読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

乱文手記置場

雑記、雑感その他

逃れられない

 仕事をしている最中に何の脈絡もなく小学生だった頃のことを思い出した。小学5,6年の頃の私は人生で最も苦しい日々を送っていた。その頃は家庭内で大きな問題があったとか経済的に困窮していたという話ではなく、学校で教師から酷い目に遭っていたのであった。当時私のクラスで担任だったNという教諭は私を標的に定めて徹底的にいびり倒した。その頃のことは未だにトラウマとして脳裏に焼き付いており、今日のように何の前触れもなく当時の嫌な記憶が思い起こされ、私を大変不愉快にさせるのである。

 Nにどのような腹積もりがあったのか、未だに私には到底理解できない。当時から私は根暗で鈍くさく、典型的な駄目な子供であったから、そんな私の根性や性根などを「叩き直す」つもりで私に過剰に厳しく接したのかもしれない。しかし、それは今にして振り返っても単なる言葉の暴力や理不尽な仕打ちの数々に過ぎなかった。Nがどう考えて私にそれらの苦しみを与えたにしろ、そんなことは私が生きていく上で一つもプラスにはならなかったし、全く感謝の念も起こらない。ただただ無用で有害なことをしてくれたな、という思いがあるだけだ。

 私は親や親戚、同級生などに対しても数多の嫌な思い出がある、いや好ましい記憶など何一つないといってもよい。しかし、それらよりも私の人格形成に悪影響を及ぼしたのはN絡みのエピソードであると断言しても良い。小学5,6年の頃のクラスの担任がもしNでなかったら、と今になって思う。Nと接触しなければ私はここまで陰気な性格にはならなかったかもしれない。11歳か12歳そこらで理不尽な目に遭いすぎたことにより、私の人格は歪曲してしまったと確信している。それほどNは私に酷いことを言い、またやった。

 それらを一つ一つあげつらうことは可能だがそれは無意味であろう。それよりも、その当時の私が被った苦しみについて根源的な洞察を試みた方が建設的であるといえる。単に怒鳴り散らされ、暴力を背景にいつも脅され、他の児童たちよりも明らかに不当な扱いをされたというのは表層的な事実の羅列にすぎない。そうではなく、物事の皮相ではなくもっと深いところにある「苦しみの根」のようなものを本稿を機に探っていきたいと試みてこの記事を書いている。

 だが、生涯において辛かったのは小学時代だけではない。中学も高校も、大学も社会に出てからも私の人生は常に困難を窮めていた。というよりも言うまでもなく、単純な苦痛の多寡だけで言えば子供の頃よりも大人になってからのほうが圧倒的に多い。しかし、過去を振り返ったときに、自身の人生において印象が強い記憶は子供の頃、とりわけ小学生だった時分の出来事であり、そのうちの相当な割合が親とNがもたらしたものであった。

 これまで生きてきて被ってきた怨憎会苦と被ってきた無数の嫌な思い出の数々。しかし、それらの過半数は時間の経過とともに忘却の彼方に押しやられていく。しかし、Nに遭わされた酷い目や憎むべき所業の殆どは歳月を経ても色褪せることなく今でも鮮明に追憶できる。これは私の中でそれらが記憶として根深く定着しているから二歩から鳴らず、私の脳はNに関する出来事とそれに付随する当時味わった嫌な情緒などに重きをおいているということになるのだろうか。

 子供の頃の私がNから受けた仕打ちは当時は筆舌に尽くしがたく思われたが、事象それ自体はありふれたものであり、大人になった現在の私にとってはそこまで特筆すべきほどの惨事と言う程でもない。Nよりも糾弾されるべき悪人はこの世にいくらでもいるし、Nが私に行ったり言ったりしたことよりも手酷い所業を私にもたらした人間もまた数多いる。しかし、記憶の中ではNが両親と並んで嫌な人物として色濃く強烈に記憶されているのである。

 大人が苦渋や辛酸を舐めたとしても、そこから逃げ出すのは容易である。有害な人間関係は断てばよく、劣悪な就労環境での仕事なら転職すればいい。大人は自身が身を置く環境をある程度選ぶことができるし、自身が不利益や不都合を被らないように有効な対策を講じる能力が備わっている。大人が被る不幸や苦痛の相当数は自力で避けることが可能である場合が決して少なくない。

 しかし、それが子供ならばどうだろうか。子供は生まれる家も育つ環境も自分では選べない。関わる人間を選ぶこともできず、無益な辛苦から逃れる術も能力も持っていない。子供にとってあらゆる理不尽や不条理を伴う苦痛や悲哀は全てが不可抗力だ。自力ではどうすることもできず、子供にはそれから逃れる道など基本的には用意されていない。

 単に嫌な思いをし、酷い目に遭うことが問題なのではなく、それから逃れられないというのが苦しみの根源、本質である。逃げ道がある苦しみなど苦しみの内に入るだろうか。避けうる凶事は凶事たりうるだろうか。人は逃れられず避けがたい何かを被ったときに苦しみを味わうのだ。肉体や精神に負担がかかることが即苦しみとなるのではない。かつて被った苦しみに思いを馳せるときには、自分にとって避けがたかった、逃れられなかった物は何だったかという観点を意識的に持ってそれに臨めば、自身の精神に悪影響を与えている記憶を深く分析できるようになるかもしれない。

 逃げ場がないことそれ自体が人間を苦しめる。好ましくない何かから遠ざかる力がある人間はそれができない者よりも幸いである。逃げられる能力、避ける機転、遠ざかり、手放すための資質……それらを身につけることで何を被ったとしても人は逃げ道を見いだせる。逃れられないという絶望から解き放たれることが大切だ。

 逃げられるという可能性が希望となり、苦しみを減らすが、逃げるための力もまた必要となる。逃避のための術を一つも持たなかった子供の頃を回想しながらも私は、目下被っている苦役や苦境についても全く同じことが言えるのだと気づくに至った。ストレスフルな状況に身を置き、物質的かつ金銭的に窮乏しているというのは上辺だけしか見ていない現状認識だ。それがなぜ私にとって苦しみかと言えば、それから逃避したくてもできないという救いの無さが根底にある。そのような視点を持たなければ、ただ単に不遇を託つだけになってしまう。

 苦しい、辛いと嘆くだけではなく、その思いが何によって自らにもたらされているのかを深く内省するべきだ。何によって苦しむかではなく、何故苦しむかが重要なのだ。Nに限らず、私に辛苦をもたらした全ての人物や現象その他もろもろは、とどの詰まりその一事を私に教えてくれたということなのかもしれない。逃れられない苦しみと、それから逃れるためには力を蓄えなければならないということ。それらを私はNのような強悪の徒から学んだ。

 そういう意味で考えればNは恩師であったと言えなくもない。いや、私を不快にさせ、苦しめ責め苛んだ全ての人間は、私にとって菩薩であったといえるのかもしれない。それは無論感謝の念などではなく、私がそれを知る上でのきっかけ作りにお膳立てとして彼らの存在が不可欠であったということだ。

 まず苦しみから始まり、それから脱する足掻きを経てそれから解き放たれる。人生を極限まで簡略にすれば、このように言い表すことができる。悪人との邂逅や不運、不遇、不幸……。あらゆる憂き目の全ては人生の出発点となる。そこに留まるか、そこから踏み出して前に進むかは各人の手に委ねられている。現状、私はその起点から少なくとも発つ心づもりだけはしているつもりである。