胸がつかえる」感覚を味わった時が、契機だったのかも知れない。今の俺はテレビゲームやラジオなどには一切触れずに生活している。それで全く問題はなく、それらを無理矢理にでもやったり聴いたりしなければならないとしたら、却って負担に感じるだろう。酒を飲むこともそれらと全くで、今の俺には単に面倒事の種にしかならない。

 耽溺できなくなれば、それに拘る理由など何一つない。かつての因習と無縁な生活をする方が、俺にとっては望ましくまた喜ばしい。今頃になってモンスターファームのゲームなどにハマってそればかりやるようなことがあれば、それは俺にとっては無益であり有害だろう。それと同じようにいつまでも酒に縛られ続けられるとしたら、モンファーに拘泥するのと同じような害が俺にもたらされるのは明らかだ。

 俺は金輪際、一人で酒を呑むことはないだろう。慣れ親しんだ習慣から解かれたいと俺は欲している。酒から離れて暮らせるようになれば、俺は休日をドブに捨てるような愚行を繰り返すこともなくなるだろう。また、自律神経を損ねたり不眠で悩んだりもなくなるだろう。かつてハマっていた事柄と今は完全に縁を切れているように、飲酒という行為からも俺はもう完全に無縁になれると断言したい。

 今晩、キチンと寝られるだろうか。今はそれだけが気がかりだ。安心して眠ることよりも大事なことなど、人生には存在しない。それを俺は酒の禁断症状を通して何度も思い知り、この晩においてもそれを味わっている。不眠に苦しみ、疲れ切ったまま朝を迎えることは、俺にとって死の遠因たりうる。働ける肉体と精神を維持するには、ぐっすり眠らなければならず、酒はそれを妨げる。いい加減もう学ぶべきだろう。

ナメラレと自惚れ

 他人が俺のことをバカにしてくるのは、一度や二度ではない。そんなことにいちいち心を動かすほど俺は繊細な人間ではない。しかし、バカにしてくる者どもが、その念を向けている対象たるこの俺に対して、やれ尊敬の念がないだの献身や奉仕が足りないだのと不満がる気持ちについては、奇怪に思いながらも興味や関心を抱かずにはいられない。人間というのは時として、不可解で醜いものに気を取られてしまいがちだ。

 

精神的奇形を持つ自惚れ屋

 たしかに俺は、他人からバカにされても仕方がないに人間かもしれない。だが、その理由について逐一こと細かく述べるのは時間の無駄だろう。仮にもし、自分のような人間が赤の他人であったなら、俺は間違いなくそれを見下し蔑み、嘲ることだろう。俺のことを下に見てバカにしくさる連中には、ある程度の正しさのようなものがあるということは、遺憾ではあるが、認める。勝手にするが良い。

 しかし、そのような念や感情を受けて、こちらがどのように動くかもまた、勝手である。これほど自明な関係性が果たして此の世にあるだろうか。明白な理由に基づいてある者がある者を貶し嘲笑する。それをやられた側が自分が遭った災厄に対して対策を講じる。その一連の流れに、疑問や議論を挟む余地などどこにもない。これは世の習いであり、自然の摂理というものだろう。

 ところが、これに異を唱えるものがいる。俺のことを面と向かって罵倒したり侮蔑したりする連中がそれだ。それらは自分から俺にケンカをふっかけたり危害を加えるようなマネをしておきながら、それを受けた俺がそれらを敬遠したり忌避したりすると不満や文句を言ってくる。それどころか、連中は俺のことを格下だと思っているからなのか、俺に奉仕や献身まで要求してくるのだ。

 学生時代はこんな目には遭わなかった。その手の人間とは基本的に接触したり深く関わったりしないように努めていたからだ。ところが社会に出ればそうもいかなくなる。俺は被雇用者だのワーキングプアといった身分で社会の最底辺を這い回るような人生を強いられているが、そのような身の上で労働などをしていると、職場の上役や社長などといった存在から筆舌に尽くしがたい屈辱を味わわされるのが常であった。

 会社などの場において、連中が仕事のことやそれ以外のことで、俺のことを低く見るのは当然のことだった、彼らにとって。奴らが俺を見下し蔑みあざ笑い、不当にこき使うことは然るべきことであり、俺はそれを喜んで被るべきだとでも思っているのだろう。俺はその神経が全く理解できず、どの職場においても途方に暮れるしかなかった。本当に一体どういう精神構造をしているのだろうか。

 立場を逆にしても、少しも分からない。誰が何を低く見ようが優先順位を下にしようが、勝手であり、また個人の裁量で好きにすればいい。しかし、そのように見なされた側から反感を抱かれたくないと欲するのが俺には皆目、見当もつかないのだ。悪感情を向ければ嫌われたり避けられたり、あるいは憎まれるのは当然のことだ。互いに情緒を持つ者同士なのだから。

 反感を持たれたくないどころか、例の御仁どもは俺から慕われたく、敬われたいとさえ思っているフシがあるから、なおのことタチが悪い。連中は俺に尊敬されたいと欲し、また俺が自発的にそのような感情を抱きそれに基づいて行動すべきだと信じている。これが先ほど触れた感情よりも、輪をかけて奇怪な感情なのだ、俺にとって。そしてこの手の精神構造を持つオゾマシイ人種はこの国には相当な数いて、どんな場所でも俺にとっては頭痛の種となってきたのである。

ナメラレとして

 他人にナメられる俺が悪いと言えば、それで話は終わってしまう。他人に見下されたりバカにされないような人間になれなかった、お前の自業自得、自己責任だと断ずればそれで済むことなのかもしれない。しかし、それは低く見なされることに限ってのみ当てはまる話だ。俺はそれについては別に加害者どもについて考えを改めろなどと言いたいのではない。そう思いたければ勝手にそう思い、またそれに基づいた言動をすればいい。

 俺が言いたいのは、その暴虐に対して俺が適切な対応をすることの正当性についてだ。悪辣きわまりない加害者としての世間の連中が言ったりやったりすることを受けて、俺は自分の生命と生活、そして利益を守るために先に述べたような然るべき対処をすることは当たり前だ。自分にとって有害で何の得にもならないようなに他人と私的に付き合ったり、一円の得にもならないのに時間を割いたり労力を捧げたり、するはずがないというのは考えるまでもないことだろう。

 ところが世に数多いる自惚れ屋の連中は、それらが持つ精神的奇形によりこれを解することがない。俺は本当にこの手の者どもを厄介に感じるし、誰にとっても害悪にしかならない存在だと思う。そんな手合いは一刻も早く人間社会から隔離し、病院や刑務所などを囲っている塀の向こう側に追いやってしまいくらいだ。そんな人種とは話をするだけ時間のムダであり、顔を合わせることさえしたくない。

 自分よりも色々な面で下だと思った相手は、自分に対して滅私奉公すべきだとでも思い込んでいるのだ。俺はそんな連中とは仕事でも関わりたくない。これは俺が劣等で無価値な人間だから、ということではない。問題の本質は俺の価値の如何にはない。たとえ見下したり騙してこき使ったりする被害者が俺でなかったとして、その餌食にされる人間にとって、その者は間違いなく悪そのものだろう。

 他人をナメてかかるのは勝手だが、それでその相手から崇められたり尽くされたいと考えるのは異常だ。暴力や関係性などで組み伏せて、無理やり言いなりにして利用しようという腹づもりで生きている人間の方が、遥かに正常な感覚を持っているだろう。赤の他人に害をなし、時間や労力を掠め取るのは文句なしの悪行だ。それを実践する以上は、紛うことなき悪人として、それらしく振る舞うのが筋というものだろう。

 ところが、例の精神的奇形の持ち主どもは、悪行を働きながらも自分を悪人だとは思いたがらない。これもまた私にはとてつもなく卑怯で浅ましく、また醜く感じられてならない。他人から有形無形の様々なものをコンスタントに奪っているという自覚すら抱こうとしない、この醜悪さ。重ね重ね断っておくが、他人が俺をどう思おうと勝手であり、騙したり無理強いしたりして使役しようと企み、そうしたいと欲するなら思うまま悪党然としていればいい。

 連中は悪事を働きながら、自分を悪人だと思わない。それどころか、己を善良で寛大だと見なしているようだ。自分の徳によって俺を従わせているのだと信じて疑うことがない。俺は本当に理解できない。俺のことを見下しているというより、自分のことを過大評価しすぎているきらいがある。一体どんな生き方をしていたら、そこまで自己愛を肥大化させることができるのか、最早かえって興味深くさえ思える。

 

 これが社会全体において圧倒的に少数の異常者だと言うなら俺はまだ耐えられる。そんな連中の巣窟たる業界や分野から遠ざかればいいだけであり、それができないならそれは完全なる俺自身の過失として片がつく。ところが現実は全くもってそうではない。社会のどんな場所にも、本稿で何度も取り上げている人間は必ず存在している。それどころか、それが世間において模範的な人間であるかのように取り扱われることさえある。

 これは一体どうしたことだろう。もしかしたら、この国の社会というのはその手の人間のために存在しているのではないか。そう考えると俺は絶望的な気持ちになる。他人を自分の自信心を満たすための道具にし、嘲りながらこき使い、それでいて己自身については善人だと信じて疑わない人間。そんな輩のためにこの国が存在しているというのであれば、そんな国や社会は滅びるべきだと俺は思う。

 俺がもしも他人を使う側の人間だったら、自分が使役する側であることを失念したりはしない。仮に不当に相手を遇することになったとしても、それが悪行であることを俺は絶対に忘れない自信がある。人を使うということは大なり小なり理不尽を相手に強いることに他ならない。その本質について踏まえていれば、どうして自分のことを正当性のある善人だと思えるだろうか。

 人間が人間を使役する時に、正当性などあるはずがない。あるとしたらそれは、利用される側が利用する側について心の底から崇敬の念を抱き、心酔している場合だけだ。別の言い方をすれば、相手を慕っていて好きな時にだけその関係ははじめて成り立つ。その関係が、自分が他人を使う時に成立しうると思えるその自惚れ! 自分を客観的に見る能力が、ほんの僅かでもあればそんな精神は持ちようがないのだが。

 結局その手の者どもは、どうしようもなく危険なのだ。そんな連中といつまでも深く関わっていると、どんな災いが降りかかるか分かったものではない。俺は幾つもの職場を転々としたが、例の精神的奇形野郎どもの中には、自分の欲得のため俺に法律や条例を破ることを要求した者さえあった。俺はもしかしたら、それのために犯罪者になって、刑務所に入れられるような羽目になったかもしれない。その男は、お前は俺のために前科者になって犠牲になれなどと、平然と言いそうな人間だったことを俺は、今になって思い出す。

 今働かされている職場でも、当然のように例の人種が頂点に君臨している。言うまでもなく、その職場は俺にとって安住の地ではない。毎日俺はそこでいわゆるサービス残業を強要されているし、それ以外にもありとあらゆる心身に関わる理不尽きわまりない仕打ちを被っている真っ最中だ。ナメられているそれは俺に対して常に強気で無理難題を強いてくる。これはどうにかしなければならない目下の問題である。

我が身を守る

 とどのつまり、自分の身は自分で防衛する以外に手はない。それは悪い人間の悪しき行いというより、単なる災いだと考えるべきだ。血肉のある一個のある人間が、何らかの意図や事情があって、発言や行動に及んでいると捉えるのは、精神衛生上きわめて悪い。それは人間の所業ではないと定義づけた方が、あらゆる面で都合がいいはずだし、己の身を邪悪から守るにはそれのように捉えて然るべきだ。

 善良ぶり悪行に及んでいる自覚がなくとも、それは単に有害な個体でしかない。どんな気持ちでそれが生きているかなど慮る必要など微塵もない。極端な話、そんな人間は生きているだけでどんな人間にとっても迷惑で有害なだけだ。しかし、だからと言ってそれを世間から排斥し掃討することは到底不可能であるため、個人個人がそのような者どもに危害を加えられないよう、ゆめゆめ警戒しなければならない。

 どんな関係性においてであれ、絶対尊ばなければならない相手や自分よりも優先しなければならない人間など存在しない。そんなことも分からないような人間、どれだけの時間とどれだけの言葉を以ってしても理解することがない人間、そんな奴が実在することが俺には信じられない。俺からしてみればそんなことは考えるまでもない、言挙げするまでもないようなことなのだが。

 コイツごときは、俺が自由に使い潰して構わないだろうと高をくくり、それを態度や言葉で表す。それでいて好かれも慕われもしないと憤ってみせる。本当にそんな反応を示す個体が人間だと言えるのだろうか。やはりそれは人間ではない何らかの災いだと考えたほうが妥当だろう。それが何であるかなど、被る「人間」にはどうでもいい。ただその災いに対して防衛策を立ててそれに則り行動するだけで十分である。

 見下している相手から敬われ重んじられたいという感覚はやはり理解不能だ。それは一体どんな感情に由来するのだろう。コイツは劣等だから俺(奇形野郎)の意を汲み、身を挺して俺のために全身全霊で奉仕し、腹の底から俺のことを心服して当然。ほんの少しでも反感を抱いたり、俺よりも自分のことを優先するような素振りを見せることは罷りならない。そういう風に考えているのだろう。全くどこまで図々しく、腐り果てた心根だろうか。

 そんな災いに悩まされたり躓いたりしないよう対処しなければならない。どれほどの暴力や恫喝を前にしても、それよりも自分自身を優先して我が身を守るくらいでなければ、俺はそれの養分にされるだけだ。そしてそんな目に遭わされたとして、俺にエルモのは何一つ無く、ただその赤の他人の悪党どもが笑うだけなのだ。そんな手合いどもが喜ぶ顔など、俺はもう見たくない。

 ナメられるのは別に構わないが、己の身を守れないようではいけない。加害者が一体どんな腹づもりでいようとも、そんなことはこれっぽっちも俺には関係ない。重要なのは邪悪な他人の精神や事情、バックグラウンドではない。俺が考えなければならないのはあくまでも己の安全と利益に加え、損害や苦痛から遠ざかることだ。災いが此の世に生じる細かい因果について、最早なにも思うまい。

平たく言えば

 読みやすい文章とは、とどのつまりどのようなものなのだろうか。物を書くことについて学んでいる身である俺にとって、それを作れるようになれるかどうかは死活問題だと言って良い。しかし、俺はその点においてどうにも未だに覚束なく、伸び悩んでいるような感がある。書くことにより多くの人間に己の意を伝えられるようにならなければ、俺は勝負の土俵にも上がれない。いかにして巧みな文章を作るかはその後の問題だ。

 

子、曰わく

 毎週末は文章教室の講義に出席しなければならない。文章で食っていきたいなどと馬鹿げたことを考えてそんな所に退勤を払い、土曜日にの貴重な時間をそれのために割くのは我ながら滑稽ではある。だが、一度学費を払ってしまった以上は通い続けなければならない。講義を受けていると課題が出て、それの講評もあるのだが、自分が書いた文章についてプロの作家先生方から貴重なご指摘を賜ることが多々ある。

 どうも俺の文章はダメらしい。読む気が失せるような言葉遣いをしていたり、全体的な構成が悪かったり、会話文の内容がアレだったりと、まあ色々だ。要するに、俺が思っているよりも遥かに俺は文章が下手くそで、文章で食うのは現時点では不可能だというのが、複数人の講師の評価を総合した結論と言ったところだ。俺以外の受講生の方が、俺よりもずっとよく書けていたりもする。

 毎日ブログやら何やらを書いているにも関わらず、学校では芳しくない。俺ほど毎日文章を書いている人間が、同じ学校に通っている連中にいるようには思えないのだが、現時点においては無駄な努力だということが露呈してしまった。文章学校ごときの中で、頭一つ抜きん出て無双できるくらいが理想というか、そうなるだろうと自惚れていたが、結果は全く逆だった。

 俺は文章書きとしても大したレベルではなく、むしろ並よりも劣っている可能性すらある。要するに俺は読みづらい文章をドヤ顔で作って公開しているだけの人間にすぎない。文才がないから講義の間に頭角を現すこともないのだ。受講生向けのショートショートの公募に作品を提出したこともあった。しかし結果は全く振るわなかった。受かったやつがどんな代物を作ったかは、全く興味も関心もない。それも俺が成長できない原因の一つかもしれない。

 とにかく、俺の文章は読みづらいと複数人のプロの作家が評している。現役の文章家がそう言うのだから、そうなのかと納得する以外にない。言葉選びに気を使うようにと言われたが、十二分に気を使って簡単で読みやすい内容になるように気を配って課題を提出している。それでも全く講義において求められている水準に達していないのだから、俺としてはとても悔しい。

 他の受講生が書く文章を読んでみると、たしかに易しい文言が並んでいる。ちなみに、文言という言葉も平易ではないという指摘をされた。言葉というのは、改めて考えてみれば相当に難しい。どれだけ多くの言葉を知っていても、実際にある局面において使える言葉、適切な単語というのはそれほど多くはない。いや、ある場面において本当に適った単語というのはたった一つしかないのかもしれない。その一つを数多の言葉から厳選するセンスが俺にはないのだろう。

 何にせよ、実際に今日の講義においてもそのような講評を賜った。俺はそれ無視することもできるが、それでは学校に通ったり課題をこなしたりする意味もない。君子ではなくとも、人は豹変する必要がある。俺がこれから先に志さなければならないのは、より易しい表現と言うか言葉遣いといったところだろう。俺が書いている文章は、別の言い方をすれば独りよがりで読んでいる人間のことを全く顧みていないから、七面倒な単語をいちいち選んでいるところもある。文章とはホスピタリティであると、誰かが言っていたような気もする。

私的言文一致運動

 人に最後まで読ませる文章、または読者に対して訴求力を備えた文章というのは、話すように書かれている、らしい。だから学校で言われたように、俺の文章もまた可能な限り言文一致の形式に近づけるようにしなければならない。どれだけ砕けた内容で、優しい言葉を選び、読み手の頭の中にスムーズに内容が入ってくるような構成で文章を作れるかが肝となる。

 今挙げた条件をすべて満たした文章をコンスタントに作れるようにならなければならない。それができなければ俺は、文章教室に通う意味もなく、ブログを続ける意味もない。さらに言えば、今生きて生活を営んでいる意味すらも判然としない。そのスキルと言うか技能は意地でも身に付けなければ、俺は前に進めはしないだろう。だからそれを目標として毎日文章を作っていかなければならない。

 畢竟、一事、エトセトラエトセトラ……。俺が日常的に使っている言葉が講評の際にことごとく俎上に上げられた。どれもそもそも普通の人間が読む際に「突っかえる」単語だと講師の先生が仰っしゃる。読んだ時にスムーズに頭の中に入り、かつ意味が咀嚼(これもよくないかも)されるような代物でなければならない。この難しさと奥深さが文章を作る際には常にハードルとして設けられれている。

 俺はあまり喋る方ではなく、それが得意でもない。だから話すように書くとなると、かなり難儀する。結局ロクに話せもしないような人間は、書くときにも支障をきたすということだろうか。喋りが下手でも、書くことはできるだとか、不得手ではないだのと自負してきたが、他人に読んでもらう文章を量産することが真の意味での文才だと言うなら、俺にはそれがないようだ。

 話せなければ書けもしないのだ。これは大変不都合な真実と言える。俺にとって、人前で喋るというのは嫌でやりたくないことの一つだ。それをしなくていいから、文章を書くのはあまり苦にならないと思ってきた。しかし、先に述べたようにそれは単なる独りよがりに過ぎなかった。俺には人並み以上にできることなど、結局のところ何一つないのかもしれない。

 だから何かをするのは嫌だ。できないことが明らかになれば、結局痛めつけられてそれまでの話だ。それならばはじめから何もせず未確定、未知数の状態のままに留めておけば傷つくことはないのだから賢明と言える。だから俺は何もしてこなかったし、何も作ってこなかった。そのために恥をかくことは少なかったし、己の限界や無能さを感じることもなかった。避けてきたからだ。

 それで自分の自尊心を守ってきたが、結局それ以外何一つとして、俺は得はしなかった。積極的に恥をかいたり、痛めつけられたりするような生き方を選んでいたら、それだけ傷つきはしたろうが、その分得るものも学ぶことも多くあったのではないか、とも思う。俺は自分の狭く小さな心を後生大事にしてきたがために、自身を成長させるチャンスがなかったと言って良いかもしれない。

 

 傷つかずに済む道を選んできた結果として、俺には今の生活がある。俺はそれを大切だとも尊いとも全く思わない。さらに言えば、こんなものには一切の値打ちがないとさえ感じている。我が身可愛さのために怖気づくばかりで、俺は社会の隅で無名のぼんくらとして生きる道しなかった。それのために俺は今日、屈辱と絶望を味わいながらもがき苦しんで生きていかなければならない。

 と言うものの、他の人間はその例の「話すように書く」という妙技が出来ているというのだろうか。他の受講生が書いた文章を読む機会が当然講義中にはあるのだが、俺には単に拙い文章のようにしか思えない。その拙さをもってして、即ちそれが例の境地だと言うのだろうか。俺には良い文章というのが、未だに分からないでいる。自分の文章と、他人のそれとどの辺りが異なっているのか。

 完全な言文一致とはいかないまでも、可能な限り人口に膾炙した(この言葉も及第ではないだろう)易しい単語を選び、内容が滞りなく読み手に伝わるような言葉遣いを自然にできるようになることはできるだろう。俺は難しい単語をこれみよがしに使うところがある。それは学校で複数人に言われてきたし、自分でも分かっているところではある。それを悪い癖として、それを直すことはそれほど難しいことではないだろう。

 熟語というものは便利であり、単語だけ細かい事柄を表現できる。それは一つの言葉だけで多くを表せる場合もあり、文章を組み立てるよりも遥かに簡単であると言って良い。だから、文章力がない者はやたら難しく、普通の人間には馴染みのない熟語をみだりに使うきらいがあるというのは、よく言われている。それがこの俺にも当てはまるのなら、考えものだ。文章の学校に通っている身なのに。

 多くの言葉を知り、それらを誤らずに使えるから文章が巧みかと言えば、必ずしもそうではない。それは先ほど述べたような理由だ。熟語を例にとったが、それはカタカナ語や何かの専門用語、ひいてはナントカ的だのナントカ性といった造語の類いにも同じことが言える。読みやすい文章とは、今挙げた全てに頼らずにそれらの意味やニュアンスを損なわずに伝えられるような、そんな風なものを指すのかもしれない。

 この難しさや奥の深さを、どのように書き表わせばいいのか。俺にとって日本語は母語であり、それを用いた作文など労せずにできると思っていたフシがある。しかし実際はそうではなかったというのは、先に触れた通りだ。また、俺以外の日本人にとってもそれは同じはずだ。文章を作る技術というのは、誰にでも備わっている代物ではない。だからこそそれが人並み以上にできる者は文章かとして身を立てられる可能性が僅かでもあるのである。

 そのように考えれば学校の講師の言はまさに言い得て妙だ。その能力を持っていないと見なされる文章を提出する俺の能力は素人の域を出ないのだ。これは俺にとって超えなければならない高いハードルだと言える。それをいかに打ち破り前に進むか。これこそが差し当たり考えていかなければならないことだ。それができてはじめて俺は、話すように書く芸を修められるだろう。

デチューンして書くテクニック

 難しくマニアックな熟語や漢語、用語の数々を俺は知っている。そしてそれを得意満面に使いまくって、悦に入りたいと思っている、本音では。しかしそれでは良い文章を作ることはできない。その欲を封じ込め、文章を作り上げる技を身に付けなければ、退勤を払って学校に通う意味も、毎日長々とブログの記事を作っている甲斐もない。これはどうしても達せなければならないことだ。

 頭の中に蓄えられた豊富な語彙は、却って文章を作る妨げになる。単語だけはどんな人間でも相当な数を知っているだろう。それは誇らしいことでも凄いことでも何でもない。肝心なのはそれらを適切に使いこなせるかどうかだ。書き手としての己が読み手に伝えるべきニュアンスやイメージなどを損なわずに文章に込めるために選ばなければならない言葉の選び方と使い方を俺は学ばなければならない。

 実を言うと、畢竟という言葉が難しく伝わらないということを今日、俺は例の学校で初めて知った。これくらいは誰でも知っているだろうという俺の感覚と、普通の人間のそれは著しく隔たりがあり、これは正すべきだ。このようなことは今後も幾度となく経験するだろうが、それをできるだけ減らす対策を立てなければならない。平たい書き方になるような何らかの目安を。

 取り敢えず、文章における漢字の量を減らすよう心がければいいだろう。難しいだとかマニアックだとか、あるいは専門的だとかいうのは置いておいて、ひらがなとカタカナが多くなるように意識して文章を作っていけばこれは達せられる。例えば、畢竟という語を使うことなく、別の何かに替えて書き表せば少なくとも、学校の講師に物言いを付けられないようなレベルにはなるはずだ。

 これまで、自分なりの文体を保って書いてきたつもりだが、他人からハッキリと、否と突き付けられた形だ。とは言うものの、講師が言っているように伝えるというのは最低ラインではある。それを超えられないような文章などたとえ何万文字と書いたところで、そんなものに価値も意味もない。伝わることができて初めて文章の巧拙について四の五の言う余地が生まれる。

 自分の綴り方については、改善すべき点がいくつもあるのだと俺は認める。話すように書くというのはつまり、読み上げて耳で聞いた時につつが無く内容が分かる文章を作るということだろう。それができるような書き方を心がけるならば、やはり熟語や漢語に頼るのはなるべく避けるのが定石というものなのだろう。それらを使えるのはココゾという局面に限られてくるだろう。

 それをどう見極めるかが悩ましい。文章を作るのは実のところかなり難しい芸だということを今、俺は身に沁みて思い知らされる。面白いだとか巧いだとか言うよりも先にあるこの関門をどのように破るか。そのことを思えば頭が痛くなる。それとともに、文章家として身を立てられる人種というものを、俺は敬わずにはいられない。彼らは全くもって、類まれで抜きん出た才の持ち主なのだと言えよう。

憂さ晴らし

 一円にもならない文章を毎日書いている。誰にも褒められず、求められず、認められもしない作文という作業を、一日もかかさずやっている。それは道楽のようなものであるにもかかわらず、それなりに時間と手間と労力を要する。そんなことをしなければならない理由というものについて今一度、改めて考えて見る機会が欲しいと思った。何となくで、書き続けられるほど俺は書くという行為を愛しているわけではない。

 

苦行だろうか

 毎日文章を5000字書き続けるというのは相当辛い。たかがブログの文章と言えども、それなりに心身に負担がかかるものである。俺は一身上の都合により、意地でもそれを続けなければならないのだが、言うまでもなく苦しい。ニートか学生なら別段どうということもない作業かもしれないが、フルタイムで労働している身分であるため、なかなか一筋縄ではいかないのが現状だ。

 昔なら余暇の時間は酒浸りだった。仕事をしていない時間は、いつも安酒を煽り身体にアルコールを入れていたものだ。脳が正常に機能しないため、飲酒以外には何もできなかった。今にして思えば、その方が楽だったしもしかしたら性に合っていて幸せだったかもしれない。ブログをやることもなく、文章のことであれこれと頭を抱えることはなかった。

 なぜ文章を書き続けなければならないかは他の記事で何度も書いたから伏せる。今は完全にそれが習慣化してはいるのだが、それでも時間や労力を要する作業であることには変わりはない。書かずに日々を過ごせた時期を、俺は懐かしくすら感じる。面倒な作業を強いられているような感さえある。働いているだけで汲々としているのに、それに加えて一円にもならない文章を書くことはシンドイ。

 書くことを苦に思わなったのは、このブログを始める前までのことだ。だが、それが自分にとって辛苦を伴うものだと実感することさえなかったからに過ぎない。漠然と自分の能力を過信していただけだったと言える。どんなことでもそうだが、やる前は容易く思えるものだ。自分は文章を書くのが得意とまではいかないが、少なくてもそれは苦痛を伴うものではないはずだと漠然と思えたのは、単にそれに腰を入れさえしなかったからに過ぎない。

 目下、俺は文章教室に通っている。そこに出した入学願書のようなものの自己PRの欄に、「書くこと即、生きることとなるように云々」などと書いたような覚えがある。お笑い草というか噴飯物だ。たかだかブログ程度ですら書くのに四苦八苦しているのだから。結局のところ、俺は文章を作るのが達者ではなかった。学校に通うまでもなく、ブログを続けるだけで、俺はそれ思い知ることになった。

 文章作る程度なら自分にもできると高をくくっていた。絵も描けず、作曲もできず、プログラミングもモノにならなかった俺でも、作文なら他人より秀でていると思い込んでいた。ところが現実はそうではなかった。俺は文章を書くことさえ満足にできなかった。筆まめな人間なら、難なくこなせる程度のことでも、俺にとってはほうほうの体でようやくできるかどうかといった体たらくだ。

 そもそも、自分にとって書くことはどんな意味があるのだろうかと自問する。文章力を身に付けるために、書く事を習慣づけるためにブログを書くようにはしているが、それだけでは自分の中でイマイチ意義付けが弱いのかもしれない。ブログだけではない。それ以外のことでも俺は働きながら読んだり書いたりしなければならないのだから、ブログごときにアレコレ気を揉んでいる暇はない。

ノンストップライティング、的な

 言葉を紡ぎ文章を作ることをストレス発散の為の行為だと捉えるのはどうだろうか。少なくとも、ブログ程度の文章なら特に気負う必要もないのだから、書き散らかすだけでいいような気もする。どうしても文章を書くとなると、マトモな内容にしなければならないような強迫観念に駆られる。しかしそもそもそれが根本的な間違いというものだろう。

 ちゃんとした文章で無ければならないというのは、書き手が勝手にそう思っているだけだ。編集者も居なければ買い手も、ともすれば読み手すら居ないかもしれない。そんな文章のクオリティを保とうと試みる滑稽さよ。文章を作る上でもっとも重要なのは、美文名文の類いを書くことではない。むしろその逆で、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとばかりに、いかに多く書くかだ。

 5000文字というと面食らうが、単純作業として考えればそれほどの分量ではない。第一、作文を高尚な行為だと見なすべきではない。俺は以前、ネット広告代理店()を称する会社で働いていたことがある。そこでSEO対策としてのウェブライティングの仕事をやらされていたが、その時に俺が毎日書いていた文章の量は、軽く日産1万字を超えていたはずだ。

 あるサイトに載せる文章をひたすら量産するのが俺の仕事だった。それはGoogleをはじめとした検索エンジンのロボットにウェブサイトを高く評価させるために必要な作業であった。要するに、何かのブラウザでキーワード検索をした時に、できるだけ一覧の上の方にサイトが表示されるようにするために必要な工作をしていたのだ。その工作に必要なのが、サイトに載せる文章であり、それはとにかく文章の量が物を言うのであった。

 それは無意味な文字の羅列ではなく、日本語として意味のある文章でなければならなかった。逆に言えば、その条件さえ満たしていれば、文章の質については別にどうでもいいといっても過言ではなかった。そのような事情から、俺は例の会社にいた間は、ひたすら文章を作る作業に従事していた。最低限日本語としておかしくなく、またサイトの趣旨に沿った内容の文章を、とにかく少しでも多く作ること、俺に課せられていたのは、本当にただそれだけだった。

 それには何の苦労も必要なかった。単にテーマから逸脱しない日本語の文をひたすら「生産」するだけなのだから当然だ。そしてなによりも、俺は自分が携わっているサイトの検索エンジン対策になど、一切興味も関心もなかった。ただ言われるがままに唯々諾々と従っていただけだった。そこには苦労も努力も一切なく、単に時間や手間の浪費があるばかりであった。

 転じて現在はどうか。俺は自分のブログに載せる文章を作らなければならなくなった。会社の仕事でやっていたサイトに使う文章を作るのと、気持ちの上では大分異なっている。それが却って良くないのだろう。自前のサイトで自分の名前を名乗ってやっている以上、イッパシの内容になるように、人前に出して恥ずかしくないような出来栄えになるようにと、下心を発揮させてしまい、それが足かせになっているからいけない。

 

 どんなに心を砕き、苦心しながら作ったとしても、その気持ちが一体何だというのか。辛い思いをして何かをやれば、それが報われると考えるのは典型的な誤った考えだ。そんな非生産的な思いから脱する必要がある。それは例えるなら心理的なストッパーであり、ライターズ・ブロックとでも言い表せるようなものだろう。それを取り払うことを、これからの目標としていきたい。

 例の仕事をやらされていた頃に、どんな内容の文章を作っていたか全く思い出せない。しかしさっき書いたように、下手な鉄砲なんとやらだ。日産1万字2万字もの文章を作っていれば、名文美文のフレーズの一つや二つは無意識の内に頭からひり出していたのではないだろうか。そしてそれには一切の作為もなければ苦労もなかったはずだ。現在とは打って変わって、俺は仕事でやらされていた頃のほうが自然体で文章を作って居たのかもしれない。

 自らの威信をかけて文章を書き、公開しているという自負が悪く作用している。どれだけ苦労して書いたとしても、その心身に被ったあらゆる難儀が、良い文章を生み出す要因とは必ずしもならない。それどころか、思い悩むあまり筆が進まず、書けなくなってしまう方がより自分にとって有害だといえる。良いものにするには何であれ磨かなければならないが、まず磨くべき対象がなければ話にもならない。

 駄文だろうが悪文だろうが、とにかく何らかの形を成していてはじめてそれを改良する可能性が生まれる。何はなくとも、まず頭の中にある考えを文章として出力できなければ何にもならず、また何も始まりはしない。例の会社の仕事を、俺は嫌がらずに続けるべきだったとさえ、今となっては思う。文章の巧拙や出来不出来を問う前に、まずどれだけ出力できるかだ。

 ディティールが問われる局面でのみ文章の細部に気を配るべきだろう。少なくとも、これはたかがブログである。それならばここに載せる文章の枝葉末節について時間をかけて取り組むことは正しい姿勢ではない。なぜなら飽くまで、ブログの中の作文というのは、俺にとっては文章を書く為のトレーニングだからだ。それにおいて重要なのは質よりも量なのである。

 加えて、長い時間を要するなら、それもまたよろしくない。他にもやらなければならないことが、言うまでもなくたくさんある。ブログを書くことに手間取っているようでは話にならないのだ。ブロガーとしてどうこうなろうなどという腹づもりなど、俺には毛頭ない。ここでやるべきことは日産5000字を毎日書けるような状態なり体制なりを維持することであって、それ以外にはない。

 せいぜい、日常の憂さ晴らしやストレス発散程度の意味合い程度しかなく、また求めるべきではないだろう。文章の腕前を上げるために俺はブログを開設し、今日までツラツラと書き続けてきた。書くことによって、自分の中にある考えがまとまることもあったし、日常生活で被っている仕事などの不満や愚痴などを外に出すことで憂さ晴らしになるという効用はあった。それらだけでも、十二分だろう。

クオリティは度外視で

 とにかくたくさん書けるようになることが肝心だ。どうしても見えや下心が働いて、それなりの内容やクオリティになるようにと考えてしまいがちだ。それが先に触れたようにスムーズに文章を作る手を止めてしまう。実際にこれを書いている最中においても、キーボードを打つ手が微動だにしなくなることが多々あった。内容の如何よりも、スムーズに頭の中にあるものを出力できるようになるべきだろう。

 ブログという場においては、それで十分だ。逆に、低劣な代物を天下にさらけ出せるくらいでなければならない。恥も外聞も捨てて、とにかくたくさん書いて公開できるだけの図太さや臆面の無さもまた、俺は涵養する必要があるだろう。誤字も脱字も、構成の破綻も、取り敢えずこの場においては一切考慮せず、省みることもないくらいでよい。

 己の拙さを隠さずに公に晒せる精神を身に付けなければならない。人前に出せるレベルに達しなければ誰にも見せられないなどとナーバスでセンシティブな心持ちでいるようでは、まるで駄目というものだ。ブログで身の上について書くこと自体が、そもそも恥さらしもいいところだし、文章の学校などで課題を出してそれを教室で読み上げたりすることもまた、恥の上塗りと言うやつだ。それならばもう、何をためらうことがあるだろうか。

 書きなぐり、書き捨てて億くらいでちょうどよい、ブログにおいては。一番悪いのは、書けなくなってしまうことだ。毎日まとまった分量の文章を作り続ける習慣が何処かで耐えてしまうことは避けたい。そうならないならば、駄文を公開して物笑いの種になるくらい屁でもない。それくらいの気持ちで居なければ、文章を書くことで何者かになろうなどとは高望みもいいところだろう。

 恥をかく訓練というのは、人間には欠かせない。俺にはそれがどうも、足りなかったように思える。子供の頃から親をはじめとした周りの大人からよく、恥をかかせるなとか、恥ずかしくないのかだのと言われたものだ。恥をかきたくないという思いが、どれだけ人間の言動や思考を束縛するだろうか。それを矯正するためには、いい機会なのかもしれない、このブログは。

 笑いものになることを俺は死ぬよりも恐れた。だから俺は、公の場で何もできなかったし、何一つ表すことができなかった。人目につかないように生きるしかなかったし、それのために俺は、社会の隅に追いやられヒトカドの人間にもなれずに社会の最底辺で喘いでいるのかもしれない。恥をかく事を恐れてなにもしないから、何も習得することがなかった。

 積年の悪癖を断ち切るという意味を込めて、敢えて質の低い文章を量産してここに載せることにする。それを難なく日常における所作の一環としてこなせるようになればいいと思っている。書きなぐることでスタートラインに立てるような気がする。まずは出力が自在にできるようになってから、書き方の技巧だの何だのについて工夫するなり何なりすればいい。それ以前の問題として超えなければならないハードルを常日頃から超えられるかどうかが、取り敢えずの最低ラインとしておこう。

自由についての所感

 自由という言葉や概念について、子供の頃からよく思ったり欲したりしてきた。しかし、それがそもそも具体的にどんなものであるか、俺は深くも細かくも考えることはなかった。自由とはそもそも何で、どんな状態を指すのか、ハッキリと定めることなくそれを求めてきたのは我ながら恥ずべきことだ。言うなればそれは、目的地も定めず当てもなく彷徨うような、そんな愚行でしかなった。

 

ままならぬ日々

 会社で働かされている間、いや出勤のために色々と支度などに要する手間なども含めれば相当な時間、俺は思うままに振る舞えない。本来なら俺にとって己の人生に於ける全ての時間は、自分の好きなように使ってしかるべきはずだ。ところが実際、そうは問屋が卸さないのは、主に金銭的な事情のためだ。俺は自分の時間や心身により生み出されるサービスなどを労働力として他人に提供して対価を得て生活している。

 それはつまり無産階級の労働者としてこの社会で暮らしているということだ。自分がワーキングプアだという苦い現実を俺はあらゆる場面で思い知る。嫌いで義理も義務もない人間に頭を下げ、赤の他人の不手際のせいで余計な気苦労を被り、報酬もなく職場に拘束され作業を無理強いさせられる。おれはそれらの目に遭わされる時、好き勝手に振る舞うことは許されず、たいへん不服である。

 月並みな言い方をすれば、俺の人生には自由がない。だが、自由とはなんだろうか。自由になりたい、自由が欲しいと人は漠然と言ったり思ったりするが、それは一体、どんな状態を指しているのだろうか。自分の好き勝手に振る舞えれば、それで自由だといえるのだろうか。勝手と自由という言葉が、完全に同じ意味で用いられることに俺は、漠然とした違和感を覚える。

 宝くじで何億円か当たり労働から解放されれば、とよく夢想する。有楽町にある劇場やビルなどを清掃する仕事をやらされていた頃、俺は仕事終わりによくクジを買ったものである。全く当たらず、手取り14万ほどにしかならない給料を当時は、この上なく無駄にしていた。学生時代の終わり頃にも、宝くじが当たれば就職しなくても良いなどと浅はかに考えて俺は、それに縋ってやはり金をドブに捨てていた時期があった。

 金があって仕事をしなくて良くなれば、それで自由を謳歌できると考えるのは、極めて浅はかだ。他人に使役されない者がただそれだけで自由でいられるなら、人間はなんと簡単だろう。しかし、実際はそうでもないだろう。雇われない身の上になれたとしても、生きる上でのあらゆるストレスや問題から解放されると捉えるのは、自分が目下置かれている状況を単純化しすぎの感がある。

 子供の頃、自分はどうだったかと振り返る。俺は15歳になるまで、他人に雇われたり使われたりすることはなかった。15歳の夏に働きに出される前までの俺は、雇用や労働という言葉とは無縁で生きていたと言っていい。その時分、俺はそれだけで幸福だったか、満ち足りていたか。在りし日の記憶を辿りながら、そして目下の状況と比較しながら、自問する。

 実のところ、それほど変わらなかったと言って良い。公立の中学校や小学校に通わなければならなかったし、部活動や習い事なども強要されていた。子供のうちから俺は、思えば自由奔放とはいかなかった。小学時代にはそろばん塾、中学時代には卓球部を無理強いされた俺は、帰宅できる時間がかなり遅かった記憶がある。学校はもちろん、これらもまた俺には苦痛だったし、何の役にも立たない作業に過ぎなかった。働いていないから自由というのは、余りにも視野が狭すぎる。労働以外の何かを強いられたり駆られたりするなら、子供だろうが有閑階級だろうがその者は自由ではない。

意に沿わぬ度

 自由になる前に、自由とはそもそも何かについてハッキリさせなければならない。単に辛く苦しく、理不尽な労働から解放されれば、その状態が自由だと考えるのは余りにも考えが足りない。先ほど子供の頃について触れたが、子供のうちから自由がない者は仕事だの労働だのとは無縁な理由のためにままならない生活をしている。働かなければならないかどうかはこの際、度外視していい。

 労働者の現在にしろ、学生時代にしろ、俺は意に沿わない目に遭わされてばかりいた。そして俺は、その渦中にあっては常に不満であり、また苦痛を感じた。そんな最中に昔から、俺は決まって頭のなかでこのような文言を繰り言のように唱えたものだ。「自由が欲しい」と。しかし、重ねて言う通り俺はその自由のなんたるかを知らなかった。知りも分かりもしないものを熱望するなど、我ながら噴飯物だ。

 俺はもっと遊びたかった。好きな場所に行き、好きなことをして、好きに過ごしたかった。思い起こせば、俺はあらゆる局面においてそれを望み、それは叶いはしなかった。だから俺は、自由とは即ち、好き勝手に振る舞えることだと考えた。思うまま、あるがままになれないから、できないから自分は自由ではなく、それが達せられるようになればそれが手に入ると思っていた。

 貧しい親元で厳しく躾けられた俺は、故郷を離れて一人暮らしすれば自由になれる考えた。ソロバンも卓球も、公立学校も職業科の高校からも解かれれば、俺は自由になれるはずだと。俺は都会の大学に行き一人暮らしをした。バイトをして多少は金の余裕もでき、大学時代という極めて短い期間に限っては俺は自身の生涯における枷がない時間を送ったと言って良い。

 しかし、その時期を振り返っても俺は、自由を謳歌したという記憶がない。大学では必死に勉強したわけでも就活に生活のすべてを捧げたというわけでもなかった。それどころか、俺は家に閉じこもってウジウジと悩んでばかりいた。答えが出ない自問自答を延々と頭の中で繰り広げ、子供の頃のことを後悔したり、未来のことで絶望したりして、引きこもっていた。

 俺は己の人生に希望が見いだせず、行き詰まっていた。大学時代を楽しむといったことなど、全くしていなかった。俺は人生で最も時間が有り余っていたはずのじきにおいても、不自由であったのだ。このことは幾度となく思い出すべきだろう。結局大学から放り出された俺は、学生という身分を取り上げられ労働者に堕した。低賃金労働に身をやつしながら馬齢を重ね、疲弊していく過程において、苦役と無縁に過ごした日々はもう、はるか遠い彼方の、まるで他人事のように感じられる。

 しかしそれは他人が過ごした惰性や安息の日々ではない。俺には親元を離れて苦しい仕事もせず、食って寝るだけの時期が間違いなくあったのだ。その時代を懐かしみ、あの頃に戻りたいなどと、いまの俺は思っているか? 答えは否だ。学生時代は、俺にとって全く楽しいものではなかった。労働者として長く生きすぎたせいで、俺は労苦から解かれた状態を過剰に美化していしまっているところが、我ながら見受けられる。

 

 働かずに済むなら自由で幸せだと言うなら、ニートは人間にとって理想だろうか。家が裕福なのか親が甘いのか、この国にニートは数多くいる。連中は現状が維持できる限り、労働からは解放され苦役からは無縁の存在だ。果たしてそれは好ましく、望ましく、また羨ましいといえるだろう。働かないことを自由だと安直に定義するとしても、それは大して羨ましいとは思えない、少なくとも俺には。

 ニートでかつ羽振りがいいとなればどうか。働かずに済むだけでなく、好きに外出でき金は使い放題、ひ孫の代まで金やモノの心配など何一つしなくて良いような身分だったら。そんな境遇の者は、少数であっても確かに現代には実在するのだろうが、それは羨ましく、完全無欠の人生を謳歌していると言えるだろうか。ここまでになると、妬ましいと思う気持ちも少しは生じはするが、それでも俺にはやはり足りない。

 人間が個人として享受できる快楽や放蕩など、高が知れている。その括りの中でどんな風に何をどれだけしたとしても、俺にとってはそれほどでもない。一個の人間がそれとして被ったり浴したりする禍福やその多寡などは、それほど重大でもないように思えてならない。俺が欲する、または欲さなければならない代物、つまり本当の意味で言うところの自由とは、そんなものではないような感があるのだ。

 人間は、少なくとも俺は、己自身から解かれなければならない。自分が自分であることそれ自体が不自由であり、自由とはそれからの解放であると俺は捉える。肉体的な個体としての自己、社会的な存在としての自分なるものが、たとえどれほど満ち足りていて、遊び貪り尽くせる境遇であったとしても、それは俺にとっては何の意味も持ちはしないと言い切れる。

 欲や願い、望みを現実が繁栄しなかった時、俺は打ちひしがれる。しかしそれは、俺にとって不自由を意味しない。自由とは、それらと自分が完全に無縁になった状態なのだから、自らが抱いた欲望が実現しなかったとしても、最早それは憤りも悲しみにも値しない。生きる限り人間の内に欲は絶えず起こる。しかし、それが果たされるかどうかはその者が自由であるか否かを示すものではない。

 むしろ思い通りにならない方が、人間はより自由に近づける。その「思い」こそが、人間を縛り付けている源なのだから、それが挫かれる瞬間というのはある意味では飛躍の好機だと見なすべきだ。なぜ己がそれを欲しているのが、それにこだわる理由は何か、そしてそれは、本当にそれほど重大で欠かせないことなのか。満たされなければならない欲や、叶わなければならない願いというものは、実のところ自分が思っているほど多くはないのではないか。改めて内省してみれば、そんな気にさせられることは思ったよりもはるかに多い。

叶わない時にこそ

 囚われるべきではないが、囚われないことにも囚われるべきでない。覚者ぶって超然として生きるのも、それはそれで楽しくも面白くもなく、更に言えば不自由なものだ。僧侶でもなければ行者でもない俺が、そんなことに耽るのは馬鹿げている。凡夫にはそれとしての道があるだろう。俺は宗教やスピ系の道を志しているわけではないのだから、澄ました顔をして暮らすことも甚だ間違った態度だろう。

 欲を抱き、それに駆られ、さらにはそれに固執することもない。さらには固執しないことにも執着することなく、自然に起こる欲に向かい続ける。これこそ真の自由というものだ。つまり、自由という言葉には本質的には「自分からの」という言葉が必ず先に付いてくるべきである。俺は物心ついてからこっち、自分の好きに振る舞えるようにと考えて生きてきたが、それは根本的な誤りであった。

 人間は自らから解かれなければならない。それに比べれば、労働や親が通わせた塾、教師が強要した部活動などに縛られることは、全く問題ではなかった。むしろ、それらから逃れたいと欲する己の心の動きが明らかになる、いいきっかけだったと考えるべきだろう。俺は今も不本意な仕事に就き、嫌いな人間の下で働かされ、憎むべき者どもに頭を下げ、貴重なはずの人生の時間を他人に奪われている。しかし、それらは大したことではない。

 己から解かれるのを欲するなら、それらは最早なんの意味も持たない。不自由や理不尽を被る自分がどれほど酷い目に合わされ、不当な扱い受けているか、そんなことはどうでもいい。これこそが究極の福音であり、俺が本当の意味で追い求めた至高の願いだった。そしてそれは言い換えれば心の自由に続く、たった一つの道なのだ。俺の半生で被った全ての災難は、その道を照らす灯明だったのだ。

 それを志向するなら、金も時間も不要だ。何がなくても、どこに居ても人間は、それを求めて邁進できる生き物である。そしてそれこそが人間という種が有する可能性なのだと俺は、赤の他人に使役されながら胸中で念じているような毎日だ。働かされているだとか労働を強いられているだとか、そんなことは俺にとってはどうということはない。被っている真っ最中にあっても。

 自由とは何でもできることでもなければ、我を通すことでもない。欲する自分そのものから遠ざかり、解放されることこそが、まさしくそれである。何かを賛美し、それを乞い願うならば、人はそれについて良く良く知らなければならない。自由という言葉や概念もまた同じだ。漠然とただ自由が欲しい、自由になりたいと願うことの愚かさや誤りを、俺は自らの人生を通して思い知ってきた。

 嫌なことをせずにやりたいことだけを存分にできたとしても、それは俺の本位でもなければ自由でもない。嫌だと思う自分、やりたいと思う自分、それらから解かれようと求めることこそが自由であり、俺の本願である。今やらされている仕事が嫌いで、辞めたいと思ってはいるが、その願望を叶えたとしても、俺は何も得ることはないだろう。労働から逃げても、己から解かれなければ。

使えないやつ

 下層階級にとっての躾や子育ては、何ものかに雇われ使役されることにより生活の糧を得て暮らせるような能力を子供に身に付けさせるためものでしかない。他ならぬ俺はそのような粗末で的はずれな教育を施され、今日に至っている。それは畢竟、利用価値がある使える人間になれ、というプラクティカルな考えに基づいた教えであると言える。しかし、そんな考えを前提にして暮らしが成り立ったところで、そんな惨めな生き方に一体どれほどの値打ちがあるというのだろう。

 

使われるということ

 俺の命は極めて安い、いやタダ同然だ。なぜなら、実際に安い賃金で他人に雇われていたし、今もそうであるからだ。俺は今まで割のいい仕事をしたこともなければ、提供した時間や労働力に見合った対価を雇い主から貰ったこともない。安く使役されるだけならまだしも、タダ働きとなると、我ながらバカバカしいことこの上ない。赤の他人に無償で奉仕させられる俺は、一体どんな存在だというのだろうか。

 考えるまでもなくサービス残業など正気の沙汰ではない。人間としての誇りもなにもあったものじゃない。生活のためと自分で自分を納得させるこの屈辱、改めて思えば、気が狂いそうになる。なぜそんなことができるのだろう、どうして頑張れる? マインドコントロールでもされているんじゃないかと、我ながら危惧してしまう。ところがどっこい、俺は別段どこもおかしくはないのだから困ったものだ。

 俺は正気を保ちながら、クダンの奉仕をしている。そしてそれはボランティアではない。俺は単に低賃金で働かされる下層労働者に過ぎない。そのため、高邁な志で奉仕活動をしている立派な人間とは絶対に他人から見られはしない。改めて考えてみると、それもまた不満の種だ。ボランティアで街なかを掃除するのと、賃金も出ないのに職場に拘束されるのと、一体なにが違うというのか。

 仕えている人物が立派で尊敬できるならまだ話は分かる。徳なるものが存在し、それによって人が人の上に立ち、従えるというのはある意味理想的な人間関係なのかもしれない。と言うより、他人を使役することを正当化しようとする者は大抵、自身に人徳がある気になっているような感がある。己が正しく優れていて、他人をタダで使役する権利なり資格なりが存するつもりでいやがる。

 一体全体、何様なんだろうか。他人をタダで利用できる側に立っている、あるいは立てると確信している人間は総じて醜い。本当に反吐が出るほど嫌な野郎どもだ。そんな連中にいいようにされるのが、俺は悔しくて仕方ない。しかし俺は無産者だから雇われて金を稼がなければならず、そのためにそんな輩にかしずくのも仕方ない。働くということは辛く苦しく、それらに加えて不本意きわまりない。

 労使契約で他人を使役することの何が偉く誇らしいのか、俺には理解に苦しむ。契約通りの条件で従業員を使っていると言うなら、まだ話は分かる。ところが現実は全然そうではない。仕事の内容を契約の範疇だけに留めるような、そんなホワイト企業はこの国において一体いくら在るだろう。一般的に働くということは、そのような稀な職場に籍を置く事を意味しない。現実には全く逆だ。

 俺は身をもってそれを思い知らされてきた。正規雇用だろうが非正規だろうが、合法非合法の別なく、俺は数多の他人どもに都合よく利用されてきた。いつかの職場で、ある者が俺に行った。

「もし俺が高校とかでお前と同じクラスだったら絶対いじめてたわww」

 俺は苦笑するしかなった。それは俺の先輩社員であったのだが、それが職場で俺にしている仕打ちは、いじめ以外の何物でもなかった。その男は自分が俺に普段からやっていることが、いじめではないと思っていたというのが、前述の発言から分かる。仕事上の人間関係を悪用して他人をこき使うのを、そいつは正当なことだと考えていたのだ。

生まれた意味を知る時

 学校のいじめは所詮、校内だけで完結する。極端な話、卒業するまで耐え抜けば、後腐れなく学校内の人間とは縁を切ることができる。卒業という節目を見据えて、我慢していれば、どんなことであれいつかは終わるのだ。終わりがハッキリと定められているから、俺は堪えられた。加えて、上下関係がない場合は加害者に何の権威も正当性もないのだからそんな連中が言ったりやったりすることなど、学校の外では無効だと思えば、気も楽になる。

 社会に出てからのいじめは学校のそれとは比べ物にならない。学校という場はあらゆる意味で社会に出るまでの前哨戦であり、それが終わってからが人としての本番である。よって、いじめる或いはいじめられるという事柄においても、学校が終わってからが真の始まりだ。真のいじめとは何か、それは利用する側が利用される側を思うままに使役し、時間や労力を搾取するということに他ならない。

 俺はあらゆる職場で、様々な仕事に従事してきたが、不当な労働は思えばすべてが悪質ないじめであった。学生時代に俺は使いっ走りなどしたことはないが、社会に出ればそれは最早日常である。先に触れたとある職場で俺を顎で使った先輩社員との間柄など、明らかにパシリパシられる関係だった。その男は自分が俺と理想的な先輩後輩の仲を築いているツモリでいたようだが、俺からしてみれば信じがたい精神構造だ。

 ドラえもんで例えれば、雇い主や上役はジャイアンで労働者はのび太だ。ジャイアンのび太に理不尽な加害行動をしたり、何かを奪ったりするのと同じことを、職場において俺は他人からされていると考えるべきだ。ジャイアンは分かりやすい悪であるが、実社会でそれの如く振る舞っている連中は、自分が悪だとは夢に思わない。それどころか、善良かつ正当な人物だと思いこんで生活している。そしてそれを終生、疑うことはない。

 騙したり脅したりして他人を利用することが悪でなくて何なのだろう。日常的に会社だの職場だのといった所で行われているのは、悪行でしかない。その純然たる加害者どもは、労働条件や待遇を偽り、減給や解雇などをチラつかせて労働者を怯えさせる。それらを背景にして、安く長い時間、赤の他人を拘束し使役する行為の、一体どこに正当性があるというのか。それを日常的に行いながら、己を悪人でないと思える極太の神経が、俺は羨ましい。

 ジャイアンのび太スネ夫を理不尽に利用したところで、それは子供の世界だけの話だ。余程のことでもなければそれは、単なる笑い話だろう。だが、現実において大人同士で利用し利用されるというのは笑い事では済まされない。都合よく、道具のように他人から扱われる時、それはなんとなく気分が悪いだとか劣等感に苛まれるだとか、その手の情緒的な問題ではない。

 自分が他人のために犠牲になっているのだ。他人に使われるというのは、とどのつまりそういうことだ。これは例え話や大げさな言い方をしているのではなく、言葉そのままの意味で犠牲になっている。他人に譲り渡す時間や労力の出処は、即ち命そのものである。掛け替えがないはずの己の命を、大切でも重要でもない相手のために惜しげもなく差し出すとは、なんという気前の良さだろう。

 

 俺は生まれて初めて働きに出された時、己が生まれてきた意味を悟った。俺は他人に自分自身を安売りし、世の中の最底辺で社会を下支えする、ただそれだけの存在であった。親に躾けられ、学校で教育を受けたのは全て下層社会に属する労働者となるために必要なことであった。俺は自らに降り掛かった労働や苦役を通して、己の存在意義を思い知らされた。

 現在も同じだ。客や取引先、あるいは上司などの上役にへつらい、都合良く使い倒されていることを自覚する度に俺は、屈辱とともに己のなんたるかを突き付けられる。夢も希望も、救いも気晴らしもない、言い逃れできない圧倒的な現実を俺は目の当たりにする。そうは言っても、不当な待遇で他人に使われる以外に、生きるすべなど俺にはない。その現実に順応することをあらゆる瞬間に俺は強いられる。

 生きられるように、暮らせるように。畢竟、働ける状態を維持するように。俺にとって働くことと生きることは完全に等号で結ばれており、それを否定する選択肢はない。これは産まれ落ちたその瞬間から定められ、それこそがこの俺が生まれてきた意味に他ならなかった。それに嫌だと言うことはおろか、思うことも許されず、俺はそれを己に与えられた使命として受け入れなけれbならなかった。

 ところが、俺は生まれた意味を思いしらされる度に、抵抗感を覚えた。これが、この一事こそが、俺が出来損ないの社会不適合者であることの何よりの証だった。他人に使われてはじめて、俺は此の世における生存を許される身分だ。それは重々承知では在るのだが、精神の内奥ではそれを拒絶している自分がいる。俺を俺たらしめるのは他人に使役され労働に従事している間だけ、それは頭では分かってはいるが。

 此の世の全てが俺に働けと言う。雇い主にとって都合の良い労働者として徹することを、森羅万象の一切合財が結託して俺に強要している。クドいようだが、俺は働かされるために、使役されるために此の世に生まれてきた存在でしかない。そんな俺が働けないだの働きたくないだのとは、とんだお笑い草だ。社会に順応し、生活を維持すると言うことは即ち、俺にとっては時給いくら、月給いくらで雇われて働くということを意味する。

 雇われたり他人に使われたりせずに済む道を選など有り得ず、許されない。そんなことを前提にして、俺は育てられなかった。下層階級の両親に粗末な教育を施された俺は結局、父は母のように被雇用者として位置づけられ、この社会で生きることを余儀なくされる宿命にあった。俺はそれに能わず、またしたいとも思わなかったから、両親にとって俺は常に問題児だった。

使われないということ

 俺は親の言いつけにより15歳で働きに出された。それについては前述のとおりだが、両親は俺に対してそれを通して何を望んだか。それは、マトモな「社会人」として労働に勤しめる人間として俺が育つようにという願いだった。ところがそんな親心は、全く逆の結果を招いた。俺は前述の労働により、働くことの厳しさと苦しさ、加えて理不尽さを嫌というほど味わわされ、社会に適応できなくなった。

 最もそれは遅かれ早かれ露呈したことかもしれない。15歳だろうが18歳だろうが、22歳だろうが30歳だろうが、俺が労働者としては並未満の存在だということは、いずれ明らかになっていただろう。かえって早いうちにそれが分かった方が、俺にとっては良かったのかもしれない。逆に、体力がないだとか頭が悪いだとかいう以前に、根本的に労働という行為に向いていないと、もっと早く気づくべきだったとさえ、今となっては思う。

 使えないと面と向かって言われる度に、お前に使われるために生きているんじゃないと言い返してやりたくなる。実際にはお追従するだけなのだが、内心では腸が煮えくり返る思いではある。俺が無知無能で、誰かに迷惑や不利益を被らせたところで、俺には知ったことではない。俺が割に合わない苦しい仕事を無理強いさせられている最中に、他の者どもが俺の気持ちなど慮らないのと同じように。

 他人から使える、利用価値がある存在だと評されたいと欲さない。それであろうと試みるのは、他者から便利な道具として見られたいと望むことだ。何と言うか、そんなことを願いながら生きるくらいなら、いっそ死んだ方が遥かにマシかもしれない。虫けらや畜生でも、そこまで情けない生き方はしないだろうに。どっこい、労働者という存在は得てしてそういった下卑た考えに囚われてしまいがちだ。

 ほんとうに必要なのは、使われない人間になることだ。そしてその一環として、他人に使えないと断ぜられることを積極的に肯定するくらいの図太さが求められる。縁もゆかりもない、単なる赤の他人に利用価値があるか否か、使えるかどうかなどと無礼千万な値踏みをされて、憤らない精神は生物として終わっている。生命体としての最低限の矜持を捨ててまで、安楽に生きるのが尊いとは俺は思わない、とても。

 無能の烙印や誹りを受けても、それで即死するわけではない。クビを切られたところで括れなくなるだけだ。家や学校では、有用な人材になるように俺は躾けられて俺は大人になった。だが、今にして思えばそんなことは奴隷や家畜、いやそれ未満の、他人が便利に使い潰せる道具に成り下がるための、極めて低劣かつ粗末な教育でしかなかった感がある。

 価値ある存在だと思われたく、無能だと見なされたくないと躍起になるのは無様だ。それは他人に己の生殺与奪どころか、自分自身をどのように定義するかの主導権さえ明け渡してしまった、惨めこの上ない生き物が晒す醜態だと言えよう。そんな風にしてオメオメと生活を営んでまで、生き続けることに一体どんな意味があるというのか。そんな生き方を喜び勇んでするくらいなら、はじめからこの世に生まれて来ない方が、ずっとずっと良いだろう。

忌まわしき哉、人生!

 若いうちは、どんな人生を送りたいかと尋ねられ、若くなくなればどんな人生を送ってきたかと問われる。どちらにしても、俺にとってはそれは答えに窮する質問だ。俺にとって人生はどんな局面においても思い通りにならなかったからだ。そして自分自身を持て余しながら俺は、ただ右往左往するばかりであった。一見、「俺の人生」と口で言うことは容易く、それは自明であるように思える。だが、俺という個人やそれが生きる人生というものを、俺はどれだけ把握し、またコントロールしているというのか。

 

我あり、という罠

 己というものは疑う余地なく存在しているとされているが、なぜそうでなければならないのだろうか。確固たる自分というものが此の世には在り、それをどのように遇するべきか、と生あるものは一人の例外もなく悩んでいる。しかし、それがそれとして存在しているという前提が、俺にはいまいちピンとこない。個人として、あるいは個体として、俺はなぜ存在しているといえるのだろう。

 貴賤や優劣は別としても、お前はここにいることは揺るがないと皆が言う。だが、俺は本当に実在しているのか、良く分からず、実感が湧かない。体や心があるから、戸籍や住民票があるから、それらによって自分は確実に在ると、一般的にはそれで済ませる。第一、その感覚が俺には全く理解不能なのだ。肉体すらも、自分とは全く無関係に存する事物のように思える。ましてや社会的な帰属なんぞは。

 確たる己が在り、それを自己責任でどうにかする、それ即ち人生。各人が自分だけのそれを持っており、己の裁量でもってそれを送ったり切り開いたり、台無しにしたり棒に振ったりする。それが普通の人間にとって生きるということらしい。別にそうしたい奴が居るなら勝手にそう思い、そうしていればいいけど、俺の見立てによれば此の世のほとんど全部の人間がそうなのだから驚くばかりだ。

 誰もが義務と権利を有する独立した個人として一生を送っているって、マジ? 俺はそんなものを好き好んで選び取った覚えはない。だから人生のクオリティについて自己責任だと言われても、全くもってイミフだ。そんなものに責任など取りようがないし、そうする謂れもない。そもそも独立独歩の個人というモデルが全ての人間に当てはまるという前提からしてオカシイ。

 個人というのは極めて近代的な概念だ。それはこの世の真理でもなければ、万人に当てはまり原理原則でもない。それは単に世の中の色々な者どもが在ると言い、みんながみんなそれに習っているだけ。言うなればそんなものの実在性など共同で抱いている幻想でしかないんじゃないか。そんな気がしてならない。自分の一生を始めから終わりまで決めたり定めたりして生きているわけでもないのに、なぜ個人として云々と言われたり問われたりするか。

 何をもって、何を根拠にして我在り、と断ずるのか。この俺とは一体何で、どこにあるというのか。そして、仮にそれらが全て明らかになったとして、だから何だって話だ。それで何かが解決するわけでもなく、何らかの救いが有るわけでもない。自分がいて、人生があって、限られた期間において、それとして振る舞うことを自他から要求され続ける。それだけで何か窮屈というか、囚われているような感じがする。

 霊魂などの形而上の、概念的な、スピリチュアルっぽい何かが自分だとしても同じ。だから何? に帰するという点で。俺がどんな形で、どんな状態で、どんな待遇であっても、それによって満足したり納得したりは、俺はしないだろう。俺が俺であることに一体何の意味があり、どんな価値があるというのか。そんなことを考えだしたら、社会生活などとても送れないし、廃人まっしぐらで、損するだけだけど、それから目を背ける訳にはいかない度し難い性分なのだ。

人生オワタ、と言う前に

 俺は人生に失敗したと、ずっと思ってきた。本当なら裕福かつ幸福な人生を送れたはずなのに、いろいろな事情が積み重なり、その結果として人生が台無しになったと常々思ってきた。しかし、「個人」というものの実存について疑いだせば、それが主体的に過ごすものである人生というモノ自体への実在もまた疑わざるをえない。要するに失敗だの成功だのという以前に、それは本当に在るのか?

 己の人生というのは一体いつ始まったのだろう。いつだったか「俺はもう終わりだ!」と嘆いて泣いたことがあるのだが、サメザメと振る舞いながらもどこか覚めた心持ちで、何かが終わるにはその前に始まらなければならないのに、とも俺は考えていた。俺の人生というものが仮に在るならば、それは一体いつ、どのような形で始まったというのか。

 俺の肉体が母親の腹から放り出された瞬間は歴然としている。だが、それに重大な意義があるとするのは、単に肉体こそが自分の本質だと定める価値観や思想に基づいた前提でしかない。それをそもそも疑っているのだから、いわゆる誕生日など一体今の俺にとって何の意味があろうか。血と骨、脳髄や神経などを指して確信を持ちこれこそが自分自身だと思える人間は、なんと幸福なことだろう。

 身体は単に肉でしかない。自分の意志で動かせても、どれほどの痛苦を鋭敏に伝えようとも、それは俺には単なる肉だ。思い返せば、自分の体がままならない経験は、別段珍しい現象でもない。そんな惨めさを味わう度に、俺は自身の体が有する他者性、己ならざる性質に目を向けざるを得なくなる。元を正せば親の生殖細胞をかけ合わせて作られただけの代物にすぎない。その製造の過程に俺の意見や意思などは全く無関係であることは言うまでもないだろう。

 精神は肉体以上に御しがたい。意馬心猿という言葉の通り、己を律する能力は万人に共通して備わっているものではなく、それを修養できる者はそれだけで立派と言える。翻って、俺は完全に自身の心を統制し、支配下に置いているだろうか。精神の如何は肉体の状態に大きく左右される。結局のところ、その両方とも自分の都合良くなりはしないということを、生きていれば嫌でも様々な局面で思い知る。

 心身ともに他者性を持っていると見なすべきだ。それならば、それらによって成り立っている個人というものは、そのまま自分にはままならない事物だと考えるのが妥当だろう。それがどうなっていくかについて、自己責任だの自業自得だのと言われても、やはり俺にはピンとこない。肉体にせよ精神にせよ、自らが完全にコントロールしているわけではないのだから、責任どころか愛着も大して湧かないのは無理からぬことだろう。

 それならば、その個人にとっての人生というものも、幻想だと結論付けるのは妥当というよりも正当だと言ってよい。自身の生涯について、人間が一体なにを決められるというのか。どんな街や家に生まれ、どんな親に育てられ、どんな教育を施され、どんな職業に就き、どんな人間と関わっていくか、一体どれくらい自分の意志で選ぶなり決めるなりしてきたか。

 

 己の願望や選択など、俺の生には殆ど何の影響も持たなかった。別に俺に限った話ではないだろう。此の世で生きている人間は大抵、不本意な人生を送るしかない。問題はそのままならぬ人生が自分のものだと思わされているということだ。それを送る主体としての個人が、これまで見てきたように全く自分の意志に依るものではなく、それ自体もまた己の望みや思いなど反映していないし、またされようがない。それがなぜ「自分の」人生なのか。

 人生なるものと個々人が所有しているというのは単なる思い込みだ。いや、そう思い込まされていると言った方がより正しいかも知れない。そのような考えを社会全体に浸透させることにより、誰かが得をしていると考えるべきだ。具体的に誰が何のためにその思想を流布しているかはこの際どうでもいい。俺が問題にしているのは、我々一人一人がその押しつけを自覚せずに生き、死んでいくということだ。

 別に他人がそのような考えで生きていく分には構わないが、俺がそうしなければならない理由はない。人生や自分自身といったものが、俺には理不尽に背負わされる単なる重荷にしか感じられない。他人の思惑や成り行きで壮健に担わされる一切について、「お前のせいだ」、「自業自得だ」と方々から言われるのにウンザリしてきた。それは謂れのない濡れ衣であり、事実無根である。

 俺は自分の人生など生きてはいない、これまでに一瞬たりとも。だから俺はいわゆる生涯というものについて一切の責任を負うつもりはない。俺が俺の人生を生きているという謬見から解放されれば、個人としての重荷から解かれる。それは世に言う自己実現などとは比較にならないほど、俺には魅力的に思える。個人としての己という牢獄から解放され、それに関する責任や咎を追求されることからも無縁になりたい。

 幼稚で無責任だと人は俺を見るだろう。しかし、そんなことは最早、俺にとってはどうでもいい。個人としてどう在るべきかについて、俺は生まれてからずっと考えてきたが、その根本義としての前提を俺は覆してしまいたい。主体的な個人という幻想と、それに基づいた人生からの解放こそが、俺が最も志向すべきものだった。どう生きるかや、その過程での得失など、枝葉末節の瑣末事にすぎない。

 人生において如何に多くを得て、かつ失わないようにするか。俺はそのことばかり考えてきたし、他人もそれを必死で俺に吹き込んできた。自分という掛け替えのない存在を育み、守らなければならないと。その道程が人生であり、それがどのようなものであるかは、どんなことよりも重要だと信じ、思い込まされてきた。だが、今にして思えば、それは単にそう定義していたからでしかない。

 どのように定義するかで、あらゆる事物や事象への解釈など、どうにでもなる。そしてその定義なるものは、どのように設定するかは自由というより勝手である。確固たる個人というものが肉体的、精神的、あるいは霊的な形であれ存在し、それをどうするかが全てだと定義すれば、それに基づいた生き方をするしか無く、またそう定義しなければそんなことは最早どうでもいいのだ。

自分からの自由

 自分を掛け替えない存在だと定義づける世界観は重苦しい。どこでどんなことをどう行おうが、それに基づいている限り人間はシリアスにならざるを得ない。それが好きで、本当にそうしたいと欲するなら、それもいいだろう。しかし、少なくとも俺はそうではなく、それから解かれ自由になることを望んでいる。それが世間と如何にズレていようが、知ったことではない。

 俺はいつ始まったというのか。産まれた瞬間はハッキリと記録されており、また物心がついた時の記憶も確かに覚えている。しかし、それらを以って「私の起源」あるいは「わが人生の始まり」だとは見なしたくない。父や母の生殖や出産や育児の結果としてモタラされた自分が一体なぜ掛け替えがない存在なのだろう。俺は俺であることに価値や意味を見いだせず、またそれをしたいとも思わない。

 そのため、産まれ落ちた土地や先天的に属している階級を愛することもない。要するに俺は己のアイデンティティ足り得る一切に執着しない。土台そんなことをする必要はなく、俺がそれを欲さず現にしなければ、それらは最早なんの効力も意味も発揮しない。我在りという前提を疑い、否と断ずる時、人生という幻想が一瞬にして崩壊し、その結果として人間に真の自由がもたらされる。

 個人が自分の人生を生きているなど、単なる妄想だ。それによって幸福になり、得るものが多くあるなら、その時はそうすればいい。だが、それが不自由や不都合を生み出し、自分にとって損になるなら人生など捨ててしまえばいい。いや、捨てるとか言う以前に、そんなものは端から存在しないと喝破してしまえば、全てから解放される。それこそがほんとうの意味での「人生オワタ」なのだ。

 自己実現とは呪いのようなものだ。それのために常に駆り立てられ、躍起になり、常に焦り気をもみ続ける人間は不幸である。己が己として在り、それを良い状態たらしめようとし、また悪くならないように最新の注意を払い続ける。実現される自己など幻に過ぎず、それが歩む人生や生涯などもまた然りだと知る時、はじめて人は不幸ではなくなるだろう。

 憂い煩うのは、自分という主体が在るからだ。自分が個人として在るという前提それ一つにより、人間は自らを地獄に落とす。地獄に落ちる自分が霧消してしまえば、地獄を恐れる必要などありはしない。昇天する自分という幻想から覚めれば人は、そこへ向かわなければと、苛まれることもなくなる。己なくして、あらゆる苦しみは存在し得ず、過去も未来もなく、現在すら霞のように消え去ってしまう。

 主体的であれ、と世間では盛んに言われるが、俺は真っ向からそれに刃向かう。これはお前の人生なのだから、全てはお前に由るのだと皆が俺に言う。何もかもが自己責任で、他人や社会を恨むのはお門違いだと、皆が俺をあざ笑う。俺はそれらに対して、他ならぬ「俺」という主体がそもそも非実在なのだと主張したい。俺は念仏のようにただ唱える、非ず非ずと。

生まれつきの義務

 働いたら負けかなと思ってるが、思うだけがせいぜいだ。実際俺は高校生の頃から現在に至るまで、赤の他人に不当に扱き使われてきた。思い返せばただそれだけの人生であったし、それを前提としてあらゆる躾や教育を施されてきた感さえある。下層階級に生まれてくれば、問答無用で社会の下支えをする役割を押し付けられる。世の中など、所詮そんなものでしか無く、それに対して嫌だと言うなら、その個体はその瞬間から出来損ないの社会不適合者として遇されることだろう。

 

生きる上での前提

 国民の三大義務というやつが、子供の時分から理解不能だった。そんなものが生まれる前から定められていて、他ならぬこの俺に課せられているなどと、考えるだけで意味不明としか言いようがない。産まれた日からくたばる瞬間まで何かを義務付けることができる国とか社会とかいうものは、一体どれだけの強権を持っているのだろう。理不尽というか、不条理というか、やっぱり未だに納得いかない。

 納税と教育の義務はまだ分かるが、労働の義務とは一体、どういうことなのか。働くためには先立つものが必要で、それを得るために働かなくっちゃというのなら、まぁ理屈だ。だが、それは飽くまで各人が頭の中で心得て置くべきことでしかない。先に書いたとおり、この国では労働とは即ち義務なのだ。何ものかに義務付けられて日本国民はすべからく、額に汗し身を粉にし、働けというのだから恐ろしい話だ。

 改めて考えてみると、働くことを無理強いさせられるというならそれは強制労働というやつだ。そしてそれをやらされているということは、それは奴隷か囚人とでも言った方がいい身分だと言えるだろう。よって、日本国民なるものはそういった類いの存在としてこの世に生まれ落ちてくるのだ。そしてそれを当然のこととし、疑うことも嫌がることもなく、義務を完遂することが求められるというわけである。

 俺はその意味で言うなら、間違いなく出来損ないの日本人だった。本来ならば俺は何者かから、

「24時間戦えますか?」

 と問われたなら即座に、

「はい喜んで!」

 と答えなければならないのに、それができなかったのだ。それは俺の生涯において、相当なハンディキャップとなってあらゆる局面で作用したような感がある。役立たずで、何の取り柄もない屑として俺は親にすら忌み嫌われるような、そんな人間だった。

 だが、その義務としての労働というのも、万人において完全に等しく課されるものではない。俺は日本人が何処か別の民族の奴隷か何かだったなら、却って平等であったのではないかと思う。全員が全員、同じような苦役を強要されるなら、不満も文句も言いようがない。現実にはそうではなく、同じ日本人であっても、どんな星の下に生まれるかによって、例の労働の義務の仔細は相当変わってくるのである。

 極端な話、有産階級か無産者かで課される労働の多寡も性質も全く違うのだから、甚だ不平等極まりない。俺からしてみれば、親や先祖から受け継いだ財産の管理なんてそんなもん、仕事のうちにも入らない。具体的にそれがどんな手順で、どれだけの気苦労があるか知らんが。そういう階層の輩が社会の下層に属する人間の苦しみを解さないように、俺もまた「やつら」の気持ちなど理解する必要もないし、したくもない。

 要するに、世の中はただひたすらに不平等きわまりないの一言に尽きる。俺はこの国が嫌いだし、自分よりも恵まれて豊かで、幸福に暮らしているような連中は一人残らず、殺されて地獄にでも落ちればいいくらいに思っている。そんなことを喚いたって、別段なにがどうなるというものでもない。社会の最底辺で憎い奴に見下されながら利用されるだけの生き方しか許されていない身の上の者が、なにを言いどう思い、どんなことを書き散らかしても、影響は皆無であろう。並べて世は事もなし。

星の下から離れて

 卑しい仕事をやらされる職場において俺は、もっとマシな人生を歩めたのでは、と働きながら絶えず思う。そして間髪入れずに俺は自らの脳裏に浮かぶ考えを振り切る。あの日あの時あの場所で、誰に会おうが会うまいが、こういう生き方以外はあり得なかったのだ。努力が足りなかったわけでも、心がけがマズかったわけでもない。俺はこの世に生まれたその日から、社会の底辺で生きることを宿命付けられていた、ただそれだけだ。

 自己責任という言葉がある。誰かが不幸であったり、苦しんでいたりする時、当人に全ての原因があるとする思想だ。それ以外の個体や共同体には一切の問題がなく、無謬であるため、どんな良くないことであれそれが降りかかるとしたら本人が全て悪いとする。俺はそれを真に受けてずいぶん長い間、愚かにも己を責め続けてきた。満足や納得ができる人生が送れないのは、自分の何かが至らなかったからだと。

 そんなことがあるはずがない。人生とは徹頭徹尾、生まれが全てで、それだけによるのだと言い切ってしまうべきだ。貧乏人の子供に生まれてきた時点で、下層社会で死ぬまで生きていかなければならない。さらに言えば、そのことを受け入れる必要がある。そして、それをするために必要なのは、愚かさや浅はかさだ。知恵をつける必要もなければ、コンスタントな努力もいらない。

 両親は俺が大学に進学しようとした時、最後の最後まで反対した。結局のところ、それが全てだろう。自分たちの息子、それも長男には高い教育など邪魔にしかならないと彼らは判断した。そして俺が置かれている現状を鑑みれば、それは全くもって正しかった。父や母が考えていたように、俺は大学に行ったり上京したりしてはならない個体でしかなかった。定石どおりにモノを考えればそうなる。

 両親はかなり計画性を持って俺を育てたと言って良い。小学生の頃からそろばん塾に通わせ、中学校では運動部でスポーツをやらせ、高校は当然のように職業科。普通科などとんでもないと、両親は中学2年だった俺に言い放った。俺はポケモンのゲームで手持ちのモンスターが全滅した時みたいに、目の前が真っ暗になった。実際、普通科の高校に行けないことが確定した時点で、俺の社会的な命運は、尽きた。

 父は中2の俺に向かって、工業高校の土木科に行って測量技師を目指せと命じた。母はそれに続いて、普通科など大学に行く人のためにあるのだと持論を展開した。俺が土木科や測量技師になりたいかどうかはその場においては全く、何の意味も持っていなかった。その瞬間、俺は己の人生における可能性というものが、全く開かれていないのだと思い知ったのだった。

 当時の友達は、みな普通科の高校に進学していった。そして、俺だけが職業科だった。これは俺にとって一生涯、拭い去ることできない重大なコンプレックスの源となっている。職業科の高校に通わなければならないというだけで、俺には屈辱的だった。その一方で、両親は俺の気持ちなど何も理解できなかった。なぜなら、父も母も職業科の高校を出ているからだった。

 

 津軽という土地柄もあったのかもしれない。両親だけではなく、今にして思えば俺の周りに大人は一人の例外もなく皆、高卒以下だった。それは全然、恥ずかしいことではなかった。また、大学に進学すること自体が別世界の途方もない贅沢であり、望むことさえバカバカしい願いでしかなかった。なぜ俺は普通の高校で、普通に受験し、普通の大学に勧めないのか。そんなことを思い煩うとしたら、その方が正気を疑われるような世界で俺は生まれ育った。

 そんな世界に、一体どんな可能性があるというのか。自己責任について先ほど少しだけ触れたが、そんな暴論を降るかざすような手合いが、一体どんなスタートラインから人生を始めているのだろうかと、俺は疑問に思う。どうせ、都会の裕福な家で甘やかされて育っただけのゴミが、戯れ言を言っているに決まっている。そんな風に言えば、今度は前世の徳が云々だの何だのという話になるのがオチだ。

 要するに、生まれや育ちが個人の全てを決定づけるのに、それは基本的にこの国では無視される。俺はそれが気に食わない。日本では格差がないだの、誰でも頑張って努力すれば幸せになれるだのと、冗談や皮肉抜きで宣う連中を俺は心の底から憎悪する。学生時代に勉強しなかったから低学歴で、マトモな職にも就けないのだと、本気で言うやつがこの国には掃いて捨てるほど居る。

 全ての人間が同じ条件で生まれてくるわけでもなければ、生きているのでもない。したがって、後天的な努力など、何の影響も及ぼさない。いい加減日本人は、この国が平等でも公平でもなく、希望も何もないと認めるべきだ。あらゆるポジティブな可能性が奪われるどころか端からない人間の、救いの無さと過失の無さを認めるべきだ。そして、自己責任だの前世の行いが悪いだのと、俺は面と向かって言われなくはない、誰の言であったとしても。

 卑しい仕事をやらされ、下衆に扱き使われ、薄給のために人生を棒に振るのは、俺に責任があるのでは断じてない。俺は俺であるがために、不幸と貧困から逃れることができない。これは産まれ落ちた瞬間から決まっていた。心がけも努力も、何の効力も発揮されない世界で俺は生きなければならなかったし、それは物理的にそこから脱しても延々とついて回った。

 東京では俺のような目に遭っている者は稀だった。それは単に俺の交友が狭いだけなのかもしれないが、主観においてはそう感じられた。誰も彼もが少なくとも俺よりはあらゆる面で恵まれていたし、豊かだった。そして未来への可能性を持っていた。俺が東京で生きるために日銭を稼ぐためにやらされる諸々の事柄を、東京人はやらずに済むのだ。例の卑しい仕事を一日中、従事させられる陰鬱な職場に、連中は足を踏み入れることは終生ない。

反社会的な望み

 俺は田舎の貧乏暮しが嫌だったし、苦しい労働に耐えて少ない賃金で生計を立てることも不本意だった。だが、それらこそが俺に与えられた義務であり、それを課したのは他でもないこの国の社会そのものであった。国民の三大義務とは、煎じ詰めれば他人や世の中のために自らを進んで犠牲にせよということだ。働かされ、税金を取られ、残った金で消費しつつ生活を営まなければならない。

 教育の義務もまた同じだ。それは教育を子供に受けさせる義務であり、通常それは扶養義務がある自分の子供ということになる。この国では、生殖すらも義務によって執り行われ、大げさに言えば強要されていると言って良い。その子供とは結局、将来の労働力であり、他人や共同体のために金や労力を提供する人員でしかない。それを生産するための義務を俺は生まれながらに背負わされていると言って良い。これは果たしていないけど。

 俺は畢竟、働きたくなかった。年金や税金も納めたくなかったし、次世代の労働力たり得る子供を育てるのも、やりたくなかった。これはいわゆる、単なるニートになりたいという願いでしかないが、極めて反社会的な願望であるとも言えなくもない。労働忌避にまつわる感情というのは、犯罪行為よりよっぽど、社会通念と対極を為している。思えば俺が労働者としてふさわしくない気質を露わにした時、両親は躍起になって「矯正」しようとしたが、その傾向の危うさを彼らはなんとなく肌で感じていたのかもしれない。

 社会を底辺から下支えする人間は不可欠である。しかし、それがどうして俺なんだろう? 俺はこれまで様々な工場、倉庫、売り場、オフィスなどを転々としこの社会の最下層で悪辣な雇い主に使役されてきた。今までやってきた仕事の全ては、俺でなくても何も問題ないようなものばかりであった。今の仕事もそうだし、この先やらされる何かもまた、そんなものであろうことは想像に難くない。

 一方、何の苦労もせずに一生を過ごす個体もいる。俺とそれとの間で、一体どんな違いがあるのだろう。努力や心構えなどの違いではないはずだ。明らかに他人共は俺よりも苦しんでいないし、禁欲的でもない。そんなこととは全く無関係な彼我の差。それを肯定することは俺にはできない。よって俺は、他人やこの国、社会全体を憎悪する以外に選択肢が残されていないのである。

 楽でやりがいのある仕事をし、十二分の給与と余暇が与えられる者がいる。そして俺はそうではない。前者のために此の世はあり、俺はそれを単に保つためだけに存在しているのだ。俺はそれをあらゆる瞬間において思い知らされてきたし、それ自体が屈辱的だった。他人の楽しみや喜びのために、俺は犠牲になるしかない。それをしたくないなどと言うことはおろか、思うことも許されなかった。子供の頃からずっと。

 他人に利用されることは尊くない。不当に安い賃金で、長い時間拘束されることの意味を改めて考える度に、俺は死にたくなる。こんな目に遭わされるくらいなら、はじめから生まれてこなければよかったのだと心底思う。だが、そもそも俺はそんな目に遭う為に、予め定められて此の世に生を受けてきた。苦役の憂き目を見ずに過ごそうなどと欲すのは極めて道理に反する、反社会的な願望なのである。俺が望みを抱き、それを求めて生きることを志向するとき、俺はこの上なく反社会的な存在となるだろう。

明日に向かって書け

 今日は日曜日であり、明日は言うまでもなく月曜日だ。月曜には土日にはない苦労や心配事が山のようにある。思えば俺は、明日というものを肯定的に捉えたことが生まれてこの方、一度たりともなかったかもしれない。子供の頃から一日一日をどうやってやり仰せるか、そればかり考えてきたような感がある。そんな俺の人生はただただ不毛であり、楽しくもなければ穏やかでもなかった。だが、精神の最も内奥において俺は、それとは全く別物の明日が来るのを心待ちにしていたりもするのだ。

 

俺たちに明日はある

 子供の頃に「明日があるさ」と連呼するクソのような歌がテレビなどでよく流れていたのを思い出す。そしてその曲は現在でも楽天的な歌詞が時折り引用されていたり歌われたりする。しかし俺にとっては、それはどうにも好きになれない歌だった。明日があるだの明日が来るということを希望があるだとかポジティブな意味合いに捉えることを前提にしているのが昔から俺の性には合わなかった。楽天的と言うよりもそれは能天気のように思える。

 明日があるからこそ人間は苦しむのに。逆に明日が来ないなら人は、何かに思い悩んだり不安に思ったり、気苦労を被ることもないのは自明だろう。明日がないとしたら、人間は、あらゆる苦悩も心配もする必要がないだろう。なにが「〽若い僕には夢がある」だ。大体、今や俺はもう、そう若くはないのだ。若くない人間にとって、例の歌は単なる嫌味か皮肉にしか思えない。

 明日、どんな目に合わされるだろうかと俺は、人知れず気を揉む。稀にそんな日があるのではなく、ほとんど毎日そう思う。例えば俺は今日、歯医者に行って親知らずを抜いてきた。そして、抜歯した奥歯の周りが今、麻酔が切れて痛み出している有り様である。そんな感覚を味わいながら俺は、明日やらなければならない仕事について思いを馳せざるを得ない。抜いた歯の周りが痛むせいで、職場で何か問題が起こるかもしれない、などと考えを巡らせる。

 歯医者から俺は、痛み止めの薬をもらった。だが、これが俺にとっては却って懸念の種となっている。それを渡されたということは、痛みだす可能性があるということだ。休みの日ならいざ知らず、働かなければならない日に余計な心配事を抱えるのは本意ではない。痛み止めの薬は絶対に飲まなければならないわけではないが、足りなくなったらどうしたら良いのだろうか。市販の薬を買うとしたらそれは一体いくらぐらいするのか。憂いは尽きず、この俺を苛める。

 俺の寿命が今日で尽きるなら、明日のことなど考える必要はない。いや、余命があと一週間か一ヶ月くらいであったら、会社や仕事について、あれこれ思い煩いはしないだろう。会社など辞めてしまい、抜いた奥歯の周りが痛もうが化膿しようが腐ろうが、ただ家で寝ていさえすれば良い。ところがどっこい、俺には明日仕事があり、働きに出なければならないのである。それどころか、来週も来月も、来年も俺には無慈悲にやって来る。

 加えて、到来するであろう未来には自然、備える必要が出てくる。だから俺は、明日があるさと言われても、明るい気持ちになど一切なれやしないのだ。よって、そのような理由のために、俺は例の歌が昔も今も嫌なのだった。明日など来なければ、その方が却って良いくらいだ。ところで、これを書いている途中、俺は手を止めて駅に行って通勤定期を買いに行った。駅に行くのは明日なのだから、別に今日それをやらなくても一向に構わない。しかし俺は結局、今日その用事を済ませずにはいられなかった、なぜか。

 それは明日の駅における混雑を懸念したからに他ならない。もし明日、駅の券売機が混んでいたら、定期を買うのに余計な時間がかかってしまうかもしれない。仮にそうなった場合、俺は月曜日の出勤の際に遅刻してしまうだろう。それが不安でたまらないから、わざわざ家の外に出て駅まで歩き、定期買うという手間により貴重な休日の一時を犠牲にしたのだ。もし明日について考えずに済むなら、こんなことはしなくていいのに。

明日の話

 福本伸行のマンガで明日について語られているシーンが、俺が覚えている限り2つある。一つはカイジシリーズの大槻というキャラクターがセリフを言う場面で、もう一つの方は最強伝説黒沢という作品に出てくるホームレスがセリフを言うクダリだ。両方とも俺にとっては興味深いのだが、面白いことにこれらのセリフは互いに全く正反対の主張をしているのだ。それらについてこれから述べていくことにする。

 有名なのは大槻の方のセリフだろう。「頑張ったものにだけ明日はやってくる」という例のアレだ。カイジというマンガは名言の宝庫であり、この大槻のセリフもその一つとしてよく挙げられる。大槻は作中において、明日から頑張ろうなどと考えている主人公をあざ笑いながら、前述のセリフを仲間に向かって言う。明日ではなく今日、今日を頑張り始めた者にのみ明日はやってくるのだと。悪役の言ではあるが、けだし正論である。

 最強伝説黒沢もまたカイジシリーズと並ぶ名作マンガで、作中のセリフも頻繁に取り上げられはする。しかし、ホームレスが明日というものについて自分の考えを述べるシーンにフォーカスされることは、俺が知る限り殆どない。これは非常に気に食わない。世間の連中は、一体どこに目をつけているのだろう。カイジのマンガで大槻が語る「明日」とは、まるで違う見解を例のホームレスは主人公である黒沢の前で披露する。

「『明日』は…容赦しない…!生きてる限り…どんどん来る…!連続してくるっ…!(中略)…このすぐ来る明日……明日をしのぐ事が肝心…!」

 「カイジ」においては頑張ったものにだけ来る明日について言い及ぶのだが、「最強伝説黒沢」の方では不可抗力でドンドンやって来る明日をどのようにやり過ごし、対処していくかについて論じるのだ。俺には後者の方がシックリくる。大槻が言っているのは望ましく好ましい明日であり、建設的で価値ある未来のことを言っているのだろう。それは分かるが、やはりそうでない明日の方にも目を向けるべきだと俺は思う。

 俺はホームレスではないし、それになる予定も願望もないが、「黒沢」に出てくるホームレスのエピソードは身につまされるものがあった。一般的な社会生活を営み生きている人間の中にも、ホームレス予備軍のような連中は相当数いるだろう。かく言う俺もまたその一群の中に属しているのでは、と時折り考えることがある。会社をクビになったり貯金を食いつぶしたり、あるいは大家や不動産会社が俺をマンションから追い出そうと画策したりしたら、俺は容易くソレに転落する。それが俺には恐ろしい。

 ホームレスという生き物を生まれて初めて肉眼で見たのは高校生の頃だった。その時俺は大学のオープンキャンパスか何かのため、弘前から上野まで直行する夜行バスに乗り上京した。早朝、昭和通り沿いにあるバス停で降ろされた俺は、特にあてもなく上野の街を逍遥したが、街頭に座り込んで虚空を見つめている浮浪者を目の当たりにし、面食らった記憶がある。なぜなら、言うまでもないことだが、田舎にはホームレスなど一人も存在せず、そのため俺にとってはそれが珍しかったからだ。

 だが、当時の俺を驚かせたのは、それ自体だけではなかった。俺が肝をつぶしたのはホームレスに一瞥もくれずにデートなどに興じて遊んでいる者どもの方だった。同じ空間で、一方は路上生活を余儀なくされ、他方では昼間から女を連れて遊び歩いているという絵面に田舎者の俺は戦慄したものだ。この両者を隔てるものとは、一体何なのだろうと、アレヤコレヤと考えずにはいられなかった。

 

 同時に俺は自分の行く末すらも案じたものだった。東京で道を誤れば、たちまち俺も「そっち側」に転落するだろうと、おののいたものだった。どうにかしてそれだけは避けたいと腹の底から思ったものだったが、その懸念は現在でも俺の深層心理で未だに燻っているのかも知れない。大学が終わってからこっち、俺は社会の最底辺で生きてきた。働いて薄給を手にし、爪に火を灯すような暮らしをして今日まで生きてきた。

 もし、働けなくなったら、と思うとやはり怖い。労働者としての命運が絶たれた自分にやって来る明日は、一体どんなものになるのだろう。借家ぐらしの無産者が、労働できなくなってしまえば、問答無用で社会的に死ぬだろう。その時に誰にも頼れないとしたら、冗談抜きで死ぬよりも厳しい明日が、問答無用でやって来るのは想像に難くない。そんな明日を思えば俺は、「明日があるさ」と脳天気に言ったり歌ったりできる階級の連中が憎らしく思える。

 かつて働いていた職場において俺はとある者から、「この会社クビになったら生きていけないだろ?」などと脅しをかけられた事があった。これは極めて悪質だ。この発言をしたのは、自分よりも格下の従業員の足元を見て、サービス残業という名の強制労働を強いる人間の屑であった。働けなくなり給料がもらえなくなったら、明日の生活が危ぶまれるオレのような身分の者は、会社などで労働をする時、いつもこんな屈辱を味わわされるのが常だった。

 現在、働かされている会社で俺は、減給を食らっていた時期がある。これもまた俺の明日を危ぶむ事件であった。今は正規の給料が支払われているが、何の前触れも断りもなく、唐突かつ理不尽に給料を減らしてきた会社側の蛮行を俺は決して忘れない。それは社長や上役の者どもによる、上下関係を悪用した歴とした暴力に他ならない。俺の生活を脅かす、何の正当性もない措置は今後も取られる可能性が常にあり、俺は奴らに絶対に気を許しはしない。

 俺は自らの生活を守らなければならない。それは個人としての正当な権利であり、他人の身勝手な都合や欲得などより、それを優先するのは当然だろう。しかし、そうではないだのそれはおかしいなどと、他人どもは口々に、俺に面と向かって言うのであった。クビにするだの給料を下げるだのと俺を脅迫してくる。連中は俺の明日を台無しにしようと企み、そしてその奸計は現実に影響力を持つ。そのために俺は他者を恐れずにはいられないザマだ。

 社会的に死んでも明日はやって来る。福本マンガに出てくるホームレスが言うように、明日は容赦なくドンドンやって来る。それに備えて奔走するのが人間の生の実態だと言っても過言ではないのかもしれない。そしてそれは常に不安や恐怖、焦燥を伴って執り行われる。明日がもしやって来ないと確定してしまっていれば、少なくとも先ほど挙げた全てから解放される。色んな意味で苦しい立場の人間にとって、明日などない方が実は、皮肉なことに救いなのだ。

明日から本気出す

 明日のことを思い煩うな、とは聖書に出てくる言葉だっただろうか。俺はキリスト教徒ではないし、聖書に興味もないので、それは無意味な戯れ言にすぎない。しかし、その言葉に限って言えば、マンガのセリフと同じくらいには、俺の心に突き刺さる。明日のことで頭を抱えるような身の上から解かれるようなことが、自分に起こったらそれは、どれだけ素晴らしいだろうと、俺は夢想してしまう。

 無論それは宗教によってもたらされはしないだろう。また、それは他人に雇われて使役される労働によって達せられるものでもない。明日の心配をする必要がなくなる日がもしくるとするならば、それは俺が文章で食っていけるようになったときだろう。そのために俺は毎週文章の学校に通っている。労働者としてキャリアを積んだり手に職を付けるという道は、俺にはもう残されていない。

 俺をこき使った他人どもの顔が頭のなかで浮かんでは消えていく。どんな仕事でも、どんな職場でも、俺は明日のことで思い煩わずにはいられなかった。己の文章力だけで生計を立てられるようになれば、少なくとも他人の顔色を伺い雇用や給料について気を揉むような境遇からは脱せられるだろう。そうなればなったで、全く別の明日のことで悩むかもしれないが、それはまたそれであり、そうなってから考えればいい。

 明日を憂うことが無くなるように願いながらも、今は目の前のことをこなしながら汲々として生きていく以外にない。結局、何をどうした所で俺は、明日のことを思い悩みながら死んでいくだけの存在かも知れない。それでも、それから解かれることを願い、それを目指して生きていきたい、今生のすべてが終わるその日まで。傍目から見ればそれが愚かしいことこの上なかったとしても。

 これまでおよび現在まで、俺にとっては明日など、不安の種でしかなかった。そうでない明日が来ることを、意地でも想定しなければ、俺はもう生きていけない。苦しい今日を乗り越えても、気がかりな明日がただ延々と続いていくだけの人生に、俺はホトホトうんざりさせられている。そして、労働や生活といった類いの物事と全く別の行為に及ぶことで、それらとは無縁の明日を手繰り寄せたいと欲している。

 胸躍るような明日、安楽に迎えるような翌朝、そんな次の日がいつかやって来ればいい、というのが俺の偽らざる本心だ。それを引き寄せる為の手段として俺に残された道は最早、書くこと以外にない。俺がもっと若く、優秀で、恵まれていたなら他の手段を講じたところだ。しかし、そんなものは俺にはない。自分が人並み以上にできて、他人や世間と戦える手段や分野は、書くという一事のみだ。

 俺は嫌で憂うべき明日とは全く違う明日を欲している。低学歴かつ底辺労働者として臨む明日を唾棄して、別物の日を迎えられる日が来ればいいと思っている。それは他人からしてみれば噴飯物の現実逃避でしかないかもしれないが、それこそが俺の嘘偽りない本心だ。世の中の連中にどう思われようとも、私は例の学校に通うしか無く、また文章を書き続けるしかない。それをしなければ、忌むべき明日が俺のもとに来るだけだ。

ごきげん斜めは真っ直ぐに

 生まれてこの方、根暗で悩みがいっぱいだ。そして、陰気な人間は誰よりも自身の資質を倦み疎ましいと感じているものだ。私は此の世に産まれ落ちてから今日まで、延々不遇をかこち自身の不運や不幸を嘆きながら殺伐とした心持ちで顔をしかめながら暮らしてきた。そしてそのことに近ごろはもう、腹の底からうんざりし、また飽き飽きしており、生きづらさを感じるようになっている。そのような精神から抜け出すために必要なのは、超現実的な態度や情緒を涵養するなのかも知れない。

 

ままならぬ世の中

 生きていて、自分の意のままに動かせるものなど、一体いくつあるだろうか。また、それができないからと憤る時に正当性が認められる事柄は、いくつあるだろう。私の人生において言えば、少なくとも世間や社会などといった自分の外側に属する範疇には、自分の思い通りになる物事など何一つありはしなかった。私はそれを今生において学習し、それが覆ることもなく、またそれに憤ることが幼稚で正当でないと知っている。

 誰も彼も、何もかもが意に沿わない。予想に反し、期待を裏切り、希望は蔑ろにされ、悲願は踏み躙られる。生きるということはそれらのような体験の繰り返しに過ぎない、といっても過言ではないだろう。私が特別、余人と比べて劣っていて思い通りにならない経験をしているというのもあるだろうが、大なり小なり万人にとって此の世で生きる上では理不尽や不条理が伴うものだろう。

 果たして、それならどうすれば良いのか。どうにもならないと嘆いて終わりにするしかないというのだろうか。いつしか母は私にこのように言ったものだ。

「世の中10あれば9思い通りにいかない」

 悟ったような口ぶりでそんなセリフを言う母に、私は苦々しい感情を抱いた。上京してきた母は、私を郷里に連れ戻す気でいた。地元に帰ろうとしない私に対して、思い通りに事を運ぼうなどと高望みが過ぎる、といったような意味を込め母はそう言ったのだと思われる。

 母の人生は確かにそのようなものだったのかもしれない。彼女がどのような人生を歩み、何を望み、そしてそれがどのようにして裏切られたのか。私は正直に言って、興味も持てないし関心も湧かない。それはただ単に、母という個人が己の生を諦めたというただそれだけのことでしかない。自らの生涯に対する諦念が全ての人間にも押し広げて当てはまり、私にも自分と同じような生き方をさせようとするのは、親としての傲慢にすぎないだろう。

 10あれば9思い通りにならないという母の言に、私は揚げ足を取りたくなる。それならば、1は思うままになるというのだろうか。そしてその1とは母にとって、ともすれば己の息子である私についての、生殺与奪の権利を指しているのでは? と私は訝しく思わざるをえない。その1が何に当たるかは定かではないが、自身に残された人生に諦めて臨むしかない母ですらも、望みどおりになる何かがあるという腹でいるという点は興味深い。

 仮に此の世の営みを10だとして、9は捨て置いても1は自由になると思うことさえ、傲慢だ。私は己の生を通して、そのような結論に至らざるを得なかった。母の言を借りて言うまでもなく、人生が10だろうが100だろうが、他人や社会といったカテゴリーに属するものは、全て己の意志に沿いはしない。それを前提にして人は生きるべきであり、誰かや何かが僅かでも、己の思い通りになると考えるべきではない。

 人間にとって自由が利く、思いがそのまま反映される何かがあるとしたらそれは、己の内面だけである。生まれてこの方、私は好き放題に願い、望み、欲してきた。そしてそれが外界に反映されるようにあれこれと働きかけて生きていた。しかしその一切は徒労であり、母が言うように思い通りになどなりはしなかった。しかし、己の気分や機嫌に限って言えば、自らの意志で制御なり統制なりが可能であろうし、それを欲することは不当ではあるまい。

事実や現実を超越する

 私は自身の半生を振り返り、常々不幸だと感じてきた。そして此の世のままならなさや己が被る不運や不遇が気に入らなかった。だから私はどのような局面においても、根暗で悩みがいっぱいだった。私はいつも機嫌が悪く、浮かない顔で気を張り詰め、眉間に皺を寄せて生きてきた。そのような振る舞いに及ぶ時、私は常に自身の情動や言動が妥当なものだと信じて疑わなかった。

 客観的に見て、どう見ても自分は不幸なのだから、神経質で陰気で、不安や恐怖の念を抱えながら生きて当然だと思っていた。妥当という言葉を先に使ったが、むしろ私は自身の精神状態について、正当なものだと見なしていたところがある。脳天気であったり楽天的に振る舞ったり考えたり感じたりすることは、間違っていると私は確信していた。

 それらは単なる現実逃避にしか思えなかった。先に触れた通り、此の世における一切はままならず、願いや望みなどは無下にされるのがオチである。それならば、なぜ明るく朗らかに生きられるのだろうか。それは現状を正しく捉えていないだけの、愚かしい挙動か、あるいは自他の間における諸問題を誤魔化すための嘘くさい演技のようにか感じられなかった。

 我ながら面倒臭い性分である。世の中を見渡せば、そのような態度を取る人間は大抵は嫌われる。私もまたその例に漏れず、陰気臭い根暗としてあらゆる場において疎んじられ避けられ続けた。いわゆる気さくで明るい連中というのは、なるほどたしかに現状を細かくかつ正確に捉えていないところはあるかもしれない。生きるということに悲観的にならずに済む者というのは、相当数が単に浅はかな人種であることは否めない。

 だが、社会的に好ましいとされるのはそちらの方だ。たしかに此の世において、厳密に言えば何一つ望むべくもない。さらに言えば悲嘆や絶望、虚無感に打ちひしがれるのは妥当かつ正当だと言えなくもない。しかし、それは客観や事実などといったものが持つ陥穽でもある。事実をそのまま見なし断ずることに留まってしまうことが、即ち正しいことだろうか。

 仮の此の世で生きる全ての人間が、根暗の悲観論者になった時、それは正しいか。いろは歌を例に取ってみれば、この世は無常である。それは極めて客観的な事実に基づいており、そのさらに大本を辿れば仏教的な世界観に行き着く。いや、宗教や哲学などによらずとも、此の世も人の営みも儚く、心許なく、虚しい。物悲しい気持ちになるのもむべなるかな、と言ったところだろう。

 しかしそれは結局のところ、斜に構えた捻くれた者の了見の域を出ない。有史以来、古今東西の数え切れないほどの者どもが、そのような思いにとらわれ、ふさぎ込んだりヤケになったりして愚行に及んだに違いない。そのような帰結に至ることが正しいのだとしたら、人間は恐ろしく不毛な存在だ。自暴自棄に陥り、自分も他人も退廃あるいは堕落させるような考えなど、一体何になるのか。

 

 事実関係を超えたところにある境地としての穏やかさや朗らかさを求める道を私は選びたいと欲する。それはある意味では現実に即していないかもしれない。だが、事実に反する方へ向かうことが正しくないとは限らない。正しいとは単純に物理的な意味で理に適っている事を指すのではない。それは人間が志向すべき方向性であり、それは事実だの現実だのと不可分ではない。

 物理的かつ客観的な理屈に基づいて此の世を捉え、人間を見た時、そこに希望などない。そのような観点を踏まえれば、絶望して悲観的になる方が理はある。しかし、それは別な言い方をすれば状況に流されているだけだ。事実や現実に即すことが正しいと言うなら、そのような流されるだけの姿勢が正統かつ望ましいということになる。私自身がこれまでの生で犯してきた間違った態度が、正しかったということになる。

 不安や焦燥を抱え、怯えたり恐れたりしながらナーバスに生きるのに、私はホトホト飽き飽きしている。そのため、自身の生き方を変えたいと欲しているが、己の人生や目下の状況を分析すれば結局は旧態依然の精神を維持するしかなくない。なぜならそれは、紛れもない事実や現実に基づいたものだからだ。しかし、それが正しさとは無関係で、私が乞い願い、欲し、求めるに足るものでないとしたら?

 「若きウェルテルの悩み」という小説の中に、不機嫌は悪徳かどうか、という話題で登場人物が議論する場面がある。私がそれを読んだのはもうかなり昔のことであるため、細かい点は殆ど覚えていない。だが、その例の話題については朧げに記憶の中にある。生活を営んでいる最中に、私の脳裏にそれが、様々な局面で不意に浮かんでくるのを我ながら不思議に思う。何気ない言葉がいつまでも胸につかえているような。

 自分の都合や機嫌をアカラサマにし、態度として顔や挙動、発言などで表明することは、例の小説の人物が言っているように、確かに悪徳かもしれない。それによって、周囲の人間は間違いなく気分を害すると考えれば。私は物心ついてからこっち、延々とその愚行を繰り返し今日に至る。それは現実に即した思考や挙動から来るものではあったが、やはり悪行でしかなかったのかもしれない。

 悪徳や悪行の類いを正当化したり肯定することは正しくない。たとえその原因や発端が目下の現状に対して、理に適った解釈をして妥当な選択をした結果だとしても。生活が苦しいからといって、他人の物を盗んでいい理由にはならない。死んで当然の人間だからといって、それが殺しをしても良い理由にはならない。そのように、気分を害し機嫌を損ねる正当あるいは妥当な理由があったとしても、鬱屈したり殺伐としたりすることはやはり是とするべきではないと言うべきだろう。それに基づかない、それを超越した境地こそが正しく、志向すべきものではないだろうか。

心を御する戦い

 私が終生、不機嫌や不安に苛まれなければならない理由など、無数に挙げることができる。現状、渡したこの社会の最底辺を這い回り、嫌いな人間に雇われやりたくない仕事をし、金も時間も十分でなく孤独で不自由な生活を強いられている。天涯孤独と言ってよく、社会から阻害されているような感があるし、ハッキリ言って天涯孤独の身の上だ。そんな状況下で機嫌よく振る舞ったり気分を明るくすることは間違っているだろう。

 しかし、その間違いを意識的に行うことで達せられる状態こそ、私が望むべきものだった。この歳になるまで四六時中、不安感や焦燥感を抱いて生きてきた。常に戦々恐々として心中は穏やかならず、他人の一挙手一投足に一喜一憂し、怯えすくみながら暮らしてきた。それは重ね重ね言うように、自身が置かれている現状を正確に認識すればこそのものではあった。

 実際、此の世はただ恐ろしく碌でもない場所で、人間はおぞましく醜悪で、信じるに足る点など何一つない。現実をあるがままに捉えればそのような見識を持たざるを得ず、そんな所に身を置き、そんな連中と接触しなければならない私は、嘆き悲しみ、恐れ、苛立たずにはいられないだろう。それは一見、不可抗力のように思われるし現実に目を背けずに見ているがためのことではある。

 しかし、それにこだわったところで、私は何を得るというのだろう。現実を見据え、事実を踏まえて不機嫌になりおっかなびっくり生きることで、私は何か一つでも得をするというのか。これまで生きてきて、そうではないと私は嫌というほど味わった。それは即ち、これまでの私の振る舞い、ひいては生き方そのものが丸ごと間違っていて、正しくなかったということを表していると考えるべきだ。

 思えば、子供の頃から私の周囲にいる人間も皆、不機嫌であった。私が陰気で暗い表情をしていると、両親などはしきりにそれを責め立てた。だが、彼らもまた不機嫌であった。私は現在においても、彼らの言動や表情などを思い浮かべる時、苛立ちや嫌悪の情を表明しているものしか想起することができない。今にして思えば、彼らの人生もまた私と同じように辛酸と苦渋に満ち満ちた不幸なものであったのだろう。

 不幸や不機嫌は遺伝し、継承される。そしてそれは文化や伝統、はてはアイデンティティとして人間の精神を形作っていきかねない。私はその系譜の突端に存在する人間として今日までこの国で生きてきた。それは逃れられない宿命だと見なしてきたし、それに基づいて不機嫌で陰険な振る舞いをすることに疑いを持ちはしなかった。そのために私は、両親などの周囲の人間たちと、同じような生き方をするしかなかったのだ。

 その弊習から抜け出し、己を解く試みに臨みたいと、今はそう思っている。それを成すために必要なのは正しい精神と行為の実践である。加えてそれは、単なる事実や現状をそのまま鵜呑みにし、それに拘泥することにより遂げられるのではない。それらを超越したところにある正しい振る舞いを見失わないようにするには、嘆くべき時に嘆くような因果関係に囚われてはならないのだろう。

やりたくないと肝に銘じろ

 己が何を望んでいないか明確に意識することは、実のところかなり困難な作業である。また、それができたとしても、それを失念することなく記憶に刻み込み忘れずにいることも、また同様に難しい。そのため、それが可能になる状況に見舞われるのはある意味では奇遇であると言える。それを好機として活かせるようになれば、人は現場を正しく認識し、そこから自らを解く嚆矢を見い出すことが可能となるかもしれない。己を変えるためのキッカケを掴めるかもしれない。

 

自信がなくて怖気づく時

 濡れ衣だと思いたいが、私に過失があるとされるミスが今日だけで2つも発覚した。それの仔細についてここで書くことは控える。しかしそれらの事柄によって、業務を遂行する上で私の自信が著しく毀損されたということは明記しておきたい。ここ最近は様々な事情が積み重なり、作業の量が増える一方であったため、このような自体に陥ったのかもしれないが、どんな言い訳も通るまい。

 とにかく、上記の様なことが私の身に降り掛かったのだ。それのために私は自身を失い、職場においてかなり肩身の狭い思いをさせられた。続いて私の胸中に惹起した感情は、以下の通りである。もうここには居られない、この仕事は自分には向いていない、できない、と言った類いのものだった。それらの情動がひとしきり私の脳裏を駆け巡った後、最後に私はこう思った、やりたくないと。

 畢竟、この最後の一念が私にとって一番の本音なのだろう。私の中における情動や思考の根源にして本質は、まさしくこれであると言って良い。自信がなくなったというのは単なるきっかけ、いや、言い訳とでも称した方が良いのかもしれない。結局のところ、私はやらされている仕事が嫌いであり、職場になど元々居場所もなく、そこにしがみつかなければならない理由も大してありはしないのだ。

 それが今日の一見で明るみになったというだけのことだ。自信がなくなったというのは表向きかつ上辺だけのことでしかない。そしてこれは、物事が守備よくいっている時には自覚することは基本的にないだろう。だが、それが浮き彫りになろうがなるまいが、それは変わらずに私の精神の内奥にくすぶり続けている感情であるはずだ。それは本来なら明確にすべきものだと思う。

 自分がやりたいことを探したり見つけたりするよりも、それとは真逆のことを見定める方が、生きる上では建設的だ。しかしそれは、自分が好きでやりたいと思っている分野や事柄にだけ目を向けているだけでは、気づくことはできない。また、今日のように自分にとって都合の悪い状況下に陥るようなことがなければ、自分が目下やっていることが本当にやりたいことかどうか改めて考えることもないだろう。

 本心からやりたいと思っていることなら、しくじろうがどうなろうが、それで挫けはしないだろう。それでやる気がそがれるなら、それは即ち「そういうこと」なのだろう。言うまでもないが、私は好き好んで他人に雇われて就労しているのではない。上役の人間は嫌いだし、業務で接触する社内外の全ての者が、私にとっては好ましくない。仕事それ自体もキツいだけで面白くなく、待遇的にも割に合わない。

 やらなくても生活の目途が立つなら、今すぐにでも辞めてしまいたいほどだ。だが、それについて働いている間中、一瞬たりとも忘れずにいることは極めて難しい、と言うよりも不可能だろう。自分の本音について、失念せずに居られるのは、得てして今日のような居たたまれないような目に遭わされているような時なのだ。そのように考えれば、今日の出来事も全く無意味とは言えないと結論付けられる。

やりたくないという本心

 話は変わるが、私は大学を一応出ているもののそこでは何一つ身に付かず、また学ばなかった。それは私の能力や意欲の問題がもちろん多分に原因としてあるのだが、それよりも強調したいのは、進学した学部や学科が私にとってやりたくもなく興味もないものであったということだ。私は学生時代の4年間で、自分が携わった分野について、本当は全くやりたくないということを身をもって知り、それが実のところ大学時代における最も大きな収穫であったのだ。

 両親はそれを絶対に理解できないだろう。実際、私は親に電話で大学に行かせたことを後悔しているという旨の発言をされた。

「遊んじゃぁんど同(ふと)づだぁ!」

 と父は私に吐き捨てるように言った。お前は大学で、ただ遊んでいたも同然だ、と彼は私に国の言葉で言ったものだ。大学に行かせたのに、資格の一つも取らず、就活も成功させることができなかった。 我ながら親不孝きわまりない。

 父や母が私に文句の一つも言いたくなるのは、全くもってごもっともであろう。そもそも私は、なぜわざわざ自らの意志により、好きでもやりたくもなく、興味もないような分野を取り扱う大学に進んだのか。それは私の高校に問題があった。と言うより、もとを辿れば中学時代の進路選択を誤ったことに全ての原因があるのだが、それは長くなるため次の一行で要約して説明する。

 それは次の通りだ。私が出た高校は職業科であり、大学に進むとなると推薦によるしかなく、職業科の高校から推薦で行ける大学および学部や学科には著しい制限があったため、私は不本意な進路を選ぶしかなかったのだ。大学に進学しないという選択をしたら、高校を卒業してすぐに私は地元の田舎で高卒社会人として働きに出される運命であった。私は、それだけはなんとしても避けたく、それゆえに行きたくない大学に行くことにしたのだった。

 「好きこそものの上手なれ」という言葉があるが、逆もまた真なりといったところだろう。少なくとも私の場合はそうだった。不順な動機でやりたくない分野に関わってしまった私は、大学時代という時間と学費として数百万円という金銭をドブに捨てる結果に見舞われることになった。今にして思えば、もう少しやりようがあったように思えるが、やる気がせず好きでないという本音や事実は、岩のように盤石で如何ともしがたいものだ。

 私は大学時代に、いわゆる情報系に関する事柄を学んだ。そのため、ゼミを担当していた教員は私に、プログラマになることを勧めてきたが、私はIT系の職には絶対に就きたくなかった。なぜなら、大学時代に私は既に、その分野において自身の適性が全くないということを嫌というほど思い知らされたからだ。大学で芳しくなかったことを仕事にしても、モノにならないどころかロクなことにならないのは明らかだった。

 IT関係の仕事はブラックな職場が多いと世間ではよく耳にする。その状況を作り出している原因は、様々あるだろうがそれらの中の一つとして私が特に強調したいのは、志望する労働者が根本的にその業種に向いていないから、という理由があるように思える。文系かつ未経験でもプログラマになれる! などといった求人広告に釣られ、生半可な気持ちでその世界に足を踏み入れる適正のない者が多数いるから、前述の状況に陥る人間が後を絶たないのではないだろうか。

 

 肉体労働などのキツくて汚く割に合わない、さらに言えばイケてない仕事をやるよりは、クダンの広告の通りの仕事に就きたいという心情は分からないでもない。工場や倉庫などで低賃金かつ長時間拘束の仕事をするよりは、プログラマの方が世間的に体裁が保たれる。また、仕事をこなしていけばそれに伴い自然と技術や経験を習得し、いわゆる「手に職」をつけられるという算段もあるのだろう。

 私はこの手に職という言葉や概念について積極的に否定したい。私は両親からの躾をはじめとして、職業科の高校などでも様々な教育を施された。だが、私が受けた教育は下層階級に属して生きていくことを前提とした低質かつ粗末なものでしかなかった。それについて一言で言い表せば、まさしくそれは例の手に職という理想に基づいたものであったのだといえる。

 私が親や学校の教師などから受けた教育について、細部について詳しく述べることは無駄である。なぜならそれらは、先に述べた一言に集約して説明可能な代物にすぎないからだ。しかし重要なのは、実際にそれにより私がどのような人生を歩むことになったかということだ。つまり、実際に手に職がつき、それにより真っ当かつ幸福な生き方を享受できたかだ。

 結論から言えば、全くできていない。そしてそれはなぜかと言えば、この理由は簡単で、やらされたり押し付けられたりした事柄について畢竟、私はやりたくなかった。そして自他ともに、その一事は常に無視され続けた。やりたくなく、嫌で嫌で仕方がないことでも、将来いつか役に立つから、世間においては有利になるとされているからと、手に職を付けるための手習いや学校などといった物事に対して、嫌々やり続けるしかなかった。

 その我慢や辛抱は私に何ももたらしはしなかった。私は単に向いてもいない、やりたくもないことを時間をかけて嫌々やっていたに過ぎなかった。それは大学でも継続して行われ、かくして私は人生を誤った。それだけにとどまらず、現在においても私は生活のためと理由や言い訳を見出しながら嫌いな会社で好きでもない仕事にキリキリ舞いの日々を送っている。その暮らしに一体なにか一つでも、望ましいものがあるだろうか。

 そんなものは断じてありはしない。それはとどのつまり、どのような詭弁で正当化しようとしても単なる時間の無駄でしかなかった。私は愚かにもやりたくもないことに従事し続け、他人に言われるがまま延々と唯々諾々と実のないことに人生を費やしただけだった。それを努力だの苦労だのと言ったところで、それに何の意味も価値もないという厳然たる事実は否定できないし、またそれは目を背けるべきでもない。

できないのではなくやりたくない

 したがって、心が挫かれたり自身を失ったりしたとき、人間は己が携わっている事柄について、本当はどう思っているか自問すべきなのだ。いくら実益に適っていようとも、生活のために避けられないことであったとしても、やりたくないならばやりたくないと、自らの心に刻むべきだろう。金や立場を守るために何かにいやいや従事し続けるのは、美徳でもなんでもなく、むしろ軽蔑すべき振る舞いだとさえ言える。

 要するに、これはもう自分にはできないと思った時、実のところそれは単にやりたくないだけだということだ。できないと思う局面に対峙する時にこそ、人間はそれに対して自分が本心ではどう感じているかを知る切っ掛けを得る。それは目先の損得や世間的な体面よりも遥かに重要で大切だということを、私は今生において学習した。もっとも、感得するには少しばかり遅すぎたかもしれないが。

 やりたくもないことを強引に続けたところで、大した成果は出ない。所詮嫌々、消極的にやっていることなど、多少何かが身に付いたとしても高が知れている。金銭的な報酬という点でも同じだ。本稿を書くキッカケになったのは仕事上での出来事であるが、その仕事を我慢し続けたとしても、同世代の平均未満の収入しか得られない。それを継続することに一体、何の意味があるのだろうか。

 人間、一度でも嫌気が差せばそれまでだ。そしてそれはどのようなモノや人に対しても言えることである。その嫌気と言う一事について人は、決して軽んずるべきではない。人間の心理や精神において、好きという気持ちは脆く移ろいやすいが、嫌厭や憎悪の念は盤石であり、岩のように揺るぎない。よって、自分が何かについて自分が嫌だと思った時には、その心の動きを見逃してはならないのだ。

 無論、やりたくないことをすぐに辞められはしないだろう。私は誰かに雇われ労働を行い、それによって収入を得る以外に生きていく術がない。我ながら情けない話ではあるが、現状それは受け入れるしかない事実ではある。そしてそれを踏まえた上で、それについてやりたくないと思っている己の本音というものを、ゆめゆめ忘れてはならないのだと自戒したい。

 止むに止まれぬ不可抗力や日常における種種雑多な事情などに押し流され、人間は本懐を見失ってしまいがちだ。私もまたワーキングプアとして汲々として生きていかなければならない身分のため、日々の労働に気を取られるあまり、それについての好悪について考える暇もない有様である。必然的にどうしてもそれをしなければならないということは取り敢えず置いておくとしても、自らが本当はやりたいかどうか、意識的に考える機会を設けるべきだろう。

 嫌だと思うからこそ、人は現状を変え好ましからざるものを避け、それから遠ざかろうとするのだ。ネガティブな感情は人間にとって有益な原動力となりうる。それをエネルギーと捉えれば、それを有効に活用しない手はない。どのような感情であってもそれは、人間を突き動しうる。己のそれを使いこなしていけるようになれば、私は現状を打開する糸口を掴めるかもしれない、と夢想する。

書くことについて

 実を結ぶまで続ければ必ず成功するだとか、継続は力なり、雨垂れ石を穿つ、愚公移山などと世間ではよく言われる。しかし、単に何かを続けるということが、人間にとっては容易いことではないことを、我々は自らの人生において経験として知っているだろう。どれほど取るに足りないようなことであっても、毎日欠かさずに継続することはそれだけで大変骨が折れる作業であり、実行に移す前においては途方も無いことのように思える。だが、実際に習慣と化してしまえば、それはやる前に思っていたほどのことでもなかったりするのだから奇妙である。

 

出力としてのライティング

 文章の書き方について色々と習う学校に通っている。学費は総額27万円で講義は週1回であるが、正直に言うと金を払ったことに少々、いや大分後悔している。そもそも、はじめからあまり期待はしていなかったのだが、大した内容が学べないからだ。せいぜいカルチャースクールに毛が生えたようなもので、現役の作家だの物書きだのが教鞭を取っているのが売りの学校であったが、だから何だというのだろうか。

 学生として大学に席をおいていた頃、講義やゼミなどにおいて思い知ったことがある。教える当人ができるということと、それを学生などの他人に教えられるとということは、必ずしも一致しないのだ。ある分野で素晴らしい結果や成果を挙げているはずの人間の下で色々と教えを請うものの、その人物は教授法を身に付けていないというか、教える気がないのでは、という気にさせられたことは一度や二度ではなかった。

 というよりむしろ、特にこれといった工夫や努力もせず専門分野で人並み以上に成果が出せる者は、教えることには向いていないのではないだろうか。教える技術はそれ単体の、さらに言えば独立したスキルであり、プレイヤーとしての能力の如何と抱き合わせで個人が習得しているとは限らないのが実情だろう。加えて、講師だの教授だのといった肩書を持っていたとしても、それを行う技術を有しているわけではない。これこそが私が大学で学習した最も実のある事柄であったというのは皮肉なものだ。

 それは文章を作るという分野でも同じである。現役の作家だのクリエイターだのを自称している人間が、人に何かを教える時に自身のノウハウをそのまま口頭で完全に受講生に伝達できるだろうか。言うまでもないがそれは難しい。教授法については、それ自体が独特の技術であり、それを習得したものが此の世に一体どれほどいるだろうか。少なくとも、文章教室だの講座だのといった場にはそんな人物は甚だ稀である。

 やれ、作家としての目を養えだの切り口がどうの語り口がどうの、文豪の名文を書き取りすれば文体やリズムが云々……。どれもこれも的が外れているようにしか思えない。文章を書く能力を向上させるために第一に、何を差し置いても行わなければならないことは何か、納得がいく指導が得られないまま受講を始めてから半年は経っている。その一事こそが最も重要であるはずなのに。

 そのため、私は自らその答えを出さなければならなかった。これでは一体なんのために27万円も学校に支払い、毎週末の貴重な時間を割いて講義を受けているのか、分かったものではない。文章というより、どんなことでも腕を上げるにはまず、やることだ。文章で言うなら書くこと以外にない。書き方やコツよりもまず、上達するには一日も欠かさず文章を作り続ける習慣を身に付ける必要がある。それについて、不思議なことに冒頭で触れた文章の学校における講義では殆ど触れられもしない。

 形式や内容を問わず、とにかく書き続ければ嫌でも文章力など向上するだろう。にもかかわらず、それについて強調されることは皆無に近い。文章教室という場において、それは言い過ぎることはないほど重大であるはずだろう。それは毎日まとまった文章をコンスタントに出力できるような力だ。要するに頭の中のものを確実に出力できるようになりさえすれば、文章は確実に上達するだろう、前述の諸々はそれより先の話だと思われる。

面の皮を厚くする

 しかし、やり続けるというのはそれ自体が骨だ。毎日書く、なんという簡単かつ単純な響きを持った言葉だろうか。しかしこれが、なかなかどうして難しいのだ。それは口で言うのは非常に易しい。加えて、現代において文章を作ると言えば、紙の上に筆を走らせ、一文字一文字手書きで言葉を紡いでいくというのではなく、せいぜいパソコンのキーボードを叩いて文字を入力するだけの行為にすぎない。

 創作という部類に属する行為の中で、文芸は恐らく最も勘弁とされる行為だろう。実際、絵や音楽に比べて文章を書くという行為は誰でもできると思われがちだ。そしてそれはあながち間違いではない。今の時代、読み書きができない人間など居ないし、学校などで作文などを書く経験をしたことがない者もまた存在しないだろう。誰にでもできる、簡単なことをもって創作だと言い張るなど馬鹿げているとさえ、思う者もあるかもしれない。

 しかし、単なる文字の読み書きと文章の読解や作成は似て非なる行為だ。文章とは書くものではなく作るものであり、単に文字の集合体というわけではない。文章というものは言うなれば形而上の構造体のようなものであり、文字はそれを形作る部品に過ぎない。建材を手に入れられるからと言って、誰でも建物を作れるわけではないように、文字が書ける能力があるからと言って、文章が書けるとは必ずしも言えないのである。

 また、小学校の作文などではなく、ある程度まとまった文章を書くとなると、当然完成させるのは難しくなっていく。メールやSNSなどでやり取りされる短文ではなく、2000字3000字、あるいはそれ以上の分量の文章を作るとなると、技芸というものがどうしても要求されるだろう。そのレベルの文章を作る能力が果たして本当に「誰にでもある」だろうか。私はそうは思わない。

 そのようなわけで、長い文章を作ることはやはり骨が折れる作業である。その上で、それを毎日執り行うという行為について言及するなら、やはりそれは困難だと言えるだろう。私は文章教室に入学すると決めた折、それの為に捻出した学費が無駄になることを恐れた。そして、私は学校に通うだけでは不十分だと考えた。よって私は文章教室に通いながらブログを更新することを自らに課した。私は当初大したことではないと高をくくっていたが、はじめて見れば先に述べたように簡単には行かなかった。

 毎日続ける、書いたり言ったりするのは簡単だが、実行し続けるのは難しい。別段これは私だけに限った話ではない。ネットを渉猟すれば、毎日ブログを更新するだの数千字書き続けるだのと宣言しているものは多くいる。だが、それを実践し続けるものは思いのほか少ないのだ。この2017年9月の時点で、日本語のブログやら何やらを徹底的に虱潰しに調べてたとして、コンスタントに数千字の文章を量産し続けているサイトが、一体いくつあるだろうか。

 高尚で勇ましい目標を掲げたところで、頓挫したのではダラシない。数千文字書くのはともかく、毎日ブログを更新するという行為すら、達成できずに放置されたブログが星の数ほどあるのが現状である。毎日書くということは、このような実情を鑑みて分かるように、誰にでもできる簡単なことではないのだ。仮に毎日数千字のブログやらサイトやらを書き続けられる人間が居たとしたら、それは書くことが仕事である者か、せいぜい学生かニートくらいだろう。

 

 翻って、私は学生でもニートでもなければ、ましてや文章書きではない。その上でブログを毎日欠かすことなく更新し続けているし、一記事あたりの文字数は数千字を数えるほどである。これは私が筆まめだとか速筆であるとかといった、そんな馬鹿げた主張をしたいわけではなく、通常の場合において長い文章を毎日生産する大変さや困難さ、ハードルの高さについて言いたいだけであるということは付記しておきたい。

 それが私において可能であるのは、単に私が恥知らずだからなのだろう。普通の人間は情報を発信する段で、何らかの躊躇いが生じるはずだ。ましてや匿名でもなくそれなりに長大でまとまった文章を全世界にさらけ出すブログなどの媒体でのことならなおさらだ。通常はそれに適うクオリティのものを作り上げてから公開しようと思うのが人情であり、この一点が余人と私という個体の間における唯一の際であると言えよう。

 私はブログの文章を書きアップロードする際、垂れ流す。時間がない場合においては推敲を行うことは殆ど無い。その為、誤字脱字などはご愛嬌、支離滅裂であったり同じことを繰り返し書いているような場合でもそのまま、といった有り様だ。通常の官製ならばそんなものを公衆の面前で晒すような愚は犯さない。私は単にそのような恥さらし行為を臆面もなくしでかしているにすぎないのだ。

 だが、モノを言ったり何らかの表現や創作などを行う上で、鉄面皮になれるかどうかは分かれ目ではないだろうか。ましてや、文章教室などに大枚をはたいている身であるならば、情報の発信に躊躇などをしている場合ではない。それこそ呼吸するように文章を書き連ね、積極的にそれを公衆の面前に晒せるくらいでなければならないだろう。それも毎日。

 結局、美文名文、クオリティの高いコンテンツなどといったものを、どのようにして造っていくかではなく、どれだけ日常的に恥を恥とも思わない愚行に及べるかだ。文章家になれるなどと謳い頭の悪い人間をそそのかして学費を巻き上げて学校などを運営するなら、それについて明言しなければならないのではないだろうか。もっとも、恥をかけだの嫌な思いをしろだのと言って生徒が集まるとは到底思えないが。

日産5000文字というハードル

 当初、このブログは毎日3000字の文章を後悔するという目標を掲げて立ち上げられた。私はそれを実践し続けてきたのだが、始めのうちは3000字に達する文章を毎日作り続けることが苦痛で仕方がなかった。2chのレスや動画サイトのコメントなどを書くのとは全く異なる苦労がそこにはあり、私は働きながらそれを継続することが実際はかなりハードルが高いのだと身をもって知ることになった。

 ところが、人間は大抵の環境には順応するものだ。働きながら学校に通い、なお且つ長い文章を毎日書きネットで後悔するという日々に、いつしか私は順応していった。それが毎日のこととなれば、やれキツいだの辛いだの、面倒だのやる気がしないだのと言ってはいられない。なにせ27万円も払ったのだから、金だけ無くしてモノにならなかったでは済まされない。どうにか文章学校に払った学費分の何かを身に着けたいという思いが、その貧乏性が私を突き動かし続けた。

 その結果、日常的に長い文章を出力し続ける能力を身につけられた。しかし、それだで話は終わりではない。3000字を下限としてブログを更新し続けていた私だが、それだけでは次第に物足りなくなっていった。そしてある時を境に自らに課す毎日書く最低文字数を4000字に引き上げることとした。これは我ながら不安を伴うものであった。高すぎる目標を設定したせいで、それに挫けてしまい結果的に3000字毎日書く習慣も潰えてしまうのではないかと懸念したのだ。

 だがそれは杞憂に終わった。4000字を毎日書くことも私は特に問題なく継続して行えた。仕事や学校にも支障をきたすことなく、私はコンスタントにそれだけ長い文章を書き続ける能力を会得したのだ。毎日毎日、たとえどれほどの悪文駄文の類いであっても、それだけの分量を書ける人間はなかなか居ないのではないか。案ずるより産むが易しということもあるものだ、と自分でも思った。

 ところが、どういうわけか現在は日に5000字も書き続けている始末だ。ここまでになると最早、単なる惰性であり努力だの苦労だのとは呼べないような行為と言える。4000字は最低書こうと思っても、キリの良いところまでやろうとすればどうしても5000字を超えるということが一度あったのが始まりだった。その次の日においても、昨日は5000書いたのに今日は4000でいいのか、と言う思いが頭のなかに生じ、翌日も明後日もと言う具合で、いつの間にか毎日5000文字書く習慣がついてしまった。

 今の私には怠けることも続けることも同義になってしまった。毎日やっていることだから、やらないと却って違和感があり気落ちが悪くなってきて、禁断症状のような感情が惹起して時間がなかろうが疲れていようが、何かを書いているという、さながらブログ中毒とでも呼べるような状況に陥っているのは滑稽である。数ヶ月前は3000文字の文章を書くだけで汲々としていた私が。

 たかがブログ、それも単なる思いつきの発露としての文章であっても、5000字を超えるものを毎日欠かすことなく作れる人間は稀だろう。私は別に、それが偉いだとか優れているなどと言いたいのでは断じてない。単にそれが可能な人間はこの世にそう多くはなく、その点に限って言えば、私は他人に伍せるだけの能力があると言えるだろう。そしてそれを何らかの形で利用すれば、明るい見通しが一切ない我が生涯に何らかの吉兆が仄見えるかもしれないと、愚かな期待をしてもいる。