壺中有天

弁ぜんと欲し 已に言を忘る

甘え

 甘えるなと以前ある者に言われたことがある。具体的なシチュエーションはもう覚えていないが、昔勤めていた会社で嫌な先輩社員に理不尽を無理強いされ、それを快諾しなかったときにそのセリフを言われたような覚えがある。他人が自分の意を汲み己を顧みず身も心も自分に尽くすのが当然だと考えるその人間が単に傲慢で身勝手なだけなのだが、「甘えるな」という言葉だけは今でも私の印象に強く残っている。

 私は両親にもあまり甘えたことがない。私は貧しい家の長男として生まれた。経済状況も芳しくなく、遅れた田舎であったため、当世風の甘やかしなどは一切なかった。私は寒村における貧家の長男としてふさわしい人間になるように父や母から教育や躾を受けた。私が育つ過程においては、弱音や泣き言やワガママなどは一つも許されはしなかった。

 思えば、甘えることも頼ることも許容された覚えがない。私にとって他人や世間というものはどんな時も不寛容で容赦がない。辛いときや苦しいときは大抵突き放すか追い打ちをかけてくるのが常だった。誰かが手を貸してくれたことも、慰めてくれたことも稀であったように思う。それは家の中でも外でも一切変わらず、私は弱さや落ち度を露呈することができず、それらを露わにしてしまえば徹底的に責められ攻撃されたような記憶しかない。

 この国の社会においては自己責任論が幅を利かせている。他人を頼るな、という考えが標準となっている。それは単に厳しく、不寛容で容赦がないだけの世の中だ。どれだけ辛く苦しくとも、甘えるなと一蹴するのは最早美徳となっている感さえある。私は社会の下層階級の人間としか深く関わったことがないからそのように見えるだけなのかもしれないが、兎に角誰も彼もどこもかしこも、余裕を感られずギスギスして窮屈さを覚える。ただ生きて普通に生活しているだけで。

 弱くあってはならない、甘えてはならないという強迫観念を常に感じている。生きるということは、何故これほどまでに大仰で大変で困難を極めるのだろうか。日々を汲々と生きていると、思いがけずそんな疑問が頭に浮かぶ。寄る辺なく毎日息を切らし、ほうほうの体でどうにか糊口を凌ぎ、楽しみも安逸もなく誰かの目を恐れながら身をやつす人生を、私はふとたまらなく虚しく思う。

 

 

 甘えは悪いことだと世間では言われている。それはみっともなく、未熟で身勝手な振る舞いだということになっている。女子供はともかく、大の大人でしかも男なら甘えなどあるまじきことだ。誰にもすがらず、一人で自立しなければならず、それが当然で当たり前のことである。私は親や学校の教師、ひいては社会で僅かでも関わりがあった人間たちのほぼ全てからそのような観念を植え付けられ、また無理強いさせられてきた。

 そして私自身も、それが正論で間違いのないことだと考えてきた。そしてその思想に骨の髄まで染まりきれず、身を以てそれを自身の人生において実践できない己に対して忸怩たる思いを募らせた。私のできが悪く、心がけがなっておらず、意気地がなく弱く、つまり甘ったれなのが全ての原因であり、畢竟自分が全て悪いのだと思わざるを得なかった。

 全てお前が悪いのだ、と母親に電話口で怒鳴られたことがある。それがどのような文脈での発言だったかはよく覚えていないが、母の口から私にはっきりとそのようなセリフが投げかけられた。それに反論することも反発することもできず、私はただすみませんすみませんと連呼するだけだった。母は子供の頃から私に一切の甘えや弱音、泣き言を許さなかったばかりか、常に不機嫌や不満の念を顔に出すことも許さなかった。

 そう、顔に出すことも許されなかった。そしてそれは母に限った話ではなかった。ある時期私は悪徳企業で奴隷のように使役されていたのだが、残業代なしで夜遅くまで働かされ、精神的にも肉体的にも流石に堪えてどうしても疲労の色が表情に出てしまった。それを目の当たりにした他の従業員は、激高して私を咎めた。嫌そうな顔するな。辛そうな顔するな。甘えてんじゃねえよ。そういった内容の叱責を私に延々としてきたのを今でも昨日のことのように覚えている。

 テレビやインターネットなどといったメディアを介しても、甘えるな甘えるの大合唱だ。社会で辛酸を嘗めるのは学生時代に努力を怠ったお前のせい。生まれや育ちが恵まれないのは前世でお前の行いが悪かったからお前のせい。容姿が悪いのも自己責任。社会や国に頼るな。他人のせいにするな。何もかも全てみんなお前一人が悪いのだ。誰も彼も、ただそう言うばかりで不遇を託つことすら許されない。

 

 甘えたい、と思うのは許されないのだろうか。この世の誰一人としてそれが許されないとしても、少なくとも私はどこかの誰か、あるいは何かに頼ったりすがったりしたいというのが本音だ。それが偽らざる本心であり、それが弱くだらしがないと言われ思われたとしても、今はそれがどうしたという気持だ。

 実際には助けが来ないとしても、救いを求める心それ自体は別に持っていてもかまわないのではないだろうか。私だけではないだろう、誰にでもあるはず心情のはずだ。甘えを良しとしない風潮に染まった人間であっても、内心では救いを求める気持が何処かにあるのではないだろうか。

 寄る辺ない、頼るあてのない人生の虚しさや心細さが歳を重ねるほどにひしひしと感じられる。誰かにすがりついて安心することができたら、私はどれだけ満たされるだろうか。心許ない気持を吐露する相手が居てくれたら、自分はどれだけ楽になれるだろうかと、一人で過ごす夜に何の気なしに考えてしまう。

 子供の頃に甘えられた思い出があればまだ良かったのかもしれない。それを心の支えにして生きてくことができるからだ。私にとって問題なのは、目下甘えられる状況や人物が存在しないということではない。遠い昔に遡って、自分が安逸に浸ることができた追憶の一つも持ち合わせていないということが問題なのだ。不満そうにするだけでも私の場合はご法度だった。父も母も私にそれを許さなかった。その理由を尋ねたりなども一切しなかった。

 赤の他人に頼れないだの甘えられないだのというのは実はそれほど問題ではない。縁遠い他人に慈悲だの慈愛だのといった感情など望むべくもないということなど、私にも分かる。私は親をはじめとした家族に甘えられなかった。その欠落が未だに尾を引いて大人になってからも悪影響を及ぼしているのかもしれない。

 

 

 誰かに泣きつけるなら、どれだけ私は助かるだろうか。恥も外聞もなく、誰かの胸の中で泣き疲れて眠ることができたら、と漠然と一人で床につきながら考える。人前で最後に涙を流したのは、何年前だったろうか。他人の前で涙を見せるなど恥ずべきことだが、そんな恥を晒せる誰かが居てくれたらと思う。

 誰かに甘え、縋れるなら私はどれだけ救われるだろうか。母親になじられたり責められたりしても、それにより痛めつけられた精神を癒やしてくれる何者かがこの世の何処かに存在してくれたら、それだけでどれだけ私にとっては救済たりうるだろうか。

 しかし、それは叶わない望みでしかない。いい年をした男の甘えを無条件に許してくれる何者かなど現実にはありえない。そんなことは重々承知ではある。しかし、分かりきってはいても、心の内奥では本音としての甘えが疼き、貶されたり嘲られたり、騙されたり追い詰められたりする度に、心細さがひとしお募る。誰かに甘えることができたならと。

 結局のところ、人間関係の中にはその理想は存在し得ない。性別や年代、どのような状況においても、条件も制限もなくただ甘えたりすがったりできるような対象など現れることは基本的には有り得ない。どこでどのような関係性を築いても、本稿で書き連ねたような本心を充足されることはなく、生涯私は満たされることはないのだろう。

 だが、叶わない願いを携えて生きるのもまた一興だろう。一番よくないのは自分が何を望んでいるかを知らないことだと思う。私はこれまでずっと、自分が何を求めているかを知ろうとしなかった。いや、薄々は勘付いていても、あまりにも格好が悪く惨めだからそれに目を向けないようにしてきた感がある。自分は実は甘ったれで、縋り付いたり頼ったりできる存在を欲していた。自分の甘えを許容し、それが満たされなくても自分の本心を心に留めるだけで十分だろう。自分の望みを知ることで、苦しみは多少マシになる。