他力斎

雑記、雑感その他もろもろ

いつか

 物心ついた時から我慢ばかりさせられ、またしてきた。それをしなくても済むようになる日がいつの日かくるだろうなどと、俺は愚かにも心の何処かで信じていたのかもしれない。然るべき時に然るべき場所で、苦労も理不尽も、悔しさも虚しさとも無縁になり、満足なり納得なりできるような、そんな日が自分の身に遠い将来、やってくるはず、訪れるべきだなどとバカげたことを俺は夢見続けた。

 嫌いな習い事をやらされずに済むようになれば、小学校が終われば、中学校が終われば、高校が終われば、大学が終われば……。そのようにして俺は生涯において、ただひたすら待ち続けた。俺は本当にただ無為に待ちに待った、しかしただそれだけだった。自身の半生を振り返ると、俺はやりたいことや欲しいものを手に入れようと画策したことなど一体何度あっただろうかと自問せずにはいられない。

 両親は俺に我慢をするよう徹底的に躾けた。俺は忠実に父や母が言う通りにした、愚かだった。辛抱することが生きる上で必須で、それ以外に道はなく、それをしなくて済むような道を模索したり夢想することは現実的でも賢明でもないのだと彼らは俺に叩き込んだ。言うまでもなくそれは両親たち自らが信奉する人生観であり、それに染まることは正しいことでも何でもなかった。しかし俺は彼らの生き方に倣ってしまった。

 耐え忍び、待ち続ければいつかどうにかなり、報われるなど有り得ない。苦労や忍耐の先に待っているのは、さらに大きなそれらである。我慢すれば良いことがあるなどというのは例えるなら、北に向かって延々と進めばいつか南の町に到るなどといっているに等しい。実際には、北上すればするほど寒々しい土地に足を踏み入れるばかりだ。改めて思えば、考えるまでもないことだろう。

 子供でも分かるようなことが俺には理解できなかったため、ただひたすら我慢するより他なかった。そのような思い違いをして一生を棒に振るような者は、世の中において決して少なくないだろう。此の世のどこにも在りはしない、永遠にやって来ない「いつか」の為に今という瞬間を際限なく無駄に浪費するのは愚の骨頂である。その一点に気づくために、俺はあまりにも時間をかけすぎた感があるのは否めない。

 

 

 実はいま俺は猛烈に酒が飲みたい衝動に駆られている。盆休みでありまた金銭的にも余裕がある状況で、奨学金返還猶予申請の書類も投函し終え、文章教室の課題も提出したという状況下において、飲まない理由などどこにもない。ただ一つ懸案事項があるとしたらそれは金銭の問題だけだ。一晩飲むだけで約2300円の出費となるため、それだけが俺にとっては唯一気がかりなのだ。

 現在、俺の一日あたりの食費は400円から500円となっている。それと比べれば晩酌台に2500円近く金をかけるなど言語道断だ。これは少なく見積もっても普段の食費の5日分に相当する。それを自らに許すかどうかは、大変な葛藤を生む要因となる。これまで俺は出費、とりわけ食費を可能な限り抑えに抑え、僅かばかりの貯蓄を続けてきた。その俺が自らに晩酌を許すとしたら、これまでの我慢や辛抱は一体どうなるというのか。

 一方、俺は一体いつまで晩酌を我慢し続ければ良いのかだろうかという思いもある。5年か10年か、それとも一生俺は長い休みの最中で差し迫った面倒も抱えてない夜をシラフで過ごさなければならないというのか。死ぬまで終わらない我慢の果てに残るのは決して多くない貯金しかない。耐えるだけで生涯を費やすことが尊いことだなどとは、俺にはとても思えない。これは単に飲酒を正当化しているのではない。

 仮に俺の内心にそのような魂胆があったとしても、これは酒に限った話ではない。俺は一体いつまで不本意な職場で苦役に耐え忍び、少ない給料で糊口を凌ぐような生活に甘んじなければならないのか。晩酌も控えなければならないような経済状況はそれ自体が問題であるとも言えるし、稼ぎが多くなりさえすれば俺は毎晩でも飲むことは可能だ。俺にとって本当の望みは節制では絶対にない。

 俺の人生において、若く身体の自由が利く時間は残りどれくらいあるだろうか。遠からず俺は老いさらばえ衰えていくだろうし、そうなってから我慢だけで浪費した若い時分を振り返って悔恨の念を抱かずにいられる自身が俺には全く無い。と言うより、冒頭で述べたように子供の頃から耐えることばかりであったため、そのことで俺は相当大きな悔いを自身の生涯に残してしまっている。

 

 飲めるのは長い休みの間だけだ。盆休みが終われば、また苦しい労働が始まるだろうし、その最中に酒を飲むことはできない。それを思えばこの週末は半蔵門の酒屋へ生き、ビールを買って晩酌をする絶好の機会であると言える。逆にこの機会を逃したら、次に飲めるか飲めないかで逡巡するのは恐らく年末だろう。仮に今日飲まなければ、俺は年の暮れまで盆休みに飲まなかったことで延々と後悔するかもしれない。

 仮に死ぬまで節制し我慢したところで、俺に一体どんな得があるというのか。耐えれば「いつか」飲めるようになり、それが確定した未来だというのならまだ話は分かる。しかし、前述したようにその「いつか」など幻想にすぎない。晩酌のことなどほんの一例に過ぎず、これは人生における一切合財に当てはまることだろう。有りもしない、決して訪れない「いつか」の為にいまを犠牲にすることは妥当でも賢明でもない。

 子供の頃にそろばん塾に通わされていた時も、俺は「いつか」が来ることを夢見た。そろばんに興味が持てず、計算が嫌いだった俺は塾を無理強いする母親に辞めたいと幾度となく懇願した。母はそろばんの検定試験に合格すれば辞めても良いと俺に約束した。小学生時代の俺は珠算検定という試験を受け、5級に合格した。しかし母や塾をやめさせてはくれなかった。次の検定に受かるまで彼女は俺にそろばんを強要した。4級に受かると3級に受かるまで辞めるなと母は俺に言い、3級に受かると例によって例のごとく、2級に受かるまで絶対に辞めさせないと宣った。

 結局、母はそろばん塾を辞めさせはしなかった。俺は小学生時代の相当な時間をそろばんという無意味な習い事の犠牲にした。これは俺の生涯においてかなり心残りとなっている苦い苦い思い出だ。俺は何級であっても珠算検定に合格すれば母親が俺に塾を辞めることを許してくれると信じた。小学校が終わった放課後を自由に過ごせる「いつか」が来ると俺は思い込んでいたが、現実は先に述べた通りだ。

 小学生だった俺はいつかを信じ、裏切られた。そして俺は幾度となく同じ愚を重ね続けた。学校をやり過ごせば、東京に移住できれば、いつか必ず報われる日が到来し、これまでの生涯で積み重ねてきた辛抱や忍耐が正当化されると思い、俺はあらゆる理不尽と不本意を堪え、ただ待ち続けた。その結果として晩酌一つ出来ないような生活を強いられているのだとしたら、俺の人生は一体何だったのだろう。

 

 

 待てども暮せど、いつかなど永遠にやってこない。それに気づくまで俺は今日に至るまでの膨大な時間と労力を無駄に空費してしまった。その無益でバカバカしい人生を省みれば、俺はたまらない気持ちになる。決して納得できず、後悔しか残らず、過ぎ去った人生の一番いい時期をただただ惜しみ残りの人生を失意の中で送らなければならないのだから、正直に白状するとやっていけない気持ちになる。

 他人の満足や利益、都合のために自らを犠牲にすることは美しくもなければ立派でもない。それは単なる愚行に過ぎず、それ以上でも以下でも決してないのだ。母親の自己満足以外で、俺がそろばん塾に通う理由など何一つなかったし、行きたくもない学校に通い、就きたくもない職業に甘んじ、飲みたい酒も控える。そんな生に意味や価値を捏造し見出そうとする努力はあまりにも虚しい。

 我慢や苦労、辛抱や努力などを美徳と捉えるのは奴隷の考えだ。それは単に他人に植え付け、操作し支配する際に用いるような思想であって、自身が信奉し殉ずるべきものでは断じてない。他人に道具として使われ、利用されるために俺は粉骨砕身してきたのだからとんだお笑い草だ。その上、やりたいこともやれず、言いたいことも言えず、生きたいように生きられなかったと恨み節を書き連ねるなど滑稽の極みと言える。

 今晩は飲むことに決めた。それをしない理由が目下なに一つ見当たらないし、なによりも俺が飲みたいから飲むだけだ。これは言うなれば訓練だと言えるかも知れない。倹約や節制に凝り固まった俺の思考や生活態度を僅かばかりでも柔軟にするためには、エビスビールを飲んでも良い、というより飲むべきだ。自分の望みを実践する練習と思えば、これはある意味必要な投資であると見なせる。

 「いつか」など永遠にやって来ない、これは自らに何度言い聞かせても足りない警句だ。それを待ち続けて、俺のたった一度しかない人生をドブに捨ててしまった。その台無しになった生を最早どのような手段によっても取り戻すこともやり直すことも能わない。望むべき「いつか」がそもそも存在すらしなかったというのは、呆気にとられてしまうようなことでもあるし、またそれのために費やした自身の生涯がただの笑い話にすぎないようにも思える。あらゆる葛藤も悲嘆も、憤怒も屈辱も一笑に付してしまっても良いだろうし、そうしてはならない理由が全く見当たらない。