壺中有天

弁ぜんと欲し 已に言を忘る

見込みはないが

 平日は卑しく働いているが、週末だけは辛うじて学生然と振る舞える。とあるスクールに学費を払い、俺はそこに通っているのだが、それは決して楽しく愉快なものではない。むしろ、学校のことで気苦労が増え、思い煩う材料を余計に抱え込んでしまっている感さえある。そんなものに行く義務など端からないのだから、面倒なら辞めてしまえばいいのだが、これが様々な理由なり事情なりがあり、それを投げ出すことはどうしてもできないのだ。

 

労多くして功少なし

 文章教室などという馬鹿の極みと言うしかない所に毎週末通っている。学費に30万円近く既に支払ってしまっているため、なかなかどうして、途中で放り投げるわけにもいかない。我ながらかなり後悔しているのだが、今更辞めてしまえば払った金が全て無駄になってしまうから最早、引くに引けないという有り様である。一時の気の迷いでとんでもない間違いを犯したものだと、今頃になって反省している。

 作家になれるだの目指せるだのという甘言に惑わされたのは、かれこれ8ヶ月ほど前のことだ。その時に俺は会社から減給を食らっており、勤め先の職場にも嫌気が差していた。それで、働かされながらも転職活動をしてみたものの、これが全く振るわなかった。働きながら履歴書や職務経歴書を作り、求人を調べ応募し、面接に赴くのはかなりの手間で、身も蓋もないが無駄骨であった。

 なによりも、やっている最中に全くもってつまらなかった。理不尽を被る卑しい仕事を捨てて新しい会社に移ろうとしているのに、心が全く躍らないのだ。むしろ、やればやるほどウンザリしてくる。マトモな学歴もなく、資格もスキルも何もない人間が、第二新卒も逃した状態で職探しなどをしても、結果が芳しいはずがない。平日の日中働いているという時間的な制約も大変な足かせとなった。

 そんな最中にネットで、文章教室のサイトをうっかり覗いてしまったのが運の尽きだった。会社に属して社員として生きていくという形で身を立てるよりも、全く別の道があるなら、その方が俺にとっては好ましいなどと、年甲斐もなく浅ましい考えに取り憑かれてしまったのだ。俺の暴挙や気の迷いを止めたり諌めたりしてくれるような人物が、誰一人としていなかったこともまた、俺にとってこの上ない不幸であったと言うべきだろう。

 俺だって、学校に通えばライターだの作家だのになれるなどと脳天気に考えていたのではなかった。とにかく、人生に行き詰まっていて、これまでとは全く別なナニガシかをやってみたかったというのが本音であった。他人に雇われることなく、気楽に生きられるように、万に一つでもなれたなら、それはそれで喜ばしい。しかし、学校に通うだけでそうなれるなどと安易には思っていなかった。

 実際、通ってみれば肩透かしというか期待はずれというか。その学校はカルチャースクールに毛が生えたような代物でしかなかった。講師陣は現役の、文筆やメディア業界において第一線で活躍していると「謳われる」お歴々ではあったが。自身がプレイヤーとしてプロの水準になれるということと、その技能を他人に享受できるということは、言うまでもなく全く別の話だ。それは、どんな分野においても言えることだろう。

 毎度エッセイや小品などの課題が出、また募集に応募して作品を投稿するなどといったことをやらされる。学校に通うようになり、文章を書き、またそれを他人の目に晒して評価をもらう機会が生じたが、それは俺にとって決して良いことではなかった。会社勤めをする人間として憂き目を見たということは既に触れたが、文章を書く時においてもまた、俺はかなり辛酸を舐めさせられることとなったのだ。

それでも何もしないより

 書いても書いても、一向に文章力が向上しないのだ。例の学校に通うことを決めてから、意識的に文章を書く機会を設け、学校と関係ない場でも文章をできるだけ多く書くようにはしているが、それでも全く上手くならない。始める前と比べれば、少々マシにはなったという、ただそれだけの成果しか今のところ得られていない。講義を毎週末に受けているが、それを経ても大して効果は見られない。

 他人が書くものと己のそれを比べれば、下手さは明らかだ。公募に投稿して無視されても、ああそうかで済むが、学校の中における課題においてはそうはいかない。講義中に講評があり、受講生の内で優れたものは取り上げられ教室内で朗読するのだが、俺はそれに選ばれもしない。講義が終わってから赤を入れて書いたものを返されるだけなのだが、それもまた屈辱的なものだ。

 文章教室に通っている生徒の中でなら、鶏頭牛尾とばかりに先頭に立てると俺は自惚れていた。ところが現実はそうではなく、せいぜい書いた文章に赤ペンで直しを入れられて返されるだけ。講義があるたびに俺は惨めな思いをさせられる。自分が書いたものの何が悪く、また他の受講生が作ったそれの何が良いのかも理解できなかった。彼我の違いさえわからないのだから、改善の余地も何もあったものではない。

 講義を受けている他の連中が俺よりも才能があり、努力しているというのか。才能の多寡は別として、文章に費やしている労力に限って言えば、俺は恐らく受講生の誰よりも「頑張って」いるはずだ。それもまた自惚れかもしれないが、毎日欠かさずにブログに文章を5千文字も書き続けている人間が、学校において何人も居るなどとは思えない。毎週最低5冊以上は読書もし、インプットとアウトプットを絶え間なく行っていると言うのに。

 要するに、それらが完全に無駄なのだ。学校に入学してから半年以上も経つが、俺がこれまでやって来たことの全ては、今のところ全くもって結実していない。労働の合間の休憩時間に読書をしたり、休みの日は図書館に入り浸り、一日も欠かすことなく最低5000文字ものブログを更新しているのも、全て徒労である。それが学校という場において、疑う余地もなく実証されるのである。

 僅かばかり読書をしたり、たかがブログをどれだけ書こうが、何の意味もないということなのだろう。俺は少なくとも、教室の中に限れば一番になれると自惚れていた。高校時代からハガキ職人をやっていた。そのため、文章を書いて発表することについて、少々の自信があった。それが世間では全く通用しないばかりか、教室内の講評においても全然、見向きもされないのだから正直かなりショックである。

 己の教養の無さや知識不足を、この歳になって事あるごとに思い知るようになった。根本的に物を知らないから、良いものが欠けないのだと思っている。それについては重々承知で、どうにかしたいと感じ無理矢理にでも読書をする時間を設けたり長い文章を意識してコンスタントに作る習慣を身に付けたりしている。それでも到底、モノになるような水準には達しないのである。

 

 先天的に俺は知能が足りないのかもしれない。子供の頃は父や母から知恵遅れだと思われていたほどだ。今は経済的に余裕のない生活を強いられているが、それもまた俺の根本的な能力の低さを客観的に表していると言えるのかも知れない。あんな学校に通っている連中の中で頭角を現すどころか、他人の後塵を拝するということは、それは即ちそういうことのだろう。

 いま俺が10歳くらいであったなら、努力や教育などにより、ヒトカドの何かになれもしたかも知れない。俺は自分が何歳か、できるだけ考えないようにしているが、時折そういうわけにもいかなくなる。具体的にどういう時に年齢を実感させられるか、一々書くのは差し控えるが、日常のふとした拍子にそのような局面に見舞われるのは改めて思えばこの上なく不服だ。

 なぜ俺は歳を取るのだろうか。俺が例の学校に行こうと思ったのは、他人に使役されるだけで歳を重ねるだけの人生に焦りを感じたからなのだ。嫌いな会社に属し、にくい相手に雇われ使われるだけで、自分の人生が浪費されていく。それはいかにも未来がなく、嫌で嫌で仕方がない、絶望的な生き方のように思えた。だから、被雇用者としての労働とは全く異なる別の活動に従事することによって、何らかの活路なり光明なりを見出したいと俺は願った。

 それのために俺は、却って苦しい思いをさせられている。ただ単に、漫然と逆視され続けるだけの人生に満足なり納得なりすれば、こういう目に遭うことはなかっただろう。それはつまらなく、下らない生き方でしかないが、楽で、嫌な憂き目を見ることもなかったに違いない。さらに言えば、余計な恥をかくこともなかっただろうし、面倒で疲れることを日毎やることもなかっただろう。

 実際、これまで俺は人生の殆どの時間をそのようにして送ってきた。何かに全力で臨んだことなど、終ぞなかった。もしも全てを懸けて何かに取り組んだとしたら、俺の人生はもっと別の、全く違った様相を呈していたかもしれない。この歳になってから、もう若くもないのに、発奮したところで、もう手遅れで、単に赤っ恥をかくだけのことでしかない。

 それでも、俺は居てもたってもいられなかった。働かなければならない、生活を営むための糧を得なければならないと、あくせく仕事をするだけでは、俺は満足できなかった。手遅れだろうがなんだろうが、俺は何かをしていたかった。努力や苦労が実を結ばなかったとしても、そんなことは最早どうでも良いのかもしれない。日の目を見なくても、辛いだけの恥の上塗りであっても、それでもなにかをしていたかった。

 俺は目下、とある会社で働かされている。そこではなんのやりがいもなく、会社に拘束された時間分の、正当な対価さえ得られない。侮られ見下され、良いように利用されるだけの被雇用者として、俺は苦役に甘んじる日々を送るしかない。それはまさしく絶望的で、糞面白くもない。そして暮らしの殆どの時間を、そんな労働が占めていると言っても過言ではない。

報われなくても

 不本意な労働だけはしたくないと、子供の頃からずっと思ってきた。思ってきたが、大人になり馬齢を重ねて見れば、結局はそのような人間に成り下がっている始末だ。それが認められなく、耐えられないがために、俺は文章の学校に通うなどという馬鹿丸出しの愚行に及んだのだ。それが愚かしく、浅ましく軽はずみな行為だということなど、学費を払う前から頭では分かっていた。

 それでも俺はいま働かされている会社にも、転職活動にも望みを見出すことができなかった。それらを己にとっての全てだと見なして生きるよりは、雲を掴むような夢物語を追い続けた方が、まだマシであるように思えた。逆に言えば、そんな空想に縋らなければならないほどに、俺の人生には既に望みがないのだと言える。普通に働き続けたところで、俺にはもう先がない。

 真面目に働いたり、転職して別の会社に移ればどうにかなるなら、文章でどうのこうのなどと馬鹿なことは絶対に考えない。公務員になろうとしても、23区職員などになるにも、やはりもう機を逸してしまっている。また、職を転々とすればするほど、俺は自分で自分の首を締めるだけだ。もう道はなく、手もなく、後もない。そんな俺が作家になれるなど世迷い言を触れ回る怪しげな学校の広告に惹かれたとしても、それは無理からぬ事だろう。

 読んだり書いたりすることは面倒であり、他人が作ったものと自らのものを比べ、競り負ける屈辱は筆舌に尽くし難い。それでも俺は、日々の糧を得るための労働から離れた何かに活路を見出したいのだ。見込みや可能性がないとしても、そういう夢を見てはいけない、追ってはいけないという決まりはない。結果が出なく、報われないとしてもそれでも俺は文句は不平を言いながらも、例の学校には通い続けるだろう。

 自分よりも若く、優秀な者どもが絶え間なく出てくる。そしてそれらが世の中を我が物顔で渡り歩き、青春を謳歌するサマを俺は横目で見ながら割に合わない仕事を生きるために死ぬまでやらなければならない。そのことを改めて考えると、俺はたまらなくなる。どうすれば良いのだろうかと暗澹たる気持ちにさせられる。人生をやり直すには、もう遅すぎる歳で、底辺の労働から逃れる手段など、どこにもない。

 辛く苦しく、堪え難い労働から、解かれる術など一つもない。だからこそ、文章の腕前を上げることでどうこうという与太話に俺は飛びついた。それにより、たしかに得るものはありはした。酒浸りの日々から抜け出し、僅かでも遅ればせながら新しい知識を得ることもできた。しかし、それが仕事だの将来だのに結びつく可能性は、残念ながら限りなく低い。

 報われなくても、成功できなくても、何かを行うことこそが精神の自由の本質なのかもしれない。それは生産的でも建設的でもないが、好きに振る舞うということは、案外そんなものなのかもしれない。逆に、見返りや成果を是が非でも求める時、それが何であれ人間の精神は自由たり得ない。結果に頓着しない時、人は何者にも囚われることなく為し語り、在り続けられるのかもしれない。