壺中有天

弁ぜんと欲し 已に言を忘る

禿筆を呵す

 文章を書く機会が割りとある生活をしているが、それによって得られる評価が芳しくない。結局それは、俺には文才だの文章力だのといったものが、全くないという事実を、ただただ浮き彫りにさせるだけのことだった。そんなことを延々と続けているのは、マゾヒスティックな行為のように、近ごろは思えてきた。どんな駄文を精算するにしても、それは時間と労力を費やす。

 

土曜日の恒例

 文章教室に行くことを、既に億劫に感じている。正直に言えば、その学校に金を払ったことを心底、後悔せざるを得ない。転職活動が上手くいっていなかった頃、一体何の因果で、その学校の広告を目の当たりにしてしまったのだろうか。成功する望みが全くない転職活動から逃避するための言い訳に、俺は例の学校に入学することを利用したのだと今になって思う。

 今からでも辞めてしまいたいとさえ思う。いま辞めれば、残りの講義分の受講料は返還される仕組みになっている。それをすれば、幾らかの金は戻ってくるだろう。しかし、戻ってくるとしてもそれは、本当に幾ばくかの金でしかない。せいぜい数万円であろう。今更そんな程度の金が戻ってきたところで、果たしてそれが俺にとって何になるというのだろうか。

 学校を辞めればまた酒浸りだろう。学校に通う前から断酒というか節酒はしていたが、学校に通ったり課題を出したりするために、意識手に酒を控えていたところはあった。仮にそれがなくなれば、飲酒を阻む要素が俺に生活からなくなってしまい、それによって何が起こるかは明らかだ。俺は労働に割く時間以外の全てを飲酒に費やしてしまうような男なのだ。

 脳が萎縮し、肝臓が硬化しても、俺は酒を控えられない。成人してから約7年に渡り、俺は一日もかかさずに酒を呷ってきた。それを辞めるためのキッカケとして、例の学校が少なからず役立ったところはある。その一点だけでも、俺がその学校に通い続ける理由にはなろう。しかし俺は、心情としてはその学校にはやはり行きたくなく、年甲斐もなく登校拒否の反応を起こしている次第である。

 文章について学ぶとは、そもそも一体何なのか。日本語の読み書きなど、小学校や中学校で習ったはずのことだ。そんなことについて、いい歳をしてわざわざ金を払って学びに行くなど、改めて考えてみれば愚かしい。話の作り方のコツやシナリオの書き方といったことについても一応、講義でやりはする。しかしそんなものについて学習しようと思えば、独学で十二分に足るだろう。

 文芸という分野に限って言うなら、他人に教えを請う時点で見込みがないように思える。通っている自分で言うのも何だが、そういう学校に金を払っているという事実が既に、そういう世界への適性の無さを物語っている。最早、学校に払った金が無駄にならないように、無意味な徒労を積み重ねているだけだ。酒を断つための口実くらいの意味合いとしてしか、学校が意味をなしていない。

 しかし、それで十分なのかもしれない。何もせず、ただ労働と消費だけを繰り返し、馬齢を重ねていくよりは、文章教室でもなんでも、何かをやっている方が精神的にまだ健康でいられるかもしれないのだ。週末の貴重な時間を費やしてでも、何もしないよりはマシだろう。講義を受けるだけでなく、課題をこなしたり何かに応募しようとする度に、少なくとも労働以外で「やること」が生じるのは、俺にとっては却って救いなのかもしれないと、最近は思うようになった。

叶わぬ夢に

 作家と言うか、文筆で生計を立てることは子供の頃からの夢だった。単に雇われて働くのが嫌なだけだったが。何となく漠然と、自由で気楽なイメージがあったから、子供の頃の俺は愚かにもそんな身分を夢見たものだ。結局そんなものには到底なれず、俺は社会的に最底辺の仕事に就くしかなかった。職を転々とし、無意味に年齢だけを重ねて人生に行き詰まり、藁をもつかむ思いで例の学校に、と言うのは少し大げさか。

 基本的に文才なりストーリーテラーとしての資質があるような人間は文章の学校()などには行かない。よってそんなところは所詮、低レベルな人間の集まりでしかない。だが、そんな集団の中にあっても、俺は頭角を現すことができなかった。もしかしたら、その学校の同期生の中において、俺の能力は下の下かもしれないという懸念が、今日の講義を受けながら頭をよぎった。

 俺よりも優れた人間を目の当たりにしたくないから、俺はもう学校に行きたくない。具体的な行動を何一つせず、家の中に引きこもっていれば、自分の力がどれくらいか知ることはない。己の才覚や資質を未知数のままにしておける。俺は若い時分から、他人に無理強いさせられたこと以外で、何かに全力で臨むことはなかった。全力を出さないから、俺は己の能力の実相を知る機会もなかった。

 いや、実際は知りたくなかったのだ。自分の限界や可能性を未知数のままにしておけば、ガチればヒトカドのものになれた、という幻想に縋りながら生きられる。それはある種の処世の術で、俺はこれまでずっとそれによって生きながらえてきた。そして10代や20代の時間を無駄にしてきた。自分について知ることを俺は恐れ、必死で避けてきたと言っていい。

 学校に行き、何かを書かざるを得なければ、己の力量について知らぬ存ぜぬでは居られない。だから俺は学校をいつしか、嫌なものだと思うようになった。別にそこに通ったところで、人格や能力を批判されるわけではないが、他人との比較により優劣が決定させられてしまうから、結果的に俺の精神は打撃を被ることになる。家の中にいて、安酒を飲みながら休日を過ごすなら、そんな目には遭わずに済むものを。

 家の中というのはそういう意味でも絶対安全な場所だと言える。他人と関わらなければ、己自身についても知らずに済む。だから俺は労働以外の全ての時間をこれまでずっと家の中で過ごしてきた。俺は他人と関わることが苦手で、社交的ではなかったが、他人以上に、自分自身から遠ざかりたかった。己の容姿や能力、可能性といったものの全ては、孤独が覆い隠し、誤魔化した。

 一人でいる限り、俺は己を知らず精神は絶対に安全だった。心を掻き乱されることを、俺は何よりも恐れ、忌避した。自分の気持ちを損なわないよう、どんな局面においても俺は、最新の注意を払って生きてきた。その生き方の結果として、現在の生活があるのだ。俺のこれまでの集大成が、他ならぬ目下の暮らしであり、それは形而下に具現化した己の精神性そのものであると見ていいだろう。この惨めで貧しく、虚しい生活こそ。

 

 それに対して然り、と言えるなら何も問題はない。朝から晩まで他人に扱き使われ、少ない稼ぎから税金や年金と生活費を捻出し、辛うじてホームレスにならない程度の、そんな暮らしが。下層社会の、そのまた最底辺に位置し、にくい人間に頭を下げながらギリギリの生活を営む人生に。それを嫌だと言うのなら、そんな生活に甘んじてきた自分自身に刃を向けることになる。

 転職しようだの文章の学校に通おうだのといった行為は、まさしくそれであった。社会的に最底辺の貧苦を極めた暮らしに耐えかね俺は、それらに及ぼうとしたのだ。それは俺がそれまでに送ってきた人生の全てへの否定に他ならなかった。それに満足し、納得できさえすれば、それで何もかも丸く収まったものを。今にして思えば、何が不満だったのか、自分でも良く分からない。

 他人に使役されるだけでドブに捨てるしかない、己の人生に嫌気が差したのかもしれない。多少面倒で、嫌な思いをするとしても、労働以外の何かにかかずらう機会を、俺は求めたのかもしれなかった。それなら、学校絡みで嫌な思いをしたとしても望むところなのかもしれない。別の言い方をするなら、俺は余計な苦労を生活の中に、あえて加えたかったのかもしれない。

 そうしなければならないほどに、俺は行き詰まっていた。俺が日々やっているのは、きつくて割に合わないだけの辛い労働だけだ。これから先、一切なんの展望もなく、無駄に老け込んでいくだけの人生など、俺には耐えられなかった。また、耐えたところで何がどうなるわけでもなかった。どうしようもないことではあっても、俺はそれに釈然としなかった。

 会社で真っ当な賃金が支払われ、仕事にやりがいがあり楽しいものであったなら、そんなことは望まなかっただろう。人生の殆どの時間を割かざるをえない労働に対して、俺はどうしても好きになれなかった。たったそれだけが、俺にとっては大問題だった。結局、給料は安く、拘束時間は長く、職場の内外の人間は嫌で、粗末な飯を食い、あとはひたすら眠るだけの人生を、俺は肯定できなかった。

 ただ単に、それはつまらなかった。糞面白くもない人生から僅かでも遠ざかりたかったから、俺は「作家を目指せる」などといったバカ丸出しの広告に関心を持ってしまった。俺はどんな局面においても、理性的であろうとするタチであるため、そんな惹句に釣られたのは正気を失ったからではない。俺は理知的に考えた上で、死に金をその学校を運営してる団体に投じたのだ。

 学校に支払った金の元が取れなくても一向に構わなかった。作家になれなくても、文章を作った結果、恥をかいたり嫌な思いをしたとしても、全く何の問題もなかった。俺はただ、生活を維持するために従事させられる労働、プラクティカルな行為の一切と、縁を切れるだけ十分だった。それは趣味ではなく、飽くまで夢を追っているという設定でなければならなかったのだ。

 そういう体(てい)で何かをやっている、一時の僅かな間だけであっても、俺は労働者でない何かでありたかった。労働とは俺にとってどんな場合においても忌み嫌い、憎むべき卑しい行為だった。15歳で働きに出されてから、俺は様々な仕事をしてきたが、そのどれもが呪わしいものだった。それとは全く地続きでない、荒唐無稽な夢とそれに則った行動によって、俺は精神的でも救われたかったのかもしれない。

生きる意味を

 嫌な思いをしたくないと、俺はどんなことにも消極的だった。そのせいで、何も成さず好ましいと思える人間には一人も会うことなく歳だけを取った。その結果、俺は憎むべき者どもに使役されるだけの、卑しい労働者になった。全てから、そしてなによりも己自身から遠ざかろうと試みた結果として、いまの暮らしとこの人生があるのだ。それは言うまでもなく当然の帰結でしかなかった。

 ところが俺はそれを嫌だと思った。孤独、窮乏、そして虚無と絶望に耐えかね、何の実もないような学校に通うような醜態を晒したのだ。これがもし他人事だったら、俺は腹の底からあざ笑ったに違いない。ところがどっこい、これは自分の生活の開陳なのだから、笑い事では済まされない。要するに、底辺労働者としての人生に耐えかねて、叶わない夢を追い続けたいという。

 自分が低賃金労働者でしかないという現実。それから少しでも遠ざかるために、遅ればせながら俺は、色々と習ったり作ったりしている。それはハタから見れば滑稽この上ないかもしれない。だが、それらに従事していなかったら、俺は単に他人に時間や労力といった、労働力を搾取されるだけの存在でしかない。それであることは我慢するとしても、それ以外の何者でもないとしたら、それは俺にとっては面白くない。

 酒を飲んで憂さを晴らせるなら、その方がいい。しかし、俺の体は毎日アルコールを摂取できる状態では最早ない。酒代の問題も一応はあるが、それ以上に酒浸りになれるほど俺の肝臓や脳は丈夫ではなかった。これは俺にとって極めて不幸なことであったと思う。酒を飲むだけで苦しい労働や虚しい人生を忘れられるなら、これほど良いことはないものを。

 例の学校が終わると俺はいったん帰宅し、国会図書館に行く。そこで色々と本を読み、週末における残りの午後を過ごすのだが、帰る道中で酒屋がどうしても視界に入る。半蔵門駅前通りから麹町大通りに入る交差点で、右を見ればすぐそこに、かつて足繁く通っていた酒のやまや麹町店が見える。酒の味はいつまでも忘れられず、その気になりさえすればいつでも買って飲めるという状況だ。

 家にいられる時間の全てを、酩酊の中で過ごせるなら、存分に飲めるだろう。しかし今日、学校で出された課題が俺にはかなり厄介な代物であったことを思い出す。酒を飲んで酔っ払っている場合ではないと俺は思い直し、酒屋に背を向けて麹町大通りを四谷に向かって歩いていくのであった。一歩一歩、歩みを進めながらも俺は後悔の念を拭い去れないが、それでも俺はこの週末をシラフで過ごすことにした。

 アルコールによって前後不覚になることで、安寧を得るより俺は、何の得にもならず誰も褒めてくれないようなことに取り組む方を選んだ。惰性の安息の中で苦しい労働を忘れるか、荒唐無稽な夢物語に縋るか、どちらかしか選べないのなら、俺は後者を選ぶ。それが正しいかどうかなどは、最早問題ではなかった。