壺中有天

弁ぜんと欲し 已に言を忘る

滑川の誕生

 このブログ「乱文堂」アカウント名は滑川となっている。当然この名前はハンドルネームであり本名ではない。この名前を名乗るようになったのは俺がまだ10代のころで、当時の俺はラジオ番組の投稿コーナーにはがきやメールを送るハガキ職人だった。この記事ではその頃のことについて書こうと思う。

 15歳だか16歳くらいの時、俺は狂ったようにラジオばかり聞いていた。俺が生まれ育ったところは国内ではトップクラスの僻地であり、家はどちらかというと貧しい部類だった。テレビのチャンネルは民放が3つしかなく、家にはパソコンもなくインターネットの環境を整えることもできなかった。ついでに言えば雑誌の類いの発売日も都会と比べえて遅れがあり、リアルタイムで何か情報を得ようと思えば、せいぜいラジオを聞くくらいしか選択肢がない環境だった。

 田舎でラジオを聞いて情報を得ようとするならFMよりもAMであった。AMの電波は太陽が高く昇っていない時間帯は遠くまで飛ぶ性質があるため、AMの番組はかなり遠方の放送局のモノでも受信することができたのである。俺が当時暮らしていた県内でのラジオ局はAM・FMともに民放が一つずつだったが、先に述べたようなAMの電波の性質を利用し、かつ多少感度や性能の良いラジオを使えば都会の色々なチャンネルを聞くことができた。そんな事情があって高校時代の俺はラジオにかじりついて東京や大阪などの都会の情報をどん欲に求めていった。

 AMのラジオ番組にはリスナーが投稿下ネタを発表するコーナーが設けられており、高校生だった俺は自分も何か投稿してみたいと思うようになった。実際に本格的にネタを投稿して発表するようになったのは確か17歳になってからだったと思う。

 はじめのうちは本名で投稿していた。しかし、ラジオのスピーカーから公共の電波で自分の名前が読み上げられるのを耳で聞く段になり、俺には奇妙な違和感があった。生まれ持った、親に付けられた自分の名前がしっくりこない感じがしたのだ。ハガキ職人はラジオネームというペンネームに当たる名前を名乗るのが昔から慣習になっていたので俺も他のハガキ職人に倣ってラジオネームを名乗るようになっていった。

 本名を伏せてラジオネームを名乗るようになってからすぐに滑川という名を名乗り始めたのではなかった。名乗りはじめのうちは候補のラジオネームが5つほどあり、それらを使い分けながら消去法で一つずつ使わなくなっていき、最終的に残った名前が「滑川」という名前だった。明確な理由があって名乗った名前ではない。気がついたらこの名前で活動するようになっていき、ハガキ職人を辞めてからもネットなどで本名以外の名前を名乗る場面では基本的に滑川という名前でやってきた。まぁ、せいぜいネット上のハンドルネームに使うくらいだったけど。

 ハガキ職人は高校時代で辞めたし、上京してからはラジオを聴く機会自体ほとんどなくなっていった。それでも俺は名前を明かすときは可能な限り「滑川」という名前を名乗り続けた。戸籍上の親が付けた名前よりも滑川という名前の方が俺にとってはもうしっくりくるくらいだ。

 というよりも、はっきりと白状すると俺は親に付けられた名前が嫌いだ。だからラジオネームを名乗りだしたわけではないけど、滑川という名を名乗ろうが名乗るまいが俺は自分の名前をかなり嫌悪している。

 両親については他の日に別の記事で長々と書こうと思っているが、父も母も正直に言ってあまり聡明とは言えない人物だった。そんな両親に付けられた名前は俺にとっては正直に言って気に入らない。名字の方にも全く愛情がない。昔からのなじんだ名前だから滑川という名前を名乗っているのももちろんあるが、生まれついた自分の名前というか素性に対する忌避感情が根底にあるような気もする。

 何故俺は俺なのか。そんな思春期特有の青臭い疑問や悩みを今になっても俺は抱き続けている。もっと言うと生まれついた自分からできるだけ脱却して遠い人間になりたいという思いもあった。そのために一番手っ取り早かった、子供のころの俺でも思いついた方法が「別の名前を名乗ること」だったのかもしれない。

 名は体を表すというのは本当だと思う、特に人間に付けられた名前に対しては。生まれたときにすべての人間は名前を付けられる。それは自分では決して決めることができない。その名前は親などの名付けた人間、ひいては名付けた者や名付けられた者が属している環境などに密接にかかわるものとなるだろう。人間に対しても物体に対しても、あるいは形而上のものに対しても、名前を付けるという行為にはどうしても名付けた人間の意思や性質が反映される。それが人間の名前で、名付ける者がその人間の親だった場合、その親の考えや感覚といったものが如実にその名に現れるだろう。

 俺の親は前述したとおり社会的に高い階層に属している人間ではなかった。父親も母親もそうだし、父方の家系も母方のそれも同じである。もっと言うと俺が生まれ育った場所は全国的にも貧しく、遅れた、もっと言うと遅れた土地だった。そういう環境に属している人間に付けられる名前というのをありがたいと思えるかどうか、

 父親は悪人ではないが無知で野卑な人間だった。母親も狭量で見識の狭い人間だった。そんな人間から与えられた名前を俺は人生のある時点からひどく嫌っていたし、ハガキ職人として活動する上で本名でない名前を名乗ることができるというのは今にして思えば格好の契機だったのだろう。

 別に滑川という名前を名乗るうえで、想定しているキャラクター性などはなかった。滑川なる人間がどういう人間であるべきか、という設定じみたものは一切なく、ただ俺は生まれついた境遇に基づいて与えられた本名でない名前を名乗り、それがラジオパーソナリティなどの他者に自分の名前として認識されることを本気で楽しんでいたような思い出がある。自分が名乗っている滑川という名前に何の意味も意図も込められていないにもかかわらず、変身願望的なものが満たされていたのだろう。

 生得的な自分にまつわる全てを捨てて自由になりたい。深層心理では子供のころからずっとそう願っていたのかもしれない。文章を書いて創作活動をし、それを発表する際にペンネームとして滑川という名前を名乗ればそれの欲求が満たされる、そんな魂胆が無意識のうちにあるような気がしないでもない。表現したいという欲求よりも先天的な自分からできるだけ離れるために俺は文章を書いているのかもしれないし、シナリオの道を志したのかもしれない。

 何故シナリオライターを志すのか。そんな疑問はずっと自身の胸の内にあった。別に普通のサラリーマンでもいいし、もっと堅実な道を選ぶことができたはずなのに、結局そういう道を選ぶしかなかった背景にあるのは、生まれついた自分からの逃避という目的で、その手段としてこの俺が選びうる選択は、文章を書いて創作活動をすることしかなったのだろう。そしてそれを仕事にすることによってしか俺は絶対に満たされず、自分の人生を正当化することもできないのではないだろうか。

 文章を書く理由、そして滑川というペンネームというか後天的に自分で名乗った名前に固執する理由がこの記事を書いていて自分でもはっきりと自覚することができた。それだけで自分にとっては今回の収穫としては十分である。