壺中有天

弁ぜんと欲し 已に言を忘る

傍若無人考

 兎に角、他人に悪く思われたくなかった。両親をはじめとした全ての他者からの評価が俺には気になって気になって仕方がなかった。その性分のために人生におけるあらゆる局面において二の足を踏み、機を逸し最早色々なことが手遅れになっている有様だ。自身の半生を振り返ってみれば、本当に後悔してもしきれず、今生を失敗たらしめた己の羞恥や臆病といった性質を心底恨めしく思う。

 謙遜する素振りを見せながらも、俺は他人に認められたく、賞賛されたくて仕方がなかった。だから自分が何かを始めるにあたり、最低でも平均以上の成果や結果が出せるという保証や確信がなければ俺はどんなことでも躊躇った。その自意識過剰さが桎梏となり、俺の精神はどんな瞬間においても束縛された。見栄や対面のために、俺は己の不出来が露呈することに常に怯えなければならなかった。

 自分がある面において平均よりも劣っていたり、標準的なラインを満たしていないといったことが白日のもとに露わにされることを俺は恐れに恐れた。平凡さという水準にすら達することができない己に関する全ての事柄を俺は隠蔽しようと努めに努めた。だが、それは基本的には常に徒労に終わり、自身の低劣さが浮き彫りになる度に俺は深く恥じ入り、自分自身の至らなさを徹底的に追求し自己批判に勤しんだ。そして己自身を完膚なきまでに痛めつけ、責め苛み続けた。

 他人からの嘲笑や侮蔑などの念を直接向けられることには無論、鋭敏にならざるを得なかった。全くの赤の他人、一期一会の存在であったとしても、俺は悪く思われることをまるで死に匹敵する大事であるかのように捉えた。我ながら馬鹿馬鹿しいことこの上ないが、まるで調教された犬畜生のように、他人の嘲弄や失望などの感情を向けられる兆しを感じ取れば俺は、条件反射的に身構えるとともに受けた仕打ちに逐一律儀に傷つけられた。

 あらゆる他者が自分に抱く感情が、生殺与奪に直結しているかのように思えてならなかった。実際に悪感情を持たれることで実害を被りかねない状況というのはあるだろうが、それは常日頃、どのような場面にでも該当するなどということはありえず、そのような懸念は杞憂にすぎない。傲慢かつ尊大に振る舞えることができたらと、子供の頃から内心ではずっと願い、憧れる気持すらあったと言っても過言ではないかもしれない。

 

 

 津軽弁で見栄えとは「みっぱえ」と言う。見栄えが悪いは「みっぱえわりぃ」といったような具合になる。俺は自分の家族がみっぱえについて気にかけるような素振りや言動を数多の場面で見てきた記憶がある。世間体や対面を取り繕うことに父も母も、それ以外の俺の身近にいた大人たちは躍起になっていたように思う。俺の周囲の人間たちは他人に笑われたり見下されたりすることのないように細心の注意を払い、共同体において孤立したり浮いたりしないようにすることを第一義として生活しているように見えた。

 そして俺もそれに倣って生活するように躾や調教を施された。両親を筆頭にした近しく、かつ目上の人々からは「みっぱえ」を如何に損なわないようにすべきか、またそれが達成されなかった場合どれほどの不利益と屈辱を味わわされ、それが取り返しがつかない重大な損失となるか、恐怖心を伴って徹底的に教え込まれた。そのような考えが現在においても俺の精神の奥底にいつまでもこびりつき、俺を著しく害している感がある。

 また、恥ずかしいという言葉をくだんの方言に直せば「めぐせ」という言葉になる。母に何度「おめ、めぐせぐねな?(お前は恥ずかしくないのか?)」と言われたか分からない。母親は俺の格好や仕草などは恥ずべきものだと見なした。また、俺が恥さらしとなり、他人から見栄えが悪く思われるような何かをしでかすことで、俺自身はもとより家族全員が遍く恥をかかされ、名誉に傷がつけられると感じていたようだ。

 家族という共同体は個人よりも尊く、優先されるべきだという考えが少なくとも津軽においては主流である。自分は自分などという考えは彼の地では単なる身勝手であり、まずはじめに家ありきという前提で生きることが求められる。個人の過失や恥は一家全員の尊厳の毀損と直結している。それは絶対に看過できない許されざる罪業だ。そして俺がもし、それを犯すようなことがあれば、ありとあらゆる言葉による両親の報復が待っていたのであった。

 悪目立ちしてはならない、「普通」からはみ出してはならないと強迫観念をもって生きることを両親は俺に強要した。俺は彼らの言いつけを忠実に守り、それを実践すべくどのような場合においても全力で臨んだが、俺の資質では彼らの望むような振る舞いをすることはできなかった。それが露見する度に両親は顔をしかめ、軽侮の眼差しや人格否定のための悪罵などを浴びせて俺の心をよく抉ったものだった。

 

 人目を気にせずに生きるなど、俺には土台無理な芸当だった。物心がついたときから両親などの大人たちから覚え込まされた思考のパターンや価値観は岩のように盤石だった。それについての是非を判断することは勿論のこと、それの正当性について疑問を持つことすら近年になるまで不可能であったほどだ。それは物理法則のように明白で疑いようのない「当たり前」だったのだから。

 そしてそれこそが俺の精神に巣食う病根だった。他者からの評価の良し悪しが自分の生死にどんな場合でも直結し、それは取り返しがつかず、絶対的で重苦しい価値や意味合いを持つのだと無批判に考えることがそもそもの間違いであり問題であった。その他者が具体的にどのような存在で、どのような力や権限を持っているかなどといったことはまるで度外視で、自分以外の個体としての万人を例外なく重視し、彼らにどう見られるかを深刻すぎるほど深刻に捉えていた。

 そもそも、機嫌を損ねたり失望されたりすることが致命傷となる人間関係や局面など、人生においてそう多くはない。貶されたり蔑まれたり、嘲られたり見くびられたりしてもそれが決定打となって俺の人生を直接的に左右したり俺自身が肉体的に痛めつけられたりするなどということはまずありえないだろう。9割方ないと考えて差し支えないだろう。ただし、精神的にどうこうという点においてはこの限りではない。

 そう、精神だけが問題なのだ。他人からどう思われるかについて看過できないという思いの背後にあるのは、自身の心が無傷では済まされないことへの懸念だ。これはにはまず、自分の内面が脆く傷つきやすいものだという前提が根底にある。そしてそれが他人の手によって簡単にダメージを受け、付けられた瑕疵は二度と修復され元の状態には戻らないというある種の決めつけがある。

 心が脆弱で容易く挫かれるなどというのは単にそう思っているだけだ。過去において自身のみに降り掛かったことなどを現在や未来の自分に当てはめて、自分の精神が他人の影響を受けると断定しているに過ぎない。他人の手によって自分の本質が侵されたり害されたりすることなどないと確信できさえすれば、自身の内面や精神におけるウィークポイントなどそもそも消え失せてしまうだろう。

 

 

 実のところ、俺に下される他人の評価の良し悪しなど問題ではなく、本当は極めて内的な、インディビジュアルなことでしかないということがこれを書いて行く最中で分かった。他人からどう思われるかではなく、それをどう受け止めるかという自分自身の姿勢や反応、解釈などが核心なのだ。他者などどうでもよかった。

 とどのつまり、傍若無人くらいで丁度いいような気がする。俺は他人の評価や目を気にしていたのではなかった。また、自分やそれと関わりのある人間や共同体の名誉や尊厳などが傷つくことを恐れているのではなかった。俺が何より気にかけているのは自分自身が打たれ弱く、一度損なわれたら二度と立ち直ることができないという思い込みだった。

 恐ろしいものが何処かにあり俺にもたらされるのではなく、それに対して身構えて痛めつけられる準備を万端にしている己の思考や感情がただあるだけだった。全ては内側にあり、何かが訪れるとするならばそれは俺の内奥からやって来る。

 だから解消や解決を志向するならば、立ち向かい取り組むべきは自身の気質や固定された観念以外にはない。そのこと自体は本などでなんども読んだり見たりして、幾度となく見聞きしてきたことだ。だから頭の中では俺はじゅうじゅう知っていたはずのことだが、なかなか腑に落ちるにまでは至らなかったきらいがある。

 あらゆる源が己の内面に既にある。それをどうにかしたいならば何処かや誰かになど目もくれずにひたすら内省に自身が備えた凝り固まった思念や沸き起こる感情、記憶や決めつけなどを観照し続ける必要がある。自分の身の回りにどのような他者が存在し、それが俺に対してどのように感じ考え、評価や判断を下すかなど肝心でもなければ重要でもなかったのであった。