壺中有天

弁ぜんと欲し 已に言を忘る

労働者としての生

 俺は被雇用者として平日においては朝から晩まで働かされている。土日は原則的に自由だが、それでも逆に言えばそれら以外の日は自由でないと言える。一週間はたったの7日しかなく、そのうちの5日の殆どの時間を好きでもない場所に行かされ、延々拘束されている。改めて考えてみれば、己の人生とは一体何なのだろうかと、不毛な自問をせずには居られなくなってしまう。

 俺の収入は同世代の平均よりも相当低い、月収はもとより、残業代も出なければボーナスもない。身も蓋もない言い方をすれば、勤め先は絵に描いたようなブラック企業だ。そんな職場から逃れたい気持ちは山々なのだが、生活を維持するためには、どうしても今の会社を辞められない。今の東京での暮らしは、その例の会社に努めているからこそ、そこでの従業員という身分があってこそのものである。

 労働を前提にした人生。思い返せばそれは、俺にとっては運命だの宿命とでも呼べるようなものだ。それに疑問を抱いたり不服に思ったりすることは、正気の沙汰では無かった。しかし俺はその沙汰に及んだため、両親をはじめとした周りの人間から徹底して糾弾され、攻撃されまた否定された。仕事が好きでなく嫌いで、働きたくなく、そうしなければならない時間が、一秒でも短ければ好ましいなどと。

 雇われ、働くことを当然だと思うだけでは十分でない。それについて俺は、使命感や喜びを抱かなければならず、有限な人生の大半を労働のために費やすことに、無上の法悦を覚えなければならなかった。そのような望ましい人格を陶冶すべく俺は、あらゆる大人たちから躾や教育を施され育った。それを有り難いと思えも感じも出来ないから、俺の人生はどんな瞬間においても困難を極めた。

 机仕事も肉体労働もやったが、どれもこれも死ぬほど嫌いだった。俺を働かせる人間は、一人残らず憎く、俺に労働を強いる環境や社会も忌わしかった。

只管惰眠

 眠りたい、今はただそれだけだ。人生においては何かをどれだけ得なければならないだとか、少しでも多くの快楽を経験しなければならないだとか、もしくは社会的な体面を取り繕うためのステータスとなる何かを身に付けなければならないといった、種々の欲求や強迫観念といったものに、俺はハナから無縁であった。それについて感得するためだけに、俺はずいぶん長い時間を費やしたものだ。

悪夢から醒め

 俺は何かがしたいのだと、ずっと思ってきた。そしてそれができないから、俺の人生は惨めで不本意なのだと、ずっと思い込んできた。しかし、それは単なる浅はかな迷妄に過ぎなかったのだと、最近になってようやく俺は気づき始めた。一体なにに、自分が躍起になり、焦りに駆られていたのかだろうかと、我ながら不思議で仕方がない。一抹の虚しさはあっても。

 通えば作家が目指せるなどという、バカ丸出しの学校に通っているのも、今となってはただただ恥ずかしい。そんなスクールを運営している邪悪な団体に大金を献上した俺の愚かさを呪いたくなる。結局、俺はその学校のような体裁をした、カルチャースクールに毛が生えたような場所で、一体何を学んだというのか。何を得たというのか。それについては細かく述べることは差し控える。

 俺はモノを書くことが好きだと思っていた。そう思い込んでおり、そう思いたかった、そういうことにしておきたかった。だが、現実にはそうではなかった。得意で、好きで、人生を賭し全身全霊で打ち込めるような何かが、己の生涯において一つはあってほしかった。そしてそれは、書くことに他ならないのだと俺は長い間、考えて来たと言うか自分に言い聞かせて生きてきた。

 そうでもなければ、小説やシナリオ、エッセイなどといった文章の書き方について、どこぞの馬の骨とも知れない人間に教えを請うようなスクールに通おうなどと、一体どうして思うだろうか。実際は、先に触れたように俺は文章を作るのが好きではなく、また得意でもなかった。とてもではないが、小説だろうがシナリオだろうな、それ以外の形式の何かであろうが、何にせよ書くことを仕事に結びつけるなど絶対に叶わないと、ようやく分かった。

 そもそも、それを実現させようなどと、俺は本気で望んでいたのではなかった。子供の頃から俺は社会不適合者で、働きに出れば無用かつ余計な苦労を被り、辛酸を嘗めさせられるのは目に見えていた。そんな俺が内心においては作家業と言うかモノ書きを志し、人知れず夢見てきたのは、言うまでもなく現実逃避以外の何物でもなかった。大学生になってからも俺は、文芸にはカスリもしないような学部や学科に進みながらも、文章で食っていきたいと延々、夢想してきた。

 結局それは夢のまま終わり、俺は働かざるをえない年齢に達してしまった。そして俺はこの国における最底辺の職場を転々とし、無意味に馬齢を重ねた挙句、いつしか後戻りできなくなった。第二新卒も逃し、人並みの人生を送ることさえ能わない身分に出した俺は、不本意で割に合わない仕事にしがみつき、糊口を凌ぐ日々を余儀なくされた。そんな暮らしぶりの中で、遠い昔から抱いていた夢が、現実逃避のための逃げ口上が、不幸にも胸中から湧き上がってきてしまった。

 その結果として俺は、30万円近い金を夢を騙る怪しげな団体が運営しているスクールに支払う暴挙に出た。別に脅されたわけでもなければ、騙されたわけでもなく俺は、自らの意志で、それほどの大枚を赤の他人にくれてやった。今年の2月の終わり頃だったと記憶している。ちょうどブログを更新する習慣を自らに課したのも、それくらいの頃だった。それについてはいくら後悔してもし足りない。結局俺は、己の身の上や半生、そして将来に嫌気が差し、何度も述べるように現実逃避したかっただけで、ただそれだけのために金を溝に捨てたのだから。

 

熱も冷め

 金も惜しいのは当然だが、時間もまた然りである。学校があるのは毎週土曜日で、言うまでもなく貴重な週末の一時だ。そんな時間を、家で寛ぐでもなく街なかに遊びに行くでもなく、例の学校に通うのだから我ながら惨めというか無様というか。別にもう辞めてもいいのだか、そうなるとこれまで通っていた時間や労力が全て無駄になってしまうから、それを思えば最早、引くに引けない。

 学校は、1年間通い続ければ上級のクラスに上がれ、それ以降はより専門的なことをやるらしい。取り敢えず1年通わなければ次のステップに進めないという仕組みになっている。次など別にどうでもいいから、早々と辞めてしまうという道は当然あるが、そうしたところで、いまの俺に一体どんな道が残されているというのだろうか。別に書くことが好きでない、かと言って辞めたら何も残らない。

 通うだけなら、そこまでの苦はない。更に言えば、週末に別段これといった用事が有るわけでもない。あるとしたら国会図書館に赴いてそこの蔵書を漁るくらいだろうか。しかし、そんなことを始めたキッカケが例の学校なのだから、そこを辞めればわざわざ図書館に通う理由も待たなくなる。加えて、週末には国会図書館だが日曜は都立図書館に行くし、毎週千代田区と新宿区の図書館にそれぞれ、交互に行き書籍を借りる習慣があるのだが、それも学校に行っているからこそ身に付いた習慣である。

 学校を辞めれば、それらの全てを俺はしなくなるだろう。そうなった時に、俺に何が残るというのだろう。言うまでもなく、本当に何もなくなる。そう思えば、金を払って週末にせいぜい90分程度、作家志望という形で講義を受けることが、それほどまでに害悪で時間の無駄だとも思えない。学校に通うまで、俺はアル中で酒浸りだったから、学校をはじめとした習慣が全てなくなれば、どうなるかは火を見るより明らかだろう。

 一度、本格的に酒で見を危険に晒したことがある。精神は完全にアルコールを欲しているにも関わらず、内蔵をはじめとした身体が、一滴も酒を受け付けなくなった。そこから俺は完全に断酒を余儀なくされたのだが、当時は経済的に困窮しており医者にも行けず薬も買えなかった。そんな状況においては仕事もままならず、経済的に破滅する一歩手前まで追いやられたのだが、今でも酒は時おり飲みたくなる。

 飲みたくなると言っても、翌日が休みの日だけ、数カ月に一度くらいの頻度で、今は飲む程度だ。現在は節度を保っていられるが、それが可能なのも講義に備えたり課題の提出などのために時間を確保し、それらに加えて本を読んだり調べ物をしたりなどといった、必要に迫られてのことだ。それらの全てがなくなれば、俺は恐らく再び酒に溺れてしまう。それを潔しとしないなら、何らかの用事は作っておいた方がいい。

 

 結局、学校云々に関しては、作家になるだの目指すだのということは度外視して考えるべきだろう。それのためにモチベーションを維持する気力も意志も最早、俺には存しない。結局のところ、暮らしを成り立たせ人間的な必要最低限の生活を維持する手段としての労働と地続きでない作業に従事するための、キッカケづくりの場として文章教室を捉えれば、俺は途中でそれを辞めることもなく、また酒を控え続けることができるだろう。

 作家になるだの、それを目指すだのといった、目標や夢を設定することが、荒唐無稽の現実逃避でしかないということを、俺は子供の頃から承知ではいた。書くことを生甲斐とし、人生における第一義として生を全うすることなど、俺にはとてもできない。俺はそこまで文章について情熱もなければ、達者でもない。また、将来的に書くことがそこまで好きになるとも思えない。

 他人よりは、作文や詩が得意だった覚えはある。しかしそれが、何らの収入に結び付き、それが仕事となり労働から解放されるための糸口たり得るかは、全く別の、次元が異なる話であろう。大体、その得意だの何だのというのは、全く普段から読みも書きもしないような手合いと比較し、母国語の文章の巧拙という一点に限り、それらに僅かばかり秀でているという、せいぜいそんな程度の話でしかないのだ。

 そんなものは所詮、だから何? で終わる。他人よりも巧いかどうかよりも、それが本当に好きかどうかを、俺は考えるべきだった。そして遅ればせながらそれについて一考した結果として、俺は大してそれについて思い入れも無ければ愛着もない、という結論に至ったのだった。

 寝食を惜しんで、文章を書きたいか。表現したいことや誰かに伝えたい何かが、湯水のごとく溢れ出して、止まらないだろうか。そんなことはこれまで一切なかった。公募にしろ学校の課題にしろ、このブログのような場でも、文章教室に通うことを決めてから俺は、相当大量の文章を作ってきた。しかし、俺は本物の文才を備えた人間には太刀打ちできなかったし、それを目の当たりにして、奮起してどうにか腕を磨こうなどという殊勝さも芽生えはしなかった。

 とどのつまり、俺は言葉というものがそれほど好きではなかった。工場や倉庫で働いたり、販売や接客、清掃業などをして賃金を稼ぐようなことに比べれば、自宅に篭って駄文を書き連ねる方が楽で、心身の消耗が少なくて済むという、単にそれだけのことでしかなかった。しかし、その道における本当の苦労とでも呼べるようなものに、僅かでも直面したときに俺は、書くという行為にさえも怖気づき、また嫌気が差してしまう。そんな自分の本性を俺は、クダンの学校を通して思い知った。

 今、俺はただ眠りたい。働くことも嫌だし、己の人生を遡れば学校に行ったり習い事をしたりして勉強をすることさえ億劫だった。学ぶことも稼ぐことも、俺には全く興味がなく、実のところ俺は、ただただ眠りたかったのかもしれない。遊びにさえ俺は、興味や関心を示せない。アウトドアはもちろんのこと、繁華な街に出て遊ぶことさえ、俺には楽しくない。一人で居ても他人と居ても、何処でどんなことに興じようとしていたとしても、俺は腹の底ではまるで気乗りせず、心もまた躍らなかった。

 

よく眠れ

 アルコール依存症から脱しなければならない段に、もっと辛かったのは不眠であった。内蔵が正常に機能しなくなり、自律神経が失調した。それによる健康にまつわる被害は数多くあったが、眠れないことに比べれば、それらのどれもは大したことはなかった。心臓が止まりかけもしたが、それさえも不眠よりは苦しみが少なかった。疲れ切り、どれほど休みたくてもそれが出来ないという苦しみ。

 単に睡眠が取れないのではなく、横になり目を閉じることさえ能わない。そうしようとし、実際にそうすると数秒もすれば不安感や焦燥感を覚え、居たたまれなくなる。そのため俺は、2週間ほど一睡もできなかった。それは地獄のような苦しみだった。この先、二度と安眠できないのではないかと思うと、俺は自殺衝動に駆られた。困憊しているにも関わらず、眠るどころか目を閉じて休むことさえままならないことへの絶望。

 幸いそれも一時のことで、俺は再び眠れる夜を取り戻した。眠れないことで俺は、文字通り死ぬほどの苦しみを味わったが、文章に関してはそれに類する目には遭っていない。つまり、書けない苦しみとでも呼べるようなものを、俺は一度たりとも感じることはなかった。今日は一文字も文章が書けなかったと、気に病んだり苦しんだりは全くしなかった。むしろ、書かずに晩を寝て過ごすようなことがあれば、その方がグッスリできて、却っていいくらいだった。

 遊べなくても、飲み食いが出来なくても、快適な環境でよく眠ることさえできれば、ただそれだけで俺には十分なのだと、この歳になって実感する。何も成せなくても、寂しさや貧しさの只中にあっても、安眠・快眠さえ確保できれば、それだけで俺は何も言うことがないのだ。ましてや書くことなど、あるはずがない。だから俺はここ数日はブログの更新さえ怠った。そしてそれは俺を苦しめなかった。

 職場に拘束され、楽しくもやりがいもない、辛く苦しいだけの労働に従事させられることにさえ、安楽に眠れる夜の為になら、喜んで「然り」と言える。苦役と薄給、孤独と屈辱、悲哀や寂寥などといったものを、どれほど被ったとしても、その先に安らかな眠りが間違いなく有り、それに浴せられるなら、俺は前出の一切合財を耐え忍び、また肯定できる。

 俺は常々、卑しい労働や下らない習い事に従事し、金を稼いだり或いはそれを惜しんだりしている。そんな諸々の先に何があるのかと、時おり俺は自問し、それに納得の行く答えが見い出せず一人で勝手に悩み苦しんだ。しかし、結局のところそれはなんという愚問だろう。労働も勉強も、金儲けも節制も、或いは出費や奢侈といった類いのものでさえ、快く眠るための過程だと見なせば、人生とはナント有意義な時間だろうか。辛く苦しく、理不尽で不条理で、報われないあらゆる出来事や事象に対しても、それらを乗り越えればいい感じに疲れてよく寝られるくらいに考え、せいぜい臨めば十分だ。

しっちゃかめっちゃか

梗概

 

難しく、無理

 文の質を問わず、ただ手を動かし文字を打ち続ける、ただそれだけが難しい。要するに、言うは易く行うは難しという使い古された言葉で言い表せることではあるが、我ながら歯がゆい思いをしている。思いついた内容をただそのまま手を動かして文にするという、職場でやらされている労働よりも数段は楽なはずの作業に、なぜ俺は難儀しなければならないのだろうか。

 単に頭が悪いのだろうか。何も思わずに暮らしている人間など此の世には居らず、俺もまたそれに属しているはず。そんな俺が、頭の中をただ出力するという言ってしまえば猿でも出来るようなことが、一体どうしてできないのだろう。言葉に窮し、時間に追われ、ブログごときに手こずっているのは、全くもって不甲斐なく思えてならない。タイピングが不得手というわけでもないものを。

 学校の課題や仕事だったら話は別だ。それらなら求められるクオリティに見合ったモノを作らなければならない。その手の事柄であぐねるなら、誰にでも十二分に有り得るだろう。しかし、このブログという場において、それも個人が勝手にやっているようなサイトにおいて、更新が滞るならそれは即ち、書き手の能力や資質といったものが、極めて低いということになってしまう。

 頭の中にあるものを言葉として書き表す、ただそれだけが難しいだの面倒だのと言うなら、それは相当な無能だろう。全くの赤の他人がそんな悩みを持っていたとしたら、俺は心置きなく笑いものにするところだ。ところがどっこい、この話の当事者は他ならぬ自分自身なのだから全くもって笑い事では済まされない。己の能力の低さを、ブログを書く度に実感させられるのは本当に気分が悪い。

 働かされている最中に思ったことを書けばいいものを。何も書くことがないなどと言っていいのは痴呆老人か植物人間くらいのものだ。正気を保ち、社会生活を送っている身の上であれば、「今日は書くことがない」などと、どうして言えるだろうか。意地でも、口が裂けてもそんなことは、言ってはならないくらいの気持ちでいるべきだろう。いや、思うことさえ憚られる。

 一応、文章を書くことについて学んでいる身である。そんな俺であるからこそ、前述のようなセリフは書くのも言うのも、思ってもいけない。しかし、そんな禁忌を常日ごろ犯しているのだから度し難い。結局のところ、文章で食うなど夢のまた夢なのかもしれない。たかがブログを書くのに、毎日膨大な時間を費やしている。文章を作る練習のために、一日の相当な時間を割いているのが現状だ。

 文筆で身を立てるのは、能力的に不可能だろう。作家を目指せるなどと言う惹句に惑わされ、愚かにもその手のスクールに金を払ってしまった。そのことについては、今更後悔してもしきれない。何を書いても誰からも相手にもされず、それどころか学校の課題の提出さえも危ぶまれている現状。もう己の才覚のなさは明らかであり、疑いをはさむ余地もない。

 所詮、俺は一介の労働者に過ぎない。それ以外の何かとして産まれて来られず、また後天的にもそれ以上の何かには成しえなかった。その結果として今の暮らしと、これまでの人生がある。それらを俺は必至で否定しようとしたが、最早それも限界だろう。バカ丸出しの悪手によって、俺は時間と金を下らない学校を運営する、ある団体に毟り取られてしまった。それを正当化したいがために、文章の練習などと銘打って、こんなブログを始めたのだから改めて思うと恥ずかしてく仕方がない。

うまくやりたい

 と言っても、書けないのは俺の言語に関わる力の不足だけなのだろうか。俺よりも能力が低くても、俺よりずっと多くの文章を作れる人間は、此の世に掃いて捨てる程いるに違いない。それについて、どのように考えるべきだろうか。きっとその手の人種は、いい文章を書いてやろうだとか、書くことを金やらなにやらといった他の何かに繋げてやろうだとか、そんな下心がないのだろう。それによって手の動きに妙なブレーキがかかってしまい、時間や手間が余計にかかっているのが、この俺の現状だと思われる。

 要するに邪念である。実利や欲得に適った行いとして、書くことを考えているから、全く筆が進まなくなるのだ。金銭に限らず、己の能力を示し、含蓄があるところを誰かに見せつけたいという欲もまたキーボードを打つ手を止める。そんな下卑た感情で文章を作っているから、たかがブログでも名文を書きたいという気持ちが生じてしまう。誰が読むわけでもないものを。

 他人が読むことなど、はじめから想定していない。単に、日に最低これだけの文章を書くことができるという事実が欲しいだけだ。それだけのために俺は、このブログを開設したのに、いざ始めてみればどうしても巧くやろう巧くやろうという下心が出てきてしまい、そのせいで高々ブログ1記事のために貴重な余暇が費やされた結果、大したこともできずに時間がない時間がないと嘆くのだから滑稽きわまりない。

 俺は恐らく、自覚しているより遥かに自惚れが強いのだろう。特に書くことに限って言えば、他のことよりも得意だと自負していたところがあった、愚かにも。そんな慢心により、ブログさえも書きあぐねるような醜態を晒しているのだから、おかしいことこの上ない。巧くやれるかやれないかの以前に、そもそもなぜ巧くやろうとするのか。書くことで自尊心を満たし、また傷つかないようにしたいのだろうか。

 それについては自分の中で答えはすでに出ているから、ダラダラと書くことは控える。しかし、何に対しても言えることだが、しくじったり恥をかかずに済まそうと欲するのは極めて浅はかだ。俺はこれまで生きてきてどれだけ長い間、失敗や恥辱に怖気づいて何もせずに無意味に時を過ごしてきただろうか。その躊躇いや逡巡で、必要であったものなど一つたりともありはしなかった。

 ヘンなことを言ったり書いたりして、恥をかくのを恐れる気持ちが、俺の胸中に全くないだろうか。もしそうだったら、こんなブログの記事を日付を跨ぎ、やっとの思いで拵える状況には陥ってはいないはずだ。現状、そうでないからブログの更新にかなり手こずっているのであり、それが何よりもこの俺の自惚れの証だと捉えるべきだろう。恥を晒したくないというのは自己愛の現れだ。

 

 もういっそのこと、日本語にもなっていないような怪文書じみた文字の羅列を5000字以上、毎日記事として公開するくらいでいいのかもしれない。体裁の整った文章にしなければ、自分の能力を疑われたり見下されたりするのではないかと懸念して今まではできなかったが。ブログと言えどもインターネット上に公開する以上は、マトモなクオリティでないと、他人からコイツは日本語の散文すらロクに書けない無能なのかと、思われかねないという恐れ。

 しかし、今さら何を恐れる必要があるというのだろう。今まで無傷で生きてこられたわけでもあるまいに、我ながら不思議で仕方がない。今まで何不自由なく完全無欠の、順風満帆な半生を送ってきたわけではない。むしろ全くその逆で、俺の人生は汚辱にまみれていた。そんな俺が、一体今さら何を恥じらったり躊躇ったりしなければならないというのだろうか。

 完膚なきまでに満身創痍で生きてきたという事実を無視している。

恥をかく訓練

アンチ栄養学

 なぜ人間は飯を食わなければならないのか。飢え死にするからだと言ってしまえば、身も蓋もない。しかしそうだとしても、これほどまで食わなければならないのだろうか。世間で言われている「栄養」なるものを食事によって摂取しなければならないという考えは、俺にとっては眉唾である。結局のところ、餓死しない程度に何かを腹に入れてさえいれば十分であり、飯のことで金や時間を掛けるのはバカげている、のかもしれない。

 

まいばすけっと

 毎日の食事は全て、まいばすけっと買うようにしている。一日あたりの食費は、基本的に500円を超えないよう心がけ、その中であらゆる栄養補給を行っているのが、現在の暮らしぶりである。そんな生活に於いては、食べるということに全く楽しみが伴わない。俺にとって飯を食うということは最早、単なる栄養補給と空腹を紛らわす為だけの手段でしかない。

 そしてこれらの内で厄介に感じるのは栄養補給の方だ。世間一般において、人間はキチンと栄養を取るべきだという。人間が活動するために必要な栄養素は数多く有り、その大半は食事によって摂らなければならない。それを実践するにはそれ相応の対価を支払って食い物を手に入れなければならず、その対価としての金銭は、決して少ない金額ではない。これが俺には悩みの種だ。

 四谷・麹町界隈において、最も安いスーパーは前述のまいばすけっとだ。余程のことでもない限り、俺はそこで食料を調達する。そこはイオン系のスーパーであるため、それ以外の店よりは色々なモノが安く買える。しかし、いくら安いと言ってもそれは世の中の標準と比較してという話であり、俺にとって破格の安値というわけではない。要するに俺は、まいばすの商品すらも満足に買えないほど経済的に困窮している。

 菓子一つ買うだけでも、俺には相当な逡巡がある。だいたい俺は、嗜好品として森永のミルクキャラメルを買うのだが、これが例の店においては大体110円ほどだ。俺は一日500円以内で生きなければならないのだから、これは大変な出費ということになる。その日に使える金は最早400円にも満たない。そんな状況で食い物を買い、煮るなり焼くなりして栄養を取らなければならないのだから、碌な物が食えない。

 毎日毎日、粗末な食事しか摂れない。卵だのネギだのといった、いかにも栄養になりそうなものを食って、頭の中で「自分は栄養は足りている」と言い聞かせながら生活しているが、恐らく栄養学的には全く足りていないと思われる。それによって将来にどんな影響があるかは定かではないが、そんな生活の中においては食うことは先に触れたように楽しくも何ともない。

 段々と食うという行為自体が億劫に思えてくる。なぜなら栄養を摂り腹を満たすだけの最低限のモノしか食えず、またどうしても同じようなモノを食うことになり、味なども単調にならざるをえないからだ。腹が減ったり、目が霞んだり、立ちくらみがしたりすることもある。俺にとってこれらは全くもって不都合で理不尽な生理現象のように感じられてならない。

 なぜ腹が減り、栄養が必要なのだろうか。飯を食わなければ死ぬのだと、俺は直接的せよ間接的にせよ、色々な人間から吹き込まれてきた。実際、丸一日でも絶食すれば心身に様々な不調があるのは明らかだから、それは決して嘘ではないのだろう。しかしその事実や現実といったものに、俺は異を唱えたいと言うか、納得がいかない。食わなくても良いようになれば、こんな面倒なことで煩わされることもないのに、という思いが年々強くなっていくのである。

食に費やす時間などが

 食費については言うまでもないが、それ以上に時間が惜しい。自転車を漕いで片道でも数分を要する。そして店舗に着いてから品物を選び、レジに並ぶのだが、これもまた数分を要する。そして同じ道を引き返し帰宅してから食事の準備となる。調理にどれくらいの時間を費やしているか正確に計っていないから分かりかねるが、少なくとも5分や10分では済まないだろう。そして出来上がった飯を食い、コーヒーを飲みながら前述のミルクキャラメルを食い、そうこうしているだけで夜はどんどん更けていく。

 この一連の作業に要する時間は、全部ひっくるめて一体どれくらいになるだろう。もしも俺が、全く飯を食う必要がない特異体質だったなら、これらの作業に要するすべての時間を、別のことに使うことができる。そう思うと、飯のために割いている時間が惜しくて惜しくて堪らなくなってしまう。例のスーパーまで自宅から赴くまでには、外堀通りを渡らなければならないのだが、これもまたそれだけで中々ドウシテ大儀だ。

 飯を食わなければ死ぬのだと、多くの者たちから仕込まれてきた。そして俺自身もまたそう信じてこれまで生きてきた。しかし、それに対して現実味がイマイチ湧かない。全く一切、食わなければ餓死するのだろうが、世に言うところの栄養学なる言説に対して俺は、甚だ疑わしく感じている。人間が頑健な肉体と精神を保つためには、コレコレの栄養素が絶対に不可欠だ、と唱える例のアレだ。

 先に触れたが、俺は一日当たり食費500円未満で生活している。そんな食生活では、とても「十分な栄養」を摂ることは能わない。しかし俺は、心持ち食に対し物足りないという不満を抱くことはあっても、栄養が足りないからドウノコウノということを感じることは稀だ。これも前述したが、余りにも食わなさすぎると目まいなり立ち眩みなどを催すが、極端に食わない場合に限っての話だ。

 世間で言われているほど、人間は飯を食わなくても差し支えないのではないだろうか。一切なにも食わないでいれば当然、餓死は免れないだろうが、そこまでではなく、可能な限り食わないとしても、人間は十二分に活動できるように思えてならない。金がなく、それを正当化するために痩せ我慢で主張しているのではない。俺は本当に、人間にはそれほど多くの栄養も、また食事も不要だと実感している。

 俺の収入はとても低く、それから食費を捻出しなければならない。そのため、食費は削れれば削れるほどいいのだが、栄養という点を度外視して生活できるとしたら、今よりももっと少ない出費で済む。そうなればそれは俺にとって、極めて助かるのは言うまでもない。俺は健康のために1パック200円の卵を買っているが、その分の金が浮くとしたら、我が家の財政は相当、楽になる。

 体調を崩すのではないかという懸念は確かにある。しかし、俺に肉体に限って言えば、栄養を取ったから体の調子が良く、また逆だから悪いなどと単純な法則が導き出せるわけではない。たっぷり栄養を摂ったにもかかわらず、風邪を引くこともあり、また晩飯を食わずに眠ったにもかかわらず別段どうもならないということも幾度となくあった。それらを鑑みれば、栄養の多寡が体調を決定づけるわけではないということは明らかだ。

 

 以前、俺は酒飲みだった。そんな時分において俺は、安酒を呷り、適当に腹を膨らませ、あとはツマミになるものを買って食うという暮らしをしていた。今にして思えば、途轍もない贅沢な毎日を送っていたものだ。一日の食費は少なくとも1500円で、多い日は2000円を超えた。しかもそれは平日においての話で、休日はそれに加えて半蔵門にある行きつけの酒屋で、また別口の買い物をしたものだ。

 そんな生活では、いくら金があっても足りない。実際、そんな暮らしぶりをしていた頃の俺には、貯金が殆どなかった。全くなかったと言いたいところだが流石にそこまで無頼な生活を営むほどの度胸は持ち合わせていないため、そんな風に書けば虚言になってしまう。しかし今に比べれば、蓄えなど吹けば飛ぶほどの額しかなく、ひと月の稼ぎの大半が飲み食いに消えていたのは、紛れもない事実であった。

 休日に飲む酒はエビスビールと決めていたが、平日においては大抵ストロングゼロだった。気軽に安く、大量に飲み手っ取り早く酔うとなると、自然とそれに行き着くというのは酒飲みの多くが首肯するところであろう。毎晩毎晩、働いていない間は殆ど間を空けずに俺は気絶するまで例の安酒を呷り続けた。それは金の浪費であることは言うまでもないが、時間の無駄でもあった。

 自宅に篭り、安物の酒とつまみを口に運ぶだけの日々には、何もなかった。それは時間と金を延々ドブに捨てるだけの、堕落と退廃を除いて、本当に何一つありはしなかった。短絡的な刹那の、粗末で低劣な快楽があるだけだったが、俺はそれに溺れに溺れた。そんな日々に耽溺したのは偏に、飲み食いへの欲求に俺自身が屈したからだということは言うまでもない。

 そんな暮らしで膨大な浪費をしたが金よりも、今の俺には時間の方が惜しく思える。20代の基調で価値ある時間を、そんな毎日を送ることで棒に振ってしまったのだと思うと、気が狂いそうになる。今の俺なら、絶対にそんな余暇の過ごし方などしなかったと断言できる。ほんの数年前の俺が、現在の自分と比べると全く縁もゆかりもない、タダの他人のように感じられる。救いようがない屑に。

 無論、今も時間や金に余裕があれば飲酒はするが、それもまた無駄なことに思える。どうしても欲求に負けて、酒屋に走ることはしょっちゅうある。今週も3連休があり、俺はそれをシラフで乗り切れる自信が全くない。恐らく飲んでしまうだろう、ナカビの土曜日あたりには。しかし俺はここ最近、ずっと酒を飲まずに色々と頑張ってきたのだから、ほんの少しくらいなら晩酌くらい許されて然るべきではないか。

 飲み食いへのあらゆる欲が、完全に滅却できたら、どれほど俺は楽になるだろう。飲みたい食いたいと思っていても、胸中の内奥において俺は、本当にそう願っているのだ。エビスビールを酒屋で買ってきて、自宅に置いてある冷蔵庫のパーシャル室に冷やし、体調を万全にして鼻の通りを良くしてから、それを飲み下すは無上の喜びではある。しかし、それと完全に無縁になれるなら、俺は進んでそうしたいのだ。

出来る限りは不食のすすめ

 連休に呑むかどうかは取り敢えず保留にするとしても、とにかく栄養に対しても空腹に対しても、もっとストイックに臨みたい。とにかく、人間が食ったり飲んだりしなければならないモノは、世間で言われているよりもずっと少ないことは、俺にとっては明白だ。だから、これからはもっと生活における食の比重をもっと減らしていくようにしたい。そうすれば、毎月貯められる金も増えるだろうし、自由に使える時間も増える。

 栄養がないと死ぬ、というのは恐らく迷信だろう。人間は飢え死にする生き物ではあるが、だからと言って通説の通りに栄養を摂るために大枚をはたくのも間違って居るように感じられる。いわゆる正しい食生活というものを実践すれば、食費などいくらあっても足りない。そんなものは所詮、金持ちだけの道楽であって、俺のようなワーキングプアには本来、縁のないライフスタイルだ。

 大体、栄養学的に間違った食生活をしている何処かの未開の部族などでも、民族まるごと栄養失調になっているなどという話は、終ぞ聞いたことがない。アフリカかどこかに、芋しか食わない部族がいるらしいが、その者たちは栄養学の常識で言えば病気にかかるか体の不調を常に訴えていなければならないはずだ。しかし、その手の人種は健康を損なうどころか、いわゆる文明人よりも数倍頑健だという話も聞いた。それが本当だすると、「栄養を摂る」という行為は全くもって馬鹿らしい。

 最低限、飢え死にせず目が霞んだり立ち眩みがしたりしない程度に食っていれば、それだけで人間の心身には十分なのだ、ということにしておきたい。そうでないなら、俺は間違った生活をしていることになってしまい、結局は現在の飯の食い方を改めなければならないということになってしまう。そしてその先にあるのは、以前のような浪費なのかもしれない。

 食わなくていいという前提があれば、飲み食いの欲から遠ざかることができる。たとえ単なる嗜好品であっても、それを買ってしまう背景にあるのは、「人間は食わなければならない」というある種の強迫観念なのではないだろうか。酒浸りの生活から俺が抜け出せたが、それは医者や薬の力などに依るものではない。むしろ、その前提が俺の中で揺らいだからだと考えられる。

 自分は酒を飲まなくても、余計にモノを食わなくても別段、生きていくのに差し支えない。そう確信した時にに俺は、ある種の解放感を覚えた。延々、それらの強迫観念に駆られ、学生時代から20代の大半の時間と、膨大な額の金を俺は費やしてきた。それらが実のところ全く無駄であり、「ねばならぬ」が単なる思い込みだと知った時、俺にもたらされたのは単なる節約だけではなかった。

 酩酊に耽る時間や、食事に要するあらゆる手間を、別の何かを行う次官に避けるようになったのは、俺にとってとてつもなく大きかった。そしてそれが無かった時期の自分の人生が、根底から間違っていたと気付かされもした。人間は栄養を取らなければならないという迷信から解かれて、俺の人生は大分好転した。

貧乏暇なし

 一思いにブログを爆破してしまえば、今夜はゆっくり眠れるものを。一円にもならないような文章を長い時間を書けて作ることの愚かしさを、最近は特に感じるようになっている。俺にとって書くという作業は易しくもなければ楽しくもなく、しなくて済むなら本音を言えばその方が良いのかもしれない。しかし、書かなくなったとして、それで何がどうなるというのか。

 

実質月曜日

 この記事は日曜日分ということになっているが、実際にこれを書いている時間は、厳密には月曜日となる。書かずに溜めておいた記事の分、文章を作るのに手間取ったせいで、俺の日曜日はそのためだけに費やされてしまった。そして日付が変わってから日曜日にこなすはずだった分に、ようやく取り掛かっているという次第である。たかがブログの更新で、これほどまでに難儀する人間は他にいないに違いない。

 質を問わず、どんな内容でもいいから毎日最低5000文字に達するブログを更新し続けることを俺は自らに課している。そうでなければこんなブログ自体が存在しないだろう。俺は元来ネットにおいては、2ちゃんだのニコニコだのといった、匿名文化圏に属する人種である。そんな俺がハンドルネームに過ぎないとは言え、一定の名前を名乗って自前の場所を設けて文字を綴っているのだから、それ自体が異例と言える。

 毎日最低5000字は書くようにする習慣を、俺は相当無理をしつつ続けているのだが、そんなことをしなければならない理由は、俺が文章について学ぶスクールに目下、通っているからだ。別にその学校において最低ブログでもいいから5000字は書けるようにしろ、などと課題を出されたわけではない。それでも俺はそんな場所に通う以上は、その程度はできなければならないと勝手に一人合点してそんなハードルを設定した。

 誤字脱字だらけの、支離滅裂な代物であったとしても、5000字の文章を毎日コンスタントに量産できれば、それなりだろう。少なくとも俺自身はそのように考え、その自らに課したハードルを超えながら今日まで生きていたが、それもいい加減に辛くなってきた。休みの日ならいざ知らず、仕事などの用事がある日でも例外なく5000字を書くというのは、それが駄文であっても心身に負担が掛かる作業だ。

 母国語の散文など、やろうと思えば誰にでもできると、言う者もいるかもしれない。クオリティを問わずブログ程度の文章なら、いくらでも量産できるが、そんなバカバカしいことを毎日毎日やり続けるのは、単に時間の無駄だから普通の人間はやらないのだと。しかし俺から言わせれば、できるけどやらないというのは即ち、出来ないに等しい。実際、手すさびとしてもそれほどの分量を毎日こなすにはそれなりの努力を要するということは胸を張って言える。

 だからこそ、ブログを更新するだけで俺は手一杯なのだ。体力や精神力が持たず、一日でもサボってしまえば、その分のしわ寄せが次の日に行う作業に加えられる。そして翌日も同じくサボれば、明後日に2日分の作業が、という具合だ。結果的に俺は、木曜日あたりから溜まったブログに載せる文章を日曜日に作ったのだが、肝心の当日分は月曜日に持ち越しとなっている。

 ただ働いて、ブログを書くだけならそれでもいいかもしれないが、残念ながら俺はそれ以外にも読んだり書いたりしなければならない。文章の学校に通っていると先に述べたが、それの課題も溜まっている。また、ブログと学校の課題以外にも、公募だの何だのを見越して、もっとたくさん書かなければならない。そう考えれば、俺にはとにかく時間が足りない。労働に割いている時間など、今の俺には惜しくて惜しくて、惜しくて堪らないのだが、それによって学校に通え、ネットにパソコンがつながり、ブログが書けているのだから、それを全て書くことに割り振る訳にも、当然いかないのだ。

本末転倒

 誰かにブログをやれと言われたわけではない。文章教室に通うくらい、本腰を入れて勉強するなら、日常的に文章を作る習慣を意識的に設けた方がいいという言説をどこかで見聞きしたというだけだ。それがブログである必要はなく、さらに言えばはてなでなければならない理由も一つもない。本来なら、小説やシナリオを書き溜めるべきなのだろうが、それらは今の俺には余りにも荷が重すぎる。

 クリエイティブ・ライティングの前に、そもそも書くということを日常の一部とするべきだ、そう思った。そのために自分なり低いハードルを設定し、それが難なく越えられるようになってから、脚本なりノベルなりを書けばいいと考えた。それは多分間違いではなかったと思う。ブログを作った当初は、一日に最低3000字の文章を、なんでもいいから書くようにしようと心に決めていたが、それさえも始めのうちはままならなかったのだ。

 今の俺が毎日書かなければならない、最低の文字数は5000文字ということになっている。3000字程度の文章なら、それほど苦も無く作れるようになり、その苦も無くが4000字となり、いつの間にかハードルがドンドン高くなり、ふと気づけば現在の有り様だ。ブログを書く習慣を付けて次の段階に、と思いながらもいつの間にかブログを書くことが生活の中心になっている感さえある。

 とある公募に出す文章を書こうと思っているのだが、とても手が回らない。文章教室で出された課題の締切も、来月の上旬なのだが、これもまた然りだ。公募の方はともかく、学校の課題をブログのために未提出で終わらせるとなると、さすがに笑い事では済まされまい。そもそも、その学校に通うことをきっかけにして、毎日ブログを書くなどという習慣を無理やり身に付けたのに、そのために学校でのことが疎かになるなど、あってはならない。

 最早、ブログなんぞを書いているような段階ではないのかもしれない。文章を書く習慣はとっくの昔に身に付いた、ということにしておいて、最早ブログなど爆破してしまい、別のことに時間を割いてもいいんじゃないか、という気になる。無論、それは間違っている。俺としては、文字数以外の制約などは一切ないのだから、何の苦労もなく5000字程度の散文は量産できて当たり前、くらいの見栄は切りたいものだ。

 実際はそれにすら汲々としているのに、創作文を書くなど未だ時期尚早というものだろう。別にそういう決まりがあるわけではなく、そうしろと誰かに教えられたり指図されたりしたわけではない。そうではないが、一度はじめたものをある日突然辞めるとなると、なんだか色々なものに屈したように感じられて癪だ。仕事が忙しいから書くことを諦める、という形になってしまうのだ、たかがブログであっても。

 

 内容の質を問わず、散文をたくさん書くというのは、文章書きにとっては基礎トレーニングのようなものだろう。仮に俺がアスリートだったとしたら、ブログを書くという行為は本命のスポーツをやる前の走り込みなどに相当すると見なせるかもしれない。ブログを書かなくなるということは、例えるとアスリートでありながら基礎トレを怠るに等しい。今までたくさん走ったから、これからはもう走らなくていいと。

 現役を退くならそれもいいだろう。しかし、スポーツを続けるなら限り基礎トレもまた続けなければならない。そこに疑問や反論を挟む余地など一切ないはずだ。俺は一応文章の学校に通っていて、本格的に書くことを学んでいる身の上ということになっているのだから、その点において妥協すべきではないのは自明だ。働いていて時間がないからブログであっても書くことを疎かにする、というのは論外だろう。

 「あしたのジョー」で主人公の矢吹丈は物語の終盤までロードワークを欠かすことはない。ボクサーとしてヒトカドの存在になってからも、ボクシングと直接関係ない走るトレーニングを辞めはしなかった。それと同じように、俺もまた下手くそな散文を書き続けることから逃げるようなことを自らに許してはならない。基礎訓練をしなくて良くなる日が来るとしたらそれは、前述した通りその道から退いた時だけだ。

 俺の最終的なゴールは、一応は文章で食っていくことだ。それはあまりにも青臭い、恥ずかしい願望だから大っぴらにはできず、またすべきでもないのだろうが、この局面においては明かしてもいいだろう。その最終的なゴールを達成するということは即ち、売文という作業でもって金銭を得るのが目標だということになる。一文字あたり何円になるのかは別としても、とにかくそういうことになる。

 書くことが商売として成り立つとしたら、一字一字が商品ということになる。その商品を使って、商売をするのだから、それは少しでも多いに越したことはない。と言うよりも、出し惜しみしてはならないのだ。どんな商売であっても、売り物を出し惜しみしなければならないとしたら、絶対に成功はしないだろう。売文稼業でも同じことが言えるのではないだろうか。

 つまり、書くことが自体に何らかの苦しみや躊躇いが伴うとしたら、その時点で先行きは暗いのだ。仕事が忙しいだの時間が足りないなどと言い、それに関する労を惜しむとしたら、そんな時点で俺は、現状から抜け出すことは能わないだろう。労働と全く関係のないことに時間や労力を割くことは、今の俺には不可欠であり、どんな理由があっても絶対に途中でそれを断念してはならない。

 文章で生きていこうとしている人間にとって、書くことは日常における何気ない所作の一つであるべきだ。歩いたり食事をしたり、または呼吸をしたりすることに苦労が伴わないように、それと同じくらい難なく文章が作れて然るべきだろう。そうならないようであれば、やはり文章の学校などという馬鹿げた所に学費を納めたのは死に金ということになってしまい、結構な大金を溝に捨てた結果になってしまう。

意地でも

 書くことへの抵抗感が、未だに消えないのが歯がゆい。ブログのことを考えると、面倒くさい気持ちが常にある。5000字を超える文章を作るには手間も時間もかかり、クオリティが低いものでもそれなりに苦労を伴う。俺が無職か何かだったら、それらを惜しまずに書くことに専念できるのかもしれないが、そうは問屋が卸さない。働くためには食べなければならず、また眠らなければならない。それらと並行して書くことの難しさを思い知らされている。

 働くことに大半の時間が費やされ、書くのを諦めるなら、即ち敗北である。人生の主導権を労働なるものに握られてしまうか、それ以外の何かに重きを置ける生活を営めるかどうかの瀬戸際に立たされていると言っていいかもしれない。クオリティの高い作品についてはイザ知らず、単に書く事自体に抵抗感があるとしたら、俺は死ぬまで他人に雇われて労働するだけの存在として終わるだろう。

 俺はある会社で被雇用者として労働をしている。それにより僅かばかりの金銭を得、それにより暮らしている。しかし俺は、それに全く満足はしていない。赤の他人に利用されるだけで一生を終えることを潔しとはしていない。十二分に給料と余暇が得られる身分であったなら、俺は文句を言わなかったかもしれない。だが現実は全然、そうではなく賃金は安く拘束時間は長い。

 賃金はともかく、自由な時間が確保できないのは問題だ。もし人生が永遠なら、どれだけ時間を他人の欲得のために毟り取られても構わないだろう。しかし人間が生きられる時間、とりわけ心身の自由が利き、感覚が鋭敏な状態というのは、極めて短い。そんな時間を何の縁もゆかりも、恩も義理も無いような相手のために、割に合わない金のために、仕方がないとしつつ差し出しているのだ。

 俺がその状態から抜け出せる道は、書くこと以外にない。今さら勉強をして大学に入り直すわけには行かず、海外に逃亡する手もない。どうにか文章によって生きられるようになれば、他人に雇われて使役される身分から脱せられるかもしれない。逆に言えばそれ以外で俺が苦しい労働から逃れる可能性は皆無に等しいだろう。書けませんなどと言ってしまえば、その道も閉ざされる。

 15歳で働きに出されてから、俺は労働を忌み嫌ってきた。それを強いる家族や周りの人間を憎んだ。お前は働かなければ生きられないのだと、幾度となく俺に吹き込んだ両親を、俺はどうしても好きになれなかった。労働こそが俺に与えられた義務にして宿命であり、それから遠ざかろうとすることは愚か、それを願うことさえ絶対に許されなかった。俺は自らの身の上を呪った。

 俺にとって、と言うよりも下層階級にとって、働くことと雇われることは殆ど同じである。そしてそれらは加えて、生きること自体を指した。俺はそれが子供の頃から嫌で嫌で、嫌で仕方がなかった。そんな境遇、身の上から無関係な所に行きたいと延々、願ってきたが結局、現在は働かされている。今の暮らしを変えるには、労働以外の何かに活路を見出すしかなく、それが何かは言うまでもない。

言語に絶す

 普段何気なく言葉を用いている。それは他人と接触する時の意思疎通のための道具として使うこともあれば、一人で沈思黙考する時のツールとしてそれを取り扱うこともある。個人としてどのような局面であっても、言葉とは自分自身なるものと常に不可分であると言って良い。しかしその言葉なるもの、血肉となっている第一言語母語言われているものが本当に唯一にして絶対の何かだと言えるのだろうか。

 

第二言語としての日本語

 俺にとって標準的な日本語は母語ではない。俺は津軽地方という所に産まれ落ち、その地で育てられた。大人になるまで彼の地を出ることはなく、身の回りの人間はわずかの例外を除き、その土地の人間であった。言うまでもなく、津軽においてはいわゆる普通の日本語というのは用いられない。学校の授業などでも教師は現地人であるなら基本的に津軽弁で生徒にモノを教える。

 そんな環境下で育った俺にとって、標準の日本語とは第二言語でしかない。俺は後天的に普通の日本語を学習し、身に付けたと言える。日常で喋ったり、学校で習ったりする言葉とテレビなどで見聞きするそれが全く別物であるという事実は、子供だった俺を大変、困惑させた。なぜ自分はこんな変な喋り方をしているのか、しなければならないのか。俺は自らの口から出る言葉を汚いと思った。

 それだけではない、俺は自身の頭の中にも違和感を抱いた。頭の中で何かを思ったり感じたりする時、当たり前だが津軽人は津軽弁を用いる。精神活動もまた方言によるのだが、俺はそれに対して、嫌なものを感じた。その直接的な原因となったのは、盆や正月の親族の集まりにおいて、母方の親戚や両親から浴びせられた悪口雑言の数々であったのだが、それについては割愛する。

 とにかく俺は地元の言葉を忌み嫌うようになり、津軽に在りながらにしてその土地の方言を一切、しゃべらなくなった。口から発する言葉は言うまでもなく、頭の中の思考も可能な限り標準語で行うよう努め、中学生くらいの頃には既に、全く津軽弁を話さなくなり、頭の中で用いる言語もそれではなくなった。その時分にはもう、標準日本語は完全に俺の血肉となったのであった。

 しかし、だからといってその言語が俺にとっての第一言語だとするのは、やはり無理があると言わざるを得まい。所詮は後天的に学んだ言語であるという、この事実はどのようにしても否定しようがなく、またすべきでないだろう。俺にとって「普通の日本語」なるものは、どれだけ自在に使いこなせたところでヨソイキの言葉に過ぎず、それが母語であるというのは無理筋というものだ。

 かと言って、津軽弁で話したり考えたりは最早、残念ながら能わないのであった。地元の言葉を自らの精神から完全に排斥しようと努めた俺は、本来の話し方を忘れ去って久しい。親の前でも俺は標準的な話し方しかできない。本来なら俺はいわゆるズーズー弁で喋り、また考えるべきなのだろうが、そんな能力は失ってしまった。本当の母国語、本当の第一言語を俺は、実のところもっていないと言って良い。

 時おり思う、俺にとって言葉とは一体何なのだろうかと。テレビやラジオなどで見聞きする普通の日本語を完全にトレースして、あたかも生まれながらにそれを習い、身に付けたかのように振る舞っているが、実際はそうではないと己自身が最もよく知っている。そんな俺が日常的に用いているこの言語は、俺の中でどのように位置づけるべきだろうか。俺にとって標準日本語というものは、遠い異国の言語と大した違いはないのかもしれない。俺にとって、「日本語」あるいは国語と言うものは別段、特別な感情を抱きつつ肩入れしたり義理立てしたりしなければならないものではないのかもしれない。

言葉と私

 人間の精神活動は主に言語に由来している。言葉を介さない挙動や情緒といったものは当然あるが、その程度なら人間以外の動物でも備えている。よって、それらは人間が人間であることを決定づけるほどの価値はないと俺は考える。そのため、人間であることに重きを置くならば、やはり精神というものを形作る根本となるのは言葉であると結論づけて差し支えないだろう。

 その言語がどのようなものであるかは、個人にのアイデンティティの根幹に関わる問題であると見なすべきだ。俺の場合、その根幹をなすはずの言語は、言うまでもなく津軽弁であるはずなのだが、先に触れたように俺はそれを失ってしまっている。俺の精神活動は、全く無縁である標準語によって行われている。俺の精神活動は、借り物の他所の土地の言葉を用いて行われている。

 胸中で思いを巡らせる時、この事実が無視できなくなる。重ねて言うが、俺にはそれは本来の母語ではない。そんな言葉によって成り立つ俺の精神は、本当に俺のものであると、言い切れるだろうか、言ってしまって良いのだろうか。ヨソイキの、借り物の言葉でもって成り立つ精神は、やはり飽くまで仮初めの代物にすぎないのではないか。そうだとしたら、俺の精神は一体どこに存するか。

 言葉に依拠することで、人間は人間として在ることができる。複雑な情緒も思想も記憶も、全ては言葉に依るものだ。それが第一言語でない異土の言葉で為されている俺の精神は、実はそもそも不在なのではないだろうか。あたかもの自分の心、自分の魂、自分の意見や思考といったものが、あるように感じられるが、それが錯覚でしか無いとしたならば、俺はどうやって生きていけばいいのだろう。

 母語を忘れた時点で、個人は言語的に死んでいると見なしていい。俺は津軽人として此の世に産まれて落ちたにも関わらず、それであることを忌み厭い、遂にはそれであることを辞めてしまった。それは都会人になるだとか何だとか、そんなコトでは全く無かった。それは己の手で自身を殺すことでしかなかった。生来の自分と呼べるものは、とうの昔に死に絶えて、今の自分は己のようでありながらもそれではないのである。

 精神的な意味合いにおいては、俺は既に死人であった。言語的に、また精神的に、死んでいる者が、一体どうして「人生」などを送れるというのだろうか。人間としての精神の基盤たる、本来の母語を自ら捨てるという愚行に及んだ俺は、言うなれば言語的ゾンビとも言うべき存在でしかない。たとえどのような誤魔化しや詭弁を用いたところで、普通の日本語は俺にとっては所詮、第二言語の域を出ることはない。

 昔読んだ何かの本に載っていた、祖国とは国語であると。そのフレーズは、祖国という言葉を、故郷に置き換えても有効だろう。俺は地元とは単なる土地を指すのだと浅はかに考えていた。しかしそうではなく、故郷とはその土着の言語そのものであり、それは地球上の何処に居ても個人と常に共にあるはずのものだ、本来は。俺はそれを自ら放擲し、最早どこの土地の何者なのか判然としない人間でしかなくなってしまった。

 

 俺は何でもない、少なくとも言語的には。自分が普段使っている言葉や頭の中で考える時に使っている日本語に対して、俺は愛着など一切感じない。自分とは全く何の関係もない土地の言葉を、愚かにも模倣して我がものであるかの如く、見せかけているだけでしかない。そんなものは自分の言葉ではなく、またそれを礎にして成立する精神や心といったモノもまた、我が物足り得ない。

 俺は望みどおりの好ましい人生を送れていないと長年、悩んできた。しかし、その望みだの好みだのといったものは、本当に俺自身のものだといえるだろうか。心それ自体が、所詮は他人が使う言語に依って形作られており、それに基づいて成される願いや望みなどが、どうして他ならぬ俺の願望だと言えるのか。「俺なるもの」は、自身の頭蓋の中にさえ存在しないのではないか。

 心身ともに、己という存在が時に余所余所しく感じられる。借り物の言葉、借り物の精神に基づく自我なるものは、俺ではない。そして本当の俺は何処かに何らかの形であるのではなく、その存在自体が言うなれば、でっち上げの架空のものでしかないのではないかと、思えてならない。俺が浴する快楽も、俺が被る苦しみも、その主体となる俺がどのような形でも実在しないとするなら、両方とも幻のようなものでしかない。

 肉体も精神も、また心も霊魂も俺ではない。此の世に於いて我は無しと、結論づけてしまったら、その段にあっては最早、幸福も不幸も成り立ちはしないだろう。そしてその方が、俺にとっては却って良いのかもしれない。自分なるものがあり、それが苦しんだり辛い目に遭ったりすることを、自明だと思うことは人間にとって本当に良いことだろうか。近ごろ俺は疑問に思う。

 俺は俺の言葉を忘れ、本来の俺ではなくなったが、そのような自己同一性が揺らぐようなことは、他の人間にも十二分に起こりえることかもしれない。いや、個人であること、一個の人間としてのアイデンティティ、即ち心の問題の根幹が実は疑う余地が多分にあるというのは、特定の誰かに限った話ではないだろう。個人はなぜ個人なのか、そしてそれは盤石で揺るがぬものであることは、果たして本当かどうか。

 そもそも、言語とは個人の占有物ではない。精神なるものが言語に依って成されるとするならそれに、独自性などは生まれようがない。そんなものを後生大事に守ろうとするのは、改めて考えてみると滑稽きわまりない。自分あるものを傷つかないように、損なわないようにと躍起になる前に、それがそもそも一体何なのか一度、立ち止まって考えてみるべきだろう、誰しもが。

 標準とされる言葉を身に付け、それによって形成された精神を携えて生きている俺だが、それを指して自分だとするなら、そんなものを愛する理由があろうか。自分とは所詮、既存の言葉から成る有り触れた代物でしかない。そんなものを大切に取り扱う理由が、一体何処にあるというのか。俺にとって俺は、縁遠い他人でしかない。それは言葉で表すと、甚だ奇妙なことではあるが。

考えぬ人

 言葉を用いずに精神を成立させることは、どうしてもできないのだろうか。津軽弁であれ標準語であれ、それらのどちらにも依拠することなく、俺が俺であることは、どうしても無理なのだろうか。結論から言えば、とどのつまりそんなことは有り得ないというしかない。前述した通り、言葉を用いるから人間は人間として精神を保つことができるのであり、言葉なくして人間は成り立ちはしない。

 しかし、考えない時間というのも決して珍しいことではない。無心で居る時間というのは特別でもなければ難しいことでもない。そんな時間において、俺という存在は完全に空っぽになってしまっているのだろうか。言葉を忘れて無為に時間を過ごす時、その時に俺は俺ではないのだろうか。言葉や思考、人間的な精神の活動から離れている間の自分を俺は、どのように見なし、定義すれば良いのだろうか。

 無心で何かをしている時、俺は我を忘れる。その間においては自分なるものが完全に、何処にも存在していないかのように感じられる。そして、そういう時間の方が、あれこれ考えて思い煩っている間よりも、俺には良い状態のように思えてならない。しかしそれなら、言葉を介して精神を抱いている時の俺は、無用なのだろうか。人としてあくせく活動する時間は全て無意味かつ無価値なのだろうか。

 死ぬまで放心していられるのは、至福なのだろうか。考えることも感じることも、一切ない状態の方が好ましいとするならば、これまで散々苦しんだり悩んだりしてきたことは、全くの徒労だということになってしまう。それでいいのだろうか。また逆に、そうであってはならないのだろうか。俺はどちらを選ぶべきなのか。その選ぶという選択をする主体としての俺の存在は?

 少なくとも、どんな言語に拠ってでも考えている限り、人間は仮初めの自我を持っている状態でしか居られない。それが大して重要でも大切でもないということは最早、疑いようがないから、それがどのように取り扱われ、また遇されたとしても、それに対して一喜一憂する必要はないということだけは明らかだろう。自分なるものは世間で言われているほど掛け替えの無い何かではない。

 己というものをどのように定義するとしても、それを珍重するのは正しくない。極端な話、自分などというものは粗末に扱って然るべき事物でしかないのかもしれない。自分の精神というものを重大で掛け替えのない、唯一無二の存在だと思い込み、それをどうにかして損なわないようにしようと決死の思いで生きてきた。そしてそれが達成できなければ、まるで致命傷を受けたかのように重く捉えてきた。

 そういうことの全てが、途轍もない考え違いと言うか、前提からして大間違いであったということに最近、気づくようになった。心だの精神だの、或いは魂といったものを為す要素としての言葉がそもそも俺にとって大事でも重要でも、唯一絶対の何かでなく、またそれによって成される自分自身もまた、取るに足らないモノに過ぎないということは、念頭に置き続けなければならない。

行く手も逃げ場も帰る所も

 自分が今いる場所も、かつて身を置いていたところも、また未来に行き得る何処かでさえも、俺にとってはしっくり来ない。何処を目指そうが何処に帰ろうが、俺は場違いな何かとして見なされ、位置づけられてしまうだろう。いまいるココが嫌だと思い、たとえ地球の裏側にまで逃げたところで、その逃げた先もまた遅かれ早かれ嫌な場所になってしまうだろう。自分なるものを何処に置き、どのように扱うか。そもそも「ソレ」は一体何なのか。

 

度し難い

 此の世のどこにも、自分の居場所がないと物心がついてからずっと思ってきた。何処に身を置いても居心地が悪く、面白くも楽しくも、安らげもしないのだった。産まれてから高校を卒業するまで俺は、同じ街で暮らしてきたがその故地に対して、一切の愛着を感じない。また、18歳からは東京に移り今日まで生活してきたが、東京に対してもまた思い入れが有るわけでもなかった。

 愛国心愛郷心も、愛校心も愛社精神も俺にはなかった。それらのような帰属意識といったものを、俺が持つことは恐らく終生ないだろう。自分がいる場所やいた場所について、特別な感情を持つというのは、俺にとっては途方もない芸当のように思われた。いまここ、という時空間は俺にとって常に呪わしいだけの代物でしかなく、俺はどんな瞬間においても「ここではないどこか」を欲し続けた。

 見も知らぬ、遠い何処かへ帰りたい。そんな訳のわけの分からない望みを俺は、無意識の内に抱きながら、今日まで生きてきたような感が有る。見聞きしたあらゆる場所や集まりが、時分にとっては居心地も都合も悪いのだから、当然と言えば当然なのかもしれないが。現実において属しているあらゆる共同体や物理的な空間の一切が、俺におっては好ましくも、有り難くもなかった。

 故郷は寒く、家は貧しく、人々の心は何となくササクレだっている用に感じられた。何処に居ても、誰と会っていても俺にとっては良い時間ではなかった。田舎から抜け出して都会に移り住めば、その先でも余計な苦労を背負い込み、思い通りにいくことなどただの一つとして有りはしなかった。「今」は俺にとってただ単に忌々しいだけで、振り返れば懐かしむべきことも何もなく、未来もまた暗く思われた。

 家も、学校も、会社も、ひいてはそれよりも大きなあらゆる組織や共同体に対して、俺は属することができなかった、気持ちの上では。両親は常に自分たちの理想だけを俺に投影し、俺はその押し付けられた幻影に則って良い息子を演じることに救急とさせられた。学校や会社では赤の他人の私利私欲や個人的で身勝手な都合のために道具として利用されるだけの、ただそれだけの関係しか築くことができなかった。

 俺には祖国も故郷もない。有るには有るが、それを愛することは到底かなわない。他者や全体のために利用されたり犠牲にされたりすることはあっても、それ以上の、又はそれ以外の関係を俺は、あらゆる他人と築くことができなかった。それ俺自身の能力の問題も有るのだろうが、それについての是非を問うよりも前に、根本的に人間の集まりの中で、一員として位置づけられるための、資質がハナから欠けているように思えてならなかった。

 俺は最底辺の人間であり、そのような人間はどんな集団の中においても、一部ではあっても一員にはなれない。その厳然たる事実は、通常は巧妙に伏せられる。一応、オレのような人間であっても頭数には数えられることもあれば、何かの集まりに参加すれば歓迎されるようなことは、ないではない。しかしそれでも俺は、己という存在が結局のところ他人に道具のように「活用」されているだけだと、どうしても感じてしまい、その結果として冷めてしまう。だからいつ、どんな所に居たとしても俺は、どこかを求めずにはいられないのであった。

根無し草

 他人の欲や都合のために利用される自分自身を、どのように正当化すべきだろうか。俺は目下、とある会社の従業員として労働に従事させられ、それによって得られる賃金によって生活を営んでいる。その会社が俺に毎月支払う給料は、決して十分とは言えない。俺が会社側に提供している労働力、つまり職場に拘束された時間の代償としては、金銭の額が余りにも少なすぎるのだ。この状況は身も蓋もない言い方をするなら、他人に人生を搾取されているということになるが、その現実とどのように向き合うべきか。

 第一俺は、何のために他人が作った会社に束縛されているのか。それは生活を維持するためではあるが、別に必ずしも、その会社の職場がなければならないというわけではない。会社の存亡が俺の生命と密接に関わり、不可分であると言うなら、俺は文句や不服を抱く余地もなく、全てをそれに捧げなければならないが、実際はそうではない。最悪クビになったとしても、それが直に死に繋がるわけではない。

 ハッキリ言ってブラック企業なのだが、それでも前職よりは大分マシだ。前職もまた他人が作った会社の従業員として俺は働いていたのだが、そこは賃金が低いだけではなく、身も心も上司や社長に全て捧げ、滅私奉公することを俺に要求してきた。まるで、会社の命運が俺の生物的な死と直結しているかのように、上役や社長は盛んに唱え、俺に献身を強要してきた。そこまでのことは現職に於いてはない。

 だが、本質は似通っており、その点では職場を変えても問題は全く解決していないと言える。結局、他人が興した会社に良いように使われているという点で見れば、多少の待遇の違いはあっても実質的には何も変わっていない。俺は職場も仕事も大嫌いであり、可能なら今すぐにでも辞めてしまいたい。だが、そんなことは経済的に絶対に許されないから、愚痴を言いながらも使役させられ続けるしかない。

 要は足元を見られているのだ。多少ひどい扱いをしても、毎日のように黙って出勤し、言いなりになって働き続けるのだから。自分で言うのも何だが、そんな人間は低く見られて当然であろう。俺が使う側の人間なら、いくらでも扱き使ってやろうという気になるかもしれない。他人に使役されながら、人間らしい暮らしを私用などと考えるのは、その土台からして間違っている。

 雇われるということは極端なは無し、生殺与奪の一切を他人に委ねることに他ならない。前に働いていた会社で、先輩の社員に仕事終わりに喫茶店で言われたことを思い出す。その男が言うには、お前が働いているこの会社が給料を払えなくなれば、お前は生きていけないのだから、どんなことよりも会社を優先して考え、会社第一に生きろと。そうするのが理屈としても当然のことなのだと。

 そんなことを言われて、俺は極めて理不尽に感じたが、結果としてはその先輩社員が言うような働き方を強いられた。俺は何処の馬の骨とも知れないような人間が作った会社のために、自分の人生の貴重な時間の大半を毟り取られるハメになったのだ。結局その会社は俺が働いていから1年も経たずに潰れてしまったが、もしそこの経営が順調だったら、俺は未だにその会社で働かされていたかもしれないと思うと、ゾッとする。

 

 俺はその会社がなくなって、本当に良かったと思っている。従業員を解雇し、会社を解散すると上役の連中に言われた時、俺は助かったと思った。俺はその会社の一員のようで居て、実際はそうではなかった。俺は気持ちの上ではどこまで、その会社に一方的に虐使されるだけの存在でしかなった。そのことはどんな詭弁によっても否定できるようなものではなく、例の会社がなくなってから俺は、改めて自分が奴隷のように扱われていたのだと気付かされた。

 あるブラック企業から解放されても、無職でいられるのはせいぜい3ヶ月であった。失業保険の受給ができなくなれば、俺はまた働かなければならなくなり、俺が次に働く事になった会社も結局、前の職場とそう大して変わらないような代物出会ったのは皮肉な話である。とある酷いところから抜け出したところで、それで全てが好転するとは行かないのだから、現実とは斯くも厳しい。

 単に仕事の愚痴が書きたいわけではない。どんな場所に身を置いたとしても俺にとっては、それは苦しみや憂いしか生み出さないという話だ。どこで何をしていても、俺には苦痛しかもたらさない。目下、被っていることから逃れたいと欲し、別の場所に移っても、それによって問題が解決したという試しがない。ある場所から逃げ出しても、その逃げ出した先もまた別の厄介なところに過ぎなかった。

 俺は故郷から都会に逃げてきたが、それもまた同じようなものだった。俺にとって地元の町は地球上で最低の場所だと思っていた。だからそこから離れた街に住めば、それだけで人生が薔薇色になると、臆面もなく愚かにも若く幼い頃の俺は思い込んだものだ。結局、縁もゆかりもない土地で生きていかなければならない苦労は、鄙びた場所で暮らすこととは、また違った苦しみが伴うのである。

 一事が万事、そういった具合であるため俺は、どこに行けば良いのか、どこに帰ればいいのか皆目、見当もつかない有り様だ。もちろん現在、居るところにもアイデンティティを見出すことは無論できない。俺がこの身をどこに置けば良いのか、誰に聞いても分かるまい。もちろん俺自身も知るはずがない。行き先も帰り道も分からないまま暗中模索、前後不覚で今日まで生きてきたが、それはこれからも変わらないだろう。

 単に職場の問題ではなく、国や街に対しても俺は、属することができない。いや、名目上は国民なり区民なりという形で所属はしているが、俺が問題にしているのは自身の精神の問題である。良いように使われるだけの扱いでも、それでもいい、仕方がないと自分で自分を納得させられるような芸当が、俺にはどうしてもできない。だから俺はどんな場所にも属することができず、要するに浮いてしまうのだ。

我は無し

 馴染めない自分を俺はいつも持て余して生きてきたが、それは本当に問題なのだろうか。と言うよりも、そういう自分というものが、確固たる存在として在ると無批判にしてしまうことは、本当に妥当なのだろうか。自分が自分として、確たる一個の人間として、実存的に在るなどと、何か根拠があって俺は思っているのだろうか。それが単なる思い込みでしかないとしたら。

 もし確たる己がないとしたら、浮いているという感覚がそもそも単なる気のせいでしかないということになる。その方が、俺にとっては良いのかもしれない。身の処し方に窮してアレヤコレヤと悩んだり苦しんだりするよりも、その身それ自体がある意味、虚妄でしかないとしたら。馴染めず属せもしないということが、問題でさえないとしたら、それは何という救いだろうか。

 自分というものがスタティックに実在するという前提をまず疑うべきだ。その前提が在るから、その静的な己を何処に置けば良いのか、あるいは何処に持っていけば良いのかという問題を抱えることになる。置くべき己、持っていくべき己なるものが、はじめから存在していないとするならば、本稿で取り上げた憂いは根本から雲散霧消してしまうだろう。

 我がないなら、それを置いておくための祖国だの故郷だのといった場所や概念もまた不要となる。確固たる俺が実存的には無いとするなら、その手の問題についてシリアスに考え込むことは甚だバカげているとということになる。帰属できないという苦しみは、その主体となる「我」が疑いようもなく揺るぎなく在るとするからこそ生じる。逆に、我なしとすれば、行く先も帰るところも、また居場所も無用の長物となる。

 居心地が悪く、居たたまれないとしても、それに何が問題だというのか。自分なるものが絶対的に在り、それの処遇が重大な問題であると捉えているからこそその問題は問題たり得る。そして重ねて言うが、それが絶対的に在るとするのは、そうだとする前提があって、はじめて成り立つことであり、その前提を踏まえず、更に言えば唾棄してしまえば、問題だの悩みだのは滅尽してしまう。

 所属だの帰属だのといったことで右往左往するのは、自分という絶対不可侵な主体が実存として在るという迷妄に拠っている。その無明から解かれれば、どれだけ居心地が悪い場所で、理不尽や不条理を被ろうとも、その「被る私」が無いのだから苦しみもまた幻のようなものだという結論に至るだろう。被害者としての自分が、その主体が、心が無いとするなら、どんな苦しみが有り得るというのか。

 自己の究極は不在である。これは一見すれば矛盾しているように思えるが、人間は何をもってして我在りなどと信じられるというのか。我思う故に我在り、などというフレーズは人口に膾炙しているが、そんなものは俺に言わせれば単なる世迷い言だ。思っている自分があるから、我なるものが疑う余地もなく、確たる実存として在るとするのは、単に「そういうことにして」いるからでしかない。

 我在りとしている自分の実存もまた疑わしいとすれば、自分なるものは何処にも、どんな形でも無いとすることは不可能ではない。それもまた「そういうことにして」しまえば、十二分に成り立ち得る。そしてそうした方が、楽で得である場合においては、そうしておいた方がいいだろうし、それをすることに誰かから批判される謂れはない。

私の可謬主義

 失敗することは世間一般においては良くないこととされている。間違いの少ない人生が、好ましい人生であるとされている。しかし、本当にそうだろうか。過ちも誤りも、間違いも無駄も無意味なこととも一切、縁のない人生を送ることが素晴らしいとは思えない、俺には。むしろ全くその正反対で、失敗が限りなく許容されるような、そんな気楽な人生を俺は贈りたいと願っていたのだと、近ごろ気づいた。

 

貧しかったから

 俺は貧しい両親のもとに生まれてきたから、それなりに厳しく躾けられてきた、そう自負している。そんな俺が身を置いていた環境、つまり育った家や町というのもまた、決して居心地のいい環境ではなかった。気候は厳しく、都会的な文物もなく、時勢や流行から常に取り残されるような、そんなところだった。環境によって人間は形作られ、その人間が子供を育てたり躾けたりするのだから当然、子供はそれ相応の仕打ちを被ることになるのだ。

 周りの子供と比べて、とりわけ俺だけが厳しくされたというとは感じない。ただ、全国的な標準と比較すれば、どうしても「きつかった」という感を拭い去れない。先ほど触れたように、俺が生まれ育った土地柄は厳しい気候に貧しい人間ばかりという有様であったため、大人の誰もがどうしても、子供に対してアタリが強くならざるを得ない。そのため結果的に、子供は日本の全国的な平均よりは否が応でも厳しく躾けられるのであった。

 俺はそんな地元の気風に順応することができなかった。そんな世界において、俺のような人間は存在自体が許されず、更に言えば産まれてきたことがそもそも間違いであった。貧しさの中で最も罪とされるのは、非生産的であることだ。もう一歩踏み込んで言うなら、選択や挙動を誤ることだ。そういった環境に身を置く者が死の次に恐れることは、実のところ失敗である。

 俺は寒村にある貧家の長男として産まれた。そのような背景を持つ人間が、「キチンと」育たないとしたら、それは大変問題であり、もっと言うと、そんなことは万が一にもあってはならないことなのだ。俺は地域社会から排斥されずに真っ当に労働に勤しみながら適齢期で結婚し、後継となる子孫を此の世に作ることを前提にして産み落とされ育てられてきた。それが俺に与えられた役割であり運命であり、義務であった。

 それらの内でたった一つでも完遂できないとしたら、それは俺が出来損ないだという証になってしまう。その証を、俺は生まれてから今日に至るまで、幾度となく露呈させてきた。そしてそれは一体何度、両親を失望させただろうか。出来ない時、上手く行かない時、人並みでないことが明るみになった時、父も母もガッカリとした表情を俺に見せたのものだ。

 表情が物語る、こんな奴が息子だとは、と。彼らが俺に望み、求め、そして強いたのはたった一つのことだった。即ちそれは、失敗するな、間違うなと言うことに他ならなかった。何の取り柄もなく失敗ばかりするような、更に言えば人並み以下の稼ぎしか家に納められないような穀潰しの役立たずなど、それとは正反対の存在である。そして他ならぬこの俺が、まさしくそれであるということは、両親には不服この上なかったに違いない。

 両親は俺にどんな瞬間においても要求し続けた、正しくあれと。どこに出しても恥ずかしくない、社会通念に適った、自分たちの期待や願望に沿った人間になることを両親は、俺に常に強要し続けた。少なとも十人並みの能力と容姿、社会的に「浮かない」人格や精神、そして健全きわまりない趣味や嗜好を備えた人間になることを。そしてそれを上辺だけを取り繕うのではなく心底、本音本心からそれらに徹し、骨の髄まで真っ当で失敗することのない、正しい人間になるように、それで在り続けるよう両親は俺に強いた。俺はそれらの一切を重荷に感じ、またそれらの一つとしてマトモにはこなせなかった。ここに大きな不幸があったと言っていいだろう。俺は勿論、親にとってもだ。

オワタ式の

 父親や母親の個人的な精神が前述のような思想を備えていたと言うよりも、下層階級に属して生きるためにはそれは真っ当な価値観であったと考えるべきだろう。あらゆる意味で余裕がない世界の住人として生まれ、生き、そして死んでいかなければならないのだから。それが与えられた分であり、宿命である。それに順応できないとしたら、やはりそれは罪以外の何物でもない。

 行きたい大学に入るために浪人をする人間が居ると言うのは、俺にとって今でも信じがたい事実だ。受験という大勝負に、2回以上臨めるというこの贅沢さに、俺の想像が届くことは決してないだろう。大学受験に失敗しても、来年があるさと嘯けるような豊かさ。それを当然のように享受している人間が少なくなく実在しているという現実には、身が震える思いである。

 失敗が許される身分かどうかは、行きていく上で最も重要なのではないだろうか。思い返せば、俺には失敗など許されていなかった。絶対に間違った人間にならないように、俺は両親に厳しく躾けられた。それはなぜかと言えば、俺が下層階級に属する人間だからだった。それは必要なことだった。生きるために、生活するために、正しく在ること、間違わないことは極端な話、命よりも遥かに重要だった。

 マトモに育たなかったら、キチンとした人間にならなかったら、どうしよう、いや、どうしてくれる。両親の深層心理にはその一念があったに違いない。一挙手一投足の全てにおいて、俺は間違ってはならなかった。発言は勿論のこと、頭の中の精神活動の全てにおいても、俺は誤ることは許されなかった。いつも正しく在ることを俺は周りの大人達から強要され、俺自身そのように在ろうとし続けた。

 失敗や間違いを許さないことの背景にあるのは、第一に貧しさである。逆に言えば、豊かであるということは失敗や間違いを許すということに他ならないと言うこともできるだろう。人生における豊かさの指標として何回の失敗が許されるかは極めて重要だと言っていい。間違いが許されない人生は窮屈であり、そんな生き方を強いられるのは大抵、経済的に逼迫した人種だということは言を俟たない。

 無理からぬ話しではある。貧乏人はどんな局面においても綱渡りを強いられるのだから、ちょっとした失敗が死に直結してしまうのだから。先に触れたように俺は鄙びた所の貧しい家で育った。しかもさらに悪いことに長男であったため、俺は両親から常に種々雑多な圧力を加えられながら育った。もし俺が道を誤ったり、マトモに働いて稼げないような人間になったら、親としては死活問題だから、あらゆる躾に自然と力が入ってしまうのは、重ねて言うように無理からぬことではあった。

 

 それは責められないが、同時に有り難いとも思えない。絶対に間違った人間になるな、人生を誤るなという「教え」を施されたということに対して、俺は絶対に感謝などしない。それは単に、貧乏だから足手まといになるな、というだけの話でしかない。それは何度も言うように、止むを得ない無理からぬことではあっても、感謝すべき自由には決して当たらないと俺は言いたい。

 俺は目下、とある会社で働いているが、そこでの労働もまた仕事である以上は失敗は基本的に許されない。俺は労働という行為を蛇蝎のごとく忌み嫌っているが、その最大の理由は、失敗が許されないことに由来するストレスに、常にさらされることが不快きわまりないからだ。その手の緊張感とでも言い表せるような感覚を快いと思えない人間は恐らく、どんな仕事に対しても決して好くことはないのではないだろうか。

 仮に会社でやることが、何度失敗しても咎められず、そのことに対して責任もペナルティもないとしたら、俺はもしかしたら会社だの仕事だのと行ったものに、嫌悪の情を催さないかもしれない。間違ってもいいよ、と言われたら俺はどれだけ気楽に暮らせるだろうか。そんな風には絶対になりはしないのだが。仕事なるものが辛く苦しいのは偏に、間違いや失敗が許されないからだ。

 そしてその理屈は人生そのものにも、そのまま当てはまる。失敗が許される人生は自由で、豊かである。逆に、不自由で貧しい人生とは言うまでもなく、失敗が許されないそれである。身も蓋もない言い方をするなら、貧乏人の生において誤りや間違いはご法度だ。そういう事情があるからこそ、貧しさには常に険しさや厳しさが付きまとう。生活のどんな局面にも、油断できないのだ。

 些細な選択を誤ることも許されない。いつも深刻で、シリアスで居なければならない。俺はそれが嫌だった。それから離れたところに身を置きたいと願った。そしてそれは、状況的に絶対に許されないことであった。だから子供の頃から俺は、親をはじめとした身の回りのあらゆる人間から常に責められた。確実かつ堅実な道以外のすべての選択肢は、俺にはハナから用意されておらず、それを欲することは最早犯罪に等しかった。

 正しく、理に適った振る舞い以外の一切は禁じられていた。そんな環境で俺は産まれ、育ち、生きてきた。それは地元にいる時分は勿論のこと、東京に移ってからも殆ど変わらなかった。俺は社会の最下層に位置づけられ、どんな瞬間も余談を許されない、シリアスな環境で失敗できない人生を歩んできた。この窮屈さや望みや救いの無さを一体、どんな言葉で言い表せばいいのだろう。

 法や道徳に悖ることなく、社会通念に則った人格を備え、順当に人生を歩むのは、俺にとっては義務だった。俺は望む望まざるとにかかわらず、そうしなければならなかった。ほんの僅かの、一度の間違いも絶対に許されず、俺は確実に正しい、普通の人間に成り、終生それとして徹することを強いられてきた。俺はそれが嫌だった。正しくない選択をする自由が欲しかった、ずっと。

何回、間違えられるか

 先に触れた通り、人生における豊かさは何回失敗できるかによる。無限の豊かさを得たいなら、無限に失敗できる状態に身を置かなければならない。可謬性とでも言うべきこの一要素に、生きる上でのあらゆる豊かさが依っているのだと言っても、過言ではないのではないか。無駄で意味のない結果に終わっても、もう一回やろうと言えるような、そんな心持ちが。

 俺は文章について学ぶ学校に通っている。そのことは両親も知るところととなっており、その「成果」を電話口で母などが求めてくるようになった。もう、仕事や金銭に結びつく端緒を見出させなければならないのだ、俺は。母に言わせれば、沢山金を払って学校に通っているのだから、もうとっくに誰かに目をかけられて、文章で金を稼げるようになって然るべきだろうと。

 そうでないなら、お前は一体何のために大金を払い、時間を掛けて学校に行っているんだ? このように、両親は俺に全くもって無神経きわまりない言葉を浴びせてくる。これも偏に、彼らの無駄や誤り、間違い、失敗を決して許さない貧困から来るイズムに依拠した言動だと言えるだろう。無駄になってはいけない、絶対に実利的な「得るもの」がなければならない。そうでないことはどんな場合においても、絶対にあってはならない、許されないことだと。

 何の得にも役にも立たない、無駄なことに時間や金を費やせることこそが、豊かさの本質だ。そしてそれを体現する行為を実践するならば、人間は失敗しなければならないのだ。そのことについて、両親は恐らく終生、理解することはないだろう。常日頃、どんな瞬間においても自他の別なくプラクティカルであろうとする、成果を求めてくる彼らには、そんなことは理解できるはずもない。

 間違えられないということは畢竟、貧しく卑しく、もっと言えば無粋である。失敗が許されないという狭量な世界から、俺は抜け出したいと思った。俺が故郷を捨てて都会に逃げてきたのは、その一語に尽きるのかもしれない。貧しい世界で失敗が許されない生き方を強いられる身の上から、少しでも離れた所に行きたかった。煎じ詰めればただ、それだけのことだったのかもしれない。

 要するに、生まれついた境遇や環境といったものに順応できなかったから、俺はいまここに居るのだ。それならば俺は、産まれてきたこと自体が土台から間違っていたのだと言えなくもない。ということは、その状態で生き続けることは即ち、それだけで過ちを犯しているということになり、可謬の実践であると言い切ってしまえる。内容のいかんを問わず、生きて居るだけで場違いで、誤った存在。

 可謬性の権化のような存在として此の世にあるには、俺の場合ただ生きているだけで十分だ。失敗できる回数が多ければ多いほど豊かで幸福だなどというのであれば、存在そのものが間違いである人間は、生存し続けれそれだけで贅沢を享受しているということになる。産まれてきたことが間違いだとするならば、その上で生きるならどんな暮らしぶりでも税の限りを尽くしていると言えなくもない。

恥のバカ塗り

 地元の伝統工芸の漆塗りには、製作の工程に由来する「バカ塗り」という別名が有るらしい。語感的には、漆塗りに限らず、恥の上塗りの上位互換として使えそうな単語だ。だが、そのような用法がされているところを俺は、終ぞ見聞きしたことがない。よって、恥のバカ塗りという造語を俺は恐らく俺は此の世で初めに使用したということになるのだが、その言葉で指し示すものは、残念ながら俺の人生についてである。

 

屈辱人生

 こんな俺にも学生だった頃があるなんて、今にして思えば信じがたい。しかしあったものはあったのだから、なかったことにはできない。一応俺は四年制大学を卒業しているのだから、4年間は学生であった。その長い歳月の間に、自分がどんなことをしていたか、不思議な事に殆ど何も思い出せない。いや、思い出せないと言った方がいいかもしれない。振り返っても何も得られないから。

 通常、大学時代とは青春で、明るく朗らかで楽しいとされている。だが、俺の場合はそうではなかった。俺は職業科の高校に進学させられたため、それ以降の進路における選択肢は著しく狭められた。その狭められたうちの中から俺は、とある大学に行くことにしたのだが、これが悪手もいいところであったのだ。その大学は通うだけでも恥ずかしいような学校であり、俺の4年間は単に恥以外の何物でもなかった。

 本当に、何しても何処に居ても全く楽しくなかった。いつも憂鬱で、屈辱だけを感じさせられた。大学1年生の頃、放送局でバイトをしている時に、職場の連中と大学は何処に行っているのかという話になったときのことを思い出す。その場の者どもは早慶だの何だのと言った、世間的に名の通った大学に籍を置いているものばかりで、俺の存在は極めて、悪い意味で浮いてしまっていた。その時に味わった惨めさといったら。

 それだけではない。キャンパスにおいても、通っている大学のことでバカにされない日はなかった。教鞭を執っている講師どもから俺は、こんな大学に通うような人間は生きている価値がないなどと言われて、それらに言われる一言一言を俺は逐一、気にかけては俺は精神を病んでいた。大学時代の殆どを俺は単に大学の単位を取ることとアルバイトに費やし、それ以外の時間は自宅に引き篭もって無意味に過ごした。

 確かに恥ずかしい大学ではあった。しかし、学外の人間ならいざしらず、その大学で講義を持っているような人間にまで、アカラサマに見下されたり扱き下ろされたりされるのは、流石にコタエた。そんな大学に通うことで学生だと名乗ることの恥ずかしさなどは百も承知で、分かりきっている。そんなことを一々、言葉にして言われるまでもないのに、誰も彼もがそのことで俺を嘲弄するのだから、俺は自身の将来に絶望するしかなかった。

 苦渋と辛酸を煮詰めて鯨飲するような、そんな人生を俺は送ってきた。そうするしかなかった。学歴で、職歴で、出身地で、社会的な階級で、身体的な特徴で、俺はいつも恥をかかされてきた。恥をかかずにやりおおせたことなど、俺の人生において一瞬でもあっただろうか。嫌な思いや辛い目に遭わされずに済んだ日が俺の人生において、一日でもあっただろうか。

 それらのどれもが俺には避けがたい災厄であった。産まれ落ちてくる時に故郷や家、両親を選ぶことはできない。学校も職場も、自分の自由意志が殆ど及ばなかった。己の顔貌や背丈を、どんな後天的な努力や心がけで望みに適った代物にできるというのか。俺が自分自身として認識しなければならない属性や性質の殆どは、俺の選択や最良の及ばないものばかりであった。

恥はかき捨て

 大学に行ったことも、働きに出されたことも、それ以外の趣味や余暇としてやったことの一切合財が、俺にとっては恥だった。胸を張って堂々と、誰に恥ずかしくないと言い張れるような出来事だの成果だのと言ったものは、俺の人生は皆無だった。よく人生は旅に例えられるが、旅の恥は掻き捨てという言葉とセットにして、そのたとえを俺の人生に用いれば、俺の人生は余すところなく唾棄すべきような代物である。

 振り返って懐かしむ時代もなく、俺にあるのは後悔だけだ。今まで生きてきて、やって来たことの全てが、やらなければよかったことだ。産まれてきたのが間違いだったとも思う。惨めな気持ちで胸が一杯になり、生きているのが嫌になる。思い出したくない記憶が、年々増えていくばかりで、まるで借金の金利が膨らんでいくように感じられる。俺にとって過去の全ては負債のようなものでしかない。

 ほんの些細なことであっても、俺は掻いた恥を忘れられない。他人はともかく、自分のこととなると、水に流すわけにはいかないのだ。日常のさして重大でもなんでもないような間違いであっても、俺にとっては死ぬまで取り消すことができない過失や恥辱として心に刻みつけられる。そしてそれは事あるごとに俺の頭の中で反芻され、思い出すたびに俺は精神の均衡を損なう。

 成功した体験など、俺の生涯で一体いくつあろうだろうか。学校でも会社でも、家の中でも世間においても、俺が他者よりも優れていたことなど、もしかしたら一度もなかったかもしれない。どんな場でも、あらゆる居面においても俺は他人と比べて劣っていて、なお且つ間違っていたような、そんな感じがする。いつ何処で、どんな人間と接しているときにも、俺は恥を掻かされた。

 恥ずかしくないことなど、ただの一つもなかった。俺の人生は恥そのものであり、俺の存在自体が恥の権化のようなものだと言ってしまっても、決して過言ではないのかもしれない。俺は物心が付く前から、徹底して恥ずかしくない人間になるように躾けられ、仕込まれてきたというのに。両親は俺に数限りない事を課し、また禁じてきた。それは偏に、俺を恥ずかしくない人間にするためのものだった。

 逆に言えば、俺は先天的には恥ずべき存在だった。俺の本音や本心からの願いや望みといったものを、父も母も一切聞き入れなかったし、ことごとく退けた。それらの全ては甘えだとか「おかしいこと」だとして切り捨てられた。俺は彼らから何も許されなかったし、また俺の偽らざる要素については、完膚なきまでに彼らにより全否定された。それが彼らが俺に施した教育だった。

 俺は小学校に上がるまで、自転車に補助輪無しで乗れなかった。そのことが特に母は気に入らなかったようで、いくつになってもそのことで俺を責め続けた。他の子供は幼稚園で補助輪を取って自転車に乗れたのに、俺だけが出来なかった。だから俺の存在は母にとっては「恥ずかしかった」のだという。それに限らず、両親は酒を呷り酔った勢いで思いついた、あらん限りの罵詈雑言を俺に浴びせた。その中でもとりわけ、母の口から出てくるのは決まって、例の自転車の件であった。

 

 また、子供の頃に俺は鼻炎持ちでいつも耳鼻科に通っていた。四六時中、俺は鼻水を垂らしていた子供だった。それもまた父や母にとっては非常に「恥ずべきこと」であったのだろう。父はそのことで特に顔をしかめ、俺に対して汚物を見るような眼差しを向けた。俺自身、鼻のことで相当つらい思いをしたし、どうにかしたいと願ってはいたが、それは子供時代においてはどうしようもなかった。

 鼻の粘膜に直接ふきかける薬などを頻繁に使ったが、それでも一向に良くなる兆しがなかった。頑健な肉体を備えずにこの世に生まれ落ちた実子に対して、両親の目は厳しかった。彼らは俺を恥ずかしい存在だと思ったに違いない。違いないと言うより、実際に、現にそのような発言を幾度となく俺に対して彼らはしたのだ。俺自身も当然、己に先天的な問題があるとは重々、分かってはいたが実の親にそれを責め立てられるのは子供心に辛いものがあった。

 学校に行けば教師に目をつけられ、他の児童よりも手厳しく色々やられたし言われた。その教師からしてみれば、できの悪い奴の性根を叩き直しているつもりだったのだろう。学校においても俺は恥ずべき存在であった。俺は問題を抱えていると言うより問題そのものであった。根暗で悩みがいっぱいの、鈍臭くて要領の悪い、ふさぎ込んでいつも体調が悪い、出来損ないの子供に過ぎなかった。

 社会に出てもそれは全く変わらなかった。細かい点では多少はマシになったとしても、それは大した意味を持たなかった。働きに出れば、俺が抱えている問題は一層、顕在化し俺は屈辱を味わわされ恥をかかされることとなった。どんな職場でも誰と関わってもそれは、全く変わらなかった。思い出すだけでウンザリさせられるような、そんなことしか俺の人生にはなかった。

 自分が生きてこの世に在るという事実からして最早、単なる恥としか思えない。俺にとって価値ある時間と言えるようなものが、ほんの一瞬でもあった試しがないのだ。そのように考えれば、俺の人生に、俺の生涯といったものに顧みるだけの値打ちなど、とどのつまり全くないと言い切ってしまえる。俺の一生はムダ以外の何者でもなかったし、社会的にせよ実存的にせよ、俺という存在には何の意味もなかった。

 旅の恥は掻き捨てとばかりに、恥となる要素を己の半生から取り除いていけば、その果てにあるのは完全なる無である。それを全て捨て去れば俺の人生には、俺の旅には、後生大事に守らなければならないものなど一切ない。見方を変えればそれは、なんとも気軽な旅ではないか。空手で、目指すところもなく、ただ行ける限り歩みを進めるだけの、そんな彷徨。

 美しく、懐かしい思い出が無いことを俺は気に病んできた。少年期や青春時代を楽しめずに空費したのが心残りであった。しかし、それらの恥ずかしい過去の全ては単に、俺にとって手放し、捨て去るべきものでしかなかったのだ。そしてそれを土台にして成り立つ、現在や未来などもまた、遠からず唾棄すべきものになるだけだ。俺はある意味、身軽で気楽だと開き直ってしまっていい。

思い出す事など

 俺には恥ずべき記憶しかなく、また自分自身がそもそも恥ずべき存在だ。誇りに思う実績もなければ、拠り所にする何かやどこか、誰かが居るわけでもない。俺が此の世に産まれ落ち、過ごしてきた全ての時間は、単なる恥の上塗りでしかなかった。いや、上塗りという言葉だけでは足りず、バカ塗りとでも言った方が、より的確な表現であるかもしれない。

 それくらい、俺の生には恥しかなかった。この上なにを考え何をしたところで、結局恥を晒すだけのように思える。俺は自身の人生というものが心底、バカバカしく惨めに感じられるが、それでも明日をどうにかしてやり過ごさなければならない。そのどうにかしてというのがまた、明日における恥となり俺の胸中に刻みつけられ俺にとっては嫌な思い出として加えられるのだろう。

 だが、恥は単なる恥でしかない。それをどれだけ掻き、積み重ねたとしてもそれが一体なんだというのだろうか。唾棄すべきモノしかない人生は、ただそうであるというだけだ。それの良し悪しを評する視点を捨てさえすれば、それはただの手放すべき不要な代物としての出来事の羅列でしかない。それらにアイデンティティを見出さなければ、それを捨て遠ざかるのに何の躊躇いがあろうか。

 俺は恥ずべき男で、それは両親公認である。それについては疑いを挟む余地などない。また、世間一般の基準で言っても、俺はやはり恥ずかしい存在だろう。そんな人間がどんな場所で誰に対して、何をしたところでそれは、やはり純然たる恥にしかならない。それを思い出して心中を乱すことは愚かである。自明なことをただ、それとして受け入れれば、そんな情動とは無縁のはずだ。

 恥は正当化も誤魔化しも能わない。それは他人には有効であっても、自分自身には無効である。どんな詭弁を駆使し恥を恥でなくそうとしたり、それを無かったことにしようとしたりしたところで、己を騙し通せる人間など此の世には居ないだろう。これまで自身の半生で欠かされた恥をどうにか始末したいと俺は欲し、そのために悪戦苦闘を繰り広げ、醜態を晒してきた。しかしそれは全くの徒労であった。

 恥は恥でしかなく、それには個室も拘泥もするべきではない。ただ一切を手放し遠ざかるだけでいい。俺は自らの過去と人生そのものから距離を置き、掻いた恥も、いま掻いているそれも、ひいては未来に被る恥さえも、ただ黙って観察する。俺にとっては生きることと恥を掻くことは、完全に等号で結ばれている。また、それは不可分であり不二でもある。それに最早、手を加えようなどとは微塵も思わない。

 なにをしても恥にしかならないなら、気負ったところでどうなるというのか。開き直るくらいの気構えでいればいい。これまで生きてきて、恥でなかったことなど一つたりともなかったのだから。いままでの全てが恥なら、これから先に生きて被る一切もまた恥でしかない。それは覆せず、目を背けもしない。いい加減、観念してしまえばいいのだ。見栄えよく、ツツガナク済まそうなど土台、虫が良すぎるというものだ。

出す

 書くということはどういうことか。文章とはすなわち何か。それについて論じる者は多く、いろいろな本に様々な見解が載っている。しかし俺は、それらのどれもが腑に落ちなかった。そもそも、俺に限らず現代人にとって文字にして何かを表す時、それを「書く」という言葉で表すのは、余りにも実情とかけ離れているように感じる。思っていることや考えている内容を言葉にする時、それは単に「出力」しているだけだ。

 

もう、書かない

 文章を書く、というのはよく使われる表現だ。パソコンで文書を作成するときはもちろん、チャットや掲示板などに「書き込み」をするにあたっても、文字を用いて何らかの意見を表したり意思の疎通を図ったりする時、書くという言葉が頻繁に使われる。だが、今挙げた行為の内で本当に字義通り書いていると言えるようなことが、果たして一つでも有るだろうか。

 特定の誰かに限った話ではなく現代人というのは、字義通りの意味で書く機会は日常において最早、殆どないのではないだろうか。手に筆やペンを持ち、紙の上にそれを走らせて文字を綴るという行為。それが本来の意味で言うところの書くということだろう。学生以外で頻繁にそれを行っている人間は、いまの世の中にどれくらい居るだろうか。本当の意味で毎日書いている人間は。

 Wordで文書を作ったり、ブラウザでブログを更新したりする作業を指し、便宜上は書くと言う、そう言うしか無い。そのことに長い間、疑問の一つも抱かずに俺は生きてきたが、毎日毎日、長い時間をかけてキーボードを叩いて文章を作っていると、自分がやっている行為がとてもではないが書くなどという言葉では言い表せないような、その言葉が適さないような気がしてならなく思えていくる。

 言うまでもなく、キーボードを打つことは文字を「書いて」いるのではない。それは単なる入力の作業でしかない。その結果できるのは文字の集まりとしての文章ではあるが、出来上がったそれを指して、俺は文章を書いた、などと言うのはどうにも違和感が有るのだ。特に最近はその感を覚えるようになった。それは例えるなら、ブロワーで落ち葉を集める作業を掃き掃除と呼ぶような、そういった「シックリ来ない感じ」を。

 俺は書くことが好きだろうかと自問する。そしてその答えはすぐに出る。別に好きでも何でもないと。ここで言うところの書くとは、筆を走らせる方の行為で、俺はそれそのものは全く全然、好きではない。文字を書くと言う作業に魅力や楽しみさを感じるなら、それを生業にすればいいのだから単純にして明快、それでいて幸福なことだろう。筆耕の仕事を志ざせばいいのだから。

 俺は書くことが好きではない、むしろ嫌いだ。子供の頃から字を書くことが苦手で、生まれつきの悪筆を、どうしても改めることができないまま、俺は大人になってしまった。自らが手書きで作る文字は勿論のこと、文字一つ一つの成り立ちや意味について、事細かく知りたいとも思えない。文字を書き分を綴るという行為が、オモシロイと思ったことなど、生まれてこの方ただの一度もありはしなかった。

 俺にとって言葉とは単に意見の表明や他者との意思疎通のための手段や道具でしかない。それに惹かれることなど、これまで生きてきて終ぞなかった、神に誓ってもいい。そんな俺が、書くという言葉を多用しているのだから、改めて思えば奇妙なことこの上ない。好きでもない行為を指す言葉を、日常的にやっていることに無理やり当てはめて言い表しているという、この滑稽さはなんだろう。

 タイピングによってモニター上で文字を連ねる行為を指して、書くというのはもうやめにしたい。それは土台、現実に即していないし、その言い方にこだわりも愛着も全く無いのだから。文章を作る能力に対して、俺は己が伸び悩み限界を感じていたが、その一因として考えられるのは、文字の入力を好きでもない「書く」という単語で表していることにあるように思える。自身が日常的に行っていることを、正しく認識してさえ居ないから、それがいつまでたっても上達しないのではないか。

精神の出力

 単に書くことに専念したいなら、習字や筆耕で身を立てればいい。字を書くことではなく、文書を作るプロとしては司法書士などになる道も有る。文字、あるいはその集まりとしての文章を取り扱う専門的な職業というのは、改めて考えれば世の中には多々ある。一般事務で書類作成をしていたとしても、それを指して文章を書いて生活していると言えなくもない。

 それらの諸々に俺は魅力を感じ、やりたいと思っているだろう、思えるだろうか。書くという行為それ自体が好きで、会いしているというのなら、その問いに対して然り、と答えなければならない。しかし先に述べたように、俺にそんなことは出来ない。俺は文字を書くことも文書を作成することも別段、好きではない。司法書士になって独立開業できる能力もなければ、それをしたいとも思えない。

 要するに俺は文章を「書きたい」とは思っていないわけだ。そんな俺が、文章の学校などに通い、文章に関する勉強を自らし、長い文章を書く訓練の一環として毎日ブログの更新を行っているのだから、これは極めて奇っ怪なことである。言葉を操っているからと言って、その行為を指して「書く」と呼ぶのはあまりにも安直である。それに対しては、何かもっと別の言葉を当てはめるべきだと、最近は思うようになった。

 書いていないとしても、言葉を使っていることは確かだ。では、己が言葉を使うことによって達成したいこととは、一体なんだろうか。それは他ならぬ、自らの精神の外部に出力する作業である。自分がやりたいこと、目指していることをこのようにして改めて明らかにしてみれば、言葉を用いて文を作ることを「書く」などという単語で言い表すことが根本から誤っているということが、自ずと分かってくる。

 書くではなく、出すとでも言った方が、より実情に即しているだろう。キーボードで文字を入力し、それの集合としての文章を成し、それを通して自らの精神活動を外部に形ある状態で残そうという試み。これこそまさしく、俺がやろうとしていることであり、目指すべきところであった。別の言い方をすれば、言葉を媒介にして、心を身体の外に移すことだと言ってもいいかもしれない。

 これまでずっと、自覚していなかった。文章の学校に通うことを決め、長い文章を作り続けるという習慣を自らに課すようになり長い時間が経っている。しかしそれが自身の精神活動を出力する行為だと、俺は自分の中で認識さえしていなかった。己が目指しているものや、目下やっていることについて、正しく捉えることさえせず、ただ闇雲に足掻き続けてきたようなものだ。

 

 言葉を用いる分野に限らず、あらゆる人間の活動は精神の出力だと言って良い。表現や言論と言ったものの全ては、究極的にはそれであろう。己の精神を肉体の外にどのようにして出すか、とどのつまりはそれだけだ。文芸も絵画も、音楽も彫刻も、どんな手段によってであっても、その最終的な目的は己の精神を外に出力するという、ただ一つなのだ。

 何も思わずに一生を終える人間などいない。どれだけ下らなくつまらない、ありきたりな生き方をしてきた人間であっても、何かしたら膨大な精神活動を人生において行っているはずだ。どれほど凡庸なものであったとしても、すくなくともそれは0ではないだろう、僅かでも知性を備えた個人であれば。この世や社会、人間や様々な生き物、そして何よりも己自身の存在について、何かしたら一家言あるはずだ。

 しかし、それを100%出力できる人間は恐らく皆無だろう。人間は概して、多くを思っていてもその殆どを外に出せないものだ。どれほど取るに足らないような人物であっても、長く生きていさえいれば、それに成りに思想や信条、アイディアなり何なりをうちに秘めてはいるものだ。しかし、多くの者は恐らくそれらのうちの、ほとんど全てを墓場に携えたままこの世を去ってしまう。

 思うことは容易いが、それを出す作業は骨が折れる。俺は半ば強制的に言葉によって己の内にあるものを出力させられるような生活をしているため、それを思い知る機会は多く有る。その度に感じにはいられないのだ、考えを言葉にする難しさを。俺もまた多くを感じ、思い、また何かにつけ考えてきた人間である。数え切れないほど、内側には何かしら有るはずだ。しかし、それを出力する能力が依然、足りないのである。

 普段思っていることの、1割でも言葉にできたら上出来だ。俺が備えている出す力は、結局のところそんな程度の代物でしかない。思いの丈を綴るという、ただそれだけのことが俺には全くもって難儀する大仕事だ。そしてそれは俺だけではあるまい。単に口で喋るにしても、考えたり思ったりすることを余さずに言い表せるような人間が、この世に果たして一人でも存在するだろうか。

 前述したように人間が生きて行うあらゆる活動は、精神を出力するための作業である。俺は文章を用いてそれを行っているが、その行為は単に文字を書いたりキーボードで打ち込んだりすることではない。尤も即物的に、上辺だけ捉えれば確かにそれらの言い表し方で間違っているのではないが、重ねて言うようにそれは精神の出力のためのものだということは言い過ぎることはないだろう。

 自分にとっての真の目的を見失ってはならない。毎日のように長い文章を相当な時間を要して作っていると、自分が何のためにキーボードを打って文字を入力しているか、分からなくなることが多々ある。ブログを書いたりワードで投稿用の文書ファイルを作ったりしている時、単に文を作るための作業であるかのようにさっかしてしまいがちだ。しかしそれは何度も述べてきたように、本質を見誤った謬見にすぎないのだ。

何も思わない日など

 どれだけ平凡で有り触れた、取るに足らないような意見であっても、思っていることを可能な限り損なわずに頭の外に出力できる能力が欲しい。それは知識や強要、技巧や工夫などといったものではない、もっと別の何かだ。それこそ巧く言葉で表せないが、とにかくそれは単に文章を上手に書くだとか、文書を整えるだとかいったこととは、全く別の、違った何かであるように感じられる。

 毎日無理をしてブログの記事を書くように努めていると、書くべきことが全く思い浮かばない日がある。そんな日はキーボードを打つことさえままならなくなり、俺はモニターの前で何も書くことがないと頭を抱えることになる。確かに、特筆すべきような出来事が全く起こらない日は別段、珍しいわけではない。一々言葉にしなければならない事件なり何なりが引っ切り無しにあったとしたら、その方が却って問題だろう。並べて世は事も無し、という言葉もある。

 しかし、何も思わない日というのは普通に生きている人間にはない。そんな日を迎えるとしたら、それはその人間が既に植物状態になっているか、痴呆が進んで正気を失っているかのどちらかだ。たとえ自宅に引きこもって何もしなかったとしても、その最中に何も考えないなどということが、人間にはあるだろうか。そんなことが果たして可能だろうか。

 思うことのクオリティについては置いておくとして、人間は生きているだけで何かを考えるものだし、また感じるものだ。それを出来るだけ出力できる能力というのは、それなりに訓練をしなければ身に付けられないだろう。それをするために俺は毎週、文章教室に通っている。しかしそこでは、文章の書き方については色々と聞くことはあっても、例の精神の出力という観点で何らかのレクチャーを受けたことは、一度もない。

 世間的にもあまり言われないことのように思う。精神を出力するという観点で書く、或いは文章を作るということを捉えると、取り組んでいる作業の意味合いが全く異なって感じられる。自身の精神をどれだけの精度で出せるかどうか。その能力をどのようにして習得するかというのは、誰に聞けばいいというものでもなければ何かの本に載っているものでもない。

 他愛もないようなことを作品として書き表す訳にはいかないが、ブログという形でなら問題はない。それをすることに誰かに断ったり伺いを立てたりする必要もない。書くというよりも自身の精神をどれだけ精巧に出力できるかという練習の機会としてブログの記事を更新するようにしていきたい。そのような気構えでブログの更新に臨めば、少なくとも書くことがないなどと言って手が止まるようなことはないだろう。

 凝った内容にする必要もなければ、整った構成にしなければならないということもない。自分の中で考えを言葉にする際に滞りなく行えるようになりたい。その練習のためだけに、ブログという場があるのだと自分の中で位置づけていきたい。と言うよりも、文章を作るという行為それ自体が、単に文字を書き連ねるということではなく、もっと精神的な作業であると見なすような視点が必要だ、俺には。

思うところ無し

 何も書くことがなくても俺は、書くという行為から離れる訳にはいかない。それは呼吸をしなければ生命を維持できないのと同じくらい、俺にとって避けることは能わないことだ。書くという行為が、有形無形の別なく、どんなことにも繋がらなかったとしても、俺はそれを辞めることができない。それにどれだけの手間や労力、苦しみが伴ったとしても、俺は意地でもそれから遠ざかる訳にはいかない。

 

仕事よりも

 仕事が終わって食事を済ませ、ブログに5000文字の文章を打ち込む作業に入る。実を言うと、家の外で働いている時間よりも、キーボードを叩いている時間の方が、いまの俺にとっては苦痛が大きく感じられる。どれだけ不本意で嫌な仕事であったとしても、それは手順を踏んでいけば消化できる。しかし、文章を作る作業は極端な話、手につかないときは何から書けば良いのか皆目見当がつかない。今日のような。

 身も蓋もないが、毎日書くことなどあるはずがない。平日は朝から夜まで働かされ、粗末な食事を摂って眠り、日付が変わり朝になれば入浴して出勤の支度をする。そしてまた出勤して職場においてその日の分の仕事を行う。土曜日なら文章学校で講義を受けてから国会図書館にいく。日曜日や祝祭日は千代田区か新宿区の図書館に赴き借りた本を返却し、予約した本を持って帰宅する。天気が良ければ借りた本を家に置いて再び外出し、広尾の都立図書館で夜まで読書して時間を潰す。

 目下、俺の生活は大体、例外なくこのような感じである。そんなルーチンワークを延々と繰り返しているだけの暮らしの中で、何かを言葉にしようという試み自体に、無理があると言わざるを得ない。休日はともかく、平日においては書くことはおろか思うことさえ何もない。なぜなら俺は、単に身も心も労働者でしかないからだ。働くことだけを考え、それ以外については感じることさえない。

 労働者として馴致、順応させられた俺には、文章を書くことさえ重労働だ。これを書きながら俺は、せめて身体的に少しでも被る負担を軽くしようと画策している。俺が使っているベッドは、脇に置いている机とだいたい同じくらいの高さであるため、その机にノートパソコンを置き横臥すれば、ベッドに寝たままパソコンを操作することが可能である。要するに、まさにいま俺は横に寝ながらキーボードを打っている。

 文章を作るという作業は、頭よりも体に負担がかかるということを、俺は長い文章を日常的に作るようになってから思い知った。同じ姿勢で手を動かし続け、大量の文字を入力するというただそれだけのことが、中々どうして大変なのだ。せいぜい数百字や線文字程度の量の文章ならともかく、三千、四千、その上五千文字を上回る分量の文章を一日も欠かすことなく生産するのは、少なくとも俺にとっては辛い作業であった。

 身を起こして文字を打つだけで体に少なからず負荷がかかる。そしてそれは俺にとって決して無視することができない。働いているだけでも毎日、疲労困憊であるにもかかわらず、こんな一円にもならない文章のために余計な時間や労力を費やさなければならないのだから、堪ったものではない。僅かでも疲れずに済ませるために、横になりながら文字を入力している。

 身体的に辛くても、書きたいことがあるならまだやりようはあるが、そうでないのだから問題である。先に触れたように、俺には書くことが全く無い。特に表現したいことも世に問いたい何かが有るわけでもない。そんな俺が文章教室に通ったりブログを更新する理由など、改めて考えてみると何一つありはしない。書くことがないから作業が一々滞り、無駄に時間を食うハメになる。

浮かばない

 次の日が休みならいくらでも時間を掛けられるが、平日なら言うまでもなくそうはいかない。平日において最も重要なのは、睡眠時間の確保だと言ってもいいくらいだ。そんな状況下にあって、ダラダラとブログの更新のために時間を浪費するわけには、どうしてもいかない。そうであれば、一秒でも早く5000字入力し終えたいのだが、全く書きたいことがないから、相当に難儀することになる。

 キーボードを打つ手が止まるたび、俺は焦燥に駆られる。一体全体、なぜこんな思いをしなければならないのかと。仕事でもなく、何らかの利益が有るわけでもない。単に文章力を落とさないようにするための習慣付けとしてやっているだけのことだ。しかし、それさえもおろそかにするようであれば、俺は労働以外には何かを行える可能性や余地が、一切ないということになってしまう。

 何も思い浮かばないから、今日は何も書かなくていい、というわけにはいかない。今日は何も書くことがないという趣旨の内容で、どうしても5000文字の文章を入力するよう、俺は自らに課している。それは全くの無駄骨であり、それをやったところで誰かに褒めてもらえるわけでもなければ、直接なにかに繋がっていくわけでもない。単に働きながら長い文章を作るだけの、本当にただそれだけのことだ。

 逆にそれさえもできないとしたら、俺は自らを見限るしかない。別に大層な名文を残すだとか、多くの人間の目に触れるような何かを書きたいだとかいう高いハードルを設定しているわけではない。単に毎日、最低5000字のまとまった文章を生産する能力を自身が持っていると、自分自身に言い聞かせ、それを確認したいだけだ。そんなことに難儀するようでは、俺は己の能力の低さに絶望するしかないということになってしまう。

 駄文を書き連ねる能力。このブログで俺が発揮し、確認したいのは本当にただそれだけのことである。最低限、日本語の散文でありさえすれば、内容などハナからどうでもいい。それくらいの気持ちで居ても、いざ書くとなると一筋縄ではいかないのだから不思議なものだ。何を書いても自由なはずなのに、それを咎めたり、やめさせようとする他人など唯の一人も居ないのに。

 支離滅裂の怪文書のような内容になったとしても、それによって俺の何かが損なわれるということもない。コイツはわけのわからないことを毎日毎日、飽きもせずに書いているなどと、誰かに批判されたり嘲笑されることもない。それでも俺はブログ程度の文章さえも、苦しみながら作らなければならないのだ。もしかしたら、文才だの文章力だのと言ったものなどが、俺には根本的に欠けているのかもしれない。

 できない、という事実の不愉快さに俺は直面させられる。だから冒頭で述べたように、俺にとって最早ブログを更新することは、職場に働きに出て従事する労働よりも、ずっと面倒で辛い作業として認識させられるのだ。自分が思っているよりも、全然書けないという事実。それも小説だのシナリオだのといった類いの創作ではなく、単なるブログでさえこの体たらくなのだから。

 

 自分がどの程度のものか、知ることは嬉しくも楽しくもない。たかがブログの更新さえ、自在にこなせないようでは、せっかく大枚をはたいて文章の学校に通っている甲斐がないというものだ。そこで色々学びはするが、そもそもの問題として俺は、文章を作るという行為それ自体が、全くもって得意でもなければ好きでもないのだという、不都合な事実がこのブログによって毎日、浮き彫りにさせられる。

 働いていないから、最低五千字の文章を毎日作るなど、誰にとっても造作も無いことだろう。自分がニートか学生であったなら、この手のことでこれほど頭を悩ませる事は恐らくなかったに違いない。ところが現実はそうではなく、俺は一週間のうちの殆どを労働のために費やしている。その合間に五千字を毎日書かなければならない。この作業量が与える心身への負担は、なかなかどうして筆舌に尽くしがないものだ。

 全くひねりも芸もないような内容の文章であっても、ただ単に生産するだけで骨が折れる。意味もなければ存在価値もないような散文を、ただただ毎日、愚直に作る続けるという苦行。その程度は造作も無いと見栄を切りたいが、俺にはそんな力さえもないのだと、最近は思い知らされる。本当に文才が有る人間、能力が高い人種というものは、無意味に何万文字でも毎日、余裕で作れるのだろう。

 自分がそうでないということを認めることは楽しくない。だから俺にとって、文章を書くという作業は当然、面白くもなんともない作業だということになる。文章教室に金を払って、勉強しようなどと思ったのは、つくづく身の程知らずだったと俺は、学校そのものとは何の関係もない局面で思わざるをえない。学校において講師に、毎日文章を書く時間を設けろとは言われたが、存在意義がないブログに毎日五千字の記事を更新し続けろ、などとは言われていない。

 学校のことで思い出したが、先週末に講師から出された課題がいつもよりもかなり難しいものだった。俺は翌月の5日までにそれを完成させなければならない。それを冠水させるために、色々考えたり調べたり、そして何より書かなければならないはずだ。それよりもブログを書くことを優先させているのだから、我ながら本末転倒だと思う。面倒な課題を終わらせる方が、先であるのは明らかなのに。

 課題にかかずらうのが嫌で、現実逃避でブログの方を優先させているところは有るかもしれない。仮にそうだとしたら、尚の事情けない。具体的に、どんな内容の課題が出たのか一々、事細かく書く気にはならないが、それは俺にとってかなり不得手とする領域に関わる代物であった。それさえも難なくこなせるくらいでなければならないはずなのに、俺はそれにも汲々とさせられている。

 文章教室やブログといったものに時間や労力を割くようになって、自分には文章を作る才能が全く無いという、ただそれだけが明確になっただけだった。それは俺にとって、かなり都合の悪い、目の当たりにしたくない現実だった。俺は心の何処かでは自惚れていたのだ。書くということに限って言えば、俺は他人よりは秀でたところが何かしら有るのだと信じていたかった。そんな幻想は、コンスタントに書かざるをえない状況に身を置くことにより、脆くも崩れ去った。

言語道断

 何の得にもならない文章教室もブログも、不意にやめてしまいたくなる。ブログにかかずらっている時間を別のことに使えるようになれば、俺の生活はどれだけ楽になるだろうかと、最近は思うようになった。書くことを諦めれば、俺は多く眠ることができる。それだけでも、いまの俺にとってそれは、魅力的に感じられる。ブログというよりも、書くことそれ自体から解かれれば、俺は幸せになれるかもしれない。

 何よりも、晩酌ができるようになるというのが大きい。文章を作るにはシラフである必要がある。いや、必ずしもそうでなければならならないというわけではないが、働きながらそれなりの文章量を書き続けるには、悠長に呑んでいられない。したがって、まとまった休みがある時を除いて、俺は文章のために酒を控えている。書かなくなれば、そんな必要もなくなるのだから、仕事の疲れをアルコールで癒やせるようになるのだから、それもまた俺の心を惹く。

 無論、安酒を呑んで心身の健康を損ねたところで、それもまた単なる無駄な行為でしかない。誰にも求められない、何の得にも繋がらない駄文を書き連ねることと、脳や内臓にダメージを与えるだけのアルコールを摂取することは、無駄という点において完全に同義であると言っていい。そしてどちらか一方しか選べないとしたら、俺はそのどちらを取るべきなのだろうか。

 書くことを仕事にしたいといったことは、多くの人間が一生に一度は夢見ることだろう。辛くつまらない労働とは無縁で、好きなことを書いているだけでゆうゆうと暮らせるような暮らしを。それを現実の社会で実践できるいる人間が果たしてどれくらい実在するかは定かではないが、それでも漠然と作家稼業なるものに甘い夢を抱く人間は多いだろうし、俺も子供の頃から、そんな浅ましい望みを捨てきれずに、これまでオメオメと生きてきた人間だ。

 文章で食っていくという荒唐無稽な夢など、所詮は単なる妄想でしかない。それは叶う望みのない夢でしかなく、そんなものが実現することを本気で信じたり想定したりして生きられるほど、俺は有望な人間ではない。積み重ねた一文字一文字が、結局のところ徒労以外の何物でもない。それでも書くというのか、俺は自問する。なぜ、なんのためにそんなことを続けるのか。

 もう金にならなかろうが、実を結ばなかろうが、どうでも良いのかもしれない。俺にとって文字を打つことは安酒を呷ることと、全く何も変わらない。そのどちらを選んだとしても、それは先に触れたように単なる時間の無駄に害の何者でもない。最早それは、どういう手段で無駄にするかという話でしかない。そして余暇というものは本来、純然たる時間の無駄遣いなのであり、それについて何にもならないなどと気を揉むのは無粋きわまりない。

次の日

 大抵の正規労働者にとって、日曜の夜は好ましくないだろう。月曜日の仕事は平日におけるナカビのそれとは、全く異なった趣をもって、労働者には感じられる。言ってしまえば月曜なんて、職場に閉じ込められて使役される一週間の始まりだ。それが目と鼻の先まで迫っている、そんな夜を楽しく過ごせる人間は恐らくこの世にいないだろう。俺もまたそんな有象無象の一人として、この日曜日を過ごしている。

 

日曜の夜

 日曜日の晩は、生きた心地がしない。月曜日のことを考えてしまうからだ。土曜日と日曜日の二日間を休み、その翌日から5日間、フルタイムで労働しなければならないことを思えば。火曜日や水曜日も次の日に仕事があるは同じだが、休んだ日から臨む労働をしなければならない明日は平日におけるそれとは、全く異なった感がある。もう明日は休みではないと改めて思うと、それだけで気が重くなる。

 休日を有効に活用できなかった、という思いがまず最初に来る。もっとマシな土曜日や日曜日を送れたのではないか、という後悔の念が俺の精神を支配する。眠りすぎて大したことができず、時間を無駄にしてしまった。土曜の夜に奮発して晩酌でもすればよかった。日曜日の明るいうちに、日課のブログの更新を済ませてしまい、夜は優雅に過ごすべきだった、など。

 翌朝を思えば一層、気は沈む。まさに今、台風に見舞われている。朝に雨が上がるかどうか、それとも台風の真っ只中か、判然としない。大雨なら電車のダイヤが乱れるから、もしかしたら遅刻するかもしれない。出勤時間が遅れたら、その分給料を減らされる恐れもある。天候が悪化すれば、先週の金曜日に発注した荷物を運送会社が届けに来る時間が遅れ、仕事全体に支障をきたすかもしれない。

 気がかりなことはまだある。土日で発注が途轍もない量溜まっている。得意先のうちで、365日営業しているところがあり、そこが送りつけてくる発注書は一年中途絶えることがない。月曜日にはまず、それを捌くことから始めなければならない。他の得意先も、土日に休んでいてもその分をまとめて月曜日に発注してくるから、月曜日は一週間で最も仕事の量が多い日なのだ。

 今はまだ休んでいられるが、それもそう長くはない。そのことについて考えると、まるで気分は死刑執行を待つ罪人のようだ。朝にノコノコ職場に出かけて、酷い目に遭わされるのは明らかであるにもかかわらず、俺はなぜ働きに出なければならないのか。その答えは単に生活の維持である。そんなことは言うまでもないが、他に何かや利用があるのではないか、と現実逃避したくなる。

 しかし結局、俺は出勤せざるを得ない。明日は台風で、ただでさえ憂鬱な月曜日がヒトシオ辛いのだからたまらない。仮病か何かを使って、休んでしまいたいくらいだ。だが仮にそんなことをしたら、日割で給料を減らされてしまう職場であるため、結局そんな思いつきも即否定せざるを得ない。窓外の雨音を聞きながら、俺は明日の出勤の苦労を思い浮かべ、一人で鬱々とするしかない。

 月曜日の天気がどうであれ、例外なく日曜日は物憂い。改めて考えると、一週間のうち5日も他人のために働いているのだからバカバカしいを通り越し、我ながら哀れこの上ない。時間というものが有限であり、また体の自由が利き、感覚が鋭敏な状態というのは、生きていられる時間における全てを占めるわけではない。そう思えば、なぜ他人のためにハシタ金と引き換えに、労働力を提供できるのだろうか、正気の沙汰ではない。

仕事は楽しいかね

 などと言ったところで、不労所得者でもない限り労働からは逃れられない。職場や仕事について、どれだけ嫌ったところで俺は、それらから自由にはなれない。そしてそんなことは、生まれた瞬間から決まっていたことだ。そう考えれば、人生というものはなんとも、つまらないものだ。個人の努力や選択などは結局、大勢には大きく作用しない。これは頑張らなかったとか努力が足りなかったという話ではない。ある個人がどのような生を送るかは、産まれ落ちた日に殆ど決まっている。

 親が勝ち組だったら、卑しく割に合わない仕事になど天地がひっくり返っても就くまい。俺が会社に就職し、フルタイム労働をしなければならないのは、そもそもそういう階級に産まれてきたからだ。極端な話、それ以外に理由など一切ない。第一、俺は労働者になるために躾けられ、そのための教育を施されてきた。そんな俺が働きたくないなどと、思ったり感じたりする時点で「間違い」と言えるだろう。

 元来、俺は労働に不向きだった。そしてそれは、どんな悪事よりも罪が重かった。なぜなら俺は他人の下で働く人間として産み出され、そのために教育を受けてきたのに、それを身勝手極まりない願望や都合により、それを潔しとしなかったからだ。イヤイヤ働くとしても、それでも俺は罪人だった。使役されることに納得し、満足し、それを喜びとしない限り、俺という存在が許容ないし肯定されることは有り得なかった。

 他人に雇われずに生きていくため必要なことを、俺は一つも学ばなかった。また、そのために何をすればいいか、己の力で会得することも能わなかった。その結果として、底辺労働者として毎日のように働かされるだけの暮らしがある。改めて考えれば、そこには一切の矛盾も理不尽もない。いまの生活、ひいては俺の人生そのものは、なるべくしてなっていると、言うしかない。

 それに対して不服に感じ、文句を抱くとしたらそれは、なんと反社会的だろうか。俺のそういった性質について、両親はいつも危惧していた。彼らは俺が高校生のうちから労働を強要し、俺に働くことを覚えさせようとした。学校で学問をしたり遊んだりするよりも、それは俺にとって遥かに重要な事だとされた。働け、ただそれだけを両親は俺に言いたかったのだろう。

 それは俺にとって全く役立たなかったわけではなく、むしろ逆だ。一応労働に従事し、自活できる能力は現状において有しているが、それは両親の教育のタマモノである。俺は社会的な存在として一応は通用しているといえるだろう。犯罪をしでかしたり、ニートになったりはしていないのだから。むしろ勤労に従事し、税金や年金を支払っているのだから国民としては申し分ない存在だ。

 だがそれで、ただそれだけで、俺は良しとするべきなのだろうか。他人に利用されずに毎日を送れるような、そんな生活は決して有り得ず、夢見ることさえできないのだろうか。そしてそうだとしたら、それを嘆いたり憤ったりすることは許されないのだろうか。また、その手の感情や願望が、仮に許されないことだとしても、それらは俺にとって絶対に不可能な精神的な活動なのだろうか。

 

 ニートや穀潰しが一般的に悪いことだとされるのは、それが反社会的だからだ。そして、反社会的とは盗むだとか殺すだとかいったこととは全く別種なものである。金が欲しいから盗むだとか、自分を苦しめる相手を殺すだとか言った行為は全て、社会的な行為でしかない。反社会的な行為とは、望まず欲さず、どんな相手に対しても憎みも恨みもせず、単に何もしない状態を指す。

 どんな種類の労働であっても、それに従事する限りその人間は社会的な存在にほかならない。俺はかつて、ネット上で詐欺の片棒をかつぐ悪徳企業の従業員として働いていたことがある。俺は自分でやっていることが、誰の役にも立っていないと感じ、はだただ恥ずかしかった。クライアントのどれもがカタギではなく、その会社が何らかのアクションを起こせば起こすほど、損をする不幸な人間が増えるのは明らかった。

 しかし、そんな会社で働くことさえ、今にして思えば社会的ではあった。他人を騙し、金を巻き上げ、損をさせるだけの行為であっても、企業活動である以上は経済をキチンと回している。社会に参加し、社会通念に則った考えを持ちそれに基づいて行動をしている限り、どんな悪徳も不義理も社会的な行為だ。俺は、そんな社会なるものに適応できず、結局どこでどんな仕事をしていても順応できなかった。

 今の仕事は別にそういった類いの職業ではない。卑しい仕事ではあっても、一応誰かの役には立ってはいるのだと、胸を張って言うことはできる。しかし、俺はそれでも嫌だった。俺は誰の役にも立ちたくなく、また誰かを害して己が得をしたいという欲も、それほど強くはなかった。そして、そのような性質は社会というものに最も適わないものであり、俺はこの世の全方向位から糾弾されることとなった。

 たとえ一人殺しても、百万人が幸せになればそれは善である。社会とはそういうものであり、百万のために一人を犠牲にできないなら、そうしたくないならそれは、紛れもない悪なのだ。死ぬの殺すのという例え話はあまりにも極端すぎるとしても、要するに人間という存在は、プラクティカルでなければならず、そうでなければ個人は全否定されるだけで、俺は他ならぬソレであった。

 働きたくなく、仕事が嫌いだなどと、口にも出すことさえ憚られる。月曜の仕事がキツくて憂鬱だなど、思うことさえ許されない。なぜなら俺は、働くために産まれ、育てられ、教育を施されてきたからだ。俺は労働力を社会に提供するためにだけに、とある女の腹から放り出された、ただソレだけの存在でしかない。にもかかわらず、それに異を唱えたりそれに喜びを感じないなら、それはどんなことがあっても許されはしないだろう。

 ある時、電話口で郷里の母に言われたことがある。「仕事楽しちゃあな?」と。それは標準的な日本語で言えば、仕事は楽しいか、くらいの意味合いの言葉だったのだが、俺はそれに色好い返事ができなかった。仕事など、これっぽっちも楽しくなく、職場の人間は一人残らず嫌いだったから。そんな俺に母親は激高し、その場で思いついたアリッタケの罵倒を俺に浴びせた。俺の返事はそれに値するほどの悪だったというわけだ。

遠くへ

 俺は遠くへ生きたかった。いま実は「行きたかった」と入力しようとして、変換ミスで生きたいとなってしまい、俺はそれにハッとさせられた。遠くとはどこだろうか、物理的な意味で言うところの「遠く」だとするなら、生きたいは単なる誤りに過ぎないが、それが単なる今ココからの距離ではない、もっと抽象的な意味での遠くなら「遠くへ生きたい」もあながち、間違いではなくなる。

 先ほど、社会的な振る舞いとしてプラクティカルな行為や思想を強要されるだの何だのといったことについて書いたが、それから逸脱した状態や行動を指して「遠く」という言葉を当てはめるとしたらどうか。俺は実利から離れた生き方を実践したいと、深層心理において、ずっと思ってきてそれが遠くへ生きたいという言葉として偶然、不意に出てきたのだとしたら、それは我ながら興味深い。

 生活の維持のために、社会的かつ肉体的に死なないために、結局は月曜日に働きに出ざるを得ない。そうせざるを得ないが、己の真の本願とでも言い表せる何かについて、絶対に失念してはならない。身体的には実利的な行為に及ぶしかなかったとしても、せめて精神の領域においては、人間は独立と自由を保たなければならないと、最近は特に思うようになってきた。

 嫌だだのやりたくないだのと言っても、やらなければならないことはゴマンとあるのが現実だ。それは個人としての人間を圧倒し、人生の大部分を支配し、命ある限り抑圧し続ける。だが、それから僅かでも離れられるなら、遠くに在ることができるなら、可能な限り人間はそうすべきだと思う。少なくとも俺はそうしたいと欲しているし、それはいまの暮らしを営みながらでもできるだろう。

 利得や損害といった概念から離れた状態や精神を持つことこそが、自由の本質なのかもしれない。俺は子供の頃から、自由とは単に思うままに振る舞うことだと思ってきた。俺の周りの人間は老若男女ほとんど全て、実際そのように考えていたかもしれない。自分にとって好ましいことだけをやり続けられる、自分が損をしない状態を永遠に維持できることが、自由なのだと愚かしくも浅はかに。

 自由とは理屈や実利といった概念から縁遠いところにある何かだ。それを俺は、無意識にせよ、ずっと欲してきたのかもしれない。仕事に行きたくないと一人、家の中でウジウジ考えている時、俺は単に会社を休んだりバックレたりしたいのではない。貯金を食いつぶして3か月しのぎ、あとはハロワから失業保険をもらって生きたいと、短絡的に望んでいるのでは、ないのだろう。

 経済的な理由でやりたくないことをしなければならない階級から脱したい。それが叶うことなど今生においては、もしかしたらないかもしれない。無意味で無駄なことに一生を費やせるほどの裕福さを、俺が得られる日が夢物語でありませんように。そんな願を掛けながら俺は、結局働きに行く支度をすることになるだろう。

禿筆を呵す

 文章を書く機会が割りとある生活をしているが、それによって得られる評価が芳しくない。結局それは、俺には文才だの文章力だのといったものが、全くないという事実を、ただただ浮き彫りにさせるだけのことだった。そんなことを延々と続けているのは、マゾヒスティックな行為のように、近ごろは思えてきた。どんな駄文を精算するにしても、それは時間と労力を費やす。

 

土曜日の恒例

 文章教室に行くことを、既に億劫に感じている。正直に言えば、その学校に金を払ったことを心底、後悔せざるを得ない。転職活動が上手くいっていなかった頃、一体何の因果で、その学校の広告を目の当たりにしてしまったのだろうか。成功する望みが全くない転職活動から逃避するための言い訳に、俺は例の学校に入学することを利用したのだと今になって思う。

 今からでも辞めてしまいたいとさえ思う。いま辞めれば、残りの講義分の受講料は返還される仕組みになっている。それをすれば、幾らかの金は戻ってくるだろう。しかし、戻ってくるとしてもそれは、本当に幾ばくかの金でしかない。せいぜい数万円であろう。今更そんな程度の金が戻ってきたところで、果たしてそれが俺にとって何になるというのだろうか。

 学校を辞めればまた酒浸りだろう。学校に通う前から断酒というか節酒はしていたが、学校に通ったり課題を出したりするために、意識手に酒を控えていたところはあった。仮にそれがなくなれば、飲酒を阻む要素が俺に生活からなくなってしまい、それによって何が起こるかは明らかだ。俺は労働に割く時間以外の全てを飲酒に費やしてしまうような男なのだ。

 脳が萎縮し、肝臓が硬化しても、俺は酒を控えられない。成人してから約7年に渡り、俺は一日もかかさずに酒を呷ってきた。それを辞めるためのキッカケとして、例の学校が少なからず役立ったところはある。その一点だけでも、俺がその学校に通い続ける理由にはなろう。しかし俺は、心情としてはその学校にはやはり行きたくなく、年甲斐もなく登校拒否の反応を起こしている次第である。

 文章について学ぶとは、そもそも一体何なのか。日本語の読み書きなど、小学校や中学校で習ったはずのことだ。そんなことについて、いい歳をしてわざわざ金を払って学びに行くなど、改めて考えてみれば愚かしい。話の作り方のコツやシナリオの書き方といったことについても一応、講義でやりはする。しかしそんなものについて学習しようと思えば、独学で十二分に足るだろう。

 文芸という分野に限って言うなら、他人に教えを請う時点で見込みがないように思える。通っている自分で言うのも何だが、そういう学校に金を払っているという事実が既に、そういう世界への適性の無さを物語っている。最早、学校に払った金が無駄にならないように、無意味な徒労を積み重ねているだけだ。酒を断つための口実くらいの意味合いとしてしか、学校が意味をなしていない。

 しかし、それで十分なのかもしれない。何もせず、ただ労働と消費だけを繰り返し、馬齢を重ねていくよりは、文章教室でもなんでも、何かをやっている方が精神的にまだ健康でいられるかもしれないのだ。週末の貴重な時間を費やしてでも、何もしないよりはマシだろう。講義を受けるだけでなく、課題をこなしたり何かに応募しようとする度に、少なくとも労働以外で「やること」が生じるのは、俺にとっては却って救いなのかもしれないと、最近は思うようになった。

叶わぬ夢に

 作家と言うか、文筆で生計を立てることは子供の頃からの夢だった。単に雇われて働くのが嫌なだけだったが。何となく漠然と、自由で気楽なイメージがあったから、子供の頃の俺は愚かにもそんな身分を夢見たものだ。結局そんなものには到底なれず、俺は社会的に最底辺の仕事に就くしかなかった。職を転々とし、無意味に年齢だけを重ねて人生に行き詰まり、藁をもつかむ思いで例の学校に、と言うのは少し大げさか。

 基本的に文才なりストーリーテラーとしての資質があるような人間は文章の学校()などには行かない。よってそんなところは所詮、低レベルな人間の集まりでしかない。だが、そんな集団の中にあっても、俺は頭角を現すことができなかった。もしかしたら、その学校の同期生の中において、俺の能力は下の下かもしれないという懸念が、今日の講義を受けながら頭をよぎった。

 俺よりも優れた人間を目の当たりにしたくないから、俺はもう学校に行きたくない。具体的な行動を何一つせず、家の中に引きこもっていれば、自分の力がどれくらいか知ることはない。己の才覚や資質を未知数のままにしておける。俺は若い時分から、他人に無理強いさせられたこと以外で、何かに全力で臨むことはなかった。全力を出さないから、俺は己の能力の実相を知る機会もなかった。

 いや、実際は知りたくなかったのだ。自分の限界や可能性を未知数のままにしておけば、ガチればヒトカドのものになれた、という幻想に縋りながら生きられる。それはある種の処世の術で、俺はこれまでずっとそれによって生きながらえてきた。そして10代や20代の時間を無駄にしてきた。自分について知ることを俺は恐れ、必死で避けてきたと言っていい。

 学校に行き、何かを書かざるを得なければ、己の力量について知らぬ存ぜぬでは居られない。だから俺は学校をいつしか、嫌なものだと思うようになった。別にそこに通ったところで、人格や能力を批判されるわけではないが、他人との比較により優劣が決定させられてしまうから、結果的に俺の精神は打撃を被ることになる。家の中にいて、安酒を飲みながら休日を過ごすなら、そんな目には遭わずに済むものを。

 家の中というのはそういう意味でも絶対安全な場所だと言える。他人と関わらなければ、己自身についても知らずに済む。だから俺は労働以外の全ての時間をこれまでずっと家の中で過ごしてきた。俺は他人と関わることが苦手で、社交的ではなかったが、他人以上に、自分自身から遠ざかりたかった。己の容姿や能力、可能性といったものの全ては、孤独が覆い隠し、誤魔化した。

 一人でいる限り、俺は己を知らず精神は絶対に安全だった。心を掻き乱されることを、俺は何よりも恐れ、忌避した。自分の気持ちを損なわないよう、どんな局面においても俺は、最新の注意を払って生きてきた。その生き方の結果として、現在の生活があるのだ。俺のこれまでの集大成が、他ならぬ目下の暮らしであり、それは形而下に具現化した己の精神性そのものであると見ていいだろう。この惨めで貧しく、虚しい生活こそ。

 

 それに対して然り、と言えるなら何も問題はない。朝から晩まで他人に扱き使われ、少ない稼ぎから税金や年金と生活費を捻出し、辛うじてホームレスにならない程度の、そんな暮らしが。下層社会の、そのまた最底辺に位置し、にくい人間に頭を下げながらギリギリの生活を営む人生に。それを嫌だと言うのなら、そんな生活に甘んじてきた自分自身に刃を向けることになる。

 転職しようだの文章の学校に通おうだのといった行為は、まさしくそれであった。社会的に最底辺の貧苦を極めた暮らしに耐えかね俺は、それらに及ぼうとしたのだ。それは俺がそれまでに送ってきた人生の全てへの否定に他ならなかった。それに満足し、納得できさえすれば、それで何もかも丸く収まったものを。今にして思えば、何が不満だったのか、自分でも良く分からない。

 他人に使役されるだけでドブに捨てるしかない、己の人生に嫌気が差したのかもしれない。多少面倒で、嫌な思いをするとしても、労働以外の何かにかかずらう機会を、俺は求めたのかもしれなかった。それなら、学校絡みで嫌な思いをしたとしても望むところなのかもしれない。別の言い方をするなら、俺は余計な苦労を生活の中に、あえて加えたかったのかもしれない。

 そうしなければならないほどに、俺は行き詰まっていた。俺が日々やっているのは、きつくて割に合わないだけの辛い労働だけだ。これから先、一切なんの展望もなく、無駄に老け込んでいくだけの人生など、俺には耐えられなかった。また、耐えたところで何がどうなるわけでもなかった。どうしようもないことではあっても、俺はそれに釈然としなかった。

 会社で真っ当な賃金が支払われ、仕事にやりがいがあり楽しいものであったなら、そんなことは望まなかっただろう。人生の殆どの時間を割かざるをえない労働に対して、俺はどうしても好きになれなかった。たったそれだけが、俺にとっては大問題だった。結局、給料は安く、拘束時間は長く、職場の内外の人間は嫌で、粗末な飯を食い、あとはひたすら眠るだけの人生を、俺は肯定できなかった。

 ただ単に、それはつまらなかった。糞面白くもない人生から僅かでも遠ざかりたかったから、俺は「作家を目指せる」などといったバカ丸出しの広告に関心を持ってしまった。俺はどんな局面においても、理性的であろうとするタチであるため、そんな惹句に釣られたのは正気を失ったからではない。俺は理知的に考えた上で、死に金をその学校を運営してる団体に投じたのだ。

 学校に支払った金の元が取れなくても一向に構わなかった。作家になれなくても、文章を作った結果、恥をかいたり嫌な思いをしたとしても、全く何の問題もなかった。俺はただ、生活を維持するために従事させられる労働、プラクティカルな行為の一切と、縁を切れるだけ十分だった。それは趣味ではなく、飽くまで夢を追っているという設定でなければならなかったのだ。

 そういう体(てい)で何かをやっている、一時の僅かな間だけであっても、俺は労働者でない何かでありたかった。労働とは俺にとってどんな場合においても忌み嫌い、憎むべき卑しい行為だった。15歳で働きに出されてから、俺は様々な仕事をしてきたが、そのどれもが呪わしいものだった。それとは全く地続きでない、荒唐無稽な夢とそれに則った行動によって、俺は精神的でも救われたかったのかもしれない。

生きる意味を

 嫌な思いをしたくないと、俺はどんなことにも消極的だった。そのせいで、何も成さず好ましいと思える人間には一人も会うことなく歳だけを取った。その結果、俺は憎むべき者どもに使役されるだけの、卑しい労働者になった。全てから、そしてなによりも己自身から遠ざかろうと試みた結果として、いまの暮らしとこの人生があるのだ。それは言うまでもなく当然の帰結でしかなかった。

 ところが俺はそれを嫌だと思った。孤独、窮乏、そして虚無と絶望に耐えかね、何の実もないような学校に通うような醜態を晒したのだ。これがもし他人事だったら、俺は腹の底からあざ笑ったに違いない。ところがどっこい、これは自分の生活の開陳なのだから、笑い事では済まされない。要するに、底辺労働者としての人生に耐えかねて、叶わない夢を追い続けたいという。

 自分が低賃金労働者でしかないという現実。それから少しでも遠ざかるために、遅ればせながら俺は、色々と習ったり作ったりしている。それはハタから見れば滑稽この上ないかもしれない。だが、それらに従事していなかったら、俺は単に他人に時間や労力といった、労働力を搾取されるだけの存在でしかない。それであることは我慢するとしても、それ以外の何者でもないとしたら、それは俺にとっては面白くない。

 酒を飲んで憂さを晴らせるなら、その方がいい。しかし、俺の体は毎日アルコールを摂取できる状態では最早ない。酒代の問題も一応はあるが、それ以上に酒浸りになれるほど俺の肝臓や脳は丈夫ではなかった。これは俺にとって極めて不幸なことであったと思う。酒を飲むだけで苦しい労働や虚しい人生を忘れられるなら、これほど良いことはないものを。

 例の学校が終わると俺はいったん帰宅し、国会図書館に行く。そこで色々と本を読み、週末における残りの午後を過ごすのだが、帰る道中で酒屋がどうしても視界に入る。半蔵門駅前通りから麹町大通りに入る交差点で、右を見ればすぐそこに、かつて足繁く通っていた酒のやまや麹町店が見える。酒の味はいつまでも忘れられず、その気になりさえすればいつでも買って飲めるという状況だ。

 家にいられる時間の全てを、酩酊の中で過ごせるなら、存分に飲めるだろう。しかし今日、学校で出された課題が俺にはかなり厄介な代物であったことを思い出す。酒を飲んで酔っ払っている場合ではないと俺は思い直し、酒屋に背を向けて麹町大通りを四谷に向かって歩いていくのであった。一歩一歩、歩みを進めながらも俺は後悔の念を拭い去れないが、それでも俺はこの週末をシラフで過ごすことにした。

 アルコールによって前後不覚になることで、安寧を得るより俺は、何の得にもならず誰も褒めてくれないようなことに取り組む方を選んだ。惰性の安息の中で苦しい労働を忘れるか、荒唐無稽な夢物語に縋るか、どちらかしか選べないのなら、俺は後者を選ぶ。それが正しいかどうかなどは、最早問題ではなかった。

瞬間、心、重ねない

 他人の気持ちが分からない奴はダメだと世間では良く言われる。俺にはそもそもその言説の正当性を疑わしく思う。特定のとある人間の気持ちだの気分だのに対して、他者がアレコレと気を配らなければならないなどと、余人は本気で思っているのだろうか。個人的な思いや考えなどといったものを、余りにも高く見積もりすぎているから、世間という場所は重苦し居場所になるのだ。

 

悪意の価値は

 俺はお前を見下しているんだ、バカにしているんだぞ、と表明したがる人間の気持ちなど、俺はには永遠に理解できないだろう。そんなことを一々、言葉や態度に表すことに、一体どんな、何の意味があるんだろうと、俺は憤りよりも奇怪さの方を強く感じる。ネット上でも実社会でも、そんなことを逐一隠しもせずに開陳したがる人間の精神構造に、却って興味津々である。

 単にその手の念を向けられる俺がナメられているだけだと言ってしまえばそれで話は終わってしまう。しかし、俺をナメるのは当人の勝手だが、それを俺に目に見えて分かる形で伝えて、何がどうなるというのか。見下してやった、蔑んでやった、嘲ってやったぞと、憂さが晴れて満ち足りた気持ちになるのだろうか。どこまでもその者の勝手にすればいいだけのことだが、虚しくないのだろうか。

 長い歳月を生きてきたが、俺は他者が持つこの手の「気持ち」が皆目見当もつかない。他人に危害を加えたり何らかの形で損害を与えたりすることにより、己に利する何かがあるというなら話は別だ。俺に害意や悪意といった類いの感情を吐露することで、何も得をしないだろうに、一々それを言いたがりやりたがる人間の心理を、俺は絶対に理解できないだろうし、したくもない。

 かく言う俺も、その手の下卑た情動を全く抱かないということもない。しかし、そんな念が頭に浮かんだ時、それと同じくして虚しく、また恥ずかしいという思いも伴って現れるのが常だ。こいつは俺よりも劣っていて、叩いていい相手だ、自分にはそれが許されるのだと確信し、それを実行に移すとして、その時にその行為者としての己自身を貶める結果になると、思い至るから俺は結局何も表明も行動もしない。

 余人の大半はそうではないということを、俺は身をもって知っている。醜く浅ましく、それでいて下らない精神を一々吐露してくる人間が世間にあまりに多いので、俺は心の底から辟易させられる。自分よりも下だとか、劣っておりだとかと値踏みして、軽はずみに貶したり侮ったりして、そもそも疲れないのだろうか。それで一円でも金になるなら、理屈としては分かるのだが。

 結局、その手の御仁というのは自分の気持ちが此の世で最も尊いのだろう。損得も善悪も、己の満足のためには霞んでしまう、そんな精神性の持ち主だと見なすべきだ。俺は心底、そういった手合いとは接したくない。心、それも自分自身のそれを何よりも重んずるという考えは、途轍もなく了見が狭く、ハッキリ言って幼稚きわまりない。そして世間というものはそんな者どもの集まりなのだから、絶望せざるを得ない。

 また、他ならぬ自分が、劣等と見なした相手に侮蔑や嘲弄の意思表明を行えば、その対象が何らかの打撃を被ると確信しているのも噴飯物だ。他者を「バカにする」時、その行為者は無条件に対象者よりも価値があるという前提を踏まえて発言することになる。それが盤石で揺るぎなく、バカにされている側がその前提なるものを自明で疑いようのないものとして受け入れると、本気で思っているのだから笑わせる。こちらから言わせれば、お前ごときにどう思われようが知ったことではないと、見栄を切ってやりたくもなる。

取り合わない

 たとえどれだけ誹謗中傷され、辱められたとしても、それらに対して何かを思ったり感じたりする義務などない。他人の心だの気持ちだのと言ったものに対しては、意に介さずに済ますという手段も取れる。それは別に悪事でもなければ知性や良識の欠如でもない。思えば俺は、誰から構わず他人の意図や考えを逐一汲んでいたような感がある。特にこれと言った意味もなく。

 相手のことを分かるということは、人間として絶対に欠かしてはならないことではない。意を汲むにも、相手を選ぶべきだろう。自分の気持ち()に無条件に価値があると思い込んでいるような連中について、俺は慮ってやる義務などないと確信している。付け加えれば、俺は生きて居る人間には皆、等しく価値などないとさえ、思っている。ましてや浅はかで幼稚な人種など、言うに及ばず。

 人間の精神や、個人が持つ心といったもの、及び感情や思いなどとについて、どこまで重んずるべきだろうか。たとえどれだけ貴い身分の御仁であったとしても、そもそも人間の気持ちなるものを、それほど大切にしなければならないのか、俺には甚だ疑問である。ある一人の人間の気持ちのために右往左往したところで、それで餓えや寒さがを凌げるというのか。一円でも何かの足しになるというのか。

 自分の気持ちが、金や物質的な恩恵よりも優先されると信じている厚顔無恥な輩。そんな連中が存在し、肩で風を切りながら此の世を我が物顔で渡り歩いている現実を思うと、ただただ虫酸が走る。手前勝手な気分やそれに基づいた言動により、他人が痛めつけられたり損害を被ったりさせられると考えるのは、単なる自惚れでしかない。そんな魂胆を臆面もなく表に出せるような人間に、なぜ俺が気を配らなければならないというのだろうか。

 適当にあしらい、何も思わずにその者自体を端から存在しないものとして扱えばいい。それは己が被ったことを見なかったこと、なかったことにするのではなく、それが為したり言ったりしてくることに対し、精神を影響されないようにするということだ。抱かれ、また表される悪意や害意といったものについて、律儀に反応する必要も義務もないというのは言い過ぎるということはない。

 加害に対して報復するのもまた正しくない。他人の情動を読み取り、それに則り定石どおりの反応をした時点で既に相手に呑まれていると言っていい。そのような下衆の思考や言動に対して、全く心が動じなくなってはじめて、俺はそれに対して勝利を収めたと言えるのだ。要するに、他人の心を如何に汲まないか、また察しないかであり、別の言い方をすればどれだけ空気を読まないかだ。

 あらゆる人間関係において、否が応でも伝わってしまう、分かってしまう、推し量れてしまう。それらの全てが時に苦しみの源となる。何も察することができない人間は、その点で見ればこの上なく幸福だと言ってしまって構わないのかもしれない。必要もないことが嫌でも分かってしまい、覗き見たくもない本音が見透かせてしまう時、俺は自他の別なく、人間というものがつくづく嫌になる。

 

 他人の気持ちなど分かって何になるというのか。意を汲まなければならないような人間が、この世の中に一体どれくらい存在しているというのか。目の前に存在している他者が、慮らなければならない程の人物である可能性は、果たしてどれくらいだろうか。世間における有象無象など一顧にも値しないような事物に過ぎないと、言い切ってしまったとして、それに一体どんな問題があるというのだろうか。値踏みなどするまでもなく目下、生きている人間なんぞに、大した価値はないと決めてかかったとして。

 生きているという時点で、尊敬には値しない。優劣も善悪も貴賤も、生きているという、ただそれだけの前には霞んでしまう、俺にとっては。とどのつまり、食って寝て糞をしているだけの存在でしかない、生き物は。それの中で、価値があるだの優れているだのと評することは、ナンセンス以外の何物でもない。本当に尊い存在とは、既に此の世を去った者だけだ。

 生きながらにして、他人から褒めそやされ、敬われたいなどとは何たることか。他社に対して、コイツは自分よりも格下で、劣っているから、コイツごときは俺を崇敬して当然だ、などと臆面もなく思える人間が、俺には全く理解不能である。浅ましくそして、おぞましいとさえ思う。そしてそれらを越えて、滑稽でさえある。どれだけ見下せる者が相手であったとしても。

 だが、その手の御仁が世間には溢れかえっているのは恐ろしい。社会生活というものが、俺にとって物憂く思えるのは偏に、この一点によるものである。言ってしまえば身の程知らずもいいところだ。自分というものを、無条件で価値があり、大切で、自分が下に見たものからは敬われたり重んじられたりするのが当然だと思っているのだから。それが世間のマジョリティなのではないかと思うと、俺はとたんに恐ろしくなる。

 実は、俺を避けるなと、ある男からシツコク付きまとわれたことがある。その男はかつて存在した会社における俺の先輩社員であった。会社がある間、その男は俺を小文化召使のように扱い、公私の別なく使役したものだ。俺が単に言いなりになるだけでは彼は満足しなかった。例の男は俺の精神まで操作しようと企んだが、俺はそのようにはならなかった。面従腹背では満足できないその先輩社員は、俺に慕われたがり、また尊敬されたがった。

 それらの念を自分が相手(つまり俺)から抱かれて当然だと思える厚顔無恥さ。その性質が発揮されたのは会社が健在だった頃ではなく、むしろそれが無くなってからだった。会社が潰れてからもその男は俺の「先輩」であろうとした。俺はその男といつまでも繋がりが切れない存在だと彼自身は認識していたようで、延々と電話をかけてくるのだからたまったものではなかった。

 その男のケータイの番号を着信拒否すれば、別のケータイを使って俺に電話をかけ、俺の不義理を責めながら脅した。お前は引っ越しはしたのか、俺から逃げられると思うな、俺は逃げれば追う男だ、などと喚き散らして。会社があった時点においても、俺は先輩社員に虐使されながらも、それの気持ちなど全く理解できなかったし、会社がなくなってからもしつこく複数のケータイを使い分けて脅迫電話をかけてくる段に至っては、分からないを通り越してただ恐ろしかった。

朴念仁

 今勤めている会社の社長も、例の「先輩」と本質的には変わらない。自分が他人、と言うよりも自分が下に見ている相手から尊敬されてしかるべきと考えている人種。世間を見渡して見れば、その手の者どもがどこにでも居る。そしてさらに悪いことに、それは組織や集団の中ではそれなりの地位を占めているような傾向され見られる。自惚れが強い人間に限って社会的に成功を収めるのかもしれない。

 そんな手合いの気持ちが分からないのは能力の欠如でも人間性の欠落でも何でもない。そんな精神構造や人格を持っている人間のほうがおかしいのだ。そして付け加えて言えば、そんな輩が除かれずに当たり前のように生きられるようなこの国やこの社会の方が間違っており、狂っているのだと言える。この国のすべての人間にとって、俺は「足りない」としても、俺はそれを恥だともなんとも思わないし、また思うべきではない。

 他人の気持ちなど分からないくらいでいい。むしろ、自分の気持ちを汲めだの察しろなどと無理強いをしてくるような人種の心など、そもそも一顧だに値しない。そしてそんな連中は社会のどこにでも生息しているのだから、俺は世間というものに対しては、もう積極的に関わりたくない。俺はどうしても、社会には適さないタイプなのだろう。そもそも例の男のような人間が真人間として通用するような社会には。

 他人の心がわからないとEQが低いだの発達障害だのと言われる。俺は以前、前述の男とはまた別の人間に、これまた面と向かってアスペルガー症候群だのと勝手に診断されたことがある。その男の精神を満足させられないから、その男は俺のことを病人だと言ってきたわけだ。その男がこの世にいるかどうかさえ俺には知る由もないが俺は言い返してやりたい。そんな発言を無遠慮に行ってくるような人間の気持ちなど配慮する価値がそもそもないと。

 自分の心だの気持ちだのといったものに、慮られる値打ちがあると信じる者は、呪われよ。それは全く妥当でも正当でもない。単なる自己愛や自惚れに発露でしかない感情のために、他人の肉体はおろか精神までも手前勝手に操作しようとし、それが能わ泣けば傲慢にも憤る者どもに、どうか災いがあらんことを。自分という存在に普遍的な価値があると、思い込んで生きているような不届き者は、死ぬべきである。

 他人の気持ちに右往左往してきた俺の人生は、何だったのだろうか。俺の気苦労の全てには、道端の石ころ一つほどの価値もなかったのだと思うと、無性に笑えてくる。自分の心や気持ち、あるいは気分のために憤る者どもの言動など、単なる傲慢さや身勝手さの発露でしかなかった。そんなもののために、俺は恐れたり憂いたりしていたのだ。そんなもののために、俺は自分の一生を棒に振ったのだ。