壺中有天

弁ぜんと欲し 已に言を忘る

本願

 世間一般の通念では、人間は幸福を望み不幸を避けたがるということになっている。人は誰しも、ただ一人の例外なく幸せになることを願いそれのために念じ、それを実現させるために行動を起こしているということになっている。幸福追求は人間の権利であり本能で、その欲求に従って万人が生きているということに表向きはなっている。

 私自身、幸せになることを望んでいたつもりであった。世間の人間がそうであるように、私も豊かで自由な生活、自己実現が思う存分成就するような実り多き人生を望んで人生を送っているのだと思っていた。私は意識や思考の表層でも深層でも、そういった願望を抱いて生を全うしようとしているのだとばかり自分では考えて生きてきた。

 しかし実際のところ、私の人生は一貫して不幸だった。前述のような願望とは裏腹に、私の人生は不幸そのものであり、金銭的には常に困窮し、好ましくない仕事のために人生の大半の時間を浪費し、望ましい形での自己の実現など夢のまた夢といった有様だった。私の生涯においては、願い通りにできたことなど全く無かったと言っても過言ではない。

 人生において私の身に起きたのは、大抵願いとは正反対の出来事だった。世界は私の期待や希望をあらゆる局面において裏切ったし、私はそんな現実に直面する度に人生に失望した。私にとって人生とは常にままならないものであり、胸中に抱いた願いはどんな場合でもこの世のあらゆる一切から無碍にされ続けた。

 私は自身の身の上を嘆き、自己憐憫に浸った。私は自分を哀れで惨めな人間だと見做し、己を可哀想な人間だと考えた。それは私にとっては紛れもない客観的事実にしか思えず、自分を省みれば省みるほど私は自分が憐れまれるべき存在だとしか思えなかった。

 しかしあるとき私はふと思った。私にとって自身が不幸で哀れな存在であるということは自明であるとしか思えないが、その事実が私にとってもしかしたら自分でも気付かないうちに好ましいものとなっているのではないかと。不幸や不遇といった者の中で生きることを私は自分でもそれと気付かないうちに許容し、ともすれば好ましく思っているのではないかと。

 

 望みが叶わない度に私は不平不満を抱いた。私の頭の中は常に夢や希望に満ちているのにもかかわらず、現実はことごとくそれに反する結果を私にもたらした。そしてその事実に私はいつも気分を害した。望み通りの結果が得られず、幸福を浴せない自分の人生を私は子供の頃から延々呪い続けた。

 ままならない人生は私を苦しめた。私は掛け替えのない存在で、そんな私が送れる人生はたった一度きりしかないのに、それが望み通り出ないのだから当然だ。一回しかない生涯がままならないという現実は私を大いに絶望させた。

 思い返せば私は、人生のどんな瞬間においても被害者として振る舞っていた。好ましい生き方を選ぶことも許されず、望まない人生を送ることを身近な人間たちから無理強いされる自分は何と不幸で悲劇的な存在なのだろうか。そういった感情に耽溺することで私は自身を慰撫し、そういった捉え方で己や人生、この世界を解釈することが完全に状態化していた。

 私にとって生涯は悲劇であり、自分はその主役であった。世界で最も可哀想で憐れむべき存在が他ならぬ自分自身なのだという盤石な思いが私を常に支配し続けた。私はどんな場所でどんな時においても被害者であり、そのように振る舞うことが現実に即した正しい姿勢であると確信してずっと生きてきた。

 私にとっての生は不幸が常であり、私は不遇の中で生き続けた。それらはまるで空気のように自身の身辺に存在するものであるように思われた。そして私は、それらがなくしては私の人生は成立せず、己について語ったり定義したりすることもできないと考えていた。いつしか、私にとって生きることと不幸であることは不可分なものとなり、不幸が自身のアイデンティティの根幹をなすようになっていった。

 今にして思えば、無意識のうちに私は不幸せに安住していたのかもしれない。自分にとって好ましい状態や望ましいものについて夢想することすらいつからかしなくなり、思い通りにならない状況の中で生きることが当然であり、それ以外の生き方など有り得ないと思うようになっていった。不都合や理不尽が身に降りかかると、私はかえって安心することさえあった。

 私は自身が被害者や悲劇の主人公だと思いたい願望があったのだと思う。被害者であること、悲劇的な人物として生きることはある意味気楽だ。そういった存在は常に自分以外の何らかの要因によって苦しめられる。その人が被る痛苦や苦悩といったものは基本的にその人には責任がないと見なされる。だから自らを被害者と定義付けて生きることを人間は無意識のうちに望んでしまうのかもしれない。

 そう考えれば、私にとっての本願は幸福ではなく不幸になることであったと言える。上辺だけは幸せを欲し、好ましい結果を望んでいるかのようなフリをしていたが、私の本当の望みは不幸せになって被害者然として振る舞い、自身を悲劇の主人公として位置づけて自己陶酔に耽ることだったのかもしれない。そんな己の本心に無関心で在り続けたことが本当の意味での私にとっての不幸だったのかもしれない。

 

 私は悲惨や窮状を腹の底ではずっと望んでいた。たとえそれが悲劇でしかないとしても、私は自身の生涯がドラマティックであって欲しいと願った。ストーリー性のある人生を送れるなら、それが大団円でなくても良く、むしろ悲劇の舞台の上で生きた方が自身をより劇的な存在だと見做せるからその方がかえって好都合だという浅ましい算段すらあったように思える。

 だから私は物心ついてから今日に至るまでずっと不幸せであった。それは他ならぬ深層心理や無意識といった次元における私の本願であった。そして私はそれを自覚することもなく被害者として臆面もなく生き続けてきた。ドラマやストーリーの中で意味付けや定義づけられた生を私は内心ずっと望んでおり、それが私の人生を形作っていた。

 それは紛れもなく私にとっての本願であった。社会の不備や他人の悪意によって私の人生が台無しになって自分が惨めな境遇に置かれているのではなかった。私が被った不幸や悲劇の出処は疑いようもなく私の内なる願いであり、自身の生涯は本願がそのまま成就された結果でしかなかったのである。

 私の人生はそういう意味では常に思い通りであった。自分が不幸を望む自意識過剰な弱者にすぎないと気づく能力を持たなかったことが問題の本質であり、根源であった。私の人生はどんなときも期待通り、望み通りであったし、世界は私の本願を忠実に叶え続けていたのだった。

 私は己が不幸や悲劇を望み、そこに安住したがっていたのだと今頃になって愚かにも気付いた。願いどおりの生を送っているのにもかかわらず、私は自分の外側に常に原因を求め続けた。私を被害者にしている加害者としての悪いやつがこの世の何処かに存在し、それによって自分の人生が台無しになっていると愚昧にも思い込んでいたが、それは人生やこの世界に対する根本的な考え違いであった。

 そのことを踏まえれば、あらゆる理不尽や不条理、不都合といったものを私はもう望むことはない。それらは最早私にとって本願たり得ない。とどのつまり、間違っていたのは私自身であった。自分の本心が不幸や不遇を心底望んでいて、それをこの世は忠実に成就させて私に提供していたの過ぎなかった。それに気づくまでに私はあまりにも多くの時間と機会を犠牲にしてきたが、せめて残りの人生はこのような浅薄で愚劣な勘違いから離れた生き方をしたいと切に願う次第である。