壺中有天

弁ぜんと欲し 已に言を忘る

好奇心

 俺に足りなかったのは好奇心だったのかもしれない。俺は自身の人生において、何かが常に欠けているような気がしてならなかった。そしてそれは、金銭で解決するようなことではなく、もっと内的な要因によるものではないかと感じていた。しかしそれが具体的に何なのか、俺に足りないものをハッキリと言い表すことが出来ないまま現在まで悶々とした日々を送るしかなかった。

 しかし今日、それについて明確に分かった、好奇心が俺には欠けていたのだ。俺は日本屈指の僻地に産まれ落ち、そこで営々と暮らすしかない貧家の長男として育てられた。要するに田舎で貧乏を強いられるような星の下に生まれてきた。俺はかなり長い間、自分の人生が不本意でつまらなく満ち足りた気持ちになれないのは、偏に自身の卑しい出生によるものだと思い込んできた。

 しかしそれは問題の本質ではなかった。そのような境遇は確かに恵まれてはいないかもしれないが、それだけが問題だとするならば、現在東京で暮らしている俺は愉快で楽しい人生を謳歌していなければならない。だが、東京に移ってきて幾星霜、俺は別に幸福にもなっていなければ満足もしていない。金が無いのは田舎にいた頃と同じだが、厳密に言えば経済的にも多少余裕は出てきてはいる。

 結局のところ、辺鄙な場所で貧困に喘ぐことは俺にとっての受難の全てではなかったのだ。それらと一生涯、縁が切れなかったとしても俺は冒頭で述べたように好奇心があればそれなりにやっていくことは出来たかもしれない。いま俺は安い賃貸ではあるが、都心の一等地で暮らしている。目下の現状においても人生が充実しないのであれば、それは外的な原因によるものではないのは明確である。

 仔細は省くが俺はこの週末において、とあることに熱中した。それは別段、特別なことではなく日常的に行っている行為の範疇に属している事柄にすぎないのだが、とにかく俺は我を忘れてソレに熱中した。熱中し、それについてどうしても知りたい、見たいという欲求に駆られた俺は、それ以外のことは全く手に付かなくなり、無我夢中でそれに没頭した。その時の忘我状態や没入感は完全なる至福と言っても差し支えないような体験であり、これこそが正しく、俺の人生に欠けていた唯一のものであったのだと確信した。

 

 

 子供の頃から何かに熱中することはあるにはあった。しかしそれは、テレビゲームに限った興味や関心でしかなかった。それについて俺は悪いことだったとは思ってはいないが、好奇心が持てる幅があまりに狭かったのは、俺の少年期においてかなり大きな損失であったように思う。好奇心が湧かない事柄について、大人でも子供でも何かを得ようとも思わないだろうし、その無関心が人間の能力をかなり引き下げるのではないかと俺は思っている。

 子供の頃に遊んでいたゲームの数々については細かくは書かないが、それらに例えどれほど精通したとしても、人生においては何ももたらさない。それらに費やす時間ばかりを徒に浪費するばかりで、結局のところただそれだけであった。無駄なことや無意味なことを人生から排除すべきだとは思わないが、好奇心というチャンネルがごく限られた分野にしか開かれないのは問題だ。

 好きなこと以外には興味がないということは、それから外れた全ての事柄について消極的に嫌々取り組むか、その必要すら無ければ単に無視するしかない。そのような姿勢で人生に臨むなら、「好きなこと」に属していないことを知ろうとも思わないだろうし、それについての技能などを身に付けようとも思わないだろう。いわゆる物覚えや飲み込みが悪いというのは即ち、対象への好奇心の欠如を表している。

 好きなことは既に知っていることだ。それが自分にどのような感情をもたらすかを熟知しているから人間はあるものを指して好きだと言える。だが、好きなことに固執するとき人は、既知の領域に閉じこもり、その範疇から逸脱することを徹底的に避けようとする。好きなことにだけ拘り執着するという行為は好奇心とは対極に位置する情緒であり、それに端を発する態度や行動が人生に実のある何かをもたらすことはない。

 子供の頃の俺は、テレビゲームのコントローラーを握りしめ画面を食い入るように凝視し続けた。子供の頃の俺は学校に順応できず、両親や親類などといった周囲の大人たちからも出来損ない扱いされていた。俺は当時から此の世のどこにも居場所がなく、ひたすら数少ないレパートリーのゲームを繰り返しプレイし、現実逃避に徹し続けた。それ以外のことなど、冗談でも誇張でもなく、どうでもいいと思っていた。

 

 自分が自分でこれが好きなことなのだ、と心に決めたモノ以外を、俺は徹底的に遠ざかろうとした。学校の勉強はもちろんのこと、習い事のそろばん塾も、部活動も同級生との付き合いも、親や親戚などと関わりからも、逃げられるだけ逃げようとした。それらの事柄に興味や関心など持てるはずもなかったし、持つ必要などもないと当時の俺は考えていた。

 その結果俺は、多くを知ることもなく、何も身に付けることもなかった。自分な何故これほど無力で無知で、無能なのだろうかと自己嫌悪に陥ったが、思い返せば自身の能力の低さの原因など明白すぎるほど明白だった。此の世にまつわる殆どすべての事柄に対して俺は、好奇心がなく知ろうともしなかったから、俺の能力はあらゆる面で開花することがなかったのだ。

 好奇心、知ろうとすることこそが人生を切り開く唯一の鍵であり、俺に最も欠けている資質だった。僻地に住んでいるだとか、自由に使える金や時間がないなどというのはある意味で言い訳にすぎなかった。今や俺は都心で暮らしており、暦通り休め、生活に困窮しているわけではない。子供の頃に足りなかったものを少なからず現在の俺は持っているが、好奇心だけはこれまで生きてきて終ぞ持ったことはなかった。

 俺はいつも、原因不明の無気力で倦怠感や疲労感に苛まれていた。何かにつけて癇癪を起こし、常に眉間にしわを寄せ何かにつけて気に入らないことばかりで、身の回りの全てが呪わしく思えてならなかった。その原因はたったひとつ、好奇心の欠如であった。何かを知りたいと欲する気持ち一つさえあったなら、怪我も病気もしていないのに二の足を踏んでなにもしないまま過ごすなど不可能だ、必ず何かを能動的に、積極的にやろうとするはずだ。

 日常的に自分が口にしている食べ物に気を付けたこともあった。色々と意欲が湧かず、積極的に何かを得ることも身に付けられもしないのは栄養に問題があるのだと見当違いな考えを起こして、野菜を多く食ったり精が付くものを摂ったりもした。しかし、それが功を奏する事はまったくなかった。これまでに何度も述べたように、それは例の一事の欠落によるものに過ぎなかった。

 

 

 都会に住み、余暇や金銭に人並みの余裕があり、五体満足な肉体があったとしても、それだけで人間は十全にはならない。充実した生活や満足できる人生というものは畢竟、好奇心なくしてはありえず、それはさらに突き付けて言えば「知りたい」という欲求だと言える。知りたいがために情報を欲し、それを得るために具体的な行動に移し、更にその目標を達するために必要な何らかな技能を習熟しようとするだろう。

 俺が書いていることはあまりにも青臭いことかもしれないが、それは何処に身を置くかや物理的な余裕、栄養の多寡や健康状態などよりも人間が生きる上でよほど重要なものだということは疑いようがないだろう。ともすればそれは余りにも当たり前過ぎることであり、それに俺はこの歳になってようやく、愚かにも腑に落ち気がついたと言った方が良いのかもしれない。

 俺は自身の脳が外界に開かれ、情報や知識を貪欲に吸収しようとしている用に感じられた。その時の感覚は至極の法悦とでも形容したくなるような精神状態であり、俺はそれを前にして日常の瑣末事など全くどうでも良くなってしまった。それは知的な能力が優れている人間が常日頃感じているような感覚なのかもしれない。俺はそれをこれまで感得できずにいたが、今日になって何の前触れもなくそれが突然、我が身に訪れたのだ。

 我を忘れて、のめり込めるような瞬間こそが最も尊い。それに至るために必要なのは特別な場所でもなければ大枚でも膨大な時間でも労力でもなく、偏に好奇心というセンス一つだけだった。もしかしたら、真の教育というものは他者にそれを与えることなのかもしれない。俺が「この感覚」をもっと若い時分に味わっていたならば、俺の人生はどれほど実り多く、素晴らしく、開かれたものになっていたことだろうか。

 知りたいという一念だけに駆られて邁進し、何かに没入し続けている間には、俺は人生すら失念する。自分がどのような人間で、今どのような境遇に身を置き、この先被らなければならないことや従事させられるであろうことなど、全く無に帰してしまう。俺は生まれて初めて、己の霊魂や精神が救われているような感覚を味わった。それは別に大仰でも高尚でもないことが対象であったのだが、とにかく俺はそれに対して「好奇心」を抱いた。それはこの世のものとは思えないほど素晴らしかった。