他力斎

雑記、雑感その他もろもろ

逃げも隠れも

 酒に溺れた日々を今頃になって思い出す。大学時代から労働者に堕するまでのおよそ7年ほどの間、俺は一日も欠かさず酒を煽り続けたものだ。この世の中は俺にとってはあまりにも過酷で居たたまれなく、辛く苦しくて仕方がない場所だ。それは学生時代から現在まで全く変わらず、その時期ごとに特有の面倒や艱難があった。そしてそれらを解決する術など、俺には何一つありはしなかった。

 だから俺は酒を飲んだ。それ以外に手段がなかったからだ。酒を飲み酩酊に耽ることで俺は全てを忘れようと試みた。俺には苦境を打開する方法も無ければ知恵も機転もなかった。また、日々の暮らしの中で被るあらゆる苦しみを吐露する相手も存在しなかった。ただひたすらに受難を重ね、傷つき疲れ追い詰められ、俺はこの世のどこにも逃げ場がなかった。

 だから長らく、飲むしかなかった。俺にできるのは安酒を呷り現実逃避をすることだけだった。アルコールで酔っている間は過去にも未来にも考えが及ばず、安心して眠れた。毎日毎夜、気絶するまで飲み、仕事が終わり夜になれば食事をしながらただひたすら一人きりで飲み、また気を失い一日が終わるという有り様。数年もの間、俺の身体からアルコールが抜けることはなかったと言ってよい。

 精神の酩酊状態だけが俺にとっての居場所であり逃げ場だった。その状態をどれだけ長い時間、維持するかが俺の人生の全てだった。どれだけ深く酔うことができかということの他に、俺は一切関心がなかった。それだけ俺の生は辛く苦しく、また虚しかった。シラフで生きるには、この世界はあまりにも厳しすぎるように思えてならず、生涯を通して俺は酒を飲み続けると決め込んでいたほどだ。

 そんな俺も、内臓や脳をアルコールに冒され、連続飲酒に終止符を打つことになった。離脱症状で散々苦しんだが、現在は酒を呷ることなく日常生活を営むことが出来ている。しかし、生きながら感じる苦しさや虚しさは拭い去ることができず、目下の俺にとっては単に現実逃避の手段としての飲酒という選択肢がなくなったに過ぎない。飲めない毎日は時折りふと心細くなる。

 

 

 金曜の夜などは特に酒が恋しくなる。金の心配さえ無ければ俺は今日、半蔵門の酒屋まで行き、晩酌用に色々と買ったかもしれない。アルコール依存症離脱症状に悩まされていたのは遠い昔。現在は別に酒を飲んだところでどうと言うことはない。しかし、酒害で体を壊し飲めなくなった間において、飲酒の習慣が俺の生活から耐えてしまい、今頃になって自宅に籠もり酒を飲む理由がない。

 だが、逃げ場もなければ居場所もない心細さもまたあり、それを感じるような夜にはやはり一杯でも飲めれば、といった考えが頭をよぎることもある。最近は仕事の量がキツくなり、帰宅しても疲れてすぐに眠ってしまうような毎日を送っている。嫌で嫌で仕方がない職場から逃げ出したい気持ちに駆られる。俺は職場の人間や客などといった他人に使役されているだけで、そこに俺の居場所などない。働かされ、ただ疲れ家に帰って眠るだけの日々に、束の間の安息を求めるなら、飲むのが定石だと今になっても思う。

 しかしそれでも飲まない。そのようにして酒に溺れた先に何もないことを俺はよく知っているからだ。一晩の安楽や恍惚は確かに安酒で得られ、それを求めることは容易い。だが、酩酊という逃げ場に留まり続けることで人生を無意味に空費するのに、俺はスッカリ飽きてしまった。内蔵や脳へのダメージを懸念して酒を絶っているのではなく、酔うということそのものが俺には既に無用の長物となっている。

 子供の頃から俺は現実逃避ばかりしてきた。テレビゲームにそれを求めていた時期もあり、またその対象がラジオやテレビなどの放送番組出会った期間もあった。対象が酒だった間のことも、思えばそれらと同一の動機に端を発するものであり、俺は辛く厳しいだけの現実や望みも救いもない人生からただひたすら逃れたい一心で種種雑多なそれらに興じ、耽溺してきた。

 余人は何かに依存する者をあざ笑う。しかしそれは、その者がどのような心持ちで行きていかなければならないかを知らないが故のことだ。明けても暮れてもゲームばかりやっていた子供の時分、両親は俺が何故それに固執するか一切理解しなかった。辛かったからだ。家でも学校でも、ありのままの自分が決して受け入れられないことを当時の俺は察していた。そして他人から認められるためのハードルの高さと、それを越えられない己の能力の限界もまたよくよく弁えていたから、俺はゲームに逃げるしかなかった。

 

 大人になってからも、連続飲酒という俺の生活習慣に苦言を呈するものは数多くあったが、俺の心情を慮れる者などはやはり存在しなかった。その連中は殆どが働いている職場で接触する人間たちだったが、俺にとっては酒を飲まなければならない原因は畢竟その者どもにあるのであって、それらが酒を断つように俺に要求するのは甚だ滑稽に思われた。

 俺は働くことに向いていないし、また俺が社会において担わされる仕事は傍目から見ても割に合わないキツいものばかりだった。そのようなものに耐え忍んで生きているのだから、どうして飲まずにいられよう。当時の俺の心境としては、「いつか」苦役から自らが解かれるようなことがあれば、シラフでいるのもやぶさかではないという感じだった。それまでは、酒を飲むことはむしろ当然のことだと嘯いていた。

 その「いつか」は待てど暮らせど訪れはしなかった。だから俺は歳を重ねるほどに酒にのめり込み、いつしか酒なしでは生きられなくなった。身体から酒が抜けると心に不安の影が差す。夜を明かすことが出来ず、朝が来るのが耐えられなかった。戯れに酒を控えようとしても、過去への後悔と未来への絶望に板挟みにされた己の身の上が思い起こされ、それがどうにも我慢ならない。

 此の世のどこにも居場所などなく、行くべき道も帰る所も全く見当もつかない。この身の置き場に思いあぐねて、ワンルームでひとり途方に暮れるばかり。俺には居場所が必要だった。俺は逃げ場が欲しかった。酒を飲むなと言う者どもに、俺の一体、何が分かるというのか。第一世間の連中は一人の例外もなく、この俺にとっては苦しみの源でしかない。それらが俺から酒という、一縷の望みを禁じようと試みるのだから噴飯モノだと言える。

 他人などにお構いもなく、俺はひたすら飲み続けた。ゲームやラジオに没頭して日常の嫌なことや辛いことから目を背けた子供の頃よろしく、俺は全てから逃れるため、酩酊の中に居場所を見出しそこに安住するために俺は幾杯も幾杯も質の悪い酒を飲み下し、脳細胞を破壊することに勤しんだ。持て余した肉体と精神のやり場など、此の世のどこにも在りはしなかったのだから、俺にとって飲酒は然るべき行為だった。

 

 

 そんな日々も今は振り返るだけの遠い昔と成り果てた。此の世は依然として俺にとって過酷で全く救いのない場所でしかないものの、俺はそれから目を背けることは最早ない。状況はアルコール依存から脱する前後と何一つ変わってはいないが、それでも俺自身の精神や態度といったものは少なからず変化はあった。逃げ場や居場所を求めて彷徨うようなことはもうない。

 それらが必要だと思う心が俺を何かに縛り付ける。俺は高校生の頃に一日中ラジオを聴いていた。そのような生活の中で、俺は心の奥底では延々ラジオを聞き続けなければならない自分の暮らしに言い知れぬ窮屈さを感じたことを思い出す。それと同じような感じを酒浸りの日々の中でも感じたのだ。俺が酒を辞めたのはその縛られることへの煩わしさから解かれたいと欲したからに他ならない。

 何処かや何かに逃げたり居場所を見出したりしたところで、今度はそれが重荷となる。自分には逃げ場や居所がなければならず、救われる必要があると俺は漠然と信じてきた。救済されるべき己というものが厳然と此の世に在るという前提で生きることに、どれほどの正当性があるのか、俺は時たま疑問を抱かずにはいられなくなる。何かに救いを求め、逃げ場を見出し、その度に俺は満たされず、却ってそれが嫌になる。

 この滑川、逃げも隠れもいたしません。俺は仕事終わりの夜の街中にあって、胸中で独りごちた。心身の安全を求め彷徨い、何かに固執することに疲れ、飽きてしまった。俺の人生はただその一事に費やされ、我が生涯はそれへの執着により台無しになった。だが、今はその事実にすら目を背けようとも思わない。俺は産まれて来ない方が良かったが、それでも俺は自身の生に対して然りと言う。

 此の世のどこにも居場所も逃げ場もないことが、今となっては清々しい。水は一箇所に留まれば淀み、腐る。人間の肉体もまた大部分は水分でできているのだから、それと同じようなものではないだろうか。どれほど好ましい誰か、素晴らしい何か、理想的な何処かであったとしても、それ若しくはそこに執着し始めれば、生きることはそれ自体が重々しいものとならざるを得ない。俺はそれを潔しとせず、どのような状況や環境にも安住を決め込みはしない。