他力斎

雑記、雑感その他もろもろ

500000字

 本ブログの文章は既に500000字を超えている。毎日最低3000字の記事をブログに載せることを目標として、今年の2月から今日まで延々と愚直に文章を書き連ねてきた。170記事を超えているので最低でも51万字の文章がブログにアップロードされたことになる。また、実際には文字数が3500字ないし4000字弱ある記事も決して少なくはないため、実際の文字数はそれよりかなり上回っているはずだ。

 停滞した人生を変えるために俺は文章教室に通うことに決めた。教室は1年制であり支払った学費は27万円であった。これは俺にとってかなりの大金であり、これをドブに捨てるような結果に終わることは何があっても許されない。俺は俗に言うところのワーキングプアであり、30万近い額の出費は身を切られるような思いだった。どうにかして元を取るべく、俺はある一計を案じることとした。

 学校に通うことを決めた俺は、文章力向上のためにブログを始めた。毎日文章を書く習慣を身につけるべく一日最低3000字の記事を毎日欠かさずブログに載せる事を自らに課した。内容はどのようなものでもよく、支離滅裂で誤字脱字だらけでも構わないから毎日まとまった文章を作ることを日課とし、半年以上俺はそれを続けた。推敲などもほとんどせず、とにかく毎日コンスタントに書くように心がけた。

 現状、特にこれと言って成果のようなものは出ていない。目覚ましく文章の腕前が向上したわけでもなく、文章を書くことで収入が得られるようになったわけでもない。一円にもならず、誰にも褒められず認められもしないようなことを愚公移山とばかりに俺は延々とやり続けた。働きつつ、また文章教室の課題なども片付けながら一日も欠かすこと無く3000字の文章を毎日書くのは中々に骨が折れる作業だった。

 惰性で続けた面も少なからずあるものの、50万文字超えというのは一つの節目と見なしていいだろう。別段なにかが変わるということでもないが、不断の努力と呼べるような作業を一応は行ってきたことを目に見える形で残したと達成感めいたものは感じている。また、毎日これだけ書き続ければ始めると比べれば否が応でも文章力は向上するだろうし、その点でも手応えはわずかだがある。

 

 

 もうやめにしたいと思ったことは一度や二度ではない。何しろ先に触れたが全く何の得にもならないことだ。特に仕事をしなければならない平日においてはその念に駆られた。仮にブログなどやめてしまったところで誰に責められるわけでもない。それどころか休んだり遊んだりする時間が増えるのだからその方が却って良いくらいだった。高等遊民でもない身分の者が、長い文章を継続的に書くことの苦しさを俺はこのブログで思い知った。

 しかし、27万円も文章教室に払ってしまった以上、俺は引くに引けなかった。冒頭で述べたように、それを死に金にしてしまうことなど絶対にあってはならない。少なくとも過半数の日本人よりは日本語の運用能力は上回っているという状態に自分を鍛えなければ教室に費やした金や労力が無駄となってしまう。今さら学校に金を返せなどと言えるはずもなく、一度始めてしまった以上、既に退路は絶たれている。

 働きながら日に3000文字も文章を書ける者など少なくはないだろうが、多くもないだろう。それができる時点でできない者よりは文章を作る能力は上であると自負して構わないのではないだろうか。それを続けられる限り、俺は27万円をドブに捨ててはないと言い張ることが可能となる。例の教室に通っている受講者のうちでも、俺ほど書いている者は決して多くはないだろう。

 また、続ければ続けるほど技巧も向上すると考えて良い。1週間前よりも今日の方が文章力は向上していると思いたい。少なくとも先月や半年というスパンでかつての自分と現在のそれを比べれば確実にマシになっているだろう。文章読本などを読んでみたりもしたが、結局のところ書き続ける以外に文章の腕前を上げる手段などない。その点ではこのブログをやる価値は十二分にあったと言って良い。

 加えて、アウトプットの機会を強制的に設けることでインプットもまた必要となった。入力がなければ出力もない。嫌でも毎日何かを書かなければならないなら、その題材や材料となる情報を常に探さなければならなくなる。情報を得るために日常のあらゆる瑣末事に臨み、インターネットや本などで他人が書いた文章に触れなければならない。書く機会がなければ、俺は読書の習慣も身に付かなかっただろう。

 

 ブログを続けるに当たり、様々な副産物が俺にもたらされた。まず、文章を書くためには頭を働かせる必要が有るため、それのために俺は飲酒の習慣を自らの生活から根絶しなければならなかった。アルコールで脳の機能が低下した状態では3000字の文章を書くことは不可能と言ってよい。書くために俺は酒を絶ったし、そのことで肉体や精神には良い影響を及ぼした。

 酒を辞め、読書をするようになり、多少なりとも文章力が上がった。これは27万円という巨費を例の文章教室に投じたことでもたらされた。正直に言うと、文章教室を受講したところで大した話は聞くこともできず、エッセイや小品の文章の課題を僅かばかりこなしたところで文章が巧くなるわけでは決してない。学校それ自体は俺に何ももたらしていないと言っても、現状においては過言ではない。

 しかし、27万円を無駄にしたと思いたくないという一念が、俺の生活を一変させたのは否定しようがない事実だ。文章教室とは要するにキッカケに過ぎず、それを取っ掛かりにして俺の人生は多少は好転した。少なくとも安酒を呷りインターネットで動画を見るだけの生活からは脱却できたのだから、それだけでも十分だと言えるのかも知れない。

 無論、最終的には被雇用者のワーキングプアという現状から物書きに転ずることを目標としたい気持ちはある。俺が人並みの収入と余暇を獲得するには、文章で身を立てる以外に方法などない。俺はこれまでの人生で適性のないことに多大な時間と労力を投じてきた。だが結局、俺は何も身に付けることもできなかったし、得るものもありはしなかった。

 子供の頃はやりたくもないそろばんや簿記、スポーツなどをやらされてきた。大学も興味のない分野を扱う学部や学科にしか進めなかった。その結果、工場や倉庫、清掃業などの社会における最底辺の卑しい仕事に従事させられるハメになった。親を始めとした俺の周囲にいた大人たちは『手に職』という信仰に基づき、俺を躾け教育した。だがそれはとどのつまり、俺にとって毒や害だけを及ぼした。

 

 

 書くこと以外で俺に取り柄など何一つない。学生時代も文章のこと以外で周りの他人から褒められたり評価されたことなど一度もなかった。長く続けても苦にならない唯一のことが俺にあるとするならば、綴るというただ一事だけだったように思う。思い返せば、はじめからそれだけに時間や労力の全てを投じたら、俺も生涯においてこれほどの悲惨や屈辱を被りはしなかったかもしれない。

 文章を書き身を立てるのは難しく、また現実的ではない。それは俺自身も分かっているが、普通にマトモな会社に就職して平均以上の収入を得て結婚したり家庭を築いたりするなど俺にはどうしても不可能だ。自身の文章に関する能力や適性に賭けでもしなければ、俺は一生底辺労働者として生きなければならないだろう。それが嫌だから俺は藁にもすがる思いで文章教室などという馬鹿げた学校に金を払ったのだ。

 先に述べた通り、学校では大した内容の講義は受けられない。しかしそれは、1年目だから基礎的なことに留めて教えているということも考えられる。2年3年続ければ専門的なことを学べる可能性はあるし、文章で収入を得る道も見えてくるかもしれない。俺はもうそれに自身の人生を賭す以外に選択肢がない。そしてそれができる可能性を少しでも上げるには、継続的に文章を作る習慣を絶やしてはならないだろう。

 もう他に道がない、と言うよりはじめからそれしか俺には道など有りはしなかったのかもしれない。頑迷で狭量な俺の両親は、自分たちの子供を賃金労働者にすることしか頭になかった。俺に何が向いているだとか何をしたいと思っているかなど、彼らにとっては何の意味もない戯れ言に過ぎなかったのだろう。父は俺が中学生だった頃に、俺を測量技師にする算段でいた。そのために俺を工業高校の土木科に進学させようとし、俺はそれに強く反発したのを今でもよく覚えている。

 小学生時代は5年もの間そろばん塾に通わされたが、それも両親の老婆心で俺を机仕事の職業に就けるようにするためのものだった。職業科の高校にしろそろばんの習い事にしろ、両親は俺に数多くのことを無理強いした。それは俺を稼げる労働者に育て上げる為に両親が心の底から親心で俺に課したことだったと言える。それは結論から言えば、全く結実しなかったどころか、俺の生涯を台無しにする悪手となった。

 はじめから文章で収入を得られるような教育を俺が受けられたとしたら、と俺は時たま夢想する。向いてもいない、やりたくもないことを生活を営むためにイヤイヤやることは美徳ではなく、俺は怠慢だと思う。望ましい道に進むことを両親は決して俺に許さなかった。しかし現在の俺は親や他人に指図されるような立場にはいない。そのため、薄い望みのために金と時間を割くことができている。

 文章教室に入学する際、入学願書に自己PRを記入する欄があり、俺はそこに綴ることで生きていきたいなどとと書いた覚えがある。我ながら年甲斐もないとは思うものの、俺にとってそれは子供の頃からの悲願だった。俺は田舎で不本意な仕事をすることを前提に生きることを宿命付けられた人間だ。本来なら東京で生活することもできなければ文化的な職業に就くことも能わない。俺はそれが不服だったし、気に入らなかった。願いが叶わない理不尽な生にどうしても一矢報いたいから、そのような大それたことを書いたのかもしれない。

 あらゆる意味で、俺には綴るしか道がない。他に手がないのだから、俺は終生それに固執するだろう。俺は死ぬまで、書き連ねることと生きることが完全に同義になるほどの生活を実践しなければならない。それについて諦めたり飽いたりしてしまえば、俺がこの世に存在する意味も正当性も完全になくなってしまうと言っても過言ではない。単に物書きになって楽な暮らしがしたいなどといった話ではない。