他力斎

雑記、雑感その他もろもろ

他人を変えようとする者へ

 俺は自身の少年期を台無しにしたNを、生涯許すことはないだろう。Nは俺が子供の頃に通っていた公立小学校の教師で、俺が5年生から6年生までの間クラスで担任を務めた男だった。俺のクラスの担任が彼でなかったなら、もしくは全く別の学校に通えたならば、俺の少年時代はまるで別物であったと確信をもって言える。教師としても人間としても、俺にとってNは最低にして最悪の部類の存在であったし、大人になってから振り返ってみても、彼には憎悪の念しか湧いてこない。

 Nを一言で言い表せば、体育会系の厳しい人間だった。そしてNは俺に対してクラス内で最も厳しくかつ理不尽に接した。俺はNのせいで、同級生などは全く問題ではなく本当にその男一人のせいで、俺は学校が大嫌いになった。そして恥を忍んで打ち明けると、俺は小学5年から6年にかけてはサボりが多く、有り体に言えば不登校児童だった。元々学校には馴染めない方だったが、その直接の原因は他ならぬNだった。

 俺のクラスメイトだった者の中には、Nを恩師だと見做している者ももしかしたら居るのかもしれない。単に俺の気質がNのそれとはどうしても相容れなく、そのために俺が勝手に彼に悪印象を抱いているだけなのかもしれない。また、ある者からしてみれば、俺の方に明らかな落ち度があり、Nはそれを矯正しようとして指導に熱が入っていただけだという風に見えるということも、もしかしたらあるかもしれない。

 だが、俺の主観においてはNは最悪の教師だった。小学校高学年における俺の思い出の中で、嫌なもの大概はNに関する事柄であり、俺にとってはあまりにもNの仕打ちは辛く感じられた。Nと接触しなければ、少なくとも俺は不登校にはなっていなかったし、その後の人格形成に於いても悪影響がもたらさせることもなかっただろう。小学時代に学校に行くことができなかったのは俺の人生における最初の蹉跌であり、Nとの邂逅がなければそもそもそれは起こり得なかったはずだ。

 Nは俺の人格や人間性に関する事柄を徹底的に攻撃し否定した。俺の身体的な特徴にも容赦なく批判したり「からかったり」したものだ。俺は対人恐怖症のきらいがあるが、人間全般に対する不信感を俺に植え付けた悪因の一つとしてNの存在は欠かすことが出来ない。俺を精神的に痛めつけ、追い詰めてくれた連中において、Nはとてつもなく大きな存在であるというのは認めざるをえない事実ではある。

 

 

 言うまでもなく、Nは俺にとって単なる他人である。俺の親でもなければ親戚でもない。単に通っている小学校に勤務している大人の一人でしかない。子供の頃から現在に至るまで、Nは俺にとって何の恩もなければ関係もない存在でしかない。それが不幸にも俺と深く関わりを持ってしまった、身も蓋もない言い方をすればただそれだけのことでしかない。

 だが、だからこそ俺はNを許すことが出来ない。両親や親族は血縁という観点で言えば他人ではなく、また特別な間柄であるという事実を否定できない。そのため、彼らが俺に身の毛もよだつ悪口雑言を浴びせかけたとしても甘んじてそれを受け入れることはできなくもない。完全に赤の他人とは言えない関係性に於いては、特別にそれが許される場合は、ままあるだろう。許しがたかったとしても、我慢する余地はある。

 翻ってNはそうではない。前述の通り彼は俺にとって特別な存在ではない。にもかかわらず、その男は俺に精神的苦痛を与え、生涯を通して拭い去れない禍根を残していった。それはもしかしたら教育者として良かれと思って俺に施したことかもしれない。だが、結果だけ見ればNの存在と彼が与えたトラウマは俺の人生には完全にマイナスにしか作用していない。俺にとってNは完全に有害な人物でしかなく、彼を憎まない理由などは一つもない。

 また、これにも既に触れたが、Nは他の同級生と比べて俺に対して明らかに辛く当たった。内気で根暗な性格で、活発でないところがあった少年時代の俺は、Nのような人種からしてみればだらしがなくシゴキが必要なタイプの児童だったのかもしれない。もし仮に、Nが全ての子供に対して同じように厳格に接する教師ならまだ納得がいっただろうが、実際にはそうではなかった。Nは俺を標的として定め、ことあるごとに責め続け、怒鳴りつけ、不当な扱いをし続けた。

 当時の俺は、自分の一体何が至らいために苦しい目に遭わされるのか理解できないのが辛かった。「学校の先生」が俺を攻撃したり叱りつけたりするのは、何らかの原因が自分にあるはずなのだと俺は信じて疑わなかった。学校で酷い仕打ちを受けていると良心に訴えることもあったが、父や母は「全てお前が悪いのだ」と言って聞く耳を持とうとしなかった。むしろ、「先生」は常に正しいのだから、根本的な過失や原因の一切はお前の態度や言動にあるのだと言い、かえって両親もNと同じようにして俺に追い打ちをかける始末であった。

 

 Nは俺の宿題を受け取らないことさえあった。俺はNの態度に衝撃を受ける他なかった。一体どのような教育的な配慮によってそれをしたのか未だにまったくもって不明だ。そしてNは自分が受理しなかったその日の宿題について俺が提出していないと言い俺を攻撃して罰を与えた。一事が万事そのようなことが日常的に繰り返された。

 もし、当時の俺に逃げ場があればもっと事情は違っていたかもしれない。Nが教師というよりも人間として明らかに問題があったとしても、仮に一時的にでも逃げ込める場所や人間関係があったならば、それは子供の頃の俺にとって救いになっただろう。しかし、両親をはじめとした全ての大人達はNに倣うようにして俺を責め立てて否定したし、同級生も俺が執拗に標的にされているのを目の当たりにしてもただ見て見ぬふりをするだけだった。

 俺は確かに運動ができなかったし、根暗で友達が多くない子供だった。朗らかに笑うこともなく、大人から見たらあまり可愛げのない子供だったかもしれない。だが、それが理不尽を被る理由として正当性があるというのだろうか。俺には理解ができない。Nがどのような腹づもりでもって俺に厳しく接したのか。また、親をはじめとした全ての人間がNに怯えたり避けたがったりしている俺に冷酷だったのか、俺には全く分からない。

 教育者や一人の人間としてNが正しかったのだなどと、俺は絶対に認めたくない。しかし、Nが間違っていたとしてもそれが俺にとって一体なんだというのだろうか。万人がNを悪だと見做し、断罪するようなことがもしあったとしても、Nという存在によって躓いた俺の人生は修復も補償もされない。Nは俺の少年時代とそれを土台にした人生そのものを滅茶苦茶にしてただ俺の目の前から消え失せ、それっきりなのだ。

 俺はNからは何も学ばなかった。Nは俺の恩師ではなく、純粋に加害者以外の何物でもなかった。しかし、彼は何の罰も報いを受けることなく今もどこかでのうのうと生きているだろうし、ともすれば幸福な生活を営んでいるかもしれない。そのことを考えるとハラワタが煮えくり返る思いだ。と言っても、Nの不幸を天に祈る己を省みても、只々虚しさばかりが募り、やるせない思いに駆られるだけだ。

 

 

 Nの言動の背景や理由など、俺には何の意味もない。Nは俺の叩き直そうとしただけで、思いやりや良心が動機としてはあったのかもしれない。だが、それがなんだというのだろう。N以外にも俺を自分の信念や流儀に基づいて鍛えようとしたり矯正しようとした人間は何人も居たが、そんな手合いが真心や老婆心で俺を苦しめたり痛めつけたりしたことを、まさか感謝しなければならないなどという道理はないだろう。

 Nを肯定するつもりなど一切ないが、彼は別に異常というわけではないように思う。他人を自分の好みや都合に適うように変えようとする人間は世間において相当数いる。Nは数多く存在するその手の人種のうちの一人でしかないと考えた方が建設的だ。実際、Nに類似した人間を俺は人生で何人も見てきたし、幾度となく俺は彼らに変化を強要させられた。

 他人を強引に変えようと試みる人間はどこまでも邪悪で身勝手で、それは殺人に近い行為だと言っても過言ではないと思う。元々他人が持っている性質や人格を強引に作り変えようという魂胆は、改めて考えてみればとてつもなく恐ろしく、また尊大で傲慢きわまりない。そんな考えを持った人間が跋扈する世間というのはつくづく恐ろしいところだとも思う。

 自分の考えに他人を染めようとその者の人格や精神を改変しようと躍起になる人間の邪悪さは、もっと世に広く知らしめられなければならないだろう。そういった手合いは自分よりも劣位だと見做した人間を身も心も支配して操作することを当然と考え、それが達成されなければ烈火の如く怒り狂う。無論その感情には毛ほども正当性などない。

 Nに限らず、公立学校など悪い人間の見本市のようなものだ。そういう人種と人生の早い時期に遭遇したのは俺にとってはいい経験であったと思えなくもない。他人を道具のように利用しコントロールしようとする危険な人間は、何度も述べるように決して少なくはない。それと関わる度にその毒牙にかかり、心身や人生を害されてはかなわない。それらから己を防衛する術を我々は心得ておくべきだし、邪悪な者どもとの邂逅にも一応学ぶべき要素は何かしらあると言えるだろう。