他力斎

雑記、雑感その他もろもろ

しょうがないから我慢して死ね

 津軽人の気質を表す言葉に「じょっぱり」というものがある。これは強情っ張りの転訛であり、津軽人が強いられる我慢や辛抱などを美化あるいは正当化するための言葉だ。現実における実際の生活で、この言葉が用いられることはあまりないが、対外的にはこの言葉が津軽の土地で暮らす人間の性質を言い表す代名詞として挙げられることはテレビでもネットでもかなり頻繁にある。

 じょっぱりという単語そのものはあまり使われないが、我慢や苦労を強要させられる局面が津軽人の生において日常茶飯事であることは事実だ。子供の頃から俺は周囲の大人たちに耐えることをまず第一に叩き込まれた。それは処世の術であり、人間としてまっとうに生きるためには避けて通れない道として俺はそれを躾けられた。忍耐は美徳であり、その強さは生存上必要不可欠なのだと徹底的に刷り込まれた。

 無知と貧困、厳しい気候と後進的な土地柄、それが津軽でありそこで生きるには生まれてから死ぬその日まで、たゆまぬ我慢が要求される。そのような意味合いで言えば、良心は俺に極めて正しい教育を施したと言って良い。津軽人が津軽地方で生涯を完遂するのなら、まず我慢して耐えることが他の何よりも重要だということは言を俟たないのだから、現実的な教育を子供にするなら、当然我慢を学ばせるのが筋となる。

 俺は「それ」としてこの世に生まれ落ち、「そこ」で生活することを宿命付けられた存在であったが、その能力を先天的に有してはいなかった。これは俺自身にとっても大変不幸なことであったが、それ以上に俺の家族には不本意であったであろうことは想像に難くない。さらに悪いことに俺は長男であったため、尚のこと我慢を強いられる立場であった。

 鄙びた雪まみれの寒村で、貧しい家の長男として課された役割を果たすなど、俺にはどうしてもできなかった。それは父や母からしてみれば単なる甘えでしかなく、生まれ育った町や家に満足も納得もできず、常に不満気で暗い顔ばかりして塞ぎ込んでばかりいる俺は、出来損ない以外の何物でもなかっただろう。俺は自身の出自を常に呪いながら成長し、俺のその思いを良心は一切理解することができなかった。思えばそれは大変不幸なことであった。

 

 

 俺は何故こんな町に生まれたのか、この家が何故俺の家なのか、俺は何故こんな体、こんな名前で生きていかなければならないのか。俺は中学生くらいの頃には、そのような雑多な事柄で頭の中がいっぱいだった。中高生頃の俺に父はよく悩みがあったら隠さず打ち明けるように、などと俺に言っていたのを思い出す。しかし俺は、自身が頭を悩ませていることが、両親をはじめとした周囲の大人に解決も解消もとても不可能だと確信していたから、結局その殆どは打ち明けないままにしていた。

 実際、父親も母親も俺が不服に感じている事柄についてはどうすることもできなかった。俺は子供の頃から田舎の暮らしに耐えられず、一日でも早く出ていきたいと願っていたが、仮にその思いを明け透けに両親に言ったとして、彼らに一体何が出来たというのだろうか。それを受けて彼らが何かを言うとしても、せいぜい仕方がないから我慢しろなどと宣って済まされる話だろう。

 それ以外のあらゆる問題についても、究極的には我慢すれば事足りる。我慢して解決しないことなど此の世に存在するだろうか。生きる上で不都合しかない場所で、問題だらけの田舎町で、先行きが暗い家の一員として、夢も希望もない進路を半強制的に選ばされ、やりたくもない職業に従事させられ、一生涯どんな瞬間においても耐え忍ばなければならないとしても、それの一体何が問題だというのだろうか。

 仕方がない、甘えるな、文句を言うなで全て話は終わるのだから楽なものだ。それが出来ないのは軟弱であり、甘えており、堕落していて、自己責任……要するにすべての責任は本人の資質や性向に帰せられる。悪いのは環境でも状況でもなく、他人でもなければ自分たちでもなく、他ならぬ「お前だけ」なのだと言い放ち、突き放すことができるのだからこの上なく合理的だと言える。

 俺の家や津軽地方に限った話ではなく、ネット上の世論や世間全体を支配する論調としても、我慢というものは基本的に美徳であり絶対的な善として扱われている感がある。自分が置かれている状況に嫌だと思ったりそれを表明したりするのは甘えであり泣き言に過ぎず、底から抜け出したいと願うのは単なる身勝手であり、文句も言わず不平もこぼすことなく、ただ唯々諾々と従順に耐え難きを耐え忍び難きを忍び、徹頭徹尾ひたすら我慢して生きていけというのが我々が生きる社会における総意だと言っても、決して過言ではない。

 

 思い返せば俺は、人生のあらゆる局面において我慢することを推奨あるいは要求、ともすれば強要されてきた。我がままに振る舞えたことが、これまでの生涯で本当に一度でもあったかどうか疑わしい。やりたくないことを我慢してやり、やりたいことを我慢してやらず、住みたくない場所に住み、行きたくない場所に行き、就きたくない仕事に就かされ、払いたくない金を払わされ、尽くしたくない者に尽くすことを無理強いさせられてきた。

 俺はそれらの一切がいつか終わり、いつの日にか報われると漠然と信じてきたフシがあるが、思えばそれは愚昧な見識でしかなかった。仔細は省くが、我慢の先に待っているのは、さらに大きな我慢でしかなかった。北に向かって歩いていけば、やがて温かい南国に辿り着くだろうなどと考えるのは正気の沙汰ではない。俺が今生において想定していたのは、例えるならそのような愚劣極まりない謬見であった。

 本意に沿えないのはしょうがなく、不本意でもやらなければならないのはしょうがなく、そして遂にはそのまま死ぬことになったとしても、それもまた「しょうがない」で済まされるのだ。しょうがないから我慢しようという妥協の行き着く果てにあるのは、とどのつまり悲惨と悔恨のみに彩られた末路なのだ。それは明白すぎるほど明白な結末で、分かりきったことであるにも関わらず、俺はそれに気づくことが出来ずに無為に人生を我慢して浪費してしまったのだ。

 言い訳がましいが、それはあらゆる全ての人間が俺にそれを強いたからだ。そして俺は、それに嫌だと言う勇気の一つも持ち合わせておらず、その状況から脱する智慧も術も何もなかった。我慢が全てを解決するなどとは毛頭思っていなかったが、それをせずに済む道を模索することすら試みなかったのは、思い返せば怠慢であったようにも思える。

 辛抱強いだの我慢強いだのという気性は、怠惰で鈍重であることとよく似ている。いや、似ているというよりも殆ど同じであり、等号で結んでも差し支えないようにさえ思える。極端な話、耐えることなど馬鹿でもできるしなんの工夫も努力も不要である。現状に踏みとどまるのに多少の労力や費用は掛かるかもしれないが、それは我慢をせずに済むような何かを始めたり続けたりするよりは容易いではないだろうか。

 

 

 我慢や辛抱の果てに何の救いもなくても、それらに固執することの一体何が良いというのか。それは俺の目には、愚昧さや怠慢を無為無策のまま肯定したり称揚したりしているようにしか見えない。しょうがないからお前は俺のために死ね、それは義務であり当然のことであり、お前はそのことを誉だと心から思い、殉じなければならないと言われても、しょうがないで済ませられるだろうか。

 マトモな人間の精神なら、それに是とは言えないはずだ。そのようなことを余りにも明け透けに言われれば人は絶対に納得しない。だから他人に何かを我慢させて利用しようと企む者は、ありとあらゆる美辞麗句や詭弁を弄する事でカモに出来る相手を騙したり煙に巻いたりして、ウヤムヤであやふやなままにして何となくしょうがないなと思わせようと躍起になる。

 それに乗せられない人間というのは畢竟、使えない駄目な奴だということになる。俺は生涯で関わったほとんど全ての他人共にその烙印を押されてきたし、それを不名誉に思い気にも病んできた。しかし、それは単に俺が、他人から見て道具として利用できないと言う事実だけを表しているだけであり、それ以上でも以下でもない。都合が悪く御しがたい対象であるということが、一体それ以外の意味を持ちうるだろうか。

 現状に不満を抱き、そのままでは嫌だと思うからこそ人はそれから脱するために何かを試みようとし、前進しようと志す。物分り良く「しょうがない」で済ます精神には向上もなければ改善も有り得ない。しょうがないを美徳とする社会は決して進歩も発展もなく、それを掲げる集団もまた同じだろう。津軽という土地の後進性やそこでクラス人々の好ましくない精神性は詰まるところ、しょうがないで我慢する「じょっぱり」という一語に集約されていると言って良いだろう。

 しょうがなく田舎で燻ぶり、しょうがなく貧乏に耐え、しょうがなく卑しい職業に甘んじ、遂にはしょうがなく死んでいく。それを嫌だと思うことに悪と呼べる要素があるだろうか。少なくとも俺はそうは思わない。メディアでどのような言説や思想が流布

されていようと、実社会でどのような風潮が蔓延していたとしても、俺は堪え性がない人間でありたいと願う。