他力斎

雑記、雑感その他もろもろ

好きという呪縛

 子供の頃はテレビゲームが好きで仕方がなかった。小学校に入学する前ぐらいの頃は、スーパーのおもちゃ売り場で売っている1000円ほどのゲームウォッチの劣化版のような小さな機械でやるようなゲームに熱中していたような記憶がある。それは一つの機械につき一種類のゲームしか遊べない代物であったが、俺はそれを親に数種類買ってもらい、それぞれを狂ったようにただやり続けていた。

 あるとき、ゲームボーイを親に買ってもらって以降、俺はより一層ゲームにのめり込んでいくようになった。ゲームボーイは冒頭で述べたものとは違い、カセットを交換すれば様々なゲームをプレイできた。俺はスーパーファミコンなどの家庭用ゲーム機も買ってもらい、少年期は殆どゲーム漬けの日々を送っていた。ゲームのコントローラーに触れなかった日は、小学生の頃においては一日もないと言っても過言ではなかっただろう。

 子供の頃に俺にとって、テレビゲームはこの世の全てだった。どんな日でも俺はコントローラーを握りしめ、ただひたらすらモニターの向こうの世界に没入していた。そんな俺の姿を両親は当然好ましくは思わず、俺をゲームから引き離そうと躍起になったが、俺はそれには目もくれず、少年時代の貴重な時代をテレビゲームに費やし続け、膨大な時間をドブに捨てたのだった。

 俺はゲームを生涯通してやり続けるのだと心に決めていた。実家の近くには工業団地があったため、将来はそこにある何処かの職場にでも潜り込み、適当に働いてそれ以外の時間は死ぬまでゲームだけやり、人生を完遂させようと子供の頃は本気で考えていたものだ。子供だった俺はゲームをすることを天命でありライフワークだと信じ込み、それをしなくなるようなことがもしあるとしたら、それは自分の命が尽き果てる時に他ならないと冗談でも誇張でもなく思っていたのだ。

 そんな毎日も今は昔、俺はもう10年以上ゲームなど触れることすらしていない。ゲームというカルチャーそのものに、現在においては全くもって興味がない。かつてあれほど執着し、好きだと思っていたはずのものへの関心は、最早毛ほどもないのだ。自分でも改めて思えば、不思議というより驚くべきことだ。自分がかつて持っていた感情や熱意などは、冷めてしまえばバカバカしいとしか思えない。それについて、無常な悲しみの念さえ覚える。

 

 

 過ぎ去った心の熱は、無益に空費した時間に対する後悔へ変容していく。あんな遊びに興じていた自分自身が、たまらなく恥ずかしく思えるのだ。ゲームなどに費やした時間を読書か勉強にでも充てていたら現在とは全く異なる人間になり、まるで違う人生を歩んでいただろう。今にして思えば、ゲームに割いた時間をやり直したいとさえ思う。自分で好きこのんでやっていたはずのことが。

 ゲーム熱は小学生頃で冷め、俺の「好き遍歴」は別のものに移っていく。中学生の頃は漫才やコントなどのコメディに傾倒していった。テレビ番組はもちろん、VHSやDVDなどでお笑いのジャンルに属する映像をよく見ていた記憶がある。自己流で笑いについて研究して大学ノートにその成果を書き記すなどの中二病的な痛々しい愚考に及んだりもした。

 中学時代の終わりから高校時代にかけてはラジオに齧りつくようになっていった。テレビゲームにハマった頃と同様に、一度のめり込めばとことんやらなければ気が済まないタチで、ラジオについても一日も欠かさず何かを常に聴いていた。専らFMよりAM派で、ラジオ番組の投稿コーナーに文章を投稿するハガキ職人になるほど、俺はラジオ放送に傾倒し、これについても自分にとって一生涯の趣味なのだとばかり思っていた、当時は。

 しかし、高校を卒業して上京すると同時にラジオ熱も冷めてしまった。人並み以上にできることもやりたいこともなかった俺は、結局酒に行き着いた。成人してからはただひたすら飲酒に耽り、学生だった期間においては殆ど泥酔していた記憶しかない。酩酊に全てを委ね、過去を忘れ未来から目を背けたいがために俺は酒に溺れる以外のことは一切やらなかった。そして俺の大学時代は就活に失敗したまま卒業証書一枚のみを与えられ幕を下ろした。俺は酒浸りのまま社会に放り出され、無為無策のまま底辺を這いずり回り、貴重な20代を棒に振ることとなった。

 家に引きこもり安酒を呷りながらインターネットをやる以外は、労働をするか眠るかのどちらかしか無かった。俺は将来への明るい展望もなく、振り返って懐かしむ思い出の一つも見当たらない自らの人生を倦み、世間や他人と行ったものをひたすら疎んじた。俺は馬齢を重ね、ただ延々と酒に酔い、まどろみの中にあり続けた。俺は自他ともに認めるアルコール依存症になってしまっており、飲酒以外には何の楽しみも見つけられなかった。

 

 そんな生活も肝機能に支障をきたし唐突に終わった。かれこれ7,8年はシラフで過ごすこともなかった俺は、それを機に断酒による不眠などの離脱症状に苦しめられ、辛い毎日を送る羽目になった。体から完全に酒が抜け、全快するまでおよそ2週間から1ヶ月ほどかかったような覚えがある。快癒して以降は、年末年始などのまとまった休みがある時を除いて、俺はもう一切飲酒をすることもない。今はもう、酒を飲みたい衝動に駆られることは全く無く、酒浸りの日々も遠い昔となっている。その日々はまるで、他人の人生の一コマであるかのようにさえ思える。

 これまで述べてきたように、俺は今生において色々なものを好きになってきた。しかしそれは単に何かに執着し、依存し続けてきただけだった。俺は表面上、自分の意思により何かにハマっているようであっても、実際はそれに囚われ束縛され、自由を失っていただけのように思えてならない。何かを好きだと思う度に俺はそれに固執し、それ以外の大半のことを疎かにしていたような感がある。

 しかもそれは大抵、長続きしていない。何に対しても一時の激情でしか無かった。さらに言えば、目を向けなければならない嫌な問題から逃避するための道具として、俺は何かを好きなのだと思い込み、それを利用し続けていただけであったのかもしれない。俺には心底何かに没頭した経験など、本当は一度もないのではないのかとすら思う。

 何であれ、終わってしまえば下らない執心でしかなった。そんな気持ちに、一体何の価値があったのだろうか。俺の人生は思うまま好き勝手に生きてきたように見せかけて、実際は何かに雁字搦めになっていただけという、極めて愚かしいものであった。一時の感情に振り回され、少年期や青年期を無駄に浪費してしまったという後悔の念以外には、全く何も見出すことが出来ず、ただただ自分を情けなく思う。

 好意など暫定的な感情でしかない。人であれ物であれ、どんな対象への好きという気持ちは、いつか必ず冷めてしまう。好悪の情を基準にして何かをやり続けることは虚しいものだ。人間はいつか必ず心変わりをするし、一旦それが起こればそれを境にして、それまで拘っていたものが、ゴミにしか思えなくなる。ゲームもテレビもラジオも酒も、結局のところ俺には一瞬の慰めでしかなった。

 

 

 己の人生の惨めさを紛らわすために、俺は何かを必死で好きになろうとしたが、それは徒労以外の何物でもなかった。俺にとってのやりたいことや好きなことなど、対峙しなければならない現実からの逃避の域を出なかった。少なくとも、この俺の愚劣な生においてはそうであった。俺が今までしてきたことは、その場その場の感情に流されて、精神の自由を自ら放擲し、無意味で無価値な時間の無駄だった。

 あんなもの好きにならなければ良かった、という後悔だけしか残らない人生とは、一体何だったのだろうか。そんな悔恨に駆られれば、モンスターファーム2のタイトル画面やTBSラジオの深夜放送、ストロングゼロの後味などといったものにまつわる追憶が、虚しく俺の脳裏を駆け巡る。そんな下らないもののために、俺はどれだけの金や機会を無駄にしてきたことか。

 好きという感情は儚く、しかも人間を束縛する。何を好きになっても、それにより心は必ず不自由になり、行動や思考はそれに囚われることになる。何に固執しても、熱意や激情はやがて消え失せ、費やした歳月は結局は無駄になってしまうのだ。俺は自らの反省を振り返り、何も得るものなどなかったという感想以外には、本当に一つも思うところもなく、虚無感だけが募る有様である。

 俺は自分の気持ちや気分といったものを余りにも重く見すぎていたのかもしれない。いや、現在においてもなお、俺はやりたいことだけやっていたいし、気が向かないことは極力避けようとしている。虚しいだの何だのと口先では言ったり思ったりしていても、俺は実のところ全く学習していないのかもしれない。それに、好きなことが出来なければ出来ないでまた不満や文句を言うのだから、我ながら度し難い性分だ。

 どうすればよかったのだろうかと思う反面、どうのしようもないのだろうとも思う。何をしても満足できず、納得もいかず、後悔ばかりなのは端から避け難いことなのかもしれない。逆に言えば、やりたくてもどうしてもできなかったことや、できそうにないことも山のようにあるが、それについてもあまり深刻に思う必要などないと言えるのかもしれない。人はどう転んでも満たされず、それはどんなことにせよ、大したことではない。やってもやらなくても、できてもできなくても、究極的には同じことなのかもしれない。