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書き捨て山

雑記、雑感その他

万事一笑に付す

 果たして人は人生に対してシリアスになるべきなのだろうか。余人は皆ことごとく深刻かつ真剣な面持ちで日々を暮らしている。仕事などはその最たるもので、まるで自分や他人の生き死にに業務の出来や結果がそのまま直結しているかのように切羽詰まって真面目ぶりながら事にあたるのが常だ。世の中の誰もがそうしているし、それが当然でふさわしいという通念のもとで私たちは生きている。

 ところで、私は電車に乗っているとき、特に何の理由も動機もなくふと口角を上げて微笑みたくなる時がある。誰に向けて微笑むのでもなく、一切の目的もなく、公共スペースで何の脈絡もなく笑みを湛えてみたくなる。それは当然倫理や道徳などに悖ることでもなく、法律にも条例にも反しない個人の自由の範疇であるはずの行為である。

 しかし、実際にはどうにもそれができない。理由や目的はおろか動機も対峙している相手すらいないのににこやかな表情を浮かべることに自分でも良く分からない抵抗がある。自身の内にあるこの不可解な抑止の感覚が我ながら奇妙に思える。そんな違和感を抱きながらも結局のところ私は、終始車中において能面のような無表情でやりおおせるのであった。

 私は親から真面目の上に糞がつくような性格になるように調教されてきた。この世の中は厳しく、失敗は許されず、どんなことにも深刻に真摯に一所懸命に望まなければならないと教え込まれてきた。何事も冗談では済まされず、眉間にしわを寄せ神経を研ぎ澄まし、どんな場面や局面においても気を張って取り組まなければならなかった。私がこれらを一つでも怠ったとき、両親はありとあらゆる罵倒や侮蔑の言葉によってそれに報いた。

 世俗的な実利という観点で見れば両親は全く正しかった。私は子供の頃から父や母が間違っているなどとは露ほども毛ほども思わなかったし、今日においても実益を重んずるならば両親が私に強要した思想や行動原理は全くもって無謬であると思う。実際私の両親と近似な考えで生きている人間はこの国の社会のあらゆる階層に存在しているし、それは社会一般の常識や通念において適ったものであるといえるだろう。

 しかし私個人としては、幼少の頃からずっとそういった価値観や人種について一抹の懐疑の念を拭い去ることができないでいた。さらに言えば、それらについて言い知れぬ息苦しさや窮屈さを覚えていた。彼らは確かに正論を述べているのかもしれない。しかし、その「正しさ」に骨の髄まで感化され、それを生きる上での唯一絶対の根本義として信奉することができないのである。私の胸中における、さらにその内奥に存する何かが反対しているのを感じるのであった。

  

 

 私の父母はともに津軽人であった。私はそんな両親のもとに津軽地方の寒村にある貧しい家に生まれ落ちた。そこでの暮らしは全国的な標準と比較して、明らかに遅れた劣った水準のものであった。私はその土地で死ぬまで生きていくという前提に基づいて教育や躾を受けた。

 津軽においては全てが殺伐としている。誰も彼も余裕のない暮らしぶりで、目先の損得がこの世における最重要事項であった。我利我利亡者のような近視眼的な世界観が地域全体を覆っているかのようであった。津軽の外側は津軽人にとっては全くの別世界に等しく、私たちの大半は自身の生活圏の中で子々孫々と営みを続ける以外のことは基本的に眼中にない。

 貧しく余裕のない地域に於いて人は、その土地柄に則った人間となる。父や母、親戚縁者に至るまで例外なく押しなべてそうだった。そして私もまた彼らの隊列に加わる義務を生まれながらに負っていた。生活のために日々汲々として夢も希望もなく抑圧されて一生を送る運命のもとに私は生まれてきた。

 貧困は常に無知と抱き合わせであり、それは不機嫌を生む。貧苦や窮乏の渦中にあって人は、明るく朗らかに生きるわけにはいかない。それは貧者のならいであり津軽人の宿命であった。それを私は実地でよく知っている。他ならぬ自分自身がそれなのだから。

 

 惨めな人間は笑うことができない。それは津軽でもそれ以外の地方でも、どんな国や社会でも同じだろう。そして惨めさとは余裕の無さだと言える。笑えないのは余裕が無いからであり、眉間にしわを寄せ苛立ちや腹立たしさを携えて生きていかなければならないのもすべてそれによるものだ。

 余裕のなさを生むのはまず経済苦だろう。足りない、十分でないといった思いが私たちの精神を著しく荒廃させる。心が荒めば人はあらゆる「ねばならぬ」といった思いに囚われることになる。私は津軽でそういった特徴を持つ人種と数多く相まみえたし、東京でも基本的に下層階級に属している人間においてこれは共通して言えることだと思う。

 苦労や努力は人を狭量にする。それらが私たちの人生を豊かにして実りあるものとするのだと皆なんとなく信じているが、私はそれとは全く逆なのではないかと思えてならない。仮にもしそれが真実なら、なぜ我々津軽人は全国で最も低い水準の生活に甘んじているのだろうか。我々が貧困に喘ぎ、不幸の只中で顔をしかめて生きなければならないのは、そういう生き方や姿勢が根本から間違っているからなのではないかという気がしてならない。

 我慢や辛抱は美徳ではなく悪徳だと思う。津軽人として生まれ、津軽で生まれ育った私が学んだのは、偏にただその一事のみであった。両親をはじめとした他の津軽人の生き方が、私には正しいとは思えなかった。常に貧しく、狭い視野で荒涼たる心持ちで切羽詰まった暮らしぶり。そんな生活の中には楽しみも面白みもなく、ただ愚痴や不満を託ちながらあれがないこれが足りないと言い立てる生活。そういったスタンスで生に望むことに私はほとほと疲れ果て、嫌気が差した。

 

 

 これまで生きてきて私は多くのものを必要と見做してきた。多くの余暇と金銭、出世栄達、他人からの好意や好評を私は必須のものだと考えてきた。結論から言って、それらの一切を私は得ることができなかった。そして獲得できなかったという単なる結果よりも、それらを手に入れられない自身の無力さや無能さが浮き彫りになることで私の精神は完膚なきまでに打ちのめされた。そしてそれは自己嫌悪や厭世の情に結びつき、私を大いに苦しめた。

 だが今になって思い返せば、私にとっての本当の願いはただ単に笑いたかっただけなのかもしれない。私は何かが欲しかったわけでも何かをしたかったわけでも、何処かへ行きたかったわけでも誰かに会いたかったわけでもない。私にとっての本願はシンプルにシリアスな感情から距離を置き、笑みを湛えたまま生きることだっただけだったのかもしれない。

 笑えない境涯と生活があまりに長く続いたせいで、私の目は曇ってしまっていた。自分には何かが必要で、常に何かが欠けており、それを獲得し埋め合わせねばならないと思っていた。そういった思い込みが毒となりこれまでずっと私を苦しめ続けてきたのだ。

 辛さや悲しみの渦中にあって、笑ってはいけないという決まりはない。一切が不足しており、何一つ満たされなかったとしても、それでも笑うことは可能だ。自分の顔面にある表情筋を自身の意志でもってほんの僅か動かし、口角を上げさえすればそれで終わる話だ。また、眉間にしわを寄せないように顔面を御することもまた対した労は要さないだろう。私はあれこれと理由をつけ、つべこべと言い訳をしてそれらを怠ってきた。

 シリアスな気分に飲まれたら、その時点で負けくらいに思うべきだ。あらゆる事柄へのシリアスな感情が人間を責め苛み、我々から鷹揚さや寛容さを失わせる。これは言うまでもなく無用な苦しみでしかない。私は自らの怠慢により不要な苦役を己に課し、ある意味意に沿った形で悲惨を被っていたとも言えるのかもしれない。

 万事を一笑に付すことができれば私の人生は十二分だと言える。そういう姿勢を如何に崩さないかがこれから先の人生において肝心なのだと思っている。これから先、私の生涯における残りの時間は、ある意味その一種の行為のみに費やされることになるだろう。もう何者かになる必要も何かを得る必要もない。私の生は悲苦や辛労の只中にありながら口角を上げ続けるという修行であると言っても過言ではない。