読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

乱文手記置場

雑記、雑感その他

彼について私が知っている二、三の事柄

 俺の人生において巡り合ったあらゆる人間の中で、最も悪辣で強悪な人物について書く。そいつのイニシャルはYという男で北海道出身だと言っていた。加えて、実家は団地住まいで家業は焼肉屋だとも語っていた。そいつの出自についてはそれらの要素だけで推して知るべしといったところであろう。

 Yはかつて俺が務めていた都内のとある会社Xの先輩社員であった。その会社はインターネットの広告代理業を主な生業としており、その広告は主にアダルト関係のものであった。ネット広告の代理店業は広告媒体を持っているメディア企業とネット上で広告を打ちたいクライアント企業の仲介をしてマージンをもらうのが仕事である。しかし、Xが取り扱っている案件のほぼすべてがアダルトである関係上、得意先となるクライアントは性産業関係のものばかりで、やくざのフロント企業だったり経営者や従業員が日本人でなかったりする場合が多々あり、その会社の社長曰く「業界には悪いやつが多い」のだという。無理からぬ話である。

 そして同じ会社で働いていたYもご多分に漏れず相当な悪党であったのである。端的に言うと高校卒業以来ずっと裏社会で生きてきた悪人で、標準的な日本国民の道徳観や倫理観をまるで身に付けていない、怪物と言っても過言ではない人間であった。そしてあろうことかその男は「先輩」として俺の上に君臨したのである。

 まずYは傲慢かつ尊大であった。その態度は社長のそれよりも大きく、特に俺に対してはマウントを取りたがった。その会社に勤めていた社員の数は社長を含めわずか4人で、Yは社長と一緒に会社を立ち上げた創立メンバーであった。残りの社員は俺ともう一人の男で、俺よりも半年か一年ほど早く入社した人間だった。Yはその男よりも俺に狙いを定め、ある時は人間関係の距離を馴れ馴れしく過剰に縮めて来たり、自分にとって不本意に感じられることがあれば俺に罵詈雑言を浴びせかけたりした。また、Yと俺以外の従業員が帰った後、俺を何時間にもわたり会社に拘束して特に必須ではない残業を俺に課したりした。

 Yは重箱の隅をつつくように俺の一挙手一投足をあげつらって攻撃した。提出するエクセルのセルの選択がA1(シートの一番左上)でないことに激昂したり、自社サイトの更新やSEO対策で使う文章の非常に事細かい誤字脱字などを徹底的に洗い出し、気に入らない点があれば数十分にも渡り罵ったりした。また、社内の掃除などの雑用も俺に課し、トイレの掃除が隅々まで行き届いていないとして俺を責め立てた。ある時、便座の蓋の裏に埃が付着していることに目を付けたYは他の従業員が見ていない時にそのことで俺を責め立て、制裁なのか懲罰なのか、俺の顔にスプレー式の洗剤を吹きかけたこともあった。

 Yは過剰なほどの完璧主義だった。自分にとって気に入らないことがあればどんな些細で小さなことでも取り上げて延々そのことで俺を責めた。業務時間のかなりの時間を割いて俺に喚き散らすので仕事が全く進まないこともあった。Yにとって俺は完全に言いなりになる都合のいい召使か奴隷か何かのようで、俺は心身ともにYに支配されるような生活を送っていた。Yの「命令」で俺はYを自宅に上げたことすらあった。

 仕事の出来不出来でがなり立てられるだけならまだ我慢はできた。Yは俺の私生活や俺が育ってきた生育環境、女性遍歴などに至るまで根掘り葉掘り聞きだそうとし、俺が何かを伏せようとすればそれに対して大変不服な態度を表明した。俺の容姿なども徹底的にこき下ろし、嘲笑いさんざん馬鹿にした。勤務時間中にである。

 Yは劣等感の塊だった。とある食事の席でYが語ったところによれば、北海道の団地で育ち、父親には暴力を振るわれたと言う。子供のころは貧しく、水道水を飲んで腹を膨らませたという。身長は平均よりも低く、そのことを大変気にしていたようであった。加えてYは目上の人間には異様に下手に出てへつらうだけでなく、警察などといった力にある相手には明らかに警戒するようなそぶりを見せた。

 時系列は不明だが、Yは札幌市で闇金融やホストクラブなどといった稼業に従事し、相当金を貯め込んだのだという。闇金に勤めていたころには逮捕されたことがあり、ホスト時代には客が破滅するまで金を貢がせたという「武勇伝」を誇らしげに語っていた。金持ちの中年女の紐をやっていた時期もあったらしいが詳細は不明である。

 そんなYはいきさつは不明だが上京し、紆余曲折あってネット広告業界に入り込み、例の社長と一緒に会社Xを興した。そしてそんな会社に何の因果か運悪く俺が入社してしまったのである。

 闇金やホストクラブといった裏社会の世界で生きてきたYにとって、組織の中の上下関係は物理法則よりも強固なものだったらしい。俺はそんなYの下でおおよそ1年にわたり奴隷のように使役された。YはXの社長よりも時には専制的に振る舞い、標的に選ばれた俺は一つ上の先輩社員よりも遥かに多くの苦渋と辛酸をなめさせられた。そのほとんどは不条理で理不尽であるばかりか、会社の業務上全く不必要どころか無駄なことばかりであった。

 重ねて書くがYは劣等感が服を着て歩いてるような男であった。会社という組織を半ば私物化し、俺を子分のように扱った。今にして思えば、Yは格下の人間である俺を使役し自身の数多あるコンプレックスを解消しているかのようであった。休みの日にも大した用もないにもかかわらず電話をかけ、公私ともに俺を自分の支配下に置きたがった。Yは仕事はもとよりあらゆる全てにおいて自分が俺よりも格上であるかのように振る舞い、俺に尊崇の念を抱くよう強要するのであった。Yにとって俺は都合のいい道具そのものだったのであろう。

 そんな会社Xは俺が入社してから1年ほどして資金繰りが悪化して倒産してしまった。通常の感覚ならば、潰れた会社の中における人間関係は全て解消され、かつて同じ会社で働いていた従業員たちとは晴れて赤の他人となるはずである。しかし、Yだけは例外であった。

 Yは会社Xがなくなってからも俺の「先輩」であろうとしたのである。俺はYのことを心底憎んでいたため、会社XがなくなってすぐにYの携帯の番号をアドレス帳から削除し、着信拒否設定を行った。しかし、それがすぐにYに知られてしまい、Yは別の携帯電話を使って俺に脅迫電話をかけてきたのだ。迂闊にも俺はその電話に出てしまい、Yは電話口で俺の家に乗り込むだの逃げる限り追うだのと恫喝してきた。俺が戦慄したのは言うまでもない。

 会社がなくなれば上司も先輩もクソもないだろうと俺は思っていたが、Yにとってはそうではなかったのである。永遠に不滅で不変の主従関係がYの頭の中では築かれていたらしく、Yは俺の着拒は許されざる裏切りだと捉えたらしい。Yは複数の携帯電話を所持しているらしく、身に覚えのない携帯の番号からの着信がしばらくの間相次ぎ、俺は警察に泣きつくことも考えた。

 俺はYからと思しき怪しい着信を片っ端から着信拒否し、最終的にはYは俺から手を引いたようである。しかし、俺は今でもYが家に乗り込むのではないかと警戒している。ちなみに余談だが3か月ほど前、Yはどうやってか俺が今現在仕事で使っているスカイプIDを探し出し、突然コンタクトを試みてきた。そんなYの執念に俺は恐怖した。

 Yがどんな人生を歩んできたのかは俺にとって知る由もない。というより知ったことではない。推し量ることができることがあるとするならば、Yの言動の全ては強烈な劣等感に起因するということくらいだろうか。