書き捨て山

雑記、雑感その他もろもろ

奨学金

 夏は俺にとって奨学金の季節だ、と言ってもこれから貰うわけではない。俺は学生時代に日本学生支援機構から奨学金の貸与を受け、大学に通っていた。学生時代に貸与された金額は総額で307万円超ほどで、未だに1円も返済していない。学生支援機構は奨学生OBが生活困窮者である場合、返済を1年猶予する制度を設けている。俺はその制度を利用しそれを申請することこれまで生きてこられた。

 本来ならば俺は10月に返済が始まるのだが、8月に返済猶予申請をすることでそれが毎年猶予され、返済開始が1年後に先送りとなる。返済が猶予されるのは最長で10年間となっており、今年も例の制度に頼ることで返済を先送りにする算段である。前の記事で貯金をしているだのという内容の文章を書いたが、それが出来るのは貸与型の生姜金の返済を先延ばしにしているからに他ならない。

 借金の返済を先送りにしながら貯金を蓄えるというのは我ながら滑稽ではある。だが、支払猶予期間というものが貸した側に設けられているのだからそれを利用しない手はないだろう。10年の返済猶予が経過する前に学生支援機構が俺に支払いを強要するようなことがあっても、猶予申請とは別の制度がある。そちらの方は月々の支払額を半額にするというもので、猶予ができなくてもそちらを使えば生活は苦しくなるものの、生活の破綻は免れられはするだろう。

 学生支援機構が学生に貸与する奨学金には1種と2種の2種類があり、俺が借りたのは1種の方だ。1種は2種と比べて貸与を受けるためのハードルが高いとされている。高校における成績もさることながら、学生支援機構から1種の奨学金を借りるには家の経済状況がかなり悪くなければならない、という条件がある。要するに1種は貧乏人のためにある奨学金なのだ。

 俺の父は津軽地方においてはかなり優良な企業で働いていた。父が努めていた会社の給料は月給30万だったと父はいつだか言っていた。父は県内においてはどちらかと言えば「貰っている方」に属していたが、それでも子供を大学にやるにはあまりにも厳しく、そのため俺が大学に行くには奨学金の貸与が必要だった。高校時代の俺は将来の負担になると承知の上で貸与を受けて大学に進んだが、これが全く大失敗だった。

 

 

 俺は職業科の高校に通わされていたため、大学に進学するには推薦以外の選択肢はなかった。そして更に言えば絶対に確実な道筋で大学に行かなければならず、万が一の失敗も許されなかった。そのため俺は指定校推薦で入れる大学や学部、学科を選ばなければならなかった。しかし、職業科の高校から指定校推薦で行ける大学など高が知れており、それらの中で最もマシな選択を俺はするより他はなかった。

 俺が置かれていた状況でどの選択をしたところで、ロクな結果にならなかっただろう。当時の俺は「腐っても4年制大学」などといった愚昧極まりない考えで大学に進学したが、その幻想は入学式で打ち砕かれた。俺が返済義務がある奨学金を貸与され、郷里を離れ満を持して入学した大学は、サル山や動物園と見紛うばかりの最低の部類に入る学校だった。

 俺は大学に進学したことを心底後悔したが、時すでに遅しだった。学生のレベルが論外なのはもとより、教鞭をとっている講師連中もその大学に通っている学生を講義中においても公然と蔑んだり嘲ったりすることは日常茶飯事で、俺はそれが何よりもいけ好かなかった。講師共の発言にいくら言い返したい衝動に駆られても、自分が属している大学がどうしようもない場所だという点について、俺は反論することができないのが歯がゆく、悔しかった。

 大学の構内だけに限らず、何処に行っても俺は自身が通っている大学を恥じずにはいられなかった。大学1年の頃、俺はTBSラジオで電話オペレータのアルバイトをやっていたのだが、職場で働いている他のバイトの学生連中同士で雑談をしている時、通っている大学の話になり俺は慄然とした。自分以外の連中は早慶日芸、それ以外の有名大学に在学しているものばかりで、その中における俺の場違いさと言ったら!

 俺の大学で教鞭をとっている講師がその大学のことを心底バカにしていたということについては先に述べたが、それらの講師のうちで特に手厳しい先生がいた。その人物は講義を受けている学生に向かって何度も言ったものだ。

「一日でも早く退学してもっとマシな大学に入り直せ!」

 俺は悔しかったが、彼の言に趣向せざるを得なかった。目下自分が通っている大学に籍を置き続けたとしても大したことは学べないのは火を見るよりも明らかであったし、卒業した後の行く末もまた暗いものであろうことは容易に想像ができた。先生の言うとおりに出来たら、俺はもっと気楽に生きられだろう。

 

 しかし、そうは問屋が卸さないというのが人生だ。冒頭で述べた通り、俺はすでに学生支援機構から貸与型の奨学金を借りて大学に通っている身だ。大学選びに失敗したから辞めます、などといったら俺は単に無意味に借金だけをしたということになる。退学という選択肢は俺に限っては与えられていないも同然であった。俺は入学した日から、いや、奨学金を貸与する契約をした時からすでに引き返せない状態であったのだ。

 無意味で何の価値もないと重々承知でありながら、俺はキャンパスライフを送るしかなかった。ただひたらすら鬱々、悶々とした日々を送り、遊び呆けている他の学生どもとは真逆の生活に甘んじ、突破口も打開策もなく無駄に何年も過ごした。あとに残ったのは馬齢を重ねた肉体と、300万超の借金と、卒業証書という名の紙切れ一枚という有様だった。

 学生時代は本当に嫌な思い出しかなかったし、学生でなくなってからは地獄のような毎日だった。奨学金の返済のことを考えれば不安にならざるをえない、なぜなら全く返す目途が立っていないからだ。ちなみに返済猶予は最長で2020年までであり、その年の10月からは問答無用で返還をさせられるだろう。猶予の延長ができる可能性はもしかしたらあるかもしれないが、かなり厳しいと言わざるをえない。

 あんな大学に行かなければ、貸与型の奨学金など借りなければと思い返し後悔するばかりだ。しかし、大学進学という口実を作ることで俺は忌々しい追憶で彩られた故郷から脱することができたと言う事実もある。東京に出たいがために俺は大学に行ったようなもので、その意味では俺の目的は一応は達成されていると考えることもできなくはない。

 憎き故郷から東京に移住するためには、どうしても4年制大学に進学しなければならなかった。高校生だった俺の進路が専門学校や就職などであったなら、両親は俺が東京に行くことを許さなかっただろう。4年制大学という機関に幻想を抱いていたのはオレ一人ではなかった。俺はもちろんのこと、父親も母親もまた、大学という場所がどのようなところか全く理解していなかった。もし両親が大学の何たるかをしっていたなら、俺はやはり東京には行けなかったかもしれない。

 

 

 だが、親が許さなかったとしても家を飛び出して東京で暮らすくらいのことは、できたのではないかとも思う。親や周りの人間たちが許してくれないからやらないだのできないだのというのは、軟弱な言い訳にすぎない。親や世間に向けての大義名分を作るために300万円も借金をして、大学とは名ばかりな良く分からない場所で時間を無駄に過ごした人生の浪費について、俺は悔恨の念を強くするばかりだ。

 第一、普通科の高校に進学できない時点で既に十人並みの水準には至っていないし、それにどのような理由や背景があったとしても既にマトモではない。にもかかわらず、フツーに大学に行きたいなどと願うのは、何というかチグハグで歪な感じがする。尋常な道から外れてしまっている以上、とことん異端として徹するが唯一の正解であったかもしれないと今になって思う。

 7月も終わり、8月になれば俺は通年通り例の手続きの準備をしなければならない。文書をダウンロードしそれを紙に印刷し、それに必要事項と生活の窮状を訴えるような作文を書きつける。更に己の収入が低いことを証明する証書の写しを役所からもらってきてそれと先程の文書を封筒に入れ市ヶ谷にある日本学生支援機構に送りつけて審査してもらう。

 晴れて支払猶予の承諾が下されれば、その旨を知らせる通知書がくだんの法人から郵送されてくる。そして俺は胸をなでおろし、300万の借金のことをとりあえず忘れてアキを迎えることになる。大学が終わってからは、毎年のようにそれを儀式のように行ってきた。その手が通用するのも今年を入れても後3年しかないと思うと、何やら感慨深ささえ覚える。

 借金もまた俺という人間が生きた証であるかのように思える。それの返済義務があるから俺は生きてそれを支払っていかなければならなず、それをすることが俺の今生における目標のようにさえ感じられる。逆に言えば、借金が仮になくなってしまえば、俺がこの世に生きていたという証が消滅するということであり、それへの義務がなくなれば俺が此の世にあり続ける理由もまた消えてなくなってしまうのかも知れない。

月5万の命

 今日は給料日だった。俺は給料日には帰宅してすぐに2枚の通帳を持ってATMに向かう。給料は三菱東京UFJ銀行の口座に振り込まれるため、まずそこから給料の大部分を下ろす。そしてそのまま郵便局に向かい、局内のゆうちょATMに金を移す。UFJの口座に貯まっている金は食費や雑費などの出費に充てられ、家賃や公共料金などの支払いはゆうちょ銀行の口座の金で支払うことになっている。

 メインとして使っているのはゆうちょ銀行の方の口座であり、貯金もそちらの口座に預金する形式を取っている。前述の通りゆうちょの方の口座で家賃や公共料金を支払っているため、給料の大部分をその口座に入れても最終的に月の収支はせいぜい5万ほどのプラスにしかならない。単純計算で、俺が一ヶ月働いた結果としての純益は厳禁してたったその程度なのだ。

 その5万の貯金すら現在の職に就くまでは出来ないような有様であり、貯金と呼べるほどの金ができたのもつい近年になってからのことだ。それが可能になっただけでも俺としてはある種の進歩や改善なのだが、世間一般の基準を自身の生活を比較するとどうしても虚無感に苛まれてしまう。月ごとの収入から食費を始めとした様々な支出を差し引いて最終的に残るのが5万円というのは、改めて考えれば情けない。

 俺はフルタイムで労働をしている。週5日、朝から夜まで好ましからざる空間に拘束され、他人のために労働力を収奪される立場に甘んじ、それを丸一ヶ月続けて得られるのが5万円だ。俺の人生に於ける時間は飽くまで有限であり、そのうちの一ヶ月間を金に換算して5万円なのだ。俺の命は1ヶ月5万円、丸一年働きながら貯金に勤しんでも念60万円にしかならない。

 大学生の時にやっていたアルバイトは時給1000円だった。そのバイトをしている最中にも、自分の価値が一時間1000円しかないという現実に何も思わずにはいられなかったことを思い出す。しかしその当時において俺はまだ学生であり、自分にはまだ人並みの人生があるなどと漠然と、愚かにも思っていたような時分であったからまだよかった。今の俺とは絶望感がまるで異なっていると言って良い。

 

 

 俺の生活が今以上に上向きになるような兆しは一切ない。目下の仕事には言うまでもなく不満があり、可能なら一日でも早く抜け出すことが出来たら俺は喜んでそうする。だが、いま就いている職業を辞めて別の仕事にありついたとしても、待遇は間違いなく悪化する。現在は努力すれば5万は貯められる状況だが、いまの仕事を辞めればそれも不可能になるだろう。よくて収支プラスマイナスゼロ、悪ければ貯金を切り崩して生活しなければならなくなるかもしれない。

 毎月5万円の余剰があり、それを貯金に回すというのは俺の精神を健全に保つ上で重要な意味を持つ。少なくとも月の収支は完全にプラスであり、我慢しながら現在の会社にしがみついていれば確実に貯金は貯まっていくのだ。財産は時分の心身を守る砦であり、それは多ければ多いほど良い。一定の貯金が継続して行える状態を維持することで精神が安定するという側面は無視できない。

 衝動的に仕事をやめれば短期的には自由にはなれるが、十中八九すぐに行き詰まるだろう。俺は実家ぐらしではなく、借家で生活を営んでいるため定期的に得られる収入がなければすぐに破滅する身の上だ。無職に転落すれば貯金どころではなくなるし、俺の年齢や経歴、持っている技能などの点から考えても転職は恐らく失敗するだろう。それらの事柄を勘案すれば月5万の貯金ができる現状に甘んじるしかないという結論に至る。

 頭では分かっているが、それでも胸中の内奥では現状に不服を持っている自分がいる。時分の命の値段が一ヶ月あたり5万円というのは卑下しているのでも他人から見た決めつけでもなく、厳然たる事実だ。ネットニュースやラジオ番組などで「夏のボーナスの使い途」などといったトピックを取り上げるような局面にぶち当たる度に俺は劣等感を抱かずにはいられない。無論俺にそのようなものは一円もないからだ。

 高々5万円を毎月貯めるために、俺の生活はかなりギリギリまで切り詰めているのが現状だ。服も靴も新しいものは全く買うことが出来ず、食事も可能な限り少なく済ませることに苦心している。電気代などの光熱費やケータイなどの通信費はどうしても削減することはできない。マンションの家賃は言うに及ばずだ。したがって、減らせるのはまず食費ということになる。

 

 一日あたりの食費は基本的に500円未満に抑える。まともに食事ができるのは晩飯だけで、それ以外は抜くかごく簡単な糖分補給で済ますしかない。朝食はご法度、昼食は板チョコ一枚が基本で、夜は夜で半熟卵にインスタントラーメン、それらに加えてバゲットか食パンを食うのがせいぜいだ。そのような生活を平日も土日も一ヶ月続けて、ようやく5万円貯められる、我ながら涙ぐましい話だ。

 このような爪に火を灯すような暮らしも若いうちに限れば美談や笑い話になるかもしれない。しかし、人間は歳を取らずにはいられない。若者の貧乏は絵になるが、若者でなくなればそれは単なる悲惨な窮状でしかない。本当に、見るも無残と言うしかないような状態で、夢も希望もない有様で延々労働と消費を繰り返すだけのどうのしようもないワーキングプア以外の何物でもない。

 学生時代のバイトについて先に触れたが、それと現在の状況は全く比べようもない別次元の話だ。学生であったり、20代前半ぐらいの年齢であったなら、まだ人生これからというか、挽回も巻き返しも有り得るのだからと自他共に楽観的になれるだろうが、最早そのような時期はとうに過ぎ去っている。俺にの人生にはもう明るい未来がない、少なくとも希望が見いだせるような未来は一切ない。

 仕事の合間の休憩時間に、まいばすけっとなどという負け組御用達のスーパーに赴き、税込み78円の板チョコを買い、商業施設の休憩スペースに辿り着くまでの道中でそれを齧りながら一人で街なかを歩く時、俺は惨めて悔しくてたまらなくなる。道中で若い者共や小学生などと大勢すれ違うのだ。その時に、卑しい仕事をしながらチョコレートを齧り血糖値を保って糊口を凌ぐ己をどのように認識すれば良いのかと、俺は途方にくれてしまう。

 今日は給料日だから例のゆうちょ銀行のATMに行かなければならなかった。ナケナシの金を貯金するために俺が毎月使っているのは、本塩町にある郵便局だ。そこに行くまでにも、輝かしい未来がありそうな連中や人生を謳歌している若い奴らなどを見かけたりすれ違ったりする。それに比べて俺は、食うや食わずやで見すぼらしい身なりで、雀の涙ほどの貯金に勤しんでいる。俺はふと、生きているのが嫌になる。

 

 

 俺は心底くだらない存在であり、それは否定のしようがない。俺を指し示すすべての要素がそれを表しているし、何よりも月5万円という指標が何よりも客観的かつ明白な証明として機能している。ろくに食事も取れず、まともな服も着られず、穴が空いていない靴を履く余裕もなく、糊口を凌ぎ恥の上塗り以外の何物でもないような暮らしをして、月5万しか貯金できない、そんな時分を何よりも雄弁に物語っている。

 5万とは恥ずべきことだが、それであると同時に俺にとっての心の支えでもあると言うことは先に述べたとおりだ。月ごとに少なくともその程度は貯金する余裕はあると自らに言い聞かせることにより、俺は最早風前の灯となった自尊心をようやく保つことが可能となっている。何という矛盾にして皮肉だろうか。

甘え

 駄目な自分でも許して欲しい、それでも良いと言って欲しい。思い返せば、ただその一念で生きてきたのかもしれない。要するに俺は甘えたかった。人生のあらゆる局面において俺は、ずっとそれだけを願い、望んできた、誇張でも極端な話でもない。俺は甘えを許してくれる人間関係を渇望し、決して短くない生涯において、それが成就したことは終ぞなかった。

 ネットでは甘えには大抵、否定的な見解が蔓延している。うつは甘え、低学歴は甘え、低収入は甘え、エトセトラエトセトラ……。それらはどれも正論かもしれないが、剥き出しの単なる正論などどのような人間でも言えるだろうし、それに意味や価値があるとは思えない。そもそも、正しいかどうかなど個人の振る舞いや精神性においては全く無関係だ。

 俺はただひたすらに、無条件かつ無制限に甘えたかった。甘えられる人間関係を乞いながら惨めに、哀れに生きてきたような感がある。乞食のようにただ甘えを許し、憐憫を垂れるような何者かを探し、待ち続けてきたような気がする。しかし、その待望の何者かは、現れる気配すら見せていないのが現状だ。俺は待ちわび、そして待ちくたびれた。

 俺は自分が単に甘えたく、それを許してくれる誰かを求めていただけだったということに、気づけずに今日まで生きてきた。自身の本当の望みを自覚できないことこそが、人間が被る不幸の最たるものだ。自らが何を欲しているかも分からないまま、思い通りにならないと思い煩うほど滑稽で愚かなことはない。俺の人生は、正しくそのようなものであったように思う。

 自分が単なる甘えたがりにすぎないと認めることはかなりの羞恥を催す。それが嫌で認めてこなかったところもあるのかもしれない。それ以上に周囲や社会全体の風潮や圧力による要素も多分にあるだろうが、自身の本心に気づくことができずにこれまで生きてきたのは、偏に内的な原因によるものだと考えるべきだろう。大の男が甘えたいなどと思うことさえ恥ずかしい。

 

 

 俺は長男としてこの世に産まれ落ちた。この俺にももしかしたら甘やかされていた時期というものがあったのかもしれない。しかし俺はそれを全く覚えていないのだからその期間など俺の中ではないに等しいものだ。俺は男でまた第一子であったため、家の存続のためにそれ相応の役割を生まれながらにして背負っていた。そしてそれは両親の躾という形で俺の骨肉に叩き込まれていくこととなった。

 俺が生まれてから3年ほど経ってから、母は娘を出産した、俺から見れば妹に当たる。妹が此の世に出現した瞬間から俺は寒村の貧家における長男にして兄という立場になった。それは俺にとって喜ばしいことではなかった。妹が生まれてきてから俺は兄としての役割を父や母から担うように強要されるようになった。結論から言えば、俺には家族という人間関係を営む能力に欠けていたのだが、それはあらゆる局面に露呈することとなる。

 下の兄弟の面倒を見させられるというのは別段おかしなことではないが、俺にとってはそれすらも重荷に感じた。妹が危ないことをしないように俺は細心の注意を払い彼女の動向に目を光らさなければならなかったし、兄として妹の模範となるような挙動をするように俺はかなり厳しく両親に躾けられたような記憶がある。妹と兄とでは、同じ家で育てられても色々と教育や躾の方針が異なるのはよくある話だろう。

 俺は小学2年になるとそろばん塾に通うことを母に無理強いされた。その教室は俺の家から徒歩で30分は要するほど離れた場所にあり、毎週3日、月曜と水曜と金曜日の学校が終わった後の放課後の時間を俺は例のそろばんに捧げなければならなかった。俺はそれ自体が嫌で嫌で仕方がなかったが、最も気に食わなかったのはそれをやらなければならなかったのが家中で俺だけだったということだ。妹はその馬鹿げた習い事をせずに済んでいたため、俺はそれが一段と嫌だと思った。

 長男だから両親は俺に厳しくした、要するにただそれだけなのだが、そのただそれだけのことが、俺にはどうしても耐え難かった。妹という比較の対象が存在しなかったら、俺はまだ我慢ができたかもしれないが、妹という甘やかされた存在を尻目に俺はやりたくもない、将来役に立つはずもない習い事を強要されることが、どうしても嫌だった。そのことは今も人生の中でもかなり嫌な部類に入る嫌な思い出であり、俺はその点において両親には全く感謝していない。

 

 そろばん塾など一例に過ぎず、俺は兄としてまた長男として相応しい存在になるよう常に要求され続けた。中学校に上がる頃には流石にそろばんという枷からは解放された俺であったが、俺が通っていた中学校は部活動を強制する校風であり、俺も何らかの部活をしなければならなかった。俺はコンピュータ部への入部を希望したが、父親は俺に運動をするように強要し、かつて自身が学生時代にやっていたという理由で俺に卓球をやらせた。

 やりたくない習い事を経て、俺はやりたくない部活動に精を出さざるを得なくなった。俺は運動が苦手でありまた嫌いであった。適性もなく、したくもない部活動に貴重な中学生活のかなりの時間を割かなければならなかったというのは、今にして思えば公開してもし足りない。活発で健康的な男でなければ、長男として立派な人間にはなれないと踏み、父は俺に卓球をやらせたのだが、その老婆心は皮肉な結果となった。

 高校進学の段になり、俺は普通科の高校への進学を希望した。しかし両親は俺の希望を完膚なきまでに退けた。両親いわく、普通科は大学に行く人間のためにある学科であり、自分たちは俺を大学にやる気は一切ない、とのことだった。加えて、両親は俺を測量技師にしようと試み、俺を工業高校の土木科に進学させるつもりでいた。俺は土木科だけは勘弁してくれと両親に懇願し、最終的に俺は簿記やプログラミングをやる学科に進学することになったのだが、それもまた悪手でしかなった。

 そのようなおれの人生の脇には、常に甘やかされて育つ妹の姿があった。そろばん塾という苦役を妹が被らずに済んだのは前述したが、それ以外にも妹は中学時代の部活動は自分がやりたい演劇部に入ることができ、高校進学も俺とは異なり普通科に行くような算段でいたようだ。妹の学力が露呈し、公立高校の普通科はとても無理となると両親は妹を、学費が高い私立でもいいから普通科の高校に進学させようとした。

 俺は妹と自身の境遇の違いを目の当たりにしながら、妹を常に妬んでいた。キツく躾けられ、あらゆる自由を認められていなかった自分と、妹は全くもって対象的な存在であったように思う。兄として俺は、稼げる人間になるべくそろばん塾や運動部、職業科の高校などといった種種雑多な強制を受けたが、それらの一つたりとも妹は強要されはしなかった。高校に関しては妹も職業科だったが。

 

 

 俺は家の中で甘えることが許されない立場として位置づけられ、生きてきたがそれは無論、家の外においても同じだった。大人になり家を出て働かなければならなくなった時、俺にとって世間とは余りにも厳しい場所だということを幾度となく思い知らされた。安い賃金で長い時間拘束され、あらゆる理不尽に耐え、傲慢な他人共に平身低頭しながら屈従の生活に甘んじなければならなかった。

 俺が甘えることを許してくれた人など、本当に少なかった。それは性別や年令を問わず、ほんの僅かほどであり、それ以外の全ての他者は俺に一切の甘えを許す苦とはなかった。しかしそれは当然であり、甘えを許してくれるような奇特な人々の方がある意味おかしな人々であったとさえ俺は思っている。親子ですら甘えなど許されないのだから、他人同士なら尚更だ。

 俺は甘えられる関係を欲し、それが許される環境を夢見て生きてきたと言っても過言ではない。ゲームやアニメの中に理想郷を見出そうとしたのは振り返ればそのような願望の現れだったように思う。現実において許されない甘えを、擬似的・仮想的にでも経験したいという思いが、俺をそれらに駆り立て、執着させたのかもしれない。

 実人生においては決して叶わない願望を、俺はどのように取り扱えばいいのか実のところ全く分かっていない。しかし、自身の心の底からの本願について、理解できずにいるよりは、それをハッキリと自覚し見据え、その上で渇望し苛まれた方が精神的にはまだ健全であるように思う。先に述べたように、何が望みが判然としないまま何かを求めるのは愚の骨頂であり、そこから脱しただけでもまだマシだろう。

 望みがかなわないことが不幸なのではなく、自身の本当の望みを知らずに生きることの方が真の不幸なのだ。誰かに甘えたく、何かに縋りたいという本心を吐露することは能わずとも、それらの思いを自身が抱いているのだということを念頭に置きながら行動したり思考したりすれば自分自身について不毛な煩悶や葛藤を抱くことはなくなってい降ろうと思いたい。

生存

 人はなぜ何かを知ろうとするのだろうか。直接関わり合う人間同士の間柄に関わることでも、噂話やゴシップでも、はてはフィクションの中に於ける事柄であっても、人は何かにつけて情報を欲する生き物だ。人間が肉体を維持する上で一見、衣食住の確保は必須ではあるが、何かを知ることは必ずしも不可欠というわけではないように思えるが、もしかしたらそれは誤りなのかもしれない。

 人間と言うか現生人類の歴史は古く、相当長い歳月をこの種は生き抜かなければならなかった。その上で何をすべきでまた、何をすべきでないかという判断や選択を人間はどのような局面においても意識的にせよ無意識的にせよ下してきただろう。そしてそれを行う為に必要だったのは「何かを知る」ということだったのではないだろうか。情報を得ようとするのは本能的な行為だと俺は考える。

 知ることが一つでも多ければ、それだけ直面する状況において取れる選択肢が増える。また、己が生き延びるために最良の判断を下すには正確で適切な情報が必要だとも言える。また、自身が身を置く状況や環境は常に変化するため、それに応じた最も新しい情報も必要となるだろう。このように考えれば、迅速かつ正確な情報を我々が欲する気持ちは生きるという目的を達するための欲動であると見なせる。

 日本国憲法における国民の義務の一つに教育の義務というものがある。これは日本国民が負っている、日本の子供に教育を受けさせなければならない義務だが、なぜそのような文言が憲法に記されているかと言えば、子供の生存のためにそれが必要だからだと考えられる。日本という共同体が有する子供が何かを多く知ることで生存率が上がれば、そのまま社会という共同体全体の公益なり国益に結びつくということを見越してのことなのだろう。

 一個体というミクロな視点でも国や社会といったマクロな視点でも情報に触れそれを活用することで人間はより理に適った選択や判断ができるようになり、それがそのままより良い生き方に結びつく。だから人はどのような形であっても情報を得ようと躍起になる。それは生物としての本能的な行動であり、原始的な欲求であると考えて良い。食欲や性欲と情報への渇望は実は次元としては同じだと言えるのかもしれない。

 

 

 生きたいという思いと知りたいという思いが完全に等号で結べるとするなら、逆に知ることを欲さない人間は生きる意欲に欠けていると見なせはしないだろうか。うつ病とまでは言わなくても、人はいわゆる憂鬱な状態になると、何をする気もなくなる。この「何も」という言葉は読書などの情報を得ることも範疇に含めている。うつ病の奨励の一つとして長い文章が読めなくなるというものがあるが、それを例に取ってみても生きようとする意思と知ろうとするそれが深く結び付いているのが分かる。

 人は積極的に、能動的に生きることを欲するならば「知りたがり」であらなければならない。活力や精力の源は特定の栄養素ではなく、知る喜びやそれを求める欲であるとするならば、俺は自身の肉体や精神、ひいては人生などといったものについて、随分と見当外れな取り組みをしていたと言わざるをえない。俺は居場所を移し、食うものを変えれば自身を取り巻く何かが劇的が好転するなどと愚かにも思っていたところがある。

 よく生きたいなら、よく知らなければならならなかった。それは一見すれば明らかなことであるが、我々はそれについてあまり意識せずに漠然と日々を送っているような感がある。知ろうとすることで人間の生は充実することを我々は深いところで知っているはずだが、それについて明確に言挙げする機会はあまりない。少なくとも俺は殆どそれを表立って言うことはなかった。

 しかし、知ることには気力や体力を必要とする。その事実が人が生きる上で足かせになり、我々は二の足を踏んでしまうのかもしれない。よく歳を取ると好奇心がなくなるなどと言うが、それは単純に体力や精神力が衰えるから知りたいという気持ちが失せるから起こることなのだろう。人間は知ろうという気持ちがなくなれば生存する上でも生彩を欠いていくだろう。

 何かに心が踊り、ただひたすら無心でのめり込んでいく忘我の感覚は、得も言われぬような快楽だ。それに浴するために必要なのは好奇心という感性のみであり、それは生きたいという思いに端を発する。生きることに意欲的でなければ人は何かを決して素人はしないだろうし、何かを知ること無く人はその生を全うすることはできない。俺が自分自身にその単純で原始的な欲動が不可欠だと気づいたのはホンのつい最近のことだ。

 

 食うことも寝ることも、究極的には生きるための行動でしかない。人間がそれとして存在し、それを継続したいと欲するならそれは生存への飽くなき欲だと言える。人間は生きるために食事をし、生きるために睡眠を取り、生きるために必要な情報に触れようとする。それらは自明すぎるほど自明すぎるため、我々はそれを明言したり強く意識することがないが、それが世の中を複雑でややこしくしているように思えてならない。

 自分が目下取り組んでいることに、一体何のためにやっているのかなどと疑問を抱くことがままある。本来なら、生存上不必要どころか邪魔にしかならないようなことはしなくて良い、と言うよりすべきではない。そもそもそのような疑問は生きるという第一義を失念すればこそ生じる。馬鹿げた言い方ではあるが、生きる上でもっとも重要なのは、生きることだ。それを差し置いて何かが優先されるようなことなど決してない。

 生きるためという目的から逸脱した発言や行動は、倒錯的であり病的でもある。生存上必須でない事柄に固執するとき、人は虚無感に苛まれる。人生に意味を見出だせないなどといって悩むのは正しくそれに当てはまるだろう。生存という第一義を明確に意識して生きれば無気力にも憂鬱にもなりようがない。そしてその第一義と本源的に関わりがあるのは知りたいという欲求なのだ。

 しかしその一方で人は何かを知ることを恐れる気持ちもある。単純に人間が好奇心のみで動くだけの存在なら、世間はもっと簡単だろう。しかし現実にはそうではなく、必ずしも人間はどのような場合であっても知りたいと欲するわけではない。我々には未知への好奇心とともに未知への恐怖心もまた備えた存在である。未踏の領域に達することには多少の恐れを伴う。

 俺はどちらかと言えば臆病な方であり、その気質が知りたいという欲求よりも勝ることはかなりあった。人間を二分するものがもしあるとするならば、それは未知の何かに対して好奇心と恐怖心のどちらを持って臨むかの差異なのかも知れない。俺は自身の人生に延々、行き詰まっているように感じていたが、それは失敗や喪失を恐れて、未知なことや未踏の領域を忌避していたからだったのかも知れない。

 

 

 恐怖には恥をかくことへの懸念もあるだろう。しくじったり自身の無知や無能が露呈しないように、人はしばしば既知の領域の中に留まり新しいことをことさらに避ける。恥をかき、自尊心が傷つけられることを恐れるから人は、何かを始めるのを躊躇ったり嫌がったりする。そのような気質が人間の人生を停滞させ、喜びが少ない生き方に留まらせる。

 そしてそれは生存という点で考えても悪影響を及ぼす。ただ単に生きるのが楽しくないだとか、人生に意義が見出だせないなどといったことではなく、新しい何かに厭う気持ちは生きる上で有害だろう。知りたくないという思いは人間を生から遠ざける。もしかしたら、人間が老い衰える原因はそこにあるのではないだろうか。俗に言う頭が固くなるというやつだ。

 新しく何かを知ろうとしなくなることから人間は老いはじめる。限られた範囲の中で人生を反芻し、肉体も精神も衰え最終的に死に至るだろう。俺は老化や衰弱を星が付く食べ物を摂取することで食い止められるなどと考えていたが、それは見当違いな謬見でしかなかった。生きようとする意思、知りたいという欲がなくなるから人は老いるのだと考えたほうが今の俺には腑に落ちる。

好奇心

 俺に足りなかったのは好奇心だったのかもしれない。俺は自身の人生において、何かが常に欠けているような気がしてならなかった。そしてそれは、金銭で解決するようなことではなく、もっと内的な要因によるものではないかと感じていた。しかしそれが具体的に何なのか、俺に足りないものをハッキリと言い表すことが出来ないまま現在まで悶々とした日々を送るしかなかった。

 しかし今日、それについて明確に分かった、好奇心が俺には欠けていたのだ。俺は日本屈指の僻地に産まれ落ち、そこで営々と暮らすしかない貧家の長男として育てられた。要するに田舎で貧乏を強いられるような星の下に生まれてきた。俺はかなり長い間、自分の人生が不本意でつまらなく満ち足りた気持ちになれないのは、偏に自身の卑しい出生によるものだと思い込んできた。

 しかしそれは問題の本質ではなかった。そのような境遇は確かに恵まれてはいないかもしれないが、それだけが問題だとするならば、現在東京で暮らしている俺は愉快で楽しい人生を謳歌していなければならない。だが、東京に移ってきて幾星霜、俺は別に幸福にもなっていなければ満足もしていない。金が無いのは田舎にいた頃と同じだが、厳密に言えば経済的にも多少余裕は出てきてはいる。

 結局のところ、辺鄙な場所で貧困に喘ぐことは俺にとっての受難の全てではなかったのだ。それらと一生涯、縁が切れなかったとしても俺は冒頭で述べたように好奇心があればそれなりにやっていくことは出来たかもしれない。いま俺は安い賃貸ではあるが、都心の一等地で暮らしている。目下の現状においても人生が充実しないのであれば、それは外的な原因によるものではないのは明確である。

 仔細は省くが俺はこの週末において、とあることに熱中した。それは別段、特別なことではなく日常的に行っている行為の範疇に属している事柄にすぎないのだが、とにかく俺は我を忘れてソレに熱中した。熱中し、それについてどうしても知りたい、見たいという欲求に駆られた俺は、それ以外のことは全く手に付かなくなり、無我夢中でそれに没頭した。その時の忘我状態や没入感は完全なる至福と言っても差し支えないような体験であり、これこそが正しく、俺の人生に欠けていた唯一のものであったのだと確信した。

 

 

 子供の頃から何かに熱中することはあるにはあった。しかしそれは、テレビゲームに限った興味や関心でしかなかった。それについて俺は悪いことだったとは思ってはいないが、好奇心が持てる幅があまりに狭かったのは、俺の少年期においてかなり大きな損失であったように思う。好奇心が湧かない事柄について、大人でも子供でも何かを得ようとも思わないだろうし、その無関心が人間の能力をかなり引き下げるのではないかと俺は思っている。

 子供の頃に遊んでいたゲームの数々については細かくは書かないが、それらに例えどれほど精通したとしても、人生においては何ももたらさない。それらに費やす時間ばかりを徒に浪費するばかりで、結局のところただそれだけであった。無駄なことや無意味なことを人生から排除すべきだとは思わないが、好奇心というチャンネルがごく限られた分野にしか開かれないのは問題だ。

 好きなこと以外には興味がないということは、それから外れた全ての事柄について消極的に嫌々取り組むか、その必要すら無ければ単に無視するしかない。そのような姿勢で人生に臨むなら、「好きなこと」に属していないことを知ろうとも思わないだろうし、それについての技能などを身に付けようとも思わないだろう。いわゆる物覚えや飲み込みが悪いというのは即ち、対象への好奇心の欠如を表している。

 好きなことは既に知っていることだ。それが自分にどのような感情をもたらすかを熟知しているから人間はあるものを指して好きだと言える。だが、好きなことに固執するとき人は、既知の領域に閉じこもり、その範疇から逸脱することを徹底的に避けようとする。好きなことにだけ拘り執着するという行為は好奇心とは対極に位置する情緒であり、それに端を発する態度や行動が人生に実のある何かをもたらすことはない。

 子供の頃の俺は、テレビゲームのコントローラーを握りしめ画面を食い入るように凝視し続けた。子供の頃の俺は学校に順応できず、両親や親類などといった周囲の大人たちからも出来損ない扱いされていた。俺は当時から此の世のどこにも居場所がなく、ひたすら数少ないレパートリーのゲームを繰り返しプレイし、現実逃避に徹し続けた。それ以外のことなど、冗談でも誇張でもなく、どうでもいいと思っていた。

 

 自分が自分でこれが好きなことなのだ、と心に決めたモノ以外を、俺は徹底的に遠ざかろうとした。学校の勉強はもちろんのこと、習い事のそろばん塾も、部活動も同級生との付き合いも、親や親戚などと関わりからも、逃げられるだけ逃げようとした。それらの事柄に興味や関心など持てるはずもなかったし、持つ必要などもないと当時の俺は考えていた。

 その結果俺は、多くを知ることもなく、何も身に付けることもなかった。自分な何故これほど無力で無知で、無能なのだろうかと自己嫌悪に陥ったが、思い返せば自身の能力の低さの原因など明白すぎるほど明白だった。此の世にまつわる殆どすべての事柄に対して俺は、好奇心がなく知ろうともしなかったから、俺の能力はあらゆる面で開花することがなかったのだ。

 好奇心、知ろうとすることこそが人生を切り開く唯一の鍵であり、俺に最も欠けている資質だった。僻地に住んでいるだとか、自由に使える金や時間がないなどというのはある意味で言い訳にすぎなかった。今や俺は都心で暮らしており、暦通り休め、生活に困窮しているわけではない。子供の頃に足りなかったものを少なからず現在の俺は持っているが、好奇心だけはこれまで生きてきて終ぞ持ったことはなかった。

 俺はいつも、原因不明の無気力で倦怠感や疲労感に苛まれていた。何かにつけて癇癪を起こし、常に眉間にしわを寄せ何かにつけて気に入らないことばかりで、身の回りの全てが呪わしく思えてならなかった。その原因はたったひとつ、好奇心の欠如であった。何かを知りたいと欲する気持ち一つさえあったなら、怪我も病気もしていないのに二の足を踏んでなにもしないまま過ごすなど不可能だ、必ず何かを能動的に、積極的にやろうとするはずだ。

 日常的に自分が口にしている食べ物に気を付けたこともあった。色々と意欲が湧かず、積極的に何かを得ることも身に付けられもしないのは栄養に問題があるのだと見当違いな考えを起こして、野菜を多く食ったり精が付くものを摂ったりもした。しかし、それが功を奏する事はまったくなかった。これまでに何度も述べたように、それは例の一事の欠落によるものに過ぎなかった。

 

 

 都会に住み、余暇や金銭に人並みの余裕があり、五体満足な肉体があったとしても、それだけで人間は十全にはならない。充実した生活や満足できる人生というものは畢竟、好奇心なくしてはありえず、それはさらに突き付けて言えば「知りたい」という欲求だと言える。知りたいがために情報を欲し、それを得るために具体的な行動に移し、更にその目標を達するために必要な何らかな技能を習熟しようとするだろう。

 俺が書いていることはあまりにも青臭いことかもしれないが、それは何処に身を置くかや物理的な余裕、栄養の多寡や健康状態などよりも人間が生きる上でよほど重要なものだということは疑いようがないだろう。ともすればそれは余りにも当たり前過ぎることであり、それに俺はこの歳になってようやく、愚かにも腑に落ち気がついたと言った方が良いのかもしれない。

 俺は自身の脳が外界に開かれ、情報や知識を貪欲に吸収しようとしている用に感じられた。その時の感覚は至極の法悦とでも形容したくなるような精神状態であり、俺はそれを前にして日常の瑣末事など全くどうでも良くなってしまった。それは知的な能力が優れている人間が常日頃感じているような感覚なのかもしれない。俺はそれをこれまで感得できずにいたが、今日になって何の前触れもなくそれが突然、我が身に訪れたのだ。

 我を忘れて、のめり込めるような瞬間こそが最も尊い。それに至るために必要なのは特別な場所でもなければ大枚でも膨大な時間でも労力でもなく、偏に好奇心というセンス一つだけだった。もしかしたら、真の教育というものは他者にそれを与えることなのかもしれない。俺が「この感覚」をもっと若い時分に味わっていたならば、俺の人生はどれほど実り多く、素晴らしく、開かれたものになっていたことだろうか。

 知りたいという一念だけに駆られて邁進し、何かに没入し続けている間には、俺は人生すら失念する。自分がどのような人間で、今どのような境遇に身を置き、この先被らなければならないことや従事させられるであろうことなど、全く無に帰してしまう。俺は生まれて初めて、己の霊魂や精神が救われているような感覚を味わった。それは別に大仰でも高尚でもないことが対象であったのだが、とにかく俺はそれに対して「好奇心」を抱いた。それはこの世のものとは思えないほど素晴らしかった。

呪い

 自分が自分であるということが、俺にとっては呪わしい。俺は生まれてから現在を経て、死ぬまで俺であり続けなければならない。そのことを改めて思うと、俺は気が重くなり憂鬱になる。よくフィクションなどで自分が自分であり続けるためにどうのこうの、といった台詞や展開を見かけるが、俺はそれに全く共感できない。自己同一性というものが、俺には良いことだとは思えないからだ。

 ある用事で止むを得ず俺は、出生地の弘前に滞在しなければならないことがあった。その時俺は、短期間ではあっても田舎で生活しなければならないことが堪えられず、親に不満をこぼした。俺が津軽に足を踏み入れることはそれ自体が不本意であったし、俺は一秒でも早く東京に戻りたかった、俺はそれを親に打ち明けてしまった。そしてその時に母親が俺に対して宣ったことを、今でもよく覚えている。

「お前の居場所はここなんだから」

 と、母は俺に言ったのだ。「居場所」だったか「帰る場所」だったか、細かい部分においては正確には記憶していないが、とにかくそのような台詞を母は俺に投げかけた。母は俺にどのような意味を込めてそれを言ったのか、俺には推し量るしかないが、たとえ郷里を離れて長い歳月が経っていたとしても、俺は最終的に津軽に帰属しなければならないとするならば、それは俺にとってはとても窮屈で絶望的に思えた。

 別に東京に帰属意識があるわけではない。俺にとって東京は永遠に異土でしかなく、そこは故郷とはなり得ない空間だ。しかしそれは出生地である津軽弘前もまた例外ではなく、俺にとっては故郷という概念自体が完全に不要だと言って良い。俺は土地そのものに愛着など持った試しがない。たとえどれほど素晴らしい場所であっても、俺はそこに特別な情など抱きはしないだろう。

 また、家や組織などの共同体にも俺は別段、深い思い入れなど持ったことはない。それは俺がこれまでの生で碌な集団に属してこなかったということも一因ではある。しかしそれよりも根本的に、俺という個体にとって集団という概念に執着する意識が希薄であるように思える。自分がいる場だから特別に感じるだとか、愛情を持つだとか、そのような精神が俺にはどうも欠けているように思える。

 

 

 そもそも俺は俺自身を愛していない。愛すべきでない自分がたまたまある一時期、身を置いている、あるいは身を置いていた場所や集団といったものに、特別な感情や好意などといったものなど、端から持てないのは当然だ。俺は俺であるということ、いわゆる自己同一性を呪いのように感じられる。自分自身を愛せない者が、どうして己と関わりがあるものに好感を持てるだろうか。

 自分と関連のあるもの、己を指し示す一切が俺にとっては桎梏でしかない。自分に関係があるから特別だと見なすという感覚が俺には全く理解できない。土地や組織などはもちろんのこと、姿見に映る自分の全身や、名乗らなければならない自身の名前などもまた俺にとっては忌むべきものでしかない。俺が俺であることを証明する全てが自己同一性を決定づけ、それが俺には呪わしいというより呪いそのものであるように感じられてならない。

 俺はとある名を付けられて此の世に産み落とされた。それはスポーツ選手の名前だった。両親、特に父は俺にスポーツマンになって欲しかったのだという。俺はそのような願いを込められ、その名を付けられ出生届を出され、公式にその名前で生きることになった。改めて考えてみれば、俺の名は俺の全くあずかり知らぬ間に決められたのだから奇妙な話だ。

 俺は両親の願いに反し、運動が大嫌いな人間になった。しかし例のスポーツ選手から取った俺の名前を後天的に変えることは無論できない。俺は不釣り合いで不適切な父から付けられた名前を名乗るしかなかった。居れは俺の名前を心の底から嫌っている。なぜならその名は、俺の名前としてあまりにも不適切だからだ。例の名前には両親の願望が込められているが、俺はそれに則ったような生き方はできないしまた、したくなかった。

 俺が親の期待や願望を仮託されたのは、何も名前に限ったことではない。両親は俺の一挙手一投足の全てを自分たちの望みに適ったものにしようと躍起になった。彼らは俺の身長や体型などの肉体的な特徴にも一々物言いを付け、俺の言動をはじめとした精神活動の全てを自分たちの想定の範囲内に収めようとした。彼らの息子として、長男として、俺はありとあらゆる前提や設定を押し付けられたと言っても過言ではなかった。

 

 それらの全てが俺を形作ったが、それらの全てが俺にとっては忌まわしかった。俺は自分のことがたまらなく嫌だった。自分の名前、身体、家、家族、親類、故郷の山河、鄙びた田舎町、与えられた教育や躾、限られた将来の選択肢、自分に関するあらゆる全てが疎ましくて仕方がなかった。俺を俺たらしめる全てが、呪われた宿命のように思われたし、それらは実際に俺を縛り付けた軛にすぎなかった。

 自分を決定付ける全ての要因や要素により、俺は矮小な存在として定義されざるを得なかった。自分というものをどのように見なすかという点において、俺に選択権も自由も何一つなかったと言って良い。生まれた時点で俺は俺であったが、それが俺であることを俺は何一つ了承も承諾もしていない。親の思惑で俺の肉体は生み出され、名付けられ、躾けられ、人生の方向性の大部分も周囲の大人の魂胆により決められた。

 そして現在の自分がいる。この一切合財を「他者に呪いをかけられた」と考えることは素っ頓狂でおかしいだろうか。今にして思えば、俺の人生は端から俺のものではなく、親をはじめとした他者の意図や願望によって勝手に方向付けられた代物にすぎない。他者の都合や欲望の投影として俺が生まれ、意味づけられ定義されており、それらを呪いと見なすとしたら、俺は呪われた存在であると言って良い。

 呪いとは対象への願望の発露である。それは必ずしもそれへの死や破滅を祈ってのこととは限らない。何かに対してかくあるべし、と念じ具体的な言動によりその意思を表明するとき、それはどのようなものであれ呪いなのだ。親が子供に何らかの願いを込めて名前を付ける時、与える名前とそれに込められた願望はそのまま呪いと解釈するのは的外れではあるまい。

 自らの意図や思惑、願望や理想などを何かに向けることはかなり広い意味で呪いだと捉えると、此の世の様相が大分スピリチュアルなものに見えてくる。人間は論理や実利によって生きているのではなく、かなり感情や情念によって活動しているように俺には思えてならない。特別な感情をもって何かを見なし取り扱う時、特有の名前を付けたり帰属意識を表明したりするのは呪術的な儀式のようにさえ見えてくる。

 

 

 意味付けや定義付けはそれ自体が呪術的だと言える。それどころか名付けるということも呪いの儀式だと言っても差し支えないのではないだろうか。俺は冒頭で出生地の弘前について触れたが、「故郷の弘前」とは書かなかった。これは故郷という名前で彼の地を呼称するのを意識的に避けたからだ。故郷と見なしその名で特定の場所を挙げれば、俺はその土地の人間として自他共に定義づけられることになる。

 俺はそれを嫌ったのだが、それもまた呪術的な感覚によるものだと見なせはしないだろうか。このように、名前を付ける付けないという問題は極めて情緒的で精神性に深く関わってくる。俺がネット上で決して本名を名乗らないのは、単に情報保護やネットリテラシーの観点に基づいた理由もあるが、それ以上に親から付けられた戸籍上の名前を厭う気持ちもかなりの部分である。

 俺は、先天的な自分と後天的な自分との溝や隔たりといったものを、どのようにして折り合いをつけるかで悩んできた面がある。俺を定義づける先天的な要素、それはスポーツ選手にちなんだ名前や津軽地方の寒村で生活する貧家の長男として受けた教育や躾、血縁者をはじめとした人間関係などがそれだ。そしてそれらを好ましく思わない後天的な精神性や人格。これらの相剋やせめぎ合いが俺にとってはいつも苦しみの種だった。

 家や出生地に限らず、俺は働きに出れば職場の従業員として定義されるが、それに対しても反発する気持ちがある。俺は一介の労働者として苦役に従事するだけの存在であることを潔しとはしていない。それは生活上の都合で仕方なくそれとして振る舞っているにすぎず、俺としては本意ではない自分だ。そしてそれであること、それであることを要求する他者の思惑などをまた別種の呪いだと感じている。

 あるものに名前をつけ、意味を付与し、定義付けを行うことが人間の精神活動の大本であるが、それらの全ては呪術に他ならなない。呪いの言葉とは即ち悪意ある決めつけであり、呪詛の念とは対象となる相手が破滅的な状況に陥るべき存在だという一つの定義付けだ。人間が日常的に行っている活動のほとんど全ては呪術的な意味合いを孕んでおり、我々は一人一人が呪い師(まじないし)やシャーマンの類いだと言えるのかも知れない。

 「お前はなぜ俺が思った通りに動かないのだ」というような台詞を吐くような人間と、これまで何度も巡り合ってきた。その人間からしてみれば俺は、言いなりになるだけでは足りず、その者と以心伝心で相通じ合い、彼の魂胆や心情の全てを推し量り理解し、命令する前に全てを察して我が身を顧みず「それ」に尽くして当然であり、それをしないことは不当であるばかりか道理に反するということなのだろう。

 言われたとおりにし、慮ったとしてそれでもまだ十分でない。俺は未来に起こる全ての事柄について万事正確無比な予測を立て、その者に最大の恩恵を与えるために一切を知悉し、全身全霊で彼に奉仕しなければならない。彼にとって何か気に食わないことがただの一つでもあったとしたら、俺はそれについてあらゆる咎を負わなければならず、己を捨て人生の全てを掛けて彼に献身しなければならないのだ。

 全く迷惑極まりない。一体その人間は俺にとって何だというのか。それは俺にとって身内でもなければ同じ釜の飯を食った10年来の大親友というわけでもない。それらは単に労使契約に基づいた幾ばくかの関わりがあるだけだ。その関係性の中で目上目下という立場の違いはあったとしても、所詮その程度のことが一体何だというのだろうか。少なとも俺が連中のために身を粉にして働く義務など絶対にない。

 にもかかわらず、連中は俺が自分たちに従うべきだと考えている、何故だろうか。まず、この俺のことを相当見下しているというのが第一の理由だろう。自分と比べて、あらゆる点で俺の方が下等であり、マウンティングする上で十二分な対象だと見做していいるから無条件で己が上に立ち、俺に無理難題を押し付けることを当たり前だと認識することが出来る。

 そしてもう一つの理由として考えられるのが自身の徳への確信と過信だ。くだんの手合いは己に他人を靡かせ従わせる価値があると信じて疑わない人種だ。その資質や要素に名をつけるとしたらそれは即ち、徳だ。自分がそれを具有していると漠然と、しかしハッキリと信じているからこそ、連中はこれまでに述べたような自惚れを臆面もなく発揮し、傲慢不遜で恥知らずな主張を堂々とする。

 

 

 では、徳とは一体何か、その正体はどのようなものだろうか。俺を虐げる連中は自分にそれがあるという前提で物を言ってきたものだが、彼ら自身は「それ」についてどのように認識していたのだろうか。それについては想像するしかなく、単なる自惚れとして片付けるしかないが、強いて言えばそれは人気とか人間的な魅力といったものと定義するのが妥当なのかもしれない。

 徳という言葉はあまりにも曖昧なまま世間で流通しているし、個々人の頭の中で大して深く考えられもしないままに何となく扱われているような感がある。人徳などという言葉は厳密な定義をする必要もなく、誰に対しても通用する代物だ。好む批判に用いられる文言が毒にも薬にもならないような人畜無害なものであるならば、俺もそれを気にも留めないだろうが、実際はそうではない。

 俺は他人が振りかざすその徳によってこれまで、散々苦しめられ、悩まれてきたのだ。他ならぬ自分自身には少なからず徳があるのだと信じて疑うことがない、厚顔無恥な者共は、いつも俺を虐げ利用し、酷使してきた。俺はその者共に延々と被害を被ってきたのだから、連中が振りかざす徳と言うもののについて、よくよく熟考し洞察を深めなければならない。

 前述に触れたように徳というものが人気や人に好かれるということを表す言葉や概念だとしたら、それが自分に存すると信じる人間というのは俺には理解出来る範疇を超えている。自惚れる気持ちは誰にでもあるだろうが、自分には徳があり、それにより同輩以下の存在を動かせると確信できる人間の面の皮の厚さには恐れ入るというより呆れるしかない。

 もしかしたらそれは、相対的なことなのかもしれない。つまり、自分と比較して俺を格下だと見做しているから、俺に比べれば自分は価値も能力もあるのだから、慕われ敬われて当然だと考えているのかも知れない。本稿で取り上げているような人種であったとしても、自分より目上の存在に対しては、徳を振りかざすようなことはおそらくしないだろうし、それにより上に立ち、傲慢に振る舞える相手を選び、俺に標的を定めていると考えるのが自然なのかも知れない。

 

 要するに、俺はナメられているのだ。「お前は俺をナメてんのか?」などと面と向かって言ってきた者がいたことを思い出したが、それを発言した存在の方が逆に俺の方を舐め腐っていると考える方が妥当だ。俺を見下しているからこそ前述の台詞を当然ように吐くことが出来るのであり、明確な上下関係や主従関係をその者は念頭に置いており、それに照らし合わせて俺の言動が気に食わないと言っているのだ。

 そんな御仁に徳などない。そんな手合いを慕ったり新婦したりする者など此の世に存在するはずがなく、それのために自分を犠牲にしたり割りを食ったりして何かをしたいなどと欲する人間などいるわけがない。それは自明すぎるほど自明なことであり、一々論じるまでもない。にもかかわらず、俺にはそれをするように無理強いするような連中を俺はこれまでに幾人も幾人も、幾人も見てきた。

 恩や借りがあるというのなら話は別だ。俺が一生かかっても返しきれないような恩恵を誰かに施されたのだとしたら、その場合に俺がその対象に何も感じないのだとしたら、それは俺が忘恩の徒だということになる。しかし、高々仕事上の付き合いというか関係性だけで成り立っているような対象に、特別な感情など持ちようがないというのが普通の人間の心情というものだろう。

 ともすれば、給料を払っているだとか雇ってやっているという一事が「そういう手合い」を著しく増長させているのかも知れない。何によって連中が俺を下に見ているかなど、俺には想像するしかないのだが、その原因が何にあるのであれ、そのようなことは俺の知ったことではない。他人がどのような理由で、どのような感情を抱いたとしても、それは当人が自分で解決すべき問題だ。

 重ねて言うが、自分が腹の中で勝手に抱いている情念について、一方的に見下している相手にそれをぶつけるような人間に徳などあるはずがない。徳とは損得を度外視して他人を動かす力と言い換えても良い。それを具有する人間として扱われたいのならば、それ相応の振る舞いをするべきだろう。そしてそれが可能な人間というのは極めて少数の傑出した存在であることは言うまでもない。

 

 

 徳とは極めて稀な特性であり、有象無象が有するようなものでは断じてない。たかが仕事で、他人に対して居丈高な態度をとるような人間は、一生かかっても徳など身につかない。そもそも仕事は損得勘定を根底にした営みであり、徳という概念は副産物でしかない。徳があるかどうかは当人の資質であり、それを他者が認めるかどうかは個人の判断による。

 俺からしてみればその者共には徳などカケラも持っていないし、そのような判断を俺が下すことは飽くまでこちらの自由の範疇だ。自分でそれがあると思っていても、それが効力を発揮しないならば即ちそれは単なる虚妄にすぎない。自身の頭の中だけの妄想としての徳が俺に対して作用しなかったということの、一体何が不満だというのか俺には全く理解できない。

 俺という個体にのみ情がなく、異常だというのだろうか。たとえ俺でなかったとしても、傲慢で尊大な存在に面従腹背するのは常識や正常の範疇だと思う。なによりアカラサマに向こうがこちらを見下したり馬鹿にしたりしているという現実がある。それを踏まえた上で相手を敬ったり慕ったりするのだとしたら、それはバカやアホといった言葉でも足りないほどの何かだろう。

 「それであれ」と面と向かって主張したり強要したり出来る人間の心理は、重ね重ね言うが本当に理解に苦しむ。自惚れと、とてつもない相手への軽侮の念がともになければそのような精神は形成されない。それは考えれば考えるほど醜く、おぞましい邪悪な魂であると言える。もはや徳の有無などどうでもよく、俺はそのような人格の持ち主をただただ恐ろしく思うだけだ。

 現状、俺が働かされている職場においてそのような手合いが上役として猛威を振るっている。その精神の根底にあるおぞましさや恐ろしさというものの片鱗を、俺は現在進行形で感じずにはいられない。いわゆるブラック企業だとか底辺の職場といったものには、そのような人種は絶対に存在しているし、それがもたらす災厄から逃れたいと欲するならば、下層社会からの一日も早く脱することを目指さなければならない。

いま

 前触れもなくふと、嫌なことを思い出した。詳しいことは省くが、それは俺が中学生の頃の記憶だった。とにかく俺はそれを思い出したのだが、それは全く何のきっかけもなくもたらされた俺の内的な現象だった。自分でも己の心の動きが全く奇妙に思えてならない。それを思い出す引き金が一切存在しないにもかかわらず、俺はそれを唐突に想起し、それが起きた当時と同じ気持ちに苛まれた。

 単に客観的な事実を思い浮かべただけではなく、俺の主観においては当時味わった感情についてもかなり明確かつ鮮明に思い出した。それは俺にとって、嫌な記憶なのだが、単に出来事だけを思い出すだけではとどまらず、アリアリと当時を追体験したような感じがした。それはもう二度と味わいたくない思いだったが、突発的に今日、今というこの瞬間にそれを再び被るハメになった。

 俺は思い出した当時の感覚があまりに鮮明であったため、現実の世界に於ける今のことなど完全に捨て置いてしまった。もっとも、家の中にいて大したことはしていなかったのだが、それでも俺は自宅で寛いで時間を過ごしていたのだからその瞬間の状況とそれが与える精神状態のみを体験するのがスジというものだろう。だが、俺はそれよりも過去の記憶を回想し、それに基づいた感情まで思い起こされ、現実の今はそれらにより完全に押しやられてしまったのだ。

 俺の主観的においては、物理的に身を置き五感により目下体験している「今」というこの瞬間よりも、頭の中で起きたことの方が優先されたのだ。いや、後者の事柄も考えようによっては「今」まさにこの瞬間に脳内で回想した出来事であり、頭の中で今起きたことだと言えなくもない。物理的には過去であるが、精神活動としてはそれを今に分類したとしても必ずしも間違いでも暴論でもないだろう。

 果たして「今」とはどのようなものなのだろうかと、俺は疑問を抱いた。頭の中で今この時にふと湧いた追憶は、物理的な現在と明確に峻別できるのだろうか。客観的かつ物理的な意味合いにおいては論ずる余地もないだろうが、俺が問題にしているのは飽くまで主観的な体験としての今である。かつてのことを今思い出したとしたら、それは在りし日のことではなく、現在に属すると見做したほうが妥当なのではないか?

 

 

 人は記憶をたどる時、単に事実関係だけを想起するのではない。人間が何かを思い出すにあたり、どうしても感情も含めてそれを振り返ることになる。そしてそれは客観的に出来事を干渉するのではなく、当事者として再びそれを体験するのだ。冒頭で俺が思い出した中学生時代のある事柄も、純粋なその出来事だけを何となく思い浮かべたのではないというのは、前述のとおりだ。

 改めて考えてみれば、肉体的に目下この瞬間に体験している感情と、思い出したそれとの間にどのような違いがあるだろうか。双方とも突き詰めれば、脳内の精神活動という点では同一の現象だ。これらを分けるのは客観的に今この瞬間において物理的現象として起きた出来事かどうかという違いしかない。そしてこの違いは個人の体験としては重要だと言えるだろうか。

 人生というものは畢竟、主観的かつ個人的なものでしかない。客観という代物は、個人の生においては殆ど無意味であると言い切って良い。肉体的に身を置いているこの瞬間において起きている事かどうかなど、人間にとってはどうでも良いことであり、遠い昔のことでも現在アリアリと思い浮かべているなら、それは今起きているも同然だと見做してよい。

 例の中学時代の出来事に限らず、俺は数多の事柄を思い出す。それらの殆ど全ては思い出したくないものばかりだが、とにかく俺は頻繁にそれらを思い出し、その度に嫌な思いをさせられる。その思いを反芻する度に俺は、その出来事を体験していると言っい良いだろう。あの時のことは俺にとっては紛れもなく今この時のことに他ならず、そしてそれは一回きりのことではなく、何度も同じ事が俺の脳内で繰り返される。

 今とは正に夢のようなもの。リアルタイムに起きた今よりも、ともすればそれと同時に思い浮かべたかつての出来事への思いの方が心象の上では勝り、後者にまつわる感情が前者に上乗せされたように感じられる。昔と今の境界線というものは、実のところ存在しないのかも知れない。どのような追憶や回想であっても、それは現在に属した他ならぬ今起きた現象だ。

 

 未来も過去と同じく偏に幻想だ。どのような将来であっても、今現在頭の中で思い浮かべているイメージに過ぎず、それに基づいた感情の全てはその瞬間に全て体験している。よって未来もまた現在に起こっていると見なすのが妥当だろう。そのような意味で述べるなら、人間には未来などない。我々は永遠に続く現在を生きているに過ぎず、あらゆる思いは全て頭の中で今起きている。

 時間という概念そのものが妄想の産物でしかない。これまで書き連ねてきたとおり、人間が認識できるのは現在だけだ。全ての認知や知覚が現在にのみ起こるのならば、それがもたらすあらゆる情緒や感情といったものもまた、現在だけに存する。「今」は全ての過去と未来を内包し、それらに付随する全ての思いもまた含んでいる。「あの時」も「いつか」も上辺だけの見せかけに過ぎない。

 生まれてから死ぬまで、どんな瞬間であってもそれは現在の域を出ることは決してない。過去から未来という時間軸の中を生きているというのはそれ自体が謬見だ。少なくとも主観において、どんなことも今に属している。かつてあった何かを楽しかったと思ったなら、それは他ならぬ今そう思っている。いずれ起こるであろう恐るべき未来への懸念は、今現在抱いている感情だと言える。

 いま思い、いま感じる、生きるとはとどのつまりそれだけだ。前も後ろも、彼岸も此岸もなく、尾を引く過去も臨むべく未来も存在しない。一期一会のこの瞬間に生じる全ての出来事が、絶え間なくただ起こり、一度過ぎ去ればもう二度と再び訪れることない。反復されず、振り返れず、見越すことも出来ない。どのような些細で、有り触れた事象や事柄であったとしても。

 さらに言えば、人間は物事に直接対峙しているのではない。我々が何かを認識する時には、必ず情動の変化がある。何かに直面しても、感情がそれにより動かなければ、人間はそれを意識することもなく、それについて覚えておくことも能わない。認知できるかどうかと心が動くかどうかは不可分であり、延々忘れられず頻繁に思い出すことは即ち、延々・頻繁に心が揺さぶられる体験に他ならない。

 

 

 印象深く心に残ることは大抵、誰にとっても嫌な思い出だろう。穏やかに愉快な気持ちで過ごした時間についてありありと思い浮かべることは稀だろう。我々が鮮明に想起できるのは蹉跌や喪失、災難や被虐に関することであることが殆どだ。失ったり痛めつけられたりした経験は、それに再び見舞われないように脳が念入りに学習するためにより情緒を掻き立てられ、それにより記憶に定着する。

 そしてそれを我々は幾度となく思い出す。トラウマなども前述のような理由や背景によって人間にもたらされるものだろう。生きる上で人間は、突発的に直面する一つ一つの事象に反応するだけでは不十分だ。そのため我々は、時折り過去のことを引き合いに出しながらそれを頭の中で仮想的に体験し、それと似たことを実体験として再び被らないように用心するのだろう。

 また、人間は未来についても幾度となく予想する。過去について「今」思い出し、それにまつわる感情を「今」経験する。そしてそれを踏まえて将来に自身に降りかかるであろうことを「今」推し量り、それにまつわる感情を「今」経験する。経験とはどのような性質のものであれ、ひとつの例外なく「今」受けるものであり、感じるものである。

 時間というのは所詮、感情を増幅させるための方便なのだ。それ自体が歴然と客観的に存在するのではなく、それは人間が抱く頭の中における認知に都合が良い想定でしかない。重ね重ね述べるが、その認知には感情が不可欠であるため、それはつまり何かをより印象深く覚えたり意識したりするための方便は、情動をより大きくするための仕組みでもあるのだ。

 過去を今思い出し、トラウマを今感じ、先行きの不安を今抱き、将来の展望を正に今見ている。どのようなことであろうとも、全ては他ならぬ今に起きている。そしてどのような感情であろうとも、全ては他ならぬ今に生じる。今が全てで、それ以外には一切は存在し得ない。人間の認識においては、主観を離れた客観など何の意味も価値もなく、全ては今この瞬間だけで完結する。

客死

 大通りの方にある店にしておけば、と俺は家路に就きながら後悔した。四谷の目抜き沿いにあるスーパーで晩飯を買えば事足りたのにもかかわらず俺は、住宅街を抜け坂を降りた先にある方の店に行くことにしてしまった。大通り沿いならば単純に家との距離が短く、坂の昇り降りもないから時間もかからないが、坂下の方のスーパーで買い物をするとどうしても余計に時間がかかってしまう。

 大通り沿いにあるスーパーはどれもいわゆるミニスーパーであり、品揃えがよくないが、坂の下にある方の店は店舗面積が広く品揃えも充実しているから、それに目が眩んだのである。しかし大したものは買えずじまいで、蓋を開けて見ればただ単に遠出して時間を無駄にしただけであった。俺は帰途の最中に空費した時間と労力を惜しみながら心中で悔やんだ。

 自転車で勾配のキツい坂を登りきり、住宅地を経て四谷中学校の脇を通り、四谷付け交差点で信号に引っかかりながら俺は、ドブに捨てた時間について思った。ゆうに10分か15分は買い物のために余計に費やした。その分俺は、家でくつろぐ時間を減らしたのだ。そのように考えれば俺は、失った時間が惜しくて惜しくて仕方なく、店選びにしくじった己の不甲斐なさが情けなく感じられた。街の明かりが涙で滲む。

 だがそれと同じくして、たかだか15分が一体何だというのか、という思いも俺の胸中に湧いた。わずかばかりの寸暇を惜しまなければならないほど、俺の生涯における残りの時間は乏しいのだろうかと、俺は疑問に思った。しかし、その自問への自答は光の速さで導き出された。俺の人生はもう決して長いとは言えず、そのような意味において、俺にとってはたとえ1分であっても値千金なのだと。

 自転車を漕ぎ直進して麹町に入り、ひたすら家に向かいながら俺は尚早に駆られだした。俺は今現在の自分自身の実年齢を意識せずにはいられずになった。自活できて壮健でいられる時間というのは永遠ではなく、健康寿命という観点で言えば、俺は自身の生涯がとうの昔に折り返しに差し掛かっているのだと自覚するより他なかった。自宅の扉の鍵を開けて夕飯の支度を終えた頃には、もう俺はスッカリ憔悴してしまって、自分がこの東京という縁もゆかりもない土地で惨めに客死する末路を思い浮かべた。そして、誰もいない薄暗い部屋で俺は寝床に付してたださめざめと啼泣し、枕をしとどにするしかなかった。

 

 

 身を起こして窓を開け放つと、俺が根城にしているワンルームに涼やかな風が流れ込んできた。7月には珍しい快適極まりない夜で、夜風に身を晒しながら俺は自らの気を鎮めようと試みた。しかし、すぐに次の懸念が頭の中を支配した。こんな夜は果たして、後何回この俺にもたらされるのだろうかと。うだるような熱帯夜であったとしても、どんな夜もまた俺には有限なのだが、季節外れの快い夜など尚のこと貴重で、またそれが永続しないことを悔しく思った。

 スーパーで買ってきたピザをトースターで温めてからそれを平らげ、コーヒーを啜りながら俺は自分に残された歳月と無意味に浪費してしまった時間について考えた。俺は己のこれまでとこれからについてを、舌と鼻孔で感じるコーヒーの風味と同じように苦々しく感じた。インスタントコーヒーに砂糖もミルクも一切入れられないような目下の貧しい暮らしぶりも、その味がより際立たせ、浮き彫りにさせた。

 この生活があと一体どれくらい続くのだろうかと同時に考えた。碌なものも飲み食いできず、見すぼらしい賃貸に住み、寸暇を惜しみ右往左往するような、そのような惨めな暮らしに救急としているうちに、俺の人生の残り時間はあっという間に尽きてしまうのだろうかと憂いた。憂いながらも容器に入ったインスタントコーヒーは瞬く間に冷め、熱が逃げたマズイそれはさながら旬の過ぎた俺自身の人生を思わせた。

 トップバリュのインスタントコーヒーは、醤油のような奇妙な後味がする。それをやや強引に飲み干して俺は、ベッド脇のテーブルにおいてあるパソコン操作して動画サイトにアクセスし、適当なストリーミング配信のページをクリックし、流れる動画と音声をそのままにしながら夜の時間をただ無為に過ごす。読むべき本や書かなければならないもの、その他諸々をただなげうって、ただただ俺は夜の時間をただ無為に過ごす。

 人生を無駄に浪費している自覚など、子供の頃からずっとあった。テレビを見たりゲームをやったりする時間がどれだけ無意味でともすれば有害か、子供の時分の俺にでも明らかに分かった。しかし俺は自身の人生を有意義に送る気にはどうしてもなれなかった。ドブに捨てた莫大な時間と、掴めなかった機会の数々に思いを馳せながら俺は、現在進行形で油を売っている己の愚かさを自嘲する。

 

 それでも俺は、分かりきった愚行を積み重ねてこれからも馬齢を重ねていくのだろうか。孤独と貧苦の中で不遇をかこちながら、無意味に年老いていくことを防ぐにはどうすればいいか、俺にはとうの昔に分かっているにもかかわらず、具体的な好意には全く踏み切ることが出来ずに居る。それは現状の生活が居心地がいいわけでもなければ楽しいということでもない。我ながら奇妙に思うがそれでも、思うに留まるのである。

 客死という言葉が自身の生と密接に関わるなど、子供の頃は想像もしなかった。縁もゆかりもない土地で、誰にも気にかけられず看取られもせずに老い衰え、最終的に何かを患って死んでいく自分の人生を惨めで嫌なものだと感じるようになったのは、ほんのつい最近のことだ。自由な時間がたくさんあるわけでもなく、使い切れないほどの財産があるわけでもない、本当に単に何も得られも掴めもせずに、俺は死ぬのだ。

 それの事実に打ちひしがれた俺は、ベッドに仰臥しながら沈思黙考した。一年ほど前までは、それについては飲酒で誤魔化していた。酒に酔えばそれはどうでも良く、俺は終生それで良いのだと本気で思っていた、愚かしくも。酒を飲んでいる間は、過去のことを思い出さずに済むが、それ以上に現状を正確に認識し、先のことを見越す能力が鈍麻するのが今にして思えば最大の効用であったかも知れない。

 それに思い至った途端、俺の胸中に酒への渇望が芽生え、俺は仰臥から横臥に体制を変えてそれを振り切ろうと試みた。横向きに寝た俺の視界には、背中の側にあるテーブルの上にあるスタンドライトが照らした壁があるばかりだった。壁は一面、白だけの色使いで、いつどのような原因で付けられたのかも定かでないシミがいくつかあるばかりだった。俺はそれを見やりながら空虚な己の生涯にそれを重ねた。

 そうこうしているうちに飲酒したいという衝動が収まり、俺は状態を起こしてベッドに座り込み、そのすぐ脇にあるテーブルに向かって眼前にあるパソコンのキーボードを叩き始める。酒を飲み気を紛らわす代わりとばかりに俺は、一心不乱に文章を書き続ける。異土で何も為すこともなく、空手のまま借家暮らしを続けて客死。その現実から目を背けるために俺は文章を書いている面は、多分にあるのかも知れない。

 

 

 心臓が止まりかけたことは、一度ではあるが経験したことがある。その時俺は浴槽の中で湯に浸かっていたが、それは全く突然に俺の身に降り掛かった災難だった。その時、俺の肉体は全身が痙攣し、胸は跳ね上がるようになり、手足の力は抜け舌の先が痺れ意識が遠のいた。その時、俺は生まれて初めて死に接近したような気がした。言うまでもなく、その時、助けなど一切来なかったし、呼ぶこともできなかった。

 俺はそれが置きた最中、自分の肉体が完全に損なわれたのではないかと危惧した。そして俺は、まず真っ先にその日の仕事が正常にこなせるかどうかが気がかりになった。俺は死に瀕した時、勤めに出られるかどうかを気にするような性分なのだと、そのときは自らを苦々しく思ったものだ。もっとも俺は、働けなければ生きていけない無産者なのだから、当然と言えば当然なのだが。

 俺が誰も助けに来ず、誰にも看取られずに死んでいくのはほぼ確定している。日常のあらゆる局面が、その現実をまざまざと突き付けてくるように俺には感じられる。前述の心臓が止まりかけた出来事を取ってみても、俺は自分が窮地に陥った時に誰一人として頼ることができないという現実を思い知らされた。そのようなことが、この先何度もあり、それらをへていつの日か本当に俺は死ぬことになるのだろう。

 客死への恐怖は振り切ろうとしても振り切れるものではなく、その一事が俺を深く絶望させる。心臓発作とは限らないが、俺はいつか一人で死ぬ運命である。家族も友人も一人もいない俺の末路など分かりきっており、それから目を逸らすためにはやはり酒の力が必要なのだろう。にもかかわらず、俺にはもう飲酒の習慣もなく、それへの情熱も執着も持ち合わせていない。

 結局のところ、俺は常に死を意識しなければならないのだ。それも名誉ある死に様や暖かく満ち足りた臨終ではなく、ほとんど犬死にや野垂れ死にに近いような最悪な末期だ。俺が今更どのようにして家庭を築いたり、マトモな財産を蓄えたり出来るだろうか。とても無理だし、それをしたいならば10年早く深刻にならなければならなかったのだ。要するに今や全ては手遅れで、何をしても何を考えても、悲惨な結末に至ることは確定しているのだから、俺はもう腹をくくる以外に選択肢がないのだ。

愛されず、また愛さない

 俺は誰からも愛されない。ここで述べる「俺」というのはありのままの自分を指す。それが何者かにそのままの形で肯定され受容されたことなど、俺の短くない生涯において終ぞなかった。俺はどのような場所、どのような局面においても常に虚勢を張ったり建前で取り繕ったりすることを要求ないし強要され、他者が設定した基準をそれが満たした時にのみ、はじめて俺という存在は受け入れられるなり何なりしたものだ。

 だが、その受け入れられた自分など、本来の自分自身とは言えない代物だ。所詮それは他者の理想という名の鋳型に強引に己を填め込んだ単なる虚像にすぎない。此の世のあらゆる者共が俺にその虚像に成り切ることを強いてきたし、それは実の両親も例外ではなかった。父も母も自分たちの長男として俺を育て定義し、俺がその想定から逸脱するような願望や考えなどを抱くことを絶対に許さなかった。

 「お前の親だから言っているのだ」などといった台詞を、両親から何度聞いたか分からない。しかし、その言葉の裏にあるのは、お前は自分たちの子供であり、それとして相応しい存在として徹することで初めて存在価値が生まれるのだ、という主張ではないだろうか。逆にもし、俺が赤の他人であったなら、彼らは俺のことを絶対に許容しないという意思の表明としてくだんの発言は受け取れなくもない。

 他方、社会におけるあらゆる集団や状況においても俺はある一定の役割や機能を果たすことを常に求められてきたし、その条件を満たせなければ完膚無きまでに攻撃や排斥の対象にされたものだ。本当の自分など、何処に行ってもお呼びではなく、俺はある場において相応しい存在として機能することに徹しながらも、それに何の喜びも見出だせずにおり、却って侘しさや窮屈さを感じずにはいられなかった。

 翻って、俺もまた誰かをありのままの姿で愛したことな一度もなかった。飾り立ても取り繕いもしない他者の存在に、然りと言った経験など俺には終ぞなかった。要するに俺は誰からも愛されたことはなかったし、また誰一人も愛したことのない男なのだ。自分にとって都合の良い相手を値踏みしたり見定めたりしてはじめて俺は、他者に好意を抱いたということをここで白状する。そして、それは愛と呼ぶには余りにも足りない感情であると断ずるより他はないだろう。

 

 

 しかし、それの一体何が問題だろうか。俺はありのままの姿で愛されなかったが、それ自体は別にどうと言うことはない。人間はどのような集団や組織、機構の中に身を置くとしても、何らかの役割を果たすことを常に要求されるものであり、それはたとえ家族であっても変わりない。俺と両親の関係について前述したが、息子に息子たれと言う親心をもってして、ありのままの自分を認めてくれなかった、などと言い立てるつもりは毛頭ない。

 俺はただ単に、それを求めることも応えることも、愛ではないと主張しただけだ。たとえ実の親子という間柄であっても、その関係性において愛など芽生えることはない。どのような事情や背景があろうとも、別の個体に対して、自身の理想や都合を投影したり押し付けたりすることを指して、それが愛などとはとても呼べない。それは此の世のありとあらゆる、全ての人間関係において、愛と呼ぶに足る感情が生まれる余地も可能性も、微塵もないということを意味しているのだ。

 愛とは神域に属する概念や感情であり、人間が人間として達成したり実践したりすることは出来ない。愛について細かく定義するならば、それは無条件の肯定と受容、そして無限の奉仕と献身とでもいったところだろう。しかしそれを人間として此の世で実行に移すことは可能だろうか。完全に厳密な意味合いにおいて、そのようなことが可能な人間が一人でも居るだろうか。

 人は打算や損得に基づいて判断し行動するものであり、それらは悪徳ではない。また、無条件かつ無制限に自らの何かを他人に与え続けることも不可能だ。それは単にしたくないからしないというのではなく、仮にやりたいと思っていてもとても出来はしないだろう。愛というのは人の世においては完全に実践不可能であり、その愛という概念の不可能性について、決して強調しすぎることはない。

 無条件かつ無制限に何かを与え続けたり許し続けたりする愛の能力など人間は端から持っていない。そしてそれは欠落でも不備でもなく、人間存在の実相であると考えるべきだ。一体何処の誰が、厳密な意味合いにおいて愛の実践などできるものだろうか。そして仮にそれを実行に移す者が現れたとして、それは暴挙以外の何物でもないと言うしかないのが現実だろう。

 

 要するに生きとし生けるものとしては、愛など所詮は幻想でしかない。人は無制限に与えることは出来ず、また無条件に許したりもできないものであり、それこそ正に人間性というものであり、それに基づいた振る舞いこそ人道というものだ。人間は人間としての分を知らなければならず、それを弁えるならとても何かを「愛する」など出来ないし、言えないだろう。

 愛とは即ち神性の顕現であり、それをその辺にいる有象無象が体現することなど到底無理だ。人間というものは元来、愛する能力を先天的に有していないのであり、出来ないことを出来ると錯覚したり吹聴したりするのは浅薄極まりない。それは滑稽を通り越して哀れですらある。人は何かを本当の意味で愛することなど有史以来なかっただろうし、これから先も絶対にないだろう。

 人間性は愛には決して到達せず、むしろその真逆を体現するだろう。人間が人間であり続ける限り、それは絶対に覆ることがないということを、我々はゆめゆめ弁えなければならない。本当は単に利得を求めて誰かと関係を結ぼうとしたり、何かを与えているにすぎないのに、その対象を愛しているのだと言ったり思ったりして憚らない者は、いつか必ず問題や災厄を引き起こす。

 人間が何かに干渉するしたり行為したりする背景にあるのは、自身の利害得失に基づいた利己的な実利の追求である。そしてそれは重ね重ね言うように絶対に愛たり得ない魂胆の発露でしかないのだ。どんな対象に対しても、人間は愛することなど出来ないということを万人が弁えることが出来たなら、世の中はもう少しマシな様相を呈するようになるかもしれない。

 誰からも愛されないというのは、単に人間の能力を正しく見極めた上での客観的な事実の羅列にすぎない。人はだれかを愛することも愛されることもないというのが此の世の実相であり、それ自体は良いことでも悪いことでもない。人間が愛し合える可能性が少しでもあるなどというのは迷信でしかない。自身が何かを愛しうると考える者は、己の貪婪に無自覚な醜悪な人種だと断言してよい。

 

 

 何度言っても言い足りないが、愛とは神性に属する感情である。それは人間社会においては顕現し得ない神の領域のものであり、人生は本来それとほとんど無縁である。人間が人間として生きる世界において、愛し愛されることは果てしなく遠い。人間である限り、愛は実現も実践も不可能であり、どうしてもそれを乞うならば、人は神に祈るより他の選択肢などない。

 愛だけではなく、人間には縁遠く実現不可能な神域の概念は数多くある。完璧や完全、絶対などといったものもまた然りだろう。厳密な意味で言うところの至福や満足といったものもそうかもしれない。今挙げたこれらの全ては人間性とは相容れない声質を持つものであり、人間でありながらこれらを追求するのは道理に反する愚行に他ならない。

 神性と人間性は究極的には対立し、決して交わることはない。人間でありながら神の領域に足を踏み入れようとする者と、俺は絶対に関わりを持ちたくはない。それを自他に要求するのは根本的な矛盾を孕んでおり、それを此の世に顕現させようとする者は自分も他人も皆等しく不幸足らしめるだろう。己が出来ないことを出来ると思いこんでいるものは極めて危険なだけでなく、有害でもある。

 人間性、人道または人生などは何処まで行っても算盤勘定の域を出ることはなく、愛をはじめとした抽象的で高尚な世界とは永遠に交わることはない。我々に必要なのは、自らの不可能性を重々承知することであり、分を弁えない大言壮語では絶対にない。にもかかわらず世間では、愛だの何だのといった言葉が軽々しく流通しているのは誤った風潮だと思う。

 神性を備えたものだけが人間をはじめとした何かを愛しうる。言葉そのままの意味で何かを愛する能力を具有しているのは神だけだ。愛は人間同士で融通し合うものではないし、社会や世間のうちで流通するような代物では絶対にない。愛を注ぐ対象が生物であれ無生物であれ、人間だろうが非人間だろうがそれは机上の空論や絵空事でしかない。愛情などというものは世知辛い浮世の中で見る幻影や妄想でしか有り得ない。

疲労と不機嫌への処方箋

 最近疲れてかなわない。俺には仕事以外でやらなければならないことが沢山あるにもかかわらず、その半分もできていないのが実情だ。なぜ出来ないかと言うと、時間がないから、というのが第一の理由であるが、さらに踏み込んで言えば疲れていてやるべきことに手を付ける時間を割けないからしなければならない事ができないという様相を呈している。

 寄る年波には勝てないと言いたいところだが、別に若い時分には活発だったとか精力的だったなどというわけではない。と言うよりも俺は未だ老いや衰えを感じるような年齢には達していないのだから、歳のせいにするのは的外れも甚だしいだろう。疲労の原因が判然としないのは我ながら困ったものであるが、それについては多少の無理が利くだろうからとりあえず良しとしておきたい。

 しかし、目下それ以上に問題なのは不機嫌である。俺は倦怠感と同時に不愉快な感情まで拭い去ることが出来ずにいて、どちらかと言うとそちらの方がより深刻な問題であるように感じられる。疲れてやる気が置きない自分自身に対して憤りを覚えるし、俺を疲れさせる外的要因をもたらすあらゆる人間や物事に対して嫌悪の情を抱かずにはいられない。

 本当に、何かにつけて気に入らなく、腹立たしさや疎ましさが何に対しても募り募って仕方がない。厭離の念はいよいよ強まり、もしも願いが叶うなら、隠遁して憂いも迷いも無縁な世界に逃げ込んでしまいたい思いに駆られる。それだけでなく、此の世の全てに不機嫌な感情を持つせいで、それが疲労感をより一層増幅させるという悪循環にも陥っている始末だ。

 だがそれは人としては無理からぬ事だとも言える。俺は低い賃金で長い時間拘束され、先行きは暗く夢も希望もない。そんな生活の中で快活に振る舞えるのは単に頭が悪い人間だけではないだろうか。俺は言うまでもなく愚鈍ではあるのだが、現状を正確かつ詳細に認識する程度の知能は、不幸にも備わっている。そしてそれのせいで却って色々と余計な懊悩を抱え込み、それが精神を摩耗させて心身を疲れさせ、なおかつ慢性的に気分をも損ねているのかも知れない。

 

 

 自分を一個の人間、一個体の生命体として考えたときに現状を悲観せず挫けずに暮らすなど到底不可能だと言わざるをえない。俺は子供の頃から悪い意味で客観的に己を見るところがあり、その生来の気質により愚考に耽り塞ぎ込むような性分が形成されてしまったのだろう。自分など取るに足らず、醜く下らない存在だという思いを拭い去ることが出来ず、それが俺自身をより一層、矮小で野卑な存在にしていたのかもしれない。

 己のみに限らず、人間存在それ自体についても俺はどうしても好きになれなかった。誰も彼も身勝手で狭量で、愚劣極まりない存在にしか思えず、そのような手合いの為に献身したり奉仕したりすることが嫌で嫌で仕方がなかった。しかし結局、社会全体があらゆる手を尽くして俺にそれを強要するから、俺は厭世感を抱くしかなかった。遂に俺は人間という種そのものへの忌避感情を持つに至った。

 俺は自他の別なく、此の世における誰一人たりとも愛することができなかった。世間は碌でもない場所であり、それを構成する余人は呪われるべき存在であり、またそれらに良いように扱われる己自身もまた度し難い下等生物でしかないと結論付けるしかなかった。そしてその結論が俺に虚無感や嫌悪感をもたらし、不機嫌にさせ疲れさせるという有様だった。

 森羅万象の一切に愛情もなければ興味もなく、その一事が俺を無気力にさせる。それは俺が自身を人間だと見做しているからだろう。人間を愛することが出来ないから、それを取り巻くあらゆる全てが塵芥に等しく感じられる。そんな認識で生きている者が、一体どのようにして積極性を持って生を全う出来るというのだろうか。土台それは無理な話だと言うより他はない。

 それを打開するには、人間よりも大きな何かに依るしかない。それがどのような存在か皆目分からず、その有無を実証する手立てや知性など俺は全く持ち合わせていないが、それらが無くても成立するのが本当の信仰心というものだろう。人間が此の世で最も重要で、世間における一切合財が何にも増して大切であるなどというのは単にそれを前提とした世界観によるものでしかない。

 

 人間が一番大事、などというのは数多ある思想や物事への見方の一つにすぎない。それに異を唱えることを禁ずる権限をもつ者など此の世に存在するはずがない。人間としての生が重苦しく辛苦に満ち満ちているように思えるのは、それを余りにも課題に評価しているからなのではないだろうか。人間存在というものが、所詮は大した代物ではないと断ずることができれば、人は自分にも他人にも気楽に向き合えるような気がする。

 生きた人間が尊く価値があり、掛け替えがない唯一にして無二の存在だと見なす考えは我々を幸福にはしないように思える。誰も彼も腹に一物持っており、欲深く嘘つきで、陰険で強欲な身勝手な存在でしかない人間という代物に対して、無上の価値を設定する思想は結局のところ無理がありすぎるし、それにより煮え湯を飲まされたり苦杯を舐めさせられたりした経験は、誰にでもあるはずだ。

 他人に欺かれるだけならまだマシだが、我々は自分自身の人間性というものもまた、他者のそれと同様に苦しめられ悩ませられる。己の無力さや愚かさ、未熟さに泣いたことがない人間など存在しないだろうし、自己嫌悪に陥るとき人は誰でも無気力にならざるを得ないだろう。それが遠因となり倦怠感や不機嫌を生み出し、この俺を責め苛んでいるのかも知れない。

 生者としての人間など取るに足らないが、それよりも大きな何かを信じることは出来る。人間よりも神を畏れ敬うことで、冒頭に述べた諸問題への解決の糸口が見出させるかも知れない。人間として人間に絶望し、見限り、思い切るという段階に留まること無く、その人間よりも遥かに大きなナニモノかに帰依し頂礼しなければならない。そしてそれにより俺は人知を超越した境地に至り、疲労感や倦怠感、不機嫌の情を克服できるのではないか。

 だが、それは特定の宗教団体に帰属するのでは断じてない。これは飽くまで一人きりで成さなければならない。宗教とは人間の世界に属する機構でしかなく、それは人間性の発露により生み出され存続させられる。俺が志向すべきなのはそれとは対極のものだ。神性とは畢竟、人間性とは全く対になる性質であり、愛や感謝などといった言葉や概念もまた、人間の世界とは無縁の代物だとも俺は思っている。

 

 

 俺は人間存在そのものを倦んでいる。それは世の中における万人に対して抱いている感情だ。特定の誰かを敬うことなど俺は絶対にしない。生きた人間の権威など俺は決して認めはしない。それは俺が傲慢で尊大だからではなく、人間という存在それ自体が一つの例外もなく偉くも尊くないと確信しているからだ。そしてそれは自分自身についても同じである。

 誰も彼もみな、等しく無価値であり、重んずるにはとても足りない。だから誰かが俺を蔑んだり嘲ったりしていたとしても、それに俺は何かを感じる義務も必要も一切ないと胸を張って言える。そしてそれは偏に神への信心によって為し得る功徳に他ならない。俺は人間よりも大きなものを信じることでそれを克服し、それが俺に与えるあらゆる危害や災厄を無効に出来る。

 疲れも不機嫌も人間として所与されるものでしかなく、神と直結する感性の前には全く用を為すことはない。此の世の生きた何者であろうとも、己を苦しめることも悩ませることも能わないなどと、俺が大言壮語を言ってのけられるとしたら、それは神への信仰だけがそれを可能にするのだ。そして重ねて述べるように、信心はその対象について知らなくても全く問題ない。

 人間はどこまでも人間であるがゆえに苦しめられ、悩ませられる。自分がほかならぬ人間であり、他人もまたそれであり、それであることを基準にし値打ちがあると見なすから我々は艱難の只中で煩悶し、鬱屈とした心持ちで生きていかなければならない。それを肯定できるかどうかが普通の人間とそうでないものの分かれ目であり、もしも後者であるならば、神に縋るしか道はない。

 人力の限界を超えるには、神力に依るしかない。俺はもう、人間として被る一切に疲れ果て、嫌気が差し、八方塞がりで天を仰いでただ、どうすることもできないという状況に陥っている、やんぬるかな。個体として、個人として、自力など高が知れており、人間としての命運はとうの昔に尽きているからこそ、此の世のものではないナニモノかに帰依する以外に手はないのだ。

しょうがないから我慢して死ね

 津軽人の気質を表す言葉に「じょっぱり」というものがある。これは強情っ張りの転訛であり、津軽人が強いられる我慢や辛抱などを美化あるいは正当化するための言葉だ。現実における実際の生活で、この言葉が用いられることはあまりないが、対外的にはこの言葉が津軽の土地で暮らす人間の性質を言い表す代名詞として挙げられることはテレビでもネットでもかなり頻繁にある。

 じょっぱりという単語そのものはあまり使われないが、我慢や苦労を強要させられる局面が津軽人の生において日常茶飯事であることは事実だ。子供の頃から俺は周囲の大人たちに耐えることをまず第一に叩き込まれた。それは処世の術であり、人間としてまっとうに生きるためには避けて通れない道として俺はそれを躾けられた。忍耐は美徳であり、その強さは生存上必要不可欠なのだと徹底的に刷り込まれた。

 無知と貧困、厳しい気候と後進的な土地柄、それが津軽でありそこで生きるには生まれてから死ぬその日まで、たゆまぬ我慢が要求される。そのような意味合いで言えば、良心は俺に極めて正しい教育を施したと言って良い。津軽人が津軽地方で生涯を完遂するのなら、まず我慢して耐えることが他の何よりも重要だということは言を俟たないのだから、現実的な教育を子供にするなら、当然我慢を学ばせるのが筋となる。

 俺は「それ」としてこの世に生まれ落ち、「そこ」で生活することを宿命付けられた存在であったが、その能力を先天的に有してはいなかった。これは俺自身にとっても大変不幸なことであったが、それ以上に俺の家族には不本意であったであろうことは想像に難くない。さらに悪いことに俺は長男であったため、尚のこと我慢を強いられる立場であった。

 鄙びた雪まみれの寒村で、貧しい家の長男として課された役割を果たすなど、俺にはどうしてもできなかった。それは父や母からしてみれば単なる甘えでしかなく、生まれ育った町や家に満足も納得もできず、常に不満気で暗い顔ばかりして塞ぎ込んでばかりいる俺は、出来損ない以外の何物でもなかっただろう。俺は自身の出自を常に呪いながら成長し、俺のその思いを良心は一切理解することができなかった。思えばそれは大変不幸なことであった。

 

 

 俺は何故こんな町に生まれたのか、この家が何故俺の家なのか、俺は何故こんな体、こんな名前で生きていかなければならないのか。俺は中学生くらいの頃には、そのような雑多な事柄で頭の中がいっぱいだった。中高生頃の俺に父はよく悩みがあったら隠さず打ち明けるように、などと俺に言っていたのを思い出す。しかし俺は、自身が頭を悩ませていることが、両親をはじめとした周囲の大人に解決も解消もとても不可能だと確信していたから、結局その殆どは打ち明けないままにしていた。

 実際、父親も母親も俺が不服に感じている事柄についてはどうすることもできなかった。俺は子供の頃から田舎の暮らしに耐えられず、一日でも早く出ていきたいと願っていたが、仮にその思いを明け透けに両親に言ったとして、彼らに一体何が出来たというのだろうか。それを受けて彼らが何かを言うとしても、せいぜい仕方がないから我慢しろなどと宣って済まされる話だろう。

 それ以外のあらゆる問題についても、究極的には我慢すれば事足りる。我慢して解決しないことなど此の世に存在するだろうか。生きる上で不都合しかない場所で、問題だらけの田舎町で、先行きが暗い家の一員として、夢も希望もない進路を半強制的に選ばされ、やりたくもない職業に従事させられ、一生涯どんな瞬間においても耐え忍ばなければならないとしても、それの一体何が問題だというのだろうか。

 仕方がない、甘えるな、文句を言うなで全て話は終わるのだから楽なものだ。それが出来ないのは軟弱であり、甘えており、堕落していて、自己責任……要するにすべての責任は本人の資質や性向に帰せられる。悪いのは環境でも状況でもなく、他人でもなければ自分たちでもなく、他ならぬ「お前だけ」なのだと言い放ち、突き放すことができるのだからこの上なく合理的だと言える。

 俺の家や津軽地方に限った話ではなく、ネット上の世論や世間全体を支配する論調としても、我慢というものは基本的に美徳であり絶対的な善として扱われている感がある。自分が置かれている状況に嫌だと思ったりそれを表明したりするのは甘えであり泣き言に過ぎず、底から抜け出したいと願うのは単なる身勝手であり、文句も言わず不平もこぼすことなく、ただ唯々諾々と従順に耐え難きを耐え忍び難きを忍び、徹頭徹尾ひたすら我慢して生きていけというのが我々が生きる社会における総意だと言っても、決して過言ではない。

 

 思い返せば俺は、人生のあらゆる局面において我慢することを推奨あるいは要求、ともすれば強要されてきた。我がままに振る舞えたことが、これまでの生涯で本当に一度でもあったかどうか疑わしい。やりたくないことを我慢してやり、やりたいことを我慢してやらず、住みたくない場所に住み、行きたくない場所に行き、就きたくない仕事に就かされ、払いたくない金を払わされ、尽くしたくない者に尽くすことを無理強いさせられてきた。

 俺はそれらの一切がいつか終わり、いつの日にか報われると漠然と信じてきたフシがあるが、思えばそれは愚昧な見識でしかなかった。仔細は省くが、我慢の先に待っているのは、さらに大きな我慢でしかなかった。北に向かって歩いていけば、やがて温かい南国に辿り着くだろうなどと考えるのは正気の沙汰ではない。俺が今生において想定していたのは、例えるならそのような愚劣極まりない謬見であった。

 本意に沿えないのはしょうがなく、不本意でもやらなければならないのはしょうがなく、そして遂にはそのまま死ぬことになったとしても、それもまた「しょうがない」で済まされるのだ。しょうがないから我慢しようという妥協の行き着く果てにあるのは、とどのつまり悲惨と悔恨のみに彩られた末路なのだ。それは明白すぎるほど明白な結末で、分かりきったことであるにも関わらず、俺はそれに気づくことが出来ずに無為に人生を我慢して浪費してしまったのだ。

 言い訳がましいが、それはあらゆる全ての人間が俺にそれを強いたからだ。そして俺は、それに嫌だと言う勇気の一つも持ち合わせておらず、その状況から脱する智慧も術も何もなかった。我慢が全てを解決するなどとは毛頭思っていなかったが、それをせずに済む道を模索することすら試みなかったのは、思い返せば怠慢であったようにも思える。

 辛抱強いだの我慢強いだのという気性は、怠惰で鈍重であることとよく似ている。いや、似ているというよりも殆ど同じであり、等号で結んでも差し支えないようにさえ思える。極端な話、耐えることなど馬鹿でもできるしなんの工夫も努力も不要である。現状に踏みとどまるのに多少の労力や費用は掛かるかもしれないが、それは我慢をせずに済むような何かを始めたり続けたりするよりは容易いではないだろうか。

 

 

 我慢や辛抱の果てに何の救いもなくても、それらに固執することの一体何が良いというのか。それは俺の目には、愚昧さや怠慢を無為無策のまま肯定したり称揚したりしているようにしか見えない。しょうがないからお前は俺のために死ね、それは義務であり当然のことであり、お前はそのことを誉だと心から思い、殉じなければならないと言われても、しょうがないで済ませられるだろうか。

 マトモな人間の精神なら、それに是とは言えないはずだ。そのようなことを余りにも明け透けに言われれば人は絶対に納得しない。だから他人に何かを我慢させて利用しようと企む者は、ありとあらゆる美辞麗句や詭弁を弄する事でカモに出来る相手を騙したり煙に巻いたりして、ウヤムヤであやふやなままにして何となくしょうがないなと思わせようと躍起になる。

 それに乗せられない人間というのは畢竟、使えない駄目な奴だということになる。俺は生涯で関わったほとんど全ての他人共にその烙印を押されてきたし、それを不名誉に思い気にも病んできた。しかし、それは単に俺が、他人から見て道具として利用できないと言う事実だけを表しているだけであり、それ以上でも以下でもない。都合が悪く御しがたい対象であるということが、一体それ以外の意味を持ちうるだろうか。

 現状に不満を抱き、そのままでは嫌だと思うからこそ人はそれから脱するために何かを試みようとし、前進しようと志す。物分り良く「しょうがない」で済ます精神には向上もなければ改善も有り得ない。しょうがないを美徳とする社会は決して進歩も発展もなく、それを掲げる集団もまた同じだろう。津軽という土地の後進性やそこでクラス人々の好ましくない精神性は詰まるところ、しょうがないで我慢する「じょっぱり」という一語に集約されていると言って良いだろう。

 しょうがなく田舎で燻ぶり、しょうがなく貧乏に耐え、しょうがなく卑しい職業に甘んじ、遂にはしょうがなく死んでいく。それを嫌だと思うことに悪と呼べる要素があるだろうか。少なくとも俺はそうは思わない。メディアでどのような言説や思想が流布

されていようと、実社会でどのような風潮が蔓延していたとしても、俺は堪え性がない人間でありたいと願う。

神に通ずる人間不信

 他人へのお追従ほど精神を摩耗させる徒労はない。思っていないないことを言い、内心どうでもいいにも関わらず賛同の意を示し、面白くもないのに笑う。それらの処世の術が俺はかなり不得手であり、また人並みにできているわけではない。他人と言葉をかわす最中、俺の中で薄ら寒い何かが頑としてあり、その片鱗が顔や態度にどうしても出てしまう結果、俺は対峙している者共を苛立たせてしまう。

 つまり俺は、他人からしてみれば「ムカつかせる奴」なのだという。何処の職場でもいつも決まって俺は、そのような指摘や評価を受けてしまう。やれお前は俺をナメてんのか、だのお前は俺に対してありがたいと思わなければならないのに云々、だのと言う者が一人や二人ではなかった。それらが単に人格破綻者と言うか精神異常の気が有るというのもあるだろうが、俺自身にも原因の一端はある。

 俺に対して上記のような感情を抱いたり面と向かって物言いを付けてくる連中というのは、要するに俺が自分たちのことを尊敬しておらず、それが透けて見え察することが出来るから不服だということなのだろう。逆に言えば、自分自身に対して他人、少なくともこの俺ごときに限って言えば自分のことを敬い崇めるのが当然だと考えているのだろう。

 こちらとしては、たまったものではない。労使契約以外の繋がりなど一切ない赤の他人を尊敬したり敬意を払ったりする義務が、俺にあるというのはオカシイなどというレベルの話ではない。何様だと思っているのかと言ってやりたくもなるが、それ以上にその手の連中というのは、俺に対して相当に侮り、見下していると言う一点は特に看過すべきでないだろう。

 とどのつまり、お前ごときがこの俺を敬わないなど有り得ない、という話なのだ。他の者はともかく、少なくともお前ごときと比べればこの俺は偉く、優れ、目上なのだから、崇敬の念を自ずから抱き、自己犠牲の精神を貫徹し平身低頭、全身全霊でこの俺に尽くすべきなのに、お前はそれをしようとも思わないのは明らかに筋が通らない、ということなのだろう。改めてそのような御仁の大御心を慮れば、おぞましいと言うより他はない。

 

 

 たしかに俺は何人たりとも敬ってはいない。ある集団などにおける主従や上下の関係性に基づいた偉い偉くないの峻別はつくが、それは建前や形式の上での事柄を踏まえた話でしかない。俺はそこから先の、心からの畏敬や心服といった念を心から何者かに抱いたりは一切しない。それは結局のところ、能力や地位などの基準から彼我を比較したとしても、俺の精神の中において人間全般というものは、どのような存在であっても崇め奉りたいと思えない。

 しかしそれは、俺が傲慢で増長しているということでは決してない。自己愛や自惚れに端を発して俺が他人を軽く見ているなどと思われるのは心外であり、的はずれな謬見にすぎないと主張したい。俺は、人間という代物は自分であれ他人であれ、身内であれなんであれ全く一顧だにする価値などないという信念のようなものを持っており、それに基づいてのことなのだ。

 この世に生きる者共は、誰一人として重んずるに値しないと、俺は断言する。ましてや高々仕事上の付き合いにおける目上目下の関係性において、業務に不必要な感情などを持つ義務などないのだから、例え対峙する存在が総理大臣だろうが天皇だろうが、俺は儀礼的な礼を尽くす以上のことは一切するつもりなどない。人間というのは畢竟、ロクなものでないし、また大したものでもない、自分自身も含めて。

 生きている人間は尊くない。それどころか汚らわしいと感じることさえ、俺にはままある。第一に俺は人間という種そのものが嫌いだ。臆病かつ驕慢、貧弱かつ強欲、愚鈍かつ尊大な個体が好き勝手に世の中を肩で風を切って渡り歩く様を思い浮かべるだけで憎々しい。此の世の一体何処に、敬うべき高潔で立派な、高貴な存在がいるというのか。百歩譲っているとしても、それは少なくとも日常の生活の中で邂逅する「奴ら」などではない。

 そもそも、偉い人は偉そうにしないし敬うべき者はそれを他人には要求しない。俺をどれだけ低く値踏みしているか知らないが、それらを俺に強要する時点で彼らは偉くもなければ敬うべき立派な人物でもない。自分のことを尊重しない人間を尊重する必要など毛ほどもない。俺のこの言説を指して傲慢だの生意気だのと言う者共に、いったいどのような正当性があるというのか。土台、連中にそんなことを言う資格などない。

 

 人は信用にも尊敬にも値しない。それらの念を抱いて献身すべき何者かが此の世に生きて存在しているなどと、俺にはこれっぽっちも思えない。何故お前は俺を尊敬しない、と詰問されても困る。ソイツに限らず、俺はどんな人間に対しても敬意など持ちはしない。俺は生者の権威など認めることは修正ないと言い切って良いかも知れない。たとえ自分よりもどれだけ社会的に上の存在であったとしても。

 俺は神の存在を確信しており、それだけにひれ伏す。俺は人間よりも大きなものに帰依する気持ちだけを持っているし、それはどんな相手と対峙していても絶対に変わらない。俺を変えようと試みた者はこれまでに大勢いたが、それは無駄骨というものだ。俺には岩のように硬い神への信仰心があり、それよりも優先される他人など天地がひっくり返っても現れようがない。

 俺は神の全容を知らないし、見たこともないがそれでも俺は神に跪ける。何故そのようなことが可能かと言うと、人間に一切の価値を認めることが出来ないからだ。誰も敬えず、信じることも出来ない人間は詰まるところ、神と直結する道しか歩めない。人の世に対するあらゆる望みが絶たれているからこそ俺は、神への信仰心を高く保ちそれだけを畏れ敬うのだ。

 俺にとっては神が唯一で全能かどうかすら断言できないが、少なくともそれが人間より大きな何かであることは断言できる。そのような観点から言えば、神は人よりは信じるに値するという思想を抱くのは当然の帰結だ。つまり、人間より大きなナニモノかを想定し、人間よりもそれを優先するというだけのことだ。さらに言えば、欠点だらけで不完全な生きた人間を拝むよりは、神にそれをする方がまだ健全だというのは自明ではないか。

 全貌を知らなくても、いや知らないからこそ安心して崇拝できるのだ。数え切れないほどの我欲を抱き、腹に一物ある生者の都合の良い一面だけを抽出して全幅の信頼と尊敬の念を抱くなど、あまりにも危険すぎる。ふとした瞬間に俺を欺き、騙し討を食らわせるかもしれない個体のことを俺が信じられないとして、それの一体何が悪いというのか。それは俺の情緒や精神、ひいては知能の欠落だとでも言うのか。

 

 

 此の世の誰に対しても、ほとほとウンザリさせられる。そんな俺に残された道は、神を信じ縋るしかない。俺は人間という代物に愛想が尽きた。神の御心がどのようなもので、それがどのような姿形をしているかを俺は知らない。だが、不可知にして不可捉なナニモノかこそが神秘であり、それにこそ本当の価値があるのだと俺は言いたい。分からないからこそ、信じるに値する。

 無論、信じたところで功徳もなければ利益もないが、それでも生きた人間に心酔するよりは遥かにマシだしマトモな精神だと言えるだろう。俺は宗教は信じないが神は信じる。人間不信は人を神と直接結びつける効用があり、俺の場合はそれがそのまま作用したのだ。宗教に依らずに神に祈るには、世間や人間全般に対して絶望しなければならない。

 所詮、宗教というのは社会的な人間関係の中に存在する集団や機構でしかない。神性と人間性は究極的には相容れないと俺は考えているし、それならば宗教というものは俺には全く不要である。俺の目にはどのような宗教団体であっても会社や役所と同一の集団ように見えて仕方がない。つまり、人間というものを思い切れない人間が頼ったり属したりするものが宗教であり、神云々など実のところどうでも良いのではないだろうか。

 信心は人道や人間性の対極にある。それは人間関係を蔑ろにしてでも自らと神との間の関係性を優先するということでもある。ともすれば、それは反社会的な思想を涵養するものであると言えるかも知れない。生者を見限り、世間に絶望し社会を憎んだ果てにあるのが神の世界への憧憬である。そしてそれらの念を根底から支えるのは、自分自身への嫌悪感だ。

 結局、他人に尊敬や感謝を強要された時、俺は何もやり返せないのだという、事実だけがそこにはある。死ねばいいのにと思いながらも、現実にはお追従に徹しながらも魂胆を見透かされ、それが帰って裏目に出るという醜態を、これまで一体何度俺は演じてきただろうか。この屈辱を味わいながら、不服に思いながらも自力ではどうすることも出来ないのだから、紙に頼りたくもなる。

個人

 個人とは欲望の擬人化に過ぎないのではないか、という考えが何の脈絡もなく湧いた。思い返せば、俺は常に何らかの個人を恐れてきた。身近にいる家族を恐れ、学校の教師や同級生を恐れ、故郷の人々を恐れ、異土に蠢く有象無象の者どもを恐れ、職場で接触する同僚や上役、業務で対峙する顧客といった類いを恐れ、そして何より己自身の不可解さを恐れてきた。

 これらは全て抽象的な概念や漠然とした集団などではなく、あくまで特定の個人であった。それらの一切を俺は個人であると認識し、それの仔細は別としてもそれに怯えてきたということだけは確信を持って言える。明確な意図や魂胆などを備えた個人がめいめい損得勘定をしながら世の中を渡り歩き、離合集散、合従連衡を延々繰り返す営みが俺には目まぐるしく、本心が朧げで掴みどころがなく、油断ならなく思える。

 しかし、そもそも個人とは一体何なのだろうか。冒頭で触れたようなことに思い至るまで、俺はそれについて深く洞察することもなく曖昧なままにして、それでいてなおかつ、それについて怯えるなどといった大変不合理な状態のまま生きてきたような感がある。俺がそれを恐れなければならない最大の理由がそこにあり、それを明確に認識し、見据えられれば、それへの恐れは霧消してしまうのではないかという気がした。

 これは自他の別なく、人間と言う存在をどのように定義するかという問題でもある。我々は一人一人が別々の個体であり、それについて疑いを挟む余地がないとされているが、そもそも別個の個人と言うものの実相、各々を各々たらしめる本質とは一体何なのだろうか。それについて、闊達で的を射た議論や言説などが世間一般に広められているようには思えない。

 よって、それについては俺自身が自力で試みて結論を出さなければならない。明確に存在し、また尊重されるべきだとされている個人というものの実態とは何か。それについて知ることにより俺は、先に述べたように人間全般への得体の知れなさやそれに基づく恐怖心を克服したい。そのような思いから端を発し、個人とは要するに欲望の擬人化だという結論と結び付けるには、どのような道筋を辿ればいいのだろう。

 

 

 人間に限らず、生物全般は生存することをまず第一に考える。これが最も原始的かつ基本的な欲望となる。生存への欲求とそれを充足するための行いによって、個人というものは明白に定義づけられる。個人的なあらゆる言動はつまるところ、生きるために行われる。これは自明すぎるほど自明であり、社会生活において顧みられることはあまりないが、だからこそ重要であり無視すべきでない。

 生きたいという思いを起源とし、あらゆる他の欲が生まれる。肉体や精神を健全な状態に維持する為に食欲や睡眠欲が生じ、続いてそれらを満たすために安全な住居と豊富な食料を求め、さらにそれらを得るための手段として金銭を必要とする。金が欲しいから仕事を得ようとし、その仕事を首尾よくこなすために良い人間関係を形作りたいと願う。個人のあらゆる行動を動機づける一切は生存への欲求であり、突き詰めれば単純な欲望に基づく。

 この極めて簡単な欲動は個々人に特有のものであり、複製することは出来ない。我々は肉体や精神などを拠り所にして存在しているのではなく、抱いている欲望によって定義され維持存続しているのだと見なすべきだ。人間は身も心も極めて移ろいやすく、また永続するものではない。また、意識が個人の源だとしても自我が芽生える前から自分が生きて存在していることの説明ができず、また気絶したり眠ったりしている間の無意識の状態にある自身をどう考えるかという問題が生じてくる。

 DNA、記憶、戸籍謄本、経歴などといった代物に個人が由来しているという言説があるとしても、俺はそれにイマイチ納得がいかない。自分の肉体を形作るDNAは俺が選んだものではなく、記憶は曖昧で心許なく、戸籍・住民票・各種経歴の類いは単なるデータの羅列にすぎない。これら諸々の情報を編纂して書類にまとめ、これがお前そのものだ、などと言われながらそれを突きつけられたとして、一体この世の誰が「その通り!」などと言うだろうか。

 何を以って個人が存し、何処にそれがあるのかという問いへの腑に落ちる答え、それはつまり欲望である。人間はデータではない、少なくとも心情的には納得できない。遺伝子や社会的な属性を以ってして、それらが躊躇いなく自分自身の本質なのだと確信できる者などいないし、仮にもしそんな人間がいるとしてもそれは「人間的」な御仁ではないだろう。

 

 客観的な事物をいくら並べ立てたところで、人はそれら単体に対して価値や意味などを見出すことは出来ない。ましてや人間存在の根本を成すものは何か、という事柄について考えたり論じたりする際には尚更だ。偉大な国に生まれ素晴らしい街で育ち、好ましい教育を受け、誇らしい職業に就き、満ち足りた交友関係を結び、完全無欠の家庭を築き、誉れ高き子孫を残すことが出来たとしても、それら全ては単なる事実の羅列でしかなく、その中のどこに『個人』がいるのか。

 他ならぬ個人としての自分自身はどのようなもので、その所在はどこにあるのか。それが因果法則や事実関係、静的なデータとして存在して、一考する余地もないのだとしたら、なんだかとてもつまらない。面白くない、心を打たれも動かされもしない世界観の中で生きるのは、ただただ退屈で苦痛でしかない。人間が個人として存在するとしたら、それは果たして何に依ってか。

 それこそが本稿で何度も触れているように欲望なのだ。我々が腑に落ちるような自画像を持つためには、感情的な要素を欠くことは出来ず、それに基づいた自己を思い描けば、その様相は即ち欲望となる。個人とは畢竟、擬人化された欲望なのだと結論付ければ、少なとも俺は納得できるし異論を挟む余地がなく思える。個人が望みを持つのではなく、望みこそが個人そのものなのだ。

 肉体は個人そのものではなく、それが何らかの欲望を備えた瞬間から「私」が始まり、規定される。その欲を持っている間だけ個人は個人であり続け、それが満たされるにしろ興味がなくなるにしろ、欲が失せれば個人もまた滅却される。生存への欲は生きている限り抱き続けるものだから、それが個人なるものを揺るぎなく、確固たる存在たらしめる。

 人の形をして固有の名前を持った欲望こそが個々人の実相であり、これは自分にも他人にも言える。個人の生は出産によってではなく、何らかの欲を持った瞬間から始まる。そして個人の死は脳死や心肺の停止によってではなく、何らかの欲を手放した瞬間に起こる。欲はどのような形でも受け継がれず、個人は永劫不滅のものではありえない。

 

 

 子孫が繁栄したところで、そこに「私という個人」は存しない。思想や財産を子や孫に継承しても、欲望を受け継ぐことは不可能だ。個人の本質が欲望なら、子供を作ったところで、とある一個の人間が生前に有している個人としての自己同一性を保つことはできない。それは組織や共同体、国家といったものを存続させることによっても、成就することは出来ない。

 我々の本質は血でも肉でも骨でもなく欲望であり、それを人の形にして捉えたものが個人だ、他人も自分自身も。自我を認識するとき人は、己が内に秘めている欲望と向き合っているのであり、他者の存在を知覚するとき人は、自分とは異なる個体が抱いている欲望と対峙している。欲はそれ自体は抽象的な概念でしかなく、そのままでは茫漠として捉えづらいから、人間の脳はそれを「形ある個人が在る」かのように擬人化し、明確な形で認識しようとするのかもしれない。

 俺は欲望の化身であり、他人もまた一人の例外なくそれなのだ。結局のところ、それ以上でもそれ以下でもなく、それでない個人としての「私」など、どのような形でも存在し得ない。個人として生きるというのは個体としての欲に則って思考し行動するということでしかなく、もし仮にそれを取るに足らないことだと見なすならば、個人としての生は即ち下らないと断ずるしかない。

 我が生涯が取るに足らないなら、他人のそれもまたそれと同じようなものだ。個我の動物的な欲が名を名乗り服を着て二足歩行し、めいめいの身勝手な願望をぶつけ合っているだけというのが世界の実相なら、一体何を深刻ぶる必要があろうか。己という個人も、他人という個人も、その本性はみな等しく同一であり、それ即ち単なる欲望でしかない。

 個人や人間という代物の正体を見極めれば、そこには尊ぶべきものも尊いものもないと分かる。尊重し崇敬すべき欲望など此の世の何処に存在するか。そんなものは決して有り得ない。しかし、それが卑しいだの汚いだのと見なすのもまた謬見であろう。欲は欲でしかなく、単にとある個体が何かをしたいと思っているだけであり、善悪も優劣もない。そのような意味合いにおいて、すべての個人は平等なのだ。

否に然りと

 職場でやらされる仕事がまた一つ余計に増やされた。俺は内心怒り心頭、恨み骨髄に徹し怒髪天を衝くほどの憤りを覚えた。やらされることが増えてたところで、俺に何らかの恩恵があるわけではないのだから当然だ。他人に使役される身分なのだから文句を言う権利など俺は有していないから、結局は唯々諾々と従う以外に選択肢がなく、大変歯痒い思いをしている。

 また、その仕事は単なる社長の思いつきの一存によって課された作業でしか無いことが俺にはより一層、腹に据えかねる。増やされた仕事というのは、具体的に言えば自社商品の在庫数と入荷スケジュールの確認及び、追加発注が必要な商品の見極めなのだが、それをやる頻度が2倍か3倍ほどに増やされたのだ。増やされたのは重ねて言うが社長が単にそうすべきだと思ったというだけが理由だ。

 仕事の仔細については伏せるが、在庫や発注数の管理などそう頻繁にする必要はない商売なのだ。にもかかわらず一体何が気に食わなかったのか、例の社長の鶴の一声で俺は無意味で不必要な業務を一つ余計に抱え込むこととなった。俺からしてみればこれは不幸な災厄以外の何物でもない。身に降りかかる理不尽について、どのように向き合えばいいのだろうかと俺は、苦役に従事しながら人知れず思い煩った。

 例の不必要な作業に勤しみながら、「それでも人生に然りと言う」というフレーズが俺の胸中に浮かんだ。昔フランクルの夜と霧を読んだ時に本に載っていた文言だった。ユダヤ人で医師の著者が、ナチスドイツによって強制収容所に収監され、その中で生き抜くといったような内容だった。そのような極限状態にあって、著者は人間はどんな環境に置かれても絶望に打ちひしがれることなく平常心を保つことが生きる上で大切だと主張していたような覚えがある。

 下層社会における労働者が置かれている状況と、ナチスの収容所を同一視することは多少大仰かもしれない。しかし、理不尽かつ不本意な環境だという点では多少近似している面もあるといえるのではないだろうか。収容所とは違い、会社という場では自他の死に直接的に触れる機会はないが、それは目に見える形で直面しないだけだ。有限な人生における自分の時間を会社のために費やす労働者は、考えによってはじわじわと真綿で首を絞められるようにして少しずつジワジワと搾取されながら殺されて言っているようなものだ。

 

 

 実は収容所の方も、単にユダヤ人をはじめとしたナチスから見た異教徒や異民族など単に殺すための場所ではなく、それらの労働力をナチスが搾取するための施設であった。収容者はまず、働ける者とそうでない者に選別され、働ける者は殺されることなく種種雑多な労働に従事することとなる。収容所の存在意義やナチス側の目的意識としては、非ナチスの人間から労働力を搾取する側面は間違いなくあったと思う。

 日本の会社、取り分け下層社会のそれもまた、従業員という他人が持っている労働力を如何に掠奪するかに執心しているのだから、その点でナチスの収容所と日本の労働環境に俺は類似点を見出す。主従関係に基づいた労働力に収奪という一点に限れば、これらに一体どのような違いがあるだろうか。細かい相違点は言うまでもなく多々あるだろうが、根本的には同一のしろ者だと俺は考えている。

 だが、他人から労働力を搾取することで、奪う側が必ずしも実利的な恩恵を受けるわけではない。これが会社などの組織全体に有益な結果をもたらすならば、自分が損や不利益を被ってでも何かやってみようかという殊勝な気を起こすこともあるかもしれない。結局それは奪う側の感情や気分を満足させる為の儀式的な意味合いしか持たない場合が多分にあり辟易させられる。

 この度、俺に課せられた「余計な仕事」もまた、社長の気持ちという個人的な都合に起因するものであり、組織や共同体全体が浴する何らかの利益のためではない。ナチスの収容所でも同じようなことが恐らく多くあったのではないだろうか。無意味に相手を苦しめるための労働、使役のための使役、搾取のための搾取。それは個人が憂さ晴らしの為に行う気晴らしという意味合いしかない。

 ナチスの収容所で行われていた過酷なことの全てがもし、有意義なものだったなら収容者は苦しみはしてもそれなりに自分たちが被る悲惨な事柄について心身を挫かれることはなかったのではないだろうか。誰のためにもならない、単に何者かが誰かを屈服させ操作することで喜んだり満足したりするだけの為だけの苦役に、意味を見いだせる人間などいない。

 

 そして、だからこそ「『それでも』人生に然りと言う」ことが求められるのだ。夜と霧の作者は、それが出来なかった収容者は途中で心が挫けたり病魔に冒されたりして命を落とし、逆に出来たものは生き抜くことができたのだと主張する。それを教訓にして例の本を読了した者は、我々もどんな苦境にあっても人生に然りと言わなければならないのだ、という風な感想を持つことを求められている感がある。

 だが、やはり持てないものは持てない。それは強者の理念や理想であり、とても人間的なものではない。人間にとって最も耐え難い苦しみは無意味さを感じることだ。肉体や精神にどれだけの苦痛を被ったとしても、それが有意義で価値がある何かであったなら、人間はそれに容易に耐えうるし、むしろそれを礼賛することさえあるかもしれない。

 収容所での強制労働が人間を苦しめるのは、それがやらされる側にとって無意味だからだ。それを強いる側にとっては労働力を搾取し、何かを実利的な欲得を満たせるかもしれないし、誰かを痛めつけたり苦しめることで満足したり喜びが得られるのだから有意義だろう。しかし、餌食にされる側にはそれに意味も価値もないのは言うまでもない。だからその環境で収容者は苦しみ、追い詰められ殺されていった。

 「『それでも』人生に然りと言う」というのは崇高ではあるが、だからこそ机上の空論としか思えない感があり、俺はそれについて無視することが出来ない。人間は自分にとって無意味で無価値なことには耐えられないし、また耐える必要もない。肯定できないことを肯定するという道は果たしてないのだろうか。他人に扱き使われ、苦役を被っていることを然りと言える筈がない。しかし、それもまた「然り」だと。

 

 

 元より、肯定できるはずがないしする必要もなかったのだ。赤の他人の汚い欲や身勝手な気持ちを、自分自身よりも優先することは尊いことでもないし、忍耐や辛抱に値するような代物では絶対にない。そしてそれを雀の涙ほどの賃金により強制する正当性もまた存在しない。これはナチスが収容所を造り、異端者や反乱分子をそこに閉じ込め、死ぬまで強制労働させることが「正しくない」ことと全く同じだ。

 会社は辞めようと思えば辞められるという者もいるだろうが、これもまた机上の空論にすぎない。収容所では働けなくなれば即ガスかまど送りにされ殺されるが、会社を首になったり自己都合退職したりした場合、収入を得る術も生活を営む手段もないならば個人は結局のところ破滅するしかなく、それは婉曲的な死を意味する。働けなくなった果てにあるものはどちらも死であるのだから、やはりこの2つは同じだと見なすべきだ。

 ナチスの収容所に送られた人間も底辺階級の労働者も、意識的にせよ無意識的にせよ自身の背景に死を感じている。そしてだからこそ、それから少しでも遠ざかるために両者とも不本意な苦役に甘んじるしかない。前に働かされていた職場で、俺は先輩社員にここで働けなくなったらお前は困るだろうと言われたのを思い出す。それはくだんの背景にある死を顕在化させることにより為された歴とした脅迫行為であった。それは日本中の様々な職場において日常的に行われていることでもある。

 お前の気が晴れるだけの「仕事」など、俺がする義務は毛頭ないと、仮に俺が主張したとしたら、俺が会社でどのような目に遭わされるかは言うまでもないだろう。死にたくなければ従え、言われたとおりにしろ、不服に思うな、不満を感じるな、結局のところそれだけのことでしかない。そして、それでも然りと言わなければならないのだろうか。言えるとして、それは正しいことなのだろうか。

 無意味で無価値で正当性もない命令や強要への屈従、そしてそれに涙を飲んで甘んじる無力な自分に然りなどとは口が裂けても言えない、言うことは不可能だ、否と言うより他はない。誤魔化しや嘘で何かに然りと言うよりも、出来ないことは出来ない、ムリなものはムリ、嫌なことは嫌だと腹の底から思うなり言うなりした方が遥かに健全だと思う。他人に使われることをどんな欺瞞によっても肯定するべきではない。