壺中有天

弁ぜんと欲し 已に言を忘る

分け入っても分け入っても、有為の奥山

 苦しい一日一日を、どれだけやり過ごせば良いのだろうか。それとも、そうしている内に、俺の寿命は費やされ、不本意なままに俺の命運は尽きるのだろうか。俺は自身の人生を全く肯定できない。生きていて良かったと思えた日など、これまでで一度もなかった。最近は特に頻繁に、そう思うようになった。辛く耐え難い労働に埋め尽くされた日常から、逃れる術を未だ、俺は知らない。

 

よもやま話から

 仕事が辛くて仕方がない。今月から1万円ほど昇給する予定だが、それでモトが取れるとは到底思えない。何故辛いかと言えば、自社製品がどうしようもないばかりでガラクタで、それの検品やら出荷、不良品の交換やらで余計な手間がいくつもいくつも、いくつも積み重なっているのが、主な原因である。倉庫から直接、発送できない商品が際限なく増えていっているような感があり、楽になる気配がまるでない。

 俺を雇っている会社は、一体なぜ自前の商品を作りたがるのだろうか。どうせマトモな製品など自力では作れないのだから、他社が作ったモノを右から左に流すだけで十分だろうに。それなのに、どういうわけか会社の連中は自社製品にやたらめったらコダワルのだからかなわない。表向きは店舗や通販、卸売に限らず、メーカーということになっているため、どうしても造らずにはいられないのかもしれないが。

 とは言うものの、メーカーだから偉いだの立派だのということもないだろう。会社の存在理由とは、良い品物を作ることではない。加えて言うなら、良い品物を顧客に提供することでもない。社会における会社のレーゾンデートル、それは利益を上げることである。そしてそれにより従業員に正当な賃金を支払うこと、これに尽きる。それ以外に会社なる組織が此の世にある意味も理由も一切ない。

 流通も製造も、利益を上げるための過程にすぎない。俺が働かされている会社に限った話ではないが、どうもこの国においては、モノツクリなるものに対する幻想が満遍なく行き渡っているような気がしてならない。創造的であること、生産性があること、そういったことが、無批判に理由もなく礼賛されすぎているように思えてならないのだ。そしてそれは、自己陶酔や自己満足を伴ってもいるのではなかろうか。

 仮にイイモノを作っている、作れるとして、だから一体それがどうした。それができることと仕事の良し悪しとは何の関係もない。自己満足的に良い品物を作りたいなら、個々人が趣味の範囲で勝手にやっていればいいだけだ。組織としての会社が利潤を追い求めたその結果として、最終的に良いものができたと言うなら、それは喜ばしいかもしれないが、仕事上それが不可欠でそうしなければならないというわけではない。

 俺が勤めている会社について言えば、作ろうとして実際はできていないのだから話にもならない。電動のものは初期不良の山であるため、一つ一つ動作チェックをしなければならない。新しいパッケージを作れば印字ミスで商品名やキャッチフレーズがわからない、バーコードがスキャナで読み込めない、そもそもコードが合っていない、エトセトラエトセトラ……。

 これらの皺寄せを食わされるのは出荷や発送をやっているセクション、つまり俺である。開発やらデザインを任されている連中は、これらの不手際やら何やらを起こしても、一切お咎めなし。動かないなら、一つ一つ検品「させればいい」、箱に文字などが正常に印字されていないなら、一つ一つシールやラベルを「貼らせればいい」。一事が万事、そういった次第で、新しい商品をリリースすればするほど、俺がやらされる仕事の負担は際限なく増えていく。それが改善される兆しは全くなく、会社を辞めて生きていく手立てもなく、要するに俺は八方塞がりで行き詰まっていると言える。

我慢して、苦労苦労で死んでいく

 要するに、赤の他人が自己満足でデザインなりプロデュースなりしたガラクタを仕事で扱うがために、俺は毎日余計な苦労を被っている。前述のとおり、それは営利目的のためではない。実際、ガラクタを取り扱う手間を他の何かに割いた方が、会社として余程利益につながるだろう。それをせず、飽くまで社の連中は自前の製品を世に送り出したがるのだがら始末が悪い。

 俺はどうして、他人がしでかした不始末の尻拭いをしなければならないのか。働かされながら、俺は手を動かしながら最近、四六時中そう思うようになっている。利潤追求という大義名分のために、どうしても必要なことだというなら話は変わってくる。しかし、先に述べた通り、そういう意味合いはそれほどないのだから、納得がいかないという思いが日増しに強くなっていくばかりである。

 それでも俺は当面、例の会社にしがみつかなければならないだろう。不遇をかこち、不満でハラワタが煮えたぎっていても、結局のところ同じ職場に長時間拘束され、で割に合わない仕事を延々とし続けるしかない。できるなら、何もかも投げ出してしまい腹の中のありったけを、社の連中にブチまけて啖呵の一つでも切り会社を辞めてバックレをカマしてしまいたいところだ。

 しかしそんなことはできない。仮に今の俺が何の備えもなく会社を辞めてしまったら、その瞬間に俺は生活に窮することになる。休憩時間を返上し、就業時間が過ぎてもタダ働きを長い時間することになっても、それでも失業するよりは遥かに良いのだから、我ながら情けないことこの上ない。どれだけ理不尽な目に遭わされたとしても、現状のままなら、結局のところ俺は会社を絶対に辞められはしない。

 収入が不安定な状態で生きることは苦しい。また、安定していても生活保護未満の収入で暮らすことも耐え難い。俺はどちらも経験したが、目下の会社に居続ければそれらのどちらにも該当しない生活を営むことはできる。と言っても同世代の平均収入には遠く及ばない、ワーキングプアではある。それでも、今の仕事はこれまでにやったどの仕事よりもマシなのだ。

 だからと言っても、今の会社が良い職場だとは一切思わない。社長は自己愛性人格障害サイコパスのような人間であり、自社製品の開発やデザイン、広報をやっている連中とは、顔を合わせるのも嫌だ。また、返上した休憩時間や就業時間威光の労働も合わせれば、恐らく都の法定最低賃金を下回っているだろう。加えて、いまの仕事をやり続けても、何かが身につくわけでもない。

 このまま歳をとっていったら、どんな末路を辿るやら、と俺は働き考える。先ほども触れたが、いまの仕事が楽になることはない。これから先も社の連中は、下らないガラクタをドヤ顔で夜に送り出し続けるだろう。新商品(笑)が増えれば増えるほど、俺はその対応に追われ、最悪の場合は埼玉の外れにある倉庫まで行かされ、そこで出荷する商品の組み立てまでやらされるだろう。それは筆舌に尽くしがたい。

 

 正当な報酬がもらえるわけでもなく、居心地がいい職場でもない。俺は一体、何のために貴重な人生を赤の他人のために費やしているのだろうか。15歳の頃、生まれて初めて働きに出された時から俺は、労働に従事する時にはいつもそのことを考える。他人が作った会社で、他人の下で働かされることが、俺にとってはどうしても、どうしても我慢ならなかった。それが無理からぬ事であったとしても。

 労使契約というのは、それほど絶対的なものなのだろうか。他の部門の人間の悪口を書いたが、俺にとって社内で最もいけ好かなく、憎むべき存在は紛れもなく社長である。他人を雇っているという、ただそれだけであらゆる意味で優位に立てると信じて疑わない人間なのだ。その者の人格や人間性が社風となり、就労環境に密接に関わってくる、いい加減にしてもらいたい。

 例の社長に呼び出されて、面と向かって言われたことがある。

「会社が儲からなかったら、お前の給料も払えないんだから」

 能面のような顔をしてやり過ごすだけで精一杯だったが、甚だ噴飯物である。たとえ会社に金が一円もなかったとしても、雇い主は雇った人間に契約したとおりの賃金を支払う義務があるはずだ。契約を交わしたから、俺は他人が作った会社で労働しているのである。そして金を払うかどうか、またその多寡は予め契約で決まっている。その男はその前提を忘れているのか、度外視しているのか知らないが、一体何様のつもりなのだろうか。

 前出の発言が、その会社の全てを表していると言って良い。会社側は自分たちの都合により、俺に金を払ったり払わなかったりといった融通が利くと、どういうわけか思っているようだ。ようだというより、実際に俺は会社側の一存で、給料を減らされていた時期があった。それは契約書などをかわさず、俺の同意もなく突然に告げられた。俺はそれに耐え、結局給料はもとに戻りそれに加えて昇給ということになるのだが、正直あまり喜ぶ気にもなれない。

 俺は会社はもちろん、社の人間の全員が嫌いだ。社長を筆頭にして、正規雇用者も店舗で働いているアルバイトも、誰も彼も反吐が出るような連中である。そんな者どもの勝手な都合や欲得のために、俺が犠牲にされているのだ。俺の時間や労力が、不当に搾取されているのだ。このことについて深く考えると、勤務時間中に気が狂いそうになる。一体何の因果で、俺がこんな酷い目に合わされているのだろうかと。

 我慢と、苦労の連続だ。これまでずっとそうして生きてきたし、これからもそれは変わらないだろう。そのようにして歳を重ねて俺は、惨めに老いさらばえて死んでいくだろう。俺は今際の際に、一体どんなことを考えるだろう。恐らくきっと、後悔するに違いない。今でさえ俺は、目下の会社だけではなく、これまで幾つもの職場で遭わされた苦しみや、俺を苛んだ人間の顔が絶え間なく浮かんでくる。

北に行けば北に至る

 俺は我慢や辛抱をせずに済んだ時期が、これまで一度でもあっただろうか。労働者になってからは言うまでもないが、学生時代や子供のうちから俺は延々と苦しんできた記憶しかない。今日の苦しみが明日の糧になるなどと、俺は愚かにも思っていたのかもしれない。俺自身だけでなく、俺に苦労や我慢を無理強いしたあらゆる他人が、俺に対してそのように吹き込み続けていたところもある。

 苦しみの先にあるのは、更に大きな苦しみだ。これは物理的な例えでもって、考えてみれば明らかだろう。北に向かって延々と歩き続けた人間が、果たして何処に行き着くか、北だ。それがオカシイだとかそうでない道があるだとか、そんなことを言ったり思ったりするのは、言うまでもなくナンセンスである。北に向かえば、北に至る。南に向かえば、それもまた然りだろう。

 物理的には、これほどまでに明らかなのに、少しでも抽象度が上がると、途端に人は見誤る。頑張ったり苦労したりすれば、その報いとして楽ができるだとか好ましい結果が得られるなどと、愚かに思ってしまう。何も俺だけではなく、人間全般が概してこのような度し難い浅はかな考えを持っているのではないだろうか。苦しんだ分あとから楽になれるなど、北に向かえば南に着くと言って憚らないのと、何が違うのか。

 思えば、子供の頃からやりたくないことばかりしていた。やりたいことをやりたいとも言えず、欲しいものを欲しいと言えず、その挙句がこのザマだ。我慢してなにかを耐え続けていれば、いつか大人になってから日の目を見るはずだと、俺は愚かにも思い込んでいた。親や教師に無理強いされた、ありとあらゆる事柄が、卑しい労働の最中に頭の中で浮かんでは消えていく。

 俺の人生は、一体何だったのだろうか。自分で言うのも何だが、俺は厳しく育てられた。貧しい家の長男として此の世に産まれ落ちた俺は、何かにつけてキツく躾けられたものだ。習い事も部活動も、進学した学校の学科に至るまで、俺は何もかもが父や母の言いなりだった。歯を食いしばり、いろいろな事柄に耐え続けて、その結果として現在の暮らしがあるというなら、俺が子供の頃に耐えた諸々は、一体どんな意味があった?

 苦しめば報いがあるが、それは苦しみだ。今生において俺が学んだこととは、結局のところそれだけであった。それ以外に、俺が得たものなど、何一つとしてありはしなかった。こんな目に遭わされるために、物心ついてからの長い間、数え切れないほどの我慢や忍耐を積み重ねてきたというのか。実際そうなのだろう、苦しむことを是としたから、俺には苦しみだけが与えられたのだ。

 有為の奥山今日越えて、などと言うが、俺は一体あといくつそれを越えれば良いのかと、人知れず途方に暮れる。今日の仕事は辛かったが、次の日も恐らく同じくらい辛いだろう。そして明後日もまた、考えるまでもない。俺の人生にあったのは、目下あるのは偏にただ苦、それだけ。俺は苦しみ以外に何も経験できなかったし、それは苦しみを拒まなかったからこそだと見ることもできる。どうすれば良いのか、俺には皆目見当もつかない。