書き捨て山

雑記、雑感その他

苦しみと個我

 人間の本能は苦しみを渇望する。静寂の中で至福に満ちた状態を維持して生きていたいなどと、私たちは毛ほども考えていない。私たちは喧騒や猥雑、敵対や闘争をどんな瞬間にも絶え間なく渇望している。人間が望むのは不安や恐怖、葛藤や苦悩といったネガティブな感情であって、ポジティブで安穏とした精神状態は人間の腹の底からの願望とは全く対立している。
 誰もが幸せを望んでいるなどと考えるのは人と言う種への誤解だ。私にはどういう理由によるものなのかは全く見当もつかないが、何故か世間一般の通念においてはそういった建前がまるで自明で当然な真理であるかのように流布されている。私たちは一人の例外もなく幸せな生涯を送りたいと思っており、不幸せを遠ざけたいと願っているのだと。そのような誤謬がまかり通る社会に対して私は大変不可解さを感じる。
 私たちは千辛万苦の中にしか生を見出すことができない。私たちが個別の人格や精神、心を持った個人として存在できる根拠は苦しみや悲しみの記憶や体験による。余人の身の上話は苦労話や愚痴、不平不満などがその大半を占める。これは人間というものがどのようにして自身を認識し定義しているかよく分かる一例だろう。
 言わば、人の道は茨の道だ。努力や苦労なくして私たちの人生を語ることは不可能だ。人生のあらゆる局面において私たちは自分が支払った労力や金銭などの代償と、それがどれほど辛く苦しく、精神的に負荷がかかる出来事であったかを鮮明に記憶にとどめる。そしてそれを事あるごとに振り返り生涯の一コマと見なす。さらに、自分自身を指し示す要素として苦難や災難にまつわる体験を逐一意味付けたり定義付けたりもする。
 人間であることと苦痛を被ることは不可分である。私たちは苦しんだ経験によって己が何者かを思い知り、その経験を掛け替えのないものとして大切に胸中にしまい込む。嘆きや悲しみに暮れた日々。憤怒や憎悪の念に囚われた場面。遭わされた憂き目の内容についてのディティール。それらのどれもが私たちにとって己の生涯を語る上で決して欠くことができない大切で貴重な思い出となっている。
 従って、苦しみからの逃避は人間性の否定だと言える。辛労、苦痛、煩慮、憂愁どのような言葉で表しても詰まるところ全ては全てが苦である。それらの情念や心緒を「よくない」の一語で断ずるの言説が仮にあったとしたら、私たちはそこに一切の人間味を感じないだろう。人であることと苦しみことは完全に不二だといい切って良い。
 


 私は他人や世間からこれまで被ってきた仕打ちや憂き目を忘れらない。両親や親族を筆頭として学校の教師や仕事場で接する他の従業員、ひいてはすれ違うだけの赤の他人に至るまで、あらゆる数多の人間が私に対して怨憎会苦をもたらした。一期一会の出会いの一つ一つのどれもが私にとっては苦痛であり苦難・試練以外の何物でもなかった。それらの全部が私の人生を語る上で無視できない重要なイベントとなっている。
 嫌な思い出や辛かった経験の全てが私を象徴し、表現する。あの時あんな思いをさせられた、その時はこれほどの屈辱や不義理を味わわされた、そんな嫌な思い出が私の人生の節目節目を特徴づける。その時々に遭わされた惨禍とそれによって惹起された被害者意識や自己憐憫の念が、私がどれほど哀れまれるべき存在かを物語るだろう。
 人間を個人として形づくる要素とは他ならぬ苦しみだ。自己を詳細に規定し、彼我との峻別を明らかにする為に必要なのは記憶であり、それが楽しいものや喜ばしいものであることは稀である。私たちは苦しみや悲しみに関する事柄を鮮明に記憶する。

 それは戸籍や肉体、思想や倫理などよりも強固に私たちを定義する。私たちは自己を疑いようがないほど明確に認識したい。それによって人は途方もなく満たされる。自分が何者かをはっきりと自覚できれば、それはどんな快楽にも勝る。そしてそれは辛く苦しい思い、凄惨で汚辱にまみれた体験に頼るのが最も安易で簡便な手段となる。

 

 被った苦しみの一つ一つが私たちのアイデンティティと結びつく。苦しんだ記憶の蓄積が私たちをそのまま表す。もっとも、「私が苦しむ」という言い方は便宜上の表現にすぎない。私とは苦しみそれ自体であり、苦しみなくして私は存在することはない。人間の自己同一性には、嫌なことや辛い目といったものは不可欠な因子だと言える。
 思想や道徳、倫理よりもどんな苦しみに依拠するかで個人は規定される。損得や善悪といったものも、それに比べれば塵芥に等しい。自分がどんな存在であるかが、人間にとっては第一義にして最重要の根本義だ。自分自身を指し示す目印こそが人間にとっての最も望むべきものであり、そしてそれは他でもない苦しみなのだ。
 私たちはそれに終生固執する。自分が何者であるか自覚し、確信し、それに依拠することを覚えたら、それを捨て去る選択を通常私たちはしないだろう。正体不明の名無しの権兵衛、無意味・無定義・無意義な「なにか」で在り続ける心もとなさに耐えおおせる者は決して多くはない。そんな無用な骨折りより、人は安易な道に逃げたがる。即ち苦しみ続ける被害者として自分を設定し続ける。
 口や態度では苦労や不幸を拒む素振りをしても、それは所詮上辺だけのものでしかない。私たちは間断なく苦悩し、尽きることなく怒り憎み、底知れない絶望に打ちひしがれ、身を切られ胸を引き裂かれるような目に遭うことを本音では心底乞い願っている。それが苦しみを引き起こして私たちをより一層悲劇的にし、私たち個々人の存在を一段と際立たせるのだから。


 逆に、苦しみがなければ人は自己の細部を理解することも感取することもない。不足や欠乏から人は自身が何を求めているかを知る。また、不本意を無理強いされたときに人は本音や本心・己の本願が分かるようになる。
 さらに言えば、ある人間が苦しみから解かれるなら、その人はもうその人ではありえない。彼が彼のまま苦難や懊悩から解放されることなど有り得ない。何故ならこれまで重ね重ね書き連ねてきたとおり、苦しみこそが人間を人間、個人を個人たらしめるからだ。一人の人間が苦しむとき、その人は苦と同一で不可分な存在となっている。人間が苦しむのではなく、苦しみ自体が我々の本体なのだ。
 それは、人という種が永遠に度し難い存在ということを意味している。苦しみを一切受けない幸福な人間など存在し得ない。ある者が本当に言葉そのままの意味で幸せなら、彼は人であることを放棄していると言っても過言ではない。人間の根本にして本質たる苦から解かれた存在はそれだけで人間ではない何かだと言っていい。
 一個の人間もしくは個人であり続ける限り、私たちは永劫救われないだろう。人としての生は苦しみに満ち、有限で不可能に直面することばかりだ。そんな現実や実相から目を背けて自分が幸福だと思いこむことも可能ではある。しかしそれはやがて覚める夢でしかなく、遅かれ早かれ私たちは己の起源にして本性たる苦に対峙することになる。これは何人たりとも避けることはできない。
 逆に言えば、苦がなくれなれば私は消え去る。個我への執着、静的な個人であり続けることへの我執を捨て去れば、その瞬間に苦しみは消失する。苦しみの終わりは個人の終焉である。個我を存続させようと試みる限り私たちは死ぬまで、ともすれば死んでも苦しみとともにあり続けるだろう。
 つまり本当に腹の底から苦しみを厭うなら、私たちは己自身であることに固執すべきでないということになる。苦は人の個としての側面を強め、個として存在しようとすれば人の苦は大きくなる。逆に一個人、一個体としてこの世でどう遇されるかにこだわらなくなれば、その瞬間に私たちが被る一切の苦しみは幻でしかなくなるだろう。

幸か不幸か

 幸福のパターンは少ない。自他ともに幸福であると認めざるをえない完全無欠な人生を送る人物が仮にもし存在するとしたら、それが複数人いたとしても彼らの生活や生き方にはそれほど多くの違いはないだろう。どんな時代やどんな地域においても幸せの形や内容には大きな相違はないというのは例を挙げるまでもなく自明である。
 逆に不幸の様相は人の数だけあるだろう。同時代の同じ町で生きている人間に限って焦点を当てたとしても、彼らが背負っている不幸せの仔細について聞き出せば、そのヴァリエーションの多様さに恐らく圧倒されるだろう。どんな社会的な階層にも別々の苦しみや悲しみがあり、個々人が異なる不幸を味わっているだろう。

 幸福や至福はありきたりのありふれた営みの中にある。それは有り体に言えば平凡であり取るに足らない日常の繰り返しにすぎない。それは凡庸であり通俗的な無個性さへの埋没である。一言で言い表すならそれらは単純に面白みがなくつまらない。

 翻って、不幸や不遇は何であれ劇的であり刺激的である。対立や葛藤、理不尽や不条理の中でそれらを被る受難者は悩み苦しみを被り、憂いや恐れを抱かざるを得ない。そんな人間の振る舞いや生き様はドラマ性に満ち溢れているし、激情を掻き立てられ息をつく暇も与えないほどだ。
 また、幸せは個人の何たるかを定めてはくれない。特別でも特異でもなく、ありふれて何の変哲もない日々が展開される暮らしの中に置かれた人間は、どうやって自分が何者かを知ればいいのだろうか。一切の障害も設けられず、全てが粛々と恙無く執り行われるだけの世界の中に個性や独自性といったものは存在するはずもない。
 その点、不幸せこそが私たちに己の何たるかを教えてくれる。自身を悩ませる敵対者の存在は常に渦中にいる者を悩ませる。環境などの外的な要因の全てが悪い方に向かい、不利益や不運を被る人間を苦しめ続ける。そんな受難の渦中にある者は、自分が何故、何のために苦渋や辛酸を嘗めねければならないのかと考える。その問いかけや探求の道程において、私たちは自分がどんな存在なのかを明確に定義し、己自身に確信を抱けるようになる。
 
 
 私の不幸は私だけが占有している。私が被ったあらゆる苦しい思いや痛ましい追憶は分かち合ったり共有したりすることは絶対できない。私の不利益、私の損害、私の艱難……。それらの全てはオリジナルな体験であり、代替することができない代物だ。
 私と全く同じ不遇や理不尽を味わった者など存在しないと断言できる。非常に大雑把に捉えれば似たような苦労や辛苦を被った人間は当然大勢いるかもしれない。しかし、それは大まかに類似しているというだけで本質は全く異なるだろう。不幸とは客観的な事実の羅列ではなく、主観的な体験だからだ。

 独自かつ奇異な経験や体験としての不幸の蓄積が私にとっての記憶や思い出となる。そしてそれに基づき私の人格や精神が造形される。周りの人間にされた手痛い仕打ちで痛めつけられたこと、メディアを通して流布された身勝手で無遠慮な言説を通じて傷つけられたこと、実社会で金銭や労力を搾取された屈辱的な思い……。そういった類いの不幸せな追憶が無数に私の中に溜め込まれ、私がどんな人生を歩んだどんな人間かを定める。
 人間の脳は辛いことや不快に思ったことを鮮明に記憶に残すという。これまで生きてきて、不幸や悲劇には分類されない出来事も多数浴してきたはずだろうが、そういったことに対しては殆ど覚えていない。私たちは脳機能の性質から見ても幸福や幸運よりも不幸や不運に着目するようになっているようだ。
 事情はどうあれ、改めて考えてみれば私は不幸せの権化のような存在だ。生まれてきてから今日に至るまでの間に溜め込んだ辛かったことや嫌なことの集合体のような人間が他ならぬ自分であるという事実は無視できない。私の本質は不幸せそのものであった。痛苦や悲苦の念こそが私が私を成す根源で、肉体や精神さえそれよりも優先順位は下となる。
 
 不幸の性質が人それぞれの個性を表していると言える。私が被った不遇などはほんの一例に過ぎない。世間には無数の人間が居て、それぞれの人間に個性があり、別個の内容や性質の不幸せがある。ある人物の人間性について語ったり分析したりする際、彼がどんな不幸を背負って生きているかが焦点になるだろう。
 不幸の数だけ個人が存在する。とある人が被った損失や被害、あなたが切り抜けた艱難辛苦、私が悪辣な加害者によって味わわされた災厄などのそれぞれが各人の気性や性質を表す。その人間がどういう存在なのかは当人が被った痛みや苦しみ、悲しみや精神的な葛藤などの詳細が表す。
 さらに言えば、経験した不幸の内容によって人は自他を区別する。先に述べたように、私が味わった不幸は私個人の、私固有のものである。それを完全にコピーした体験をした人間はこの世にはいない。したがって、自己とそれ以外を分け隔てるものは個人的な記憶、とりわけ不幸せな出来事に関する追憶ということになる。
 私が被った憂き目や災難のすべてが私を示す勲章だと言える。己が何者であるか、自分自身がどれだけの値打ちや存在意義があるかについてそれらを参照するだけでいい。受難の数々が私を作り上げ、その一つ一つの詳細が私を定義づける。私たち人間は血や肉である前に不幸や苦悩なのだ。

 
 人は自身について確信していたい。自分にどれだけの値打ちがあり、どれほど貴重で大切な存在なのかをはっきりと自覚したがる。私たちは自分自身の正体や詳細について知ることに生涯の多くの時間や労力を費やす。それにはそれだけの価値があるのだろう。
 自分を定義づけられるなら、人は喜んで受難に浴する。苦しんだり悲しんだりすることで自分がどういった存在か明らかになり自身でも納得ができるなら、人はどんなことにでも耐えられる。義のために命を投げ捨てることができる人間の心理の背景にはこのような事情がある。人は自己を確立して大きな意義を自らに付与できるなら進んで死地に赴くことができる。
 正体不明の匿名な存在でいるよりも、ともすれば人間は敗者や被害者であることで妥協する。そのために人間は自身のために不幸・不遇・不運を設定して己の存在を盤石なものにする。たとえ悲劇の主人公になって破滅したとしても、人間は己が何者なのかと頭を悩ませるよりはその方がマシだと考える。
 なぜなら、不幸な人間はユニークでありスペシャルだからだ。受難に甘んじて苦しんでいるだけでも特別な存在になれると私たちは確信している。だからこそ私たちはフィクションにおいて架空の人物が苦悩し葛藤する様子を鑑賞したがり、実在する人物が醜聞で失墜するところを面白がって見物する。いわんや自分自身については、悲惨や苦難を一心に受ける憐れむべき被害者だと見做したいのが人の情というものだ。
 その一方で幸福な人間、ないし少なくとも不幸でない者は押しなべて凡庸だ。そこには一切のドラマ性がない。言うなれば至福の中に生きる人はストーリーという地獄から抜け出してしまった存在であるとも言えるかもしれない。創作でもドラマの結末がハッピーエンドだとしてもその過程において主人公は必ず対立や葛藤、試練や障害を通過する義務や宿命を追っている。考えてみればそれと同じことなのかもしれない。

 静寂や至福などで名状される幸せの在処は、ドラマやストーリー、スペクタクルや大立ち回りなどとは全く無縁な境地だ。そこに至る道がたとえあったとして、そこに達したとしても恐らく人はそこでのあまりの退屈さに無聊を託つようになるだろう。冒頭で触れたように幸せとはありふれたもの、論ずるに値しないつまらない愚物でしかないのだから。

 私たちはそれを踏まえた上でも不幸を厭い幸福を追求するだろうか。その詳細について知悉してもなおその道を歩もうとするのは相当な物好き、奇人変人だろう。人は苦しんででも手持ち無沙汰を紛らわそうとする。そうでもしなければ私たちの生は間が持たない。

 私たちはあくびをするより血反吐を吐きたく、物憂げに飽き飽きと暮らすより命からがらただひたすら汲々として生きたいのだ。人間の被虐的な本願や自己憐憫への渇望はもっと注目されるべきなのではないだろうか。

艱難汝を玉にする、なんて

 人は生ある限り苦しみから逃れることはない。生老病死をはじめとしたありとあらゆる苦が人間をどんな瞬間においても責め苛む。私たちはそれらの一切から遠ざかろうとするがそれらは執拗に私たちに追いすがり、我々の命が尽き果てるまで延々苦しめることだろう。
 そして私たちは苦しみから救われたいと漠然と願う。辛いことや嫌なことが自身の人生から取り払われ、歓喜や愉悦だけを感じてただ楽しく生きてみたいと口先だけは言い、また頭の中でも念じたりはする。またそれは人としての当然の願望であると世間的にも承認されていることでもあるので、私達は臆面もなくそれを口に出したり妄想したりはする。
 しかし、それは本心ではない。そのような私たちの願いは所詮は意識の表層の上辺だけの望みにすぎない。安逸や平穏への探求というのは人間が表向きに抱く願望でしかなく、我々の意識の深いところではそれとは全く逆の本願が秘められており、それは明け透けに語られることは極めて稀である。
 実のところ、私たちは本能や無意識の次元においては常に苦しみを渇望している。安楽や官能、平穏無事や天下泰平などは人間の本当の望みではない。仮にそれらを万人が心底希求していたとしたら、この世は全く別の様相を呈しているはずだ。少なくとも我が国においては、楽のみを第一義とするような生き方は礼賛されていない。忍耐や屈従とは無縁で、ただ安楽に遊興だけに耽溺するだけの遊民が褒めそやされたり尊ばれたりしたためしがあっただろうか。
 世間や社会が苦に満ちているのは単に我々がそう望んだからに他ならない。私たちが美徳とするものは専ら、懊悩や悲嘆、痛みや苦しみである。それらを手放したり遠ざけたりすることを私たちは明確な形で表明しないが間違っていると漠然と考える。痛苦と完全に無関係な人生を心の何処かでは好ましいと思うどころか憎んですらいるのではないだろうか。
 人間が抱えている問題はどんな苦しみを被っているかではなく、それを望んでいることを知らないという一事に尽きる。苦しみたくない、楽になりたいと思考や意識の表面だけでは夢想しながらも、胸中の内奥ではそれと正反対の苦痛や煩悶への憧憬や執着が根深く渦を巻いている。苦のない人生を人は望んでいるという前提が大間違いであることを私たちはまず自覚する必要がある。

 

 一般的に人間は、なぜか苦しみから避けたがるということにされている。あらゆるメディアで喧伝されている人間の願望や希求に関する言説はもちろん、直に対面して言葉を交わす人々の口から出る言葉でさえ、楽をしたいだとか苦労は嫌だとかいった文句ばかりがしきりに聞こえてくる。私にはこれが甚だ不可思議に思えてならない。
 人間が不幸を忌避し、幸福を追求しているなどとは大嘘であるのは先に述べたとおりである。私たちが現実の日常生活で本当に苦労を厭い、苦痛を倦んでいるならば、本当にそれを実行に移して実生活に反映させるものがもっと多くいても良いはずだ。しかし我々がよく知っているように、私たちは顔をしかめて本意でないことに耐え忍び、ただ悲苦の念に首まで浸かりきって人生を浪費しているではないか。

 人は苦を避け楽を求めるというのは大きな誤解である。人間は自身が何者であるかを明確に自覚するために苦しみや悲しみを必要とする。だから自分の生涯において被った数多の嫌な思い出というのは我々にとっての己を定義付け意味付けるための装飾品のような機能を持っているといえる。だから私たちは好ましくない記憶を後生大事に胸のうちにしまい続けるのだ。
 つまり、私たちは幸せより不幸せを好んでいる。仮に弱者や被害者といった屈辱的な立場に甘んじることになったとしても、私たちは自分が何者であるかをはっきりとさせたい。自分が無意味で無意義な存在かもしれないという不安や恐怖に脅かされるよりは、理不尽を被りながら惨めな悲劇の主人公として自身の役どころを確信する方が、我々にとっては気が楽で快感ですらある。
 翻って、私たちは自分以外の他者が被る不幸や苦労を尊んでもいる。愉快に安穏と世の中を渡り歩く人間よりも、苦心に苦心を重ね呻吟しながら辛うじて生きている人間の方を一般的に人は応援したくなる。この二者のどちらを好ましく思い肩入れしたいと感じるかは、私たちが自他の別なく世の中の苦というものをどう見做しているかを示す一つの例である。
 また、映画や小説などに代表される私たちが消費するストーリー性のある娯楽は、どんな形のものであれ葛藤や対立を賛美している。山場もなく敵対する存在も登場しないというのはストーリーテリングの都合上あり得ない。ドラマ性のあるコンテンツを私たちが享受し消費するとき、劇中の人物の身に起こるあらゆる困難や悲劇を私たちは面白がっているということは忘れられがちであるが否定のしようがない。
 だが、創作上の絵空事は現実と無関係ではなく、それは私たちの本質を象徴的に表す。スクリーンやディスプレイの向こう側で起こっている出来事や事件は現実の世界と完全に無関係ではない。フィクションやファンタジーの世界で重視されているものは現実においても多くの場合は重きを置かれる。そしてそれが苦しみや悲しみなどのネガティブな情動や情緒とそれに関連付けられる一切だとしたならば、その価値観や体系は現実の世界にも適応される。
 フィクションにおけるあらゆる描写は実在する人間たちの本音であり本性である。悲劇が珍重されるのは舞台の上や画面の中だけではなく、実社会や我々一人一人の人生においても同じだ。痛みや憂い、怒りや悲しみといった人間を苦しめるはずの情動がエンターテインメントの世界ではいつも不可欠なものだというのは私たちにとって看過できない事実だ。

 

 架空のキャラクターたちと同じく、私たちの人生も葛藤や対立が満ち満ちている。そしてその現実における実人生における劇的な苦しみは、フィクションにおいてそうであるように私たちにとっては何であれ意義深く値千金だ。そんな私たちが幸福を希求しているなどと宣うのはなんという皮肉だろうか。
 悩み苦しむ架空の人物たちの姿は、そのまま私たちにとっても奨励される、あるべき姿でもある。私たちにとって辛い生涯を送ることは素晴らしいことだ。さらに言えば、我々は苦しまなければならない。それを厭い避けるのは道理に反しているし、人道からも外れる愚行に他ならない。私たちは本心ではこのように考えている。
 我々はフィクションに倣い現実の社会を形づくり、その中で生きている。寓話や娯楽作品に登場する登場人物が艱難辛苦を乗り越えた果てにある勝利を掴み取り、自身の存在意義や値打ちを証明するように、私たち個々人の人生もそれを模倣することが是とされる。苦難の道を歩む物語の主人公たちの振る舞いが、我々にとって実践して当然な生き方の雛形となる。そして私たちはそうでない生き方を腹の底では軽視し、侮蔑さえするようになる。
 今や人であることと苦しむことは不二であり同義だ。この段になって私たちは、耐え難きを耐え忍び難きを偲ぶ社会に耽溺してしまう。そして苦しんで生きることと人間であることは完全に同一視される。
 最早万が一にでも苦しみから解かれるようなことがあれば、人は人間ではなくなる。人間であることの最低条件は苦しみへの我慢と忍従である。ただひたらすらそれに入り浸ってはじめて人間は人間である。にもかかわらず、この我慢大会と化した火宅から逃げ出そうなどと考える不届き者は人非人の烙印を押されてしかるべきなのだ。
 苦しみを倦んでそれを厭い、それから脱することを本当に腹の底から希うなら、私たちは人非人になる覚悟を持たなければならない。少なくとも無辜の市民として生涯を完遂することなど望むべくもないということだけは肝に銘じなければならない。

 なぜなら、苦しみは人間性そのものなのだから。苦しみから開放される瞬間、私は人間を辞めることなるだろう。それを是とするか否とするか。少なくとも、人でありながら苦を回避する道などは絶対に有り得ないということだけは確かであり、そのことだけでも心に刻んでおいても損はない。

自己無責任論

 私はかつて幼児だった。生まれ落ちた場所は文化や文明の光が届かない鄙びた農村で、家は貧しく家族は頑迷かつ狭量だった。当時の私はそんなことを理解する能力もなく、ただ毎日を漠然と生き、父や母の言動を唯一絶対の真実だと教え込まれそれに従って暮らしていた。

 私はかつて子供だった。自分が生活している場所が世間一般の標準と比べて著しく遅れているということや、両親が必ずしも正しく賢明ではないということにうすうす気づき始めた頃だ。学校では担任の教師に執拗に目をつけられ、毎日のようにいびられた。やりたくもない将来の役にも立たないそろばん塾に通うことを親に無理強いされ、学校と塾は私にとって地獄のように嫌で辛く苦しかった。私にとって自身を取り巻く全てが理不尽に思われ、何もかもが呪わしく思われるようになった。

 私はかつて学生だった。生得的に与えられた境涯の中で限られた選択肢の中から「自己責任」で自身の人生を歩まなければならなかったが、私にはその範疇でどんな生き方をしても不本意でしかなく、どうしたら良いか分からず途方に暮れ徒にただ時間を無意味に浪費するばかりであった。

 そして、ほんの数年前ですら、今の私にはとてつもなく遠い昔に思える。卒業証書という紙切れ一枚を渡され大学を放逐された私は、新卒をふいにした代償を社会に出て払わされることにった。底辺職を転々とし、貸与された奨学金を返済する目途は全く立たないまま無意味に年令を重ねた。若者というカテゴリーに分類された時期は瞬く間に過ぎ去り、人生の盛りは屈辱的な労働と貧苦に喘ぐ日常をやり過ごす為だけに費やされた。

 私は自身の生涯に後悔の念しかない。人生のどんな場面においても好ましいものや望ましい結果に浴することはただの一度もなく、私は理想や夢想とは全く正反対の現実に常に打ちのめされた。どの時期を振り返っても楽しく思い起こされる追憶など一つもない。苦々しいトラウマと無知や過失による誤った選択への悔恨だけが脈絡もなく脳裏を駆け巡り、人生にまつわる一切の記憶は私をどんな瞬間においても私を打ちひしいだ。

 ともすれば、今の卑しい労働に身をやつす、さもしい生活にもいつか悔やみ惜しむ日が来るのだろうか。憂鬱で腹立たしく、無気力や倦怠感が充満した現在の日常すら、あの時ああしていれば、と遠い未来の年老いた私には思われるのだろうか。少なくとも懐かしい思い出の一幕として今の暮らしを振り返ることは絶対にないと断言できるのが悲しいところではある。

 

 思い返せば、私の人生で思い通りだったことなど何一つない。好きなものに近づくことも、欲しいものを手にすることも、望ましい未来も何もなかった。人生は苦難と理不尽、不条理と不都合に満ち満ちて、私は幼い時分からずっと悩み苦しみ、悲しみに沈んで毎日をただ汲々を生きるだけで精一杯という有様だった。不本意な人生しか送れなかった後悔と、これから先もそれが覆りはしないという絶望とに板挟みにされ、私は目下自身の生涯にほとほとうんざりさせられている。

 しかし、なぜ私は自身の生涯がままならないことを嘆くのだろうか。思い通りに生きられないことがそのまま苦しみに結びつくのが法則めいているように感じて生きてきた。しかしそれがなぜ、どんな理由でそう思われるのかということについては終ぞ考えずに私は、訳も分からず自身の内面で起こる残念無念といった感情に囚われてきた。それは例えるなら、敵の詳細について知ろうともせずにそれを恐れ続けるようなものだった。

 私は人生は自分のものだとずっと思い込んでいた。人とのしての私の生と私自身は完全に等号で結ばれ、生涯に何を被り何を浴したかという主観的経験と客観的事実の蓄積や集大成が己の値打ちや意味、存在意義を決定付けるのだと信じた。人生と自分自身が不可分であるという前提は私に限らず余人の大半が共有する認識だろう。

 だが、そもそも私たちは自分の意志で生まれてきたのではない。産湯に浸かった日のことを鮮明に覚えている人間はこの世にどれだけいるだろうか。そしてその時に自分が満を持して産まれてきたなどという確信を持っていた者は果たして存在するのだろうか。私たちの大半は意図せずに不意に女からひり出され、気がついたら良く分からない状態でこの世に漠然と生きていた、というのが実際のところではないだろうか。

 また、生育環境などの境遇も自身で決めたのではない。個人とは環境の産物に過ぎないが、それが完全に望ましいものである事例は世の中においてはそう多くはないだろう。文化や文明に浴しながら聡明で寛容な両親のもとで育ち、幸福な少年時代を送り、然るべき正しい教育を受けられる境涯を選べるものなら誰もがそうするだろう。しかし、そういった星の下に生まれたものですら、それを自身で選び取ったわけではない。

 肉体も精神も自身で選んだのではない。背丈や顔貌などを自らの意志で形作ることができる人間など存在しない。私たちは親の要素を多分に受け継いだ肉体とそれを土台にして醸成された精神を携えて生きていくより他はない。そこにはどんな自由もなく、選択肢など端から設けられていない。外的な要因に拠る心身を自分自身だと見做し、また他人からもそう見做されて、私たちは生を強要されているのだと言っても過言ではない。

 自分に関する諸物の殆どは私の意志や選択とは無関係である。自身の生まれや育ち、肉体に至るまでの全ては私の希望や思いなど一切汲み取られていない。私たちは己の生の詳細について何一つ選ぶことも決めることも能わない。自身の意見や考えを表明し、それらを現実に反映させられることは稀だ。仮にできたとしてもそれは枝葉末節の重要でない些事に限ったことである場合がほとんどだろう。

 肝心なものに私の考えや思いが及ぶことなど実は一つもない。人生自体もまた然りだ。自分が意図しない望みもしない生を「お前の人生だ」と言い聞かされて私たちは不可抗力で無理強いされているに過ぎない。自分の意思で決めたものではなく、単に押し付けられた生について何故私たちは責任を取らなければならないのだろうか。本意ではない生なら、それに対してシリアスになる必要性が一体何処にあるのだろうか。

 

 

 自分の人生がままならないことを私たちが苦に思うのは、それを我がものだと見なすからだ。他ならぬ誰のせいでもない自己責任の結果として自分の人生というものがあるという前提に根ざした思い込みでしかない。

 人は自分の意志で産まれてくるだとか、親や環境を霊的に選択してこの世に生を受けるだとかいうスピリチュアルな解釈には何の根拠もない。それを盲信し確信を持つことができる人間は少数だ。少なくとも私はそうではないし、そうでないならばそういった思想に与する義務もないだろう。

 私たちが与えられた生を悔やむべきなのは一から十まで自分に責任がある、それを負う必要がある場合に限った話だろう。私が生まれたことは私が望んで起きた出来事ではない。また、私の生涯すべてを通して社会や他人の思惑の中でその大部分が勝手に決められたことにすぎないし、私はそれによって被った自身のあらゆる苦境や辛酸、艱難辛苦に対してもう責任がないことを確信する。

 自分が手に入れたものや占有したものについて人間には責任がある。「我がもの」だと主張、表明することはそれに対しての無限の責任を背負うという宣言となる。それを行った瞬間、人は「我がもの」の行く末や顛末に常に気を配らなければならない。獲得や所有という概念それ自体が実は人間にとっての現実や森羅万象に対する浅薄な誤謬でしかないが、それでもそれらを抱くときその人には責任が生じ、それにかかずらわなければならなくなる。

 己の人生が自身に因ると主張する者のみが人生に責任を負うべきだ。それは良い悪いといった話ではなく、そうしたいものだけがそうすればいい。それをすべき人間はきっと恵まれた幸福な人種なのだろう。そういう類いの人間に対してそうでない人間の想像など届くはずもないし、また慮る必要など一切ありはしない。

 私は「私の人生」が私のものではないことを知っている。自分の意思、願い、思いなどとは全く無関係に展開される人生なるものと自身を一体化しない時、私はそれをただ観察する。そこには何の不平不満や被害者意識、失意や絶望、後悔や無念も生じない。私の生は私のものではないのだから、特別な感情などそもそも抱くことができない。

不機嫌

 仕事の間、今日の私は絶えず不機嫌だった。連休明けて各取引先からの受注が溜まっていたし、週明けの忙しい日にもかかわらず、普段行わないイレギュラーな業務も追加でやらなければならなかった。加えて、業務を行う上で必要な機械の調子が悪く通常よりも仕事の進みが遅くなり全体的に進捗が芳しくない状況で終始私は苛立ちを隠すことができなかった。

 私が気分を害するのには正当な理由がある。先程述べたのが大体の詳細であるし、加えてそれらに耐えたところで大した実入りはない。おまけに時間外労働も行わなければならないし、それに対しての対価は全く得られない。そんな職場に対する不平不満や社会や他人への鬱屈した感情が募り、私は機嫌の悪さを常に腹の底に抱え込み、心の中はいつも乱れ耳だれている。

 私が機嫌や気分を害する要因は無数にある。今日は仕事のことで不機嫌になっていたが、会社で被る諸々の事柄とは全く無関係な事情にも私は頭を悩ませ、その度に煩わしい思いをさせられる。私は家族をはじめとしたあらゆる人間関係で齟齬が生じる度にふさぎ込み顔をしかめる。また、自分の過去へ後悔の念を抱いたり未来への不安や絶望を感じたりする度に暗澹たる気持ちにあり、そのことは逐一私の表情を曇らせた。

 逆に私が上機嫌でいられる状況は数えられるほどしかないかもしれない。私の心中が穏やかなまま一日をやりおおせることなど一年で一体何日あるだろうか。朝に目が覚めてから夜に寝入るまでの間に直面する事物や事象への感情は勿論、それらと無関係に胸中に去来する記憶や思いに心を掻き乱されることが全く無く、安楽に安穏と生きられる日が本当に私の人生に一度でもあっただろうか。

 不機嫌はどうしても表情や態度に出る。自分では無表情・無反応を貫こうとし、実際にそうしているつもりであっても、全くそれらが仕草や挙動に反映されないようにするのは至難の業だ。自分ではできているつもりでも周囲にいる他人からの指摘で否が応でも気付かされることもしばしばだ。そしてその度に私はより一層悪感情に囚われるという悪循環に陥る。

 不機嫌はあらゆる面で、自他共に良い結果をもたらさない。自分が他人からそういう感情を表明されたりぶつけられたりする状況に置かれればそのことはよく分かる。相手の機嫌が悪いとこちらの気分も害されるし、そういった感情に煩わされれることで生産性のある結果がもたらされることなど稀だろう。いや、全くないと言っても過言ではない。不機嫌は悪徳であり、損失であり、誰にとっても迷惑千万なものだと言える。

 

 思い返せば私は物心ついたときから快活でも明朗でもなかった。何も社会に出て様々な理不尽や屈辱を味わわされるようになってから不機嫌な感情に支配されるようになったということではない。悪感情が内心で常に惹起され、落ち込んだり憤ったり、昇進に沈み不遇を託つのは私の生来の気質であったと思う。これは生まれついての性分であり、かなり根深いものだと自覚はしている。

 有り体に言えば、私は根暗だった。不満があっても口に出すこともできず、嫌な思いをしても発言したり行動に示すこともできずただ溜め込むことしかできなかった。口は達者ではなく、表情はいつも暗く、後ろ向きで内罰的な思考や感情が私の内面を常に支配していた。

 私の陰気さは周囲の多くの人々を不愉快にさせた。私には異性も同性も全く寄り付かなかったが、それは改めて考えれば仕事当然のことであった。弱気で陰険な人間と関係を結び交流を深めたいと思う人間などこの世には存在せず、人々は私から離れ距離を置いていった。そしてその歴然たる事実を目の当たりにし、私は世間や社会に対して絶望の念をひときわ募らせるばかりであった。

 とりわけ私の態度に憤ったのは両親であった。お前はなぜそんな顔をするのか、お前はなぜ暗いのか、明るくる振る舞うことすらできないのか、何が気に入らず不満なのか、父も母も私に常日頃そのような詰問を浴びせた。そんな両親は私のことで常に頭を悩ませ、彼らも私よりいっそう不機嫌だったしどんな時でも怒りや失望、軽蔑や嫌悪の情を私にぶつけるのであった。

 私は常に気丈に振る舞おうとしたが状況がそれを決して許さなかった。家は貧しかったし、将来の選択肢もなく私の先行きはどんな時も一条の光明すら見出すことはできなかった。子供の頃から私は将来に絶望していたし、人間全般に対して幻滅してもいた。人生のかなり早い時期から私は自身の人生や生涯に何の希望も見いだせず、私の精神はいかなる瞬間にも失意のどん底にあった。

 大人になった今も、私はほとんどの時間を不機嫌に過ごしている。未来は一層暗く感じられるし、これまで経験してきた悲惨な思い出は何の脈絡もなく心の内奥から浮かび上がっては私を苛める。生活は金銭的に常に苦しく、望まない仕事をやらない選択肢などは考えられない。給料は少なく拘束時間は長い。社会的には卑しい職業であり、人に胸を張って言えるような仕事ではない。そんな生涯は生きれば生きるほどに恥の上塗りであり、そんな人生を強いる社会に私は常に不満を抱いている。

 悪感情が自身に不利益を与えることなど、私には重々承知である。どんな矜持や憂き目に遭わされてもアルカイックスマイルを湛え、寛容かつ鷹揚な態度で全ての人間に対して接することができれば、誰一人私を邪険には扱わないだろう。もしそんな生き方ができればそれはどれだけの恩恵を私の人生にもたらすだろうか。しかし、私の姿勢や態度はそれとは真逆であり、だからこそ私の人生は実りが少なく、幸に乏しいものであった。

 それでも、三つ子の魂百までという諺が私にも当てはまってしまう。凪いだ水面のような穏やかな心が、自身の人生に安逸と祝福、安楽を与えるのだと頭では理解していたとしても、主観的にも客観的にも私が置かれている状況はとてもではないが穏やかに暮らせるような代物ではないことは明白であった。私の生涯を上機嫌でやりおおせることなど狂気の沙汰としか思えず、だから私は憂鬱や腹立たしさを常に携えて生きるしかなかった。

 

 己を御する術を身に付けたいと私はずっと願ってきた。どんな状況や局面においても自身にとって望ましい精神を維持することは私の長年の望みであった。到底できず、目下できていないものの、もしそれが自分に能うならどれだけ素晴らしいことだろうかと私は夢想はしてきた。

 努めて明るく朗らかな表情を作ろうと悪あがきしたこともあった。自己啓発や能力開発、スピリチュアル系の分野に傾倒し、引き寄せの法則などを参考にして無理やりポジティブに、容器に振る舞おうとした。しかしそんな見せかけの明るさは社会や他人などが私に突きつける現実によって呆気なく打ち砕かれるのが常であった。

 それは現在においても成就していない。現に今日の仕事においては始業から終業までの間、誰に目にも明らかなほど私は追い詰められた表情をしていたし、声音にもそれが出ていたかもしれない。それが自然で正常な反応だから苦虫を噛み潰したようなかおをするのは当然だという風に、どれだけ心がけていても実際の生活ではどうしてもなってしまうのが現状である。

 思考や感情などといったものは、結局のところ自分のものではない。自身が身を置く状況や環境などといった外界は勿論のこと、精神や心などといった内界に関しても私たちは完全にコントロールすることは不可能である。できないものはできないと認めることも時には必要だと私は思う。

 しかし、自身における心の動きを観照することはできる。御することは能わずとも、自由にならない内的な現象としての機嫌や気分と自己を同一視せず、その情動に振る舞わされることなくそれらとは距離を置くだけなら現実的で私のような人間にも可能な範疇だろう。

 人間に必要なのは何かを被る態度ではなく、ただ観察する姿勢だ。お好みの情緒や情動、感情や精神を都合よく作り出し、それに固執し維持ようという試みは成功したためしがない。私たちは自身の内面が自分の物ではないということを知らなければならない。そしてそれが我が物でないなら、それがままならないのはそもそも必定だと言える。一切の執着はそれが自分の物だという迷妄から生じる。感情や情緒もまた然りだ。問題なのは不機嫌なることではなく、自身の情動を制御しようとする試み自体にあると言えるだろう。

 不機嫌な人間ではなく、不機嫌を観る人になる。不機嫌を滅尽することは能わなくてもそれなら十分可能だろう。

問題視

 生きるということは問題を抱えることである。我々の人生はたとえどれだけ満ち足りた素晴らしい生涯であったとしても、問題と無縁な生というのは恐らく存在し得ないだろう。私たちは大小や多寡の違いはあっても、万人がそれぞれの問題に対処しながら死ぬその日まで日々汲々とし、ほうほうの体で精一杯生きている。

 私たちにとって何の問題もない日など存在しないだろう。仕事がある日には当然業務上の諸問題に頭を悩まされるだろうし、仮に休日であっても、休みの日には働いている日とは全く別物の面倒事や悩みに直面させられるのが常である。少なくとも私は一つも問題がなかった日などこれまで生きてきて一日もなかったし、それは世のすべての人間にも敷衍して言えるだろう。

 個人とは諸問題の寄せ集めだ。皆それぞれ、一人の例外もなく我々は数多の問題を抱え、それにより煩わされながら生きている。その一つ一つをあげつらうだけでも日が暮れるほどの問題を私たちは抱えているし、我々の生が内包する問題の多種多様さはどれもドラマティックでバラエティに富んでいる。ある意味驚嘆すべき事実である。

 そんな数え切れない問題の解決のために私たちは悪戦苦闘する。生活や人生を楽しむことなど二の次にして、私たちは己の身に降りかかり、自身を煩わせる問題の数々と常に格闘する。それが分別のある理性的な人間としての正しい生き方だと信じながら私たちは数多の諸問題に直面し、それを解決・解消するために人生の多くの時間を捧げる。

 私は生まれつき問題だらけだった。生まれも育ちも悪く、容姿にすら恵まれなかった私にとって、自分を指し示すあらゆる要素や事実が即ち問題であるように思われた。そしてそれらの大半は後天的な努力や心がけなどでは到底解決しえないものばかりであった。山積した問題とそれが解消できないという動かしがたい現実に私は絶え間なく苦しみ、そして傷つきながら今日まで生きてきた。

 加えて、それらが一つも解決しないということはさらに大きな問題であった。人生の殆どの時間や多大な労力を犠牲にして問題について煩悶し、悩み苦しみながら出来る限りの手段を講じているにもかかわらず、結局問題の多くはそのまま解決も解消もされずに明日や将来に延々と持ち越され続ける。問題に直面することだけでなく、それを克服できないことが一層私の心を乱し、私は己自身を苛み続けた。

 

 しかし、問題はなぜ問題なのだろうか。私たちは「こんな問題がある」、または「これは問題だ!」と言い立て叫ぶばかりで、それらがなぜ問題であると言えるのだろうか、といった点については考えることは殆どない。問題はなぜ問題なのか、という疑問は多くの場合ただの屁理屈や考えるだけ時間の無駄な愚問として処理されるのが常だろう。

 そもそも、問題は解消されるべきなのだろうか。問題が解決し、それが克服されれば私たちは喜ぶが、一つの問題の解消が即ち大団円だと言えるのは稀である。むしろ一つの問題の終焉は新しい問題の始まりとなる。一つの問題を終えても、別の問題がまた浮き彫りにされ、それが終わったとしてもまた別の何かが……といったように延々それが繰り返される。そのような営みに虚しさを感じない者はいないだろう。

 仮に私たちからあらゆる問題が取り払われたなら、それはいいことだろうか。悩みも苦しみも悲しみも一切なく、面倒で大儀な事柄も何一つなく生きられるとしたら、私たちはどんな目標を持って生きていけばいいのか却って途方に暮れてしまうのではないだろうか。問題が一つもない生など我々には想像するしかないが、それが薔薇色で素晴らしいと手放しで言い切れないのもまた事実だろう。

 人間にとっての生の詳細は、抱えている問題に依っているという事実は無視できない。私たちは直面している面倒事や取り組んでいる問題を通して己が何者かを知る。そしてそれは自分を自分たらしめる己の一部をなす要素となり私たちにとって実は欠かすことのできない存在になってしまうことすらままあるだろう。

 どんな問題に向き合っているかが個人の本質である。政治問題を取り扱う者は政治的な人間となり、教育問題を取り扱う者は即ちそれとなる。私たちを規定するものは私たちが直面する諸々の問題であり、それこそが私たちの実相、本質であると言っていい。それは克服されたり取り除かれたりされるべき代物ではなく、私たち自身を決定づける我々と不可分な何かなのである。

 そう考えれば、個人を個人たらしめるアイデンティティとは、当人にとっての問題そのものだとも言える。自分の存在意義や己を定義するための不可欠な要素とはその人間にとって問題視している何某かであり、それなくしてその人物はそれたり得ない。私たちが自分が自分であると胸を張って明言するには、自分が何を問題だと見做しているかを表明しなければならない。

 そのため、己が何者でどんな存在であるかを明確にしたがる限り、私たちは問題に煩わされ続ける。人間にとっての自己の確立は、自身を煩わせる面倒事や改善されなければならない不備などといった諸事を問題視することと完全に同義だ。私たちが自分であり続けるには常に問題に悩み、苦しみ続けなければならない。それを厭い避けながら、我々が自分自身で在り続けることなど不可能だと言っていい。

 ある個人が何かを問題だと思うことでそれはその人を表す要素となり、それがその人を定義する根拠となる。仮の全ての問題が私たちから「取り上げられ」ることがあったら、もしかしたら私たちはそれに反対しさえするかもしれない。完全な問題解決は私たちにとってのアイデンティティや存在意義を脅かす脅威たりえる。それを私たちは自分でもそれと知らずに本心では忌避しているのではないだろうか。

 

 さらに言えば、私たちは心の内奥では問題を常に欲しているのではないだろうか。自己を確立し、人生の意味や目的を明確化するために、問題に直面することを我々は実は渇望している。私たちにとって何かに煩わされ、苦しみ、それと戦い続けることは実は本望なのだ。どんな瞬間においても私たちはそれを心待ちにし、それが失われることを恐れているのが本音なのだ。

 問題を求めているからこそ私たちの生は問題だらけなのだ。人間が不幸や苦悩から解き放たれたがっているだとか、問題の解決や克服を願っているだとかいうのは根本的な誤解である。私たちは私達自身の本願に無自覚であり過ぎる。私たちは諸般の葛藤に呻吟することが内心喜ばしく、嬉しくて仕方がないのである。

 また、問題を見つけるために私たちは相当な労力を割いている。先に述べたとおり、問題に直面し、懊悩することで私たちは己がどういう存在でどんな意義を持っているかを自覚できるのだから、どんなときでも絶え間なくそれが恙無く執り行えるように私たちは苦しみの源たる問題を血眼になって探し求めている。もし身近に何一つそれが見当たらず、発見できなかったとしても私たちは無理矢理にでもそれを捏造しさえするだろう。

 私自身、大いに心当たりがある。子供の頃には問題だと思っていなかったはずのことを現在は問題視していたりもするが、それはまさしく先に挙げたような問題の捏造であると言えるだろう。人間が幸せや自由、安楽を願い求めているなど大嘘だ。自分が何者であるかを知るための極めて安易な手段として、私たちは森羅万象の中に問題を求める。問題視するものが多ければ多いほど私たちは何かに苦しむ。そしてその苦しみが私たちの存在をより強固なものにする。それが私たちの何よりの望みであり、私たちの本心からの喜びなのだ。

 問題はそれ自体が問題として存在しているのではない。問題は問題視する人間がいることではじめて存在しうる。そしてそれは本当は改善されたり根絶・撲滅されなければならない何かではなく、問題視するその人が自身を定義付け、意味づけるための道具として機能している。問題とは人間が自身の存在に箔をつけるための装飾品でしかない。

 ある事象や事物を問題視する私たちの精神の中にこそ真の問題がある。それを求める心がそれを盤石なものにしている。問題がある時、その根本・根源はそれを見出している人間の内側に常に存在しているのだと私たちは知らなければならない。そして私たちはマゾヒスティックな自身の本音や本心を自覚しなければならない。

 苦しむことが好ましく、喜ばしいならば大いにそれに耽るべきだ。それを希いながらそれを否定するかのような姿勢を表明することは不幸な倒錯である。己の本当の望みが苦しむことや悲しむことならば、それを存分に追求するべきだ。

 もっとも、私個人はそんなことはもう御免被りたい気持ちだ。そしてそうだとしたら、苦しみを欲し、問題を求める思考や行動のパターンを唾棄し、それから脱却する必要があると言えるだろう。それを成就させたいと本当に腹の底から願うなら、これまでの生で踏襲してきたあらゆる言動の様式や精神活動の形式とは距離を置かなければならなくなるのだろう。

本願

 世間一般の通念では、人間は幸福を望み不幸を避けたがるということになっている。人は誰しも、ただ一人の例外なく幸せになることを願いそれのために念じ、それを実現させるために行動を起こしているということになっている。幸福追求は人間の権利であり本能で、その欲求に従って万人が生きているということに表向きはなっている。

 私自身、幸せになることを望んでいたつもりであった。世間の人間がそうであるように、私も豊かで自由な生活、自己実現が思う存分成就するような実り多き人生を望んで人生を送っているのだと思っていた。私は意識や思考の表層でも深層でも、そういった願望を抱いて生を全うしようとしているのだとばかり自分では考えて生きてきた。

 しかし実際のところ、私の人生は一貫して不幸だった。前述のような願望とは裏腹に、私の人生は不幸そのものであり、金銭的には常に困窮し、好ましくない仕事のために人生の大半の時間を浪費し、望ましい形での自己の実現など夢のまた夢といった有様だった。私の生涯においては、願い通りにできたことなど全く無かったと言っても過言ではない。

 人生において私の身に起きたのは、大抵願いとは正反対の出来事だった。世界は私の期待や希望をあらゆる局面において裏切ったし、私はそんな現実に直面する度に人生に失望した。私にとって人生とは常にままならないものであり、胸中に抱いた願いはどんな場合でもこの世のあらゆる一切から無碍にされ続けた。

 私は自身の身の上を嘆き、自己憐憫に浸った。私は自分を哀れで惨めな人間だと見做し、己を可哀想な人間だと考えた。それは私にとっては紛れもない客観的事実にしか思えず、自分を省みれば省みるほど私は自分が憐れまれるべき存在だとしか思えなかった。

 しかしあるとき私はふと思った。私にとって自身が不幸で哀れな存在であるということは自明であるとしか思えないが、その事実が私にとってもしかしたら自分でも気付かないうちに好ましいものとなっているのではないかと。不幸や不遇といった者の中で生きることを私は自分でもそれと気付かないうちに許容し、ともすれば好ましく思っているのではないかと。

 

 望みが叶わない度に私は不平不満を抱いた。私の頭の中は常に夢や希望に満ちているのにもかかわらず、現実はことごとくそれに反する結果を私にもたらした。そしてその事実に私はいつも気分を害した。望み通りの結果が得られず、幸福を浴せない自分の人生を私は子供の頃から延々呪い続けた。

 ままならない人生は私を苦しめた。私は掛け替えのない存在で、そんな私が送れる人生はたった一度きりしかないのに、それが望み通り出ないのだから当然だ。一回しかない生涯がままならないという現実は私を大いに絶望させた。

 思い返せば私は、人生のどんな瞬間においても被害者として振る舞っていた。好ましい生き方を選ぶことも許されず、望まない人生を送ることを身近な人間たちから無理強いされる自分は何と不幸で悲劇的な存在なのだろうか。そういった感情に耽溺することで私は自身を慰撫し、そういった捉え方で己や人生、この世界を解釈することが完全に状態化していた。

 私にとって生涯は悲劇であり、自分はその主役であった。世界で最も可哀想で憐れむべき存在が他ならぬ自分自身なのだという盤石な思いが私を常に支配し続けた。私はどんな場所でどんな時においても被害者であり、そのように振る舞うことが現実に即した正しい姿勢であると確信してずっと生きてきた。

 私にとっての生は不幸が常であり、私は不遇の中で生き続けた。それらはまるで空気のように自身の身辺に存在するものであるように思われた。そして私は、それらがなくしては私の人生は成立せず、己について語ったり定義したりすることもできないと考えていた。いつしか、私にとって生きることと不幸であることは不可分なものとなり、不幸が自身のアイデンティティの根幹をなすようになっていった。

 今にして思えば、無意識のうちに私は不幸せに安住していたのかもしれない。自分にとって好ましい状態や望ましいものについて夢想することすらいつからかしなくなり、思い通りにならない状況の中で生きることが当然であり、それ以外の生き方など有り得ないと思うようになっていった。不都合や理不尽が身に降りかかると、私はかえって安心することさえあった。

 私は自身が被害者や悲劇の主人公だと思いたい願望があったのだと思う。被害者であること、悲劇的な人物として生きることはある意味気楽だ。そういった存在は常に自分以外の何らかの要因によって苦しめられる。その人が被る痛苦や苦悩といったものは基本的にその人には責任がないと見なされる。だから自らを被害者と定義付けて生きることを人間は無意識のうちに望んでしまうのかもしれない。

 そう考えれば、私にとっての本願は幸福ではなく不幸になることであったと言える。上辺だけは幸せを欲し、好ましい結果を望んでいるかのようなフリをしていたが、私の本当の望みは不幸せになって被害者然として振る舞い、自身を悲劇の主人公として位置づけて自己陶酔に耽ることだったのかもしれない。そんな己の本心に無関心で在り続けたことが本当の意味での私にとっての不幸だったのかもしれない。

 

 私は悲惨や窮状を腹の底ではずっと望んでいた。たとえそれが悲劇でしかないとしても、私は自身の生涯がドラマティックであって欲しいと願った。ストーリー性のある人生を送れるなら、それが大団円でなくても良く、むしろ悲劇の舞台の上で生きた方が自身をより劇的な存在だと見做せるからその方がかえって好都合だという浅ましい算段すらあったように思える。

 だから私は物心ついてから今日に至るまでずっと不幸せであった。それは他ならぬ深層心理や無意識といった次元における私の本願であった。そして私はそれを自覚することもなく被害者として臆面もなく生き続けてきた。ドラマやストーリーの中で意味付けや定義づけられた生を私は内心ずっと望んでおり、それが私の人生を形作っていた。

 それは紛れもなく私にとっての本願であった。社会の不備や他人の悪意によって私の人生が台無しになって自分が惨めな境遇に置かれているのではなかった。私が被った不幸や悲劇の出処は疑いようもなく私の内なる願いであり、自身の生涯は本願がそのまま成就された結果でしかなかったのである。

 私の人生はそういう意味では常に思い通りであった。自分が不幸を望む自意識過剰な弱者にすぎないと気づく能力を持たなかったことが問題の本質であり、根源であった。私の人生はどんなときも期待通り、望み通りであったし、世界は私の本願を忠実に叶え続けていたのだった。

 私は己が不幸や悲劇を望み、そこに安住したがっていたのだと今頃になって愚かにも気付いた。願いどおりの生を送っているのにもかかわらず、私は自分の外側に常に原因を求め続けた。私を被害者にしている加害者としての悪いやつがこの世の何処かに存在し、それによって自分の人生が台無しになっていると愚昧にも思い込んでいたが、それは人生やこの世界に対する根本的な考え違いであった。

 そのことを踏まえれば、あらゆる理不尽や不条理、不都合といったものを私はもう望むことはない。それらは最早私にとって本願たり得ない。とどのつまり、間違っていたのは私自身であった。自分の本心が不幸や不遇を心底望んでいて、それをこの世は忠実に成就させて私に提供していたの過ぎなかった。それに気づくまでに私はあまりにも多くの時間と機会を犠牲にしてきたが、せめて残りの人生はこのような浅薄で愚劣な勘違いから離れた生き方をしたいと切に願う次第である。