書き捨て山

雑記、雑感その他

自分刑務所

 自由を好み、それを追い求める気持ちはどんな人にでもあるだろう。仮に現在自らが身を置いている環境に不自由を感じたとしたら、自由を望みそれを得ようとするのは人間ならば極めて自然なことである。

 俺は子供のころから様々な制約の中にいた。俺の両親は子供の意思を尊重したり伸びのぼ育てるなどという考えを全く持たない人間で、彼らは親心により数限りない無理強いを俺に対して行った。それがどのようなものであったかは他の記事にある程度書いたので割愛する。

 俺は自由でありたいと願った。しかし、先天的なあらゆる環境がそれを決して許すことはなかった。遅れた土地、鄙びた田舎、狭量で頑迷な家族、俺を取ります全てが俺の人生を著しく制限していた。津軽という土地柄はさながら呪いのように俺の人生を阻み続けていた。経済的な貧しさと人生における選択肢の少なさは常に俺について回ったが、それは俺に限らずたいていの津軽人なら皆多かれ少なかれそうであったかもしれない。

 津軽平野は言うなれば天然の牢獄のような場所だった。北を海、残る三方を山で塞がれどの大都市ともアクセスが悪く、テレビなどのメディアも貧弱で情報が都会に比べて入ってこないという性質も相まって、津軽というのは否かというよりも一つの孤立した世界のようであった。

 津軽に生まれて落ちた大半の人間は津軽から出ることなく生涯を送る。加えて、人生の一時期において「外の世界」に出ることができた者も、その大部分は帰郷するのである。昭和の時代なら集団就職などという機会が用意されていただろうが、今の時代はそれもない。俺自身、子供のころは郷里を捨てて都会に出るなど夢のまた夢だと思っていたし、俺を含む大部分の津軽人にとって津軽の外側の領域は自分には無縁の別世界という認識なのである。

  皆そうだから自分も仕方がない、そう言い聞かせて済めばその方がよかったかもしれない。しかし、俺の中の何かがそれを許さなかった。自らが生を受けた場所を呪い蔑み、そこから逃げ出すことを望むようになったのはいつのころからだったろうか。俺は自分が津軽という牢獄にとらわれた囚人のように感じられ、そこから抜け出すことに躍起になっていった。まだ若く押さなかった俺は、親元を離れて自由になれば、忌まわしい甥たちから解放され望み通りの人生を送ることができるなどと臆面もなく信じていたのである。

 今の時代でも津軽人にとって、状況というのは途方もない贅沢である。それが許されるのは家が裕福な一部の人間だけである。それ以外の圧倒的大多数の津軽人は先に述べた通り地元で生涯を終える。俺も後者に属する人間のはずであったが、様々な状況が複雑に作用して津軽から抜け出して上京し、東京に居つくことができた。このことだけで見れば俺はかなり運のいい人間であると言ってもよい。

 しかし、俺は自由にはなれなかった。子供のころ夢見た自由な状態、すなわち親元を離れ故郷を捨て都会で生きるという状況に身を置けるようになったのにもかかわらず、結局はもっと別の要因が俺を縛り付けて不自由にしているのが今現在の状況である。

 大学を出てからこっち、俺はいくつも職業を変えてきた。それは、自分が不自由さを味わっているのは職業が悪いと考えたからである。色々な職場でいろいろなことをやってきた。販売、接客、工場、倉庫、清掃、事務から詐欺に至るまで、そのどれもがいわゆる底辺の仕事ばかりであったが、俺はいくつもいくつも仕事を変えてひたすら足掻き続けてきたが、どのような職に従事して暮らしても俺には常に不自由さが付きまとった。

 俺がワーキングプアだからそう思うだけなのかもしれないが、下層階級に属する人間が働かされることになる職場は刑務所のようだと思う。週5日あるいはそれ以上の日数、朝から晩まで拘束されかろうじてホームレスにならない程度の雀の涙ほどの賃金のために時間や労力にとどまらず尊厳から何まで他人に捧げ搾取され、不当に安い報酬を有難がって貰い、食費などをギリギリまで切り詰めて糊口を凌ぐ。さながら刑務所というより、もしかしたら刑務所に収監された方がいいくらいかもしれない。

 子供のころから現在に至るまで、俺は自分を取り巻く環境を牢獄だと感じていた。それは津軽でも東京でも変わらなかった。俺は子供から大人になり、学生から労働者に転じ、良きにつけ悪しきにつけ色々な状況が変わったにもかかわらず、自分が不自由であるという認識が変わることはなかった。

 何故、何によって俺は不自由なのだろうか。勤務時間中、苦役の最中に屋外階段の隙間から青空を仰ぎ見て、俺はふと、そんなことをある時自問してみた。故郷から異郷、学校から会社、流転に次ぐ流転を飽きもせず繰り返したにもかかわらず、何故俺は相も変わらず自由でないのかと。

 まず、自由とは何で、そして何からの自由なのか。思えばそんなことはあまり深く考えてこなかった。自由とは何かに囚われないだろう、そして何に囚われなければいいのだろうか? 金銭や時間の欠乏から解放されさえすればそれで解決するのか? もしも金や時間が自由になったところで、また別の何かを根拠にして俺は不自由さを感じるのは目に見えている。

 何かが足りない、満たされないと感じる限り人間は自由にはなれない。満ちないという思いが不自由さの根源であり、即物的に何が不足しているかは皮相的な問題に過ぎない。では、満ち足りた状態とはどんな状態か、何かが満ちてもまた別の何かに対して満ちないと感じれば、俺は永遠に自由になれないではないか。

 俺が満ちない究極的な原因は、満たされない自分という存在そのものにある。何かの欠乏や制限、制約といったものにより自由が阻害されているのではない。満たされない自分がいるという認識それ自体が不自由さの源であり、自分が自分であり続ける限り俺には自由はない。我ありと念じ続ける限り、人は自分という刑務所の囚人なのである。

 自らを自由にするのではなく、自分から人は自由にならなければならない。自分自身からの自由。その大願を成就する為に必要なのは、自分の外側の変更ではなく内側の変容である。不自由を託つ自分という強固な自意識からの解放だけが今の俺の望みである。金がないとか、時間がないとか、将来の選択肢の幅が狭いとかというような上辺だけの問題にはもう囚われる必要がない。いや、それに執着する限り俺は永遠に自由に離れないだろう。

 自由になること、解放されることとは、自分自身を手放すことである。そういう類いのことは学校では教わらないし、テレビや本で見聞きすることもない観点である。いわゆるスピリチュアルな分野においてすらこれとは180度異なるアプローチによる生き方が提唱されているのが主流である。自己実現とか自分への癒しとか、「自分を」どのように遇するかということに終始している。

 しかし、自分がどのような状態であったとしてもそれは本質とは全く関係のないことだ。どんな形であれ「自分が自分である」ということに執着する限り人は自由に離れない。これほど不自由で不遇で理不尽な目に遭っている自分が確たる存在として在り続けているのだという認識こそが、人間にとって唯一にして最大の牢屋である。

 自分という刑務所から出るには、それに固執しないことである。人間は何かによって不自由になるのではなく、不遇を託つ我ありという思い込みにより不自由な立場に身を落とすのである。