壺中有天

弁ぜんと欲し 已に言を忘る

只管惰眠

 眠りたい、今はただそれだけだ。人生においては何かをどれだけ得なければならないだとか、少しでも多くの快楽を経験しなければならないだとか、もしくは社会的な体面を取り繕うためのステータスとなる何かを身に付けなければならないといった、種々の欲求や強迫観念といったものに、俺はハナから無縁であった。それについて感得するためだけに、俺はずいぶん長い時間を費やしたものだ。

悪夢から醒め

 俺は何かがしたいのだと、ずっと思ってきた。そしてそれができないから、俺の人生は惨めで不本意なのだと、ずっと思い込んできた。しかし、それは単なる浅はかな迷妄に過ぎなかったのだと、最近になってようやく俺は気づき始めた。一体なにに、自分が躍起になり、焦りに駆られていたのかだろうかと、我ながら不思議で仕方がない。一抹の虚しさはあっても。

 通えば作家が目指せるなどという、バカ丸出しの学校に通っているのも、今となってはただただ恥ずかしい。そんなスクールを運営している邪悪な団体に大金を献上した俺の愚かさを呪いたくなる。結局、俺はその学校のような体裁をした、カルチャースクールに毛が生えたような場所で、一体何を学んだというのか。何を得たというのか。それについては細かく述べることは差し控える。

 俺はモノを書くことが好きだと思っていた。そう思い込んでおり、そう思いたかった、そういうことにしておきたかった。だが、現実にはそうではなかった。得意で、好きで、人生を賭し全身全霊で打ち込めるような何かが、己の生涯において一つはあってほしかった。そしてそれは、書くことに他ならないのだと俺は長い間、考えて来たと言うか自分に言い聞かせて生きてきた。

 そうでもなければ、小説やシナリオ、エッセイなどといった文章の書き方について、どこぞの馬の骨とも知れない人間に教えを請うようなスクールに通おうなどと、一体どうして思うだろうか。実際は、先に触れたように俺は文章を作るのが好きではなく、また得意でもなかった。とてもではないが、小説だろうがシナリオだろうな、それ以外の形式の何かであろうが、何にせよ書くことを仕事に結びつけるなど絶対に叶わないと、ようやく分かった。

 そもそも、それを実現させようなどと、俺は本気で望んでいたのではなかった。子供の頃から俺は社会不適合者で、働きに出れば無用かつ余計な苦労を被り、辛酸を嘗めさせられるのは目に見えていた。そんな俺が内心においては作家業と言うかモノ書きを志し、人知れず夢見てきたのは、言うまでもなく現実逃避以外の何物でもなかった。大学生になってからも俺は、文芸にはカスリもしないような学部や学科に進みながらも、文章で食っていきたいと延々、夢想してきた。

 結局それは夢のまま終わり、俺は働かざるをえない年齢に達してしまった。そして俺はこの国における最底辺の職場を転々とし、無意味に馬齢を重ねた挙句、いつしか後戻りできなくなった。第二新卒も逃し、人並みの人生を送ることさえ能わない身分に出した俺は、不本意で割に合わない仕事にしがみつき、糊口を凌ぐ日々を余儀なくされた。そんな暮らしぶりの中で、遠い昔から抱いていた夢が、現実逃避のための逃げ口上が、不幸にも胸中から湧き上がってきてしまった。

 その結果として俺は、30万円近い金を夢を騙る怪しげな団体が運営しているスクールに支払う暴挙に出た。別に脅されたわけでもなければ、騙されたわけでもなく俺は、自らの意志で、それほどの大枚を赤の他人にくれてやった。今年の2月の終わり頃だったと記憶している。ちょうどブログを更新する習慣を自らに課したのも、それくらいの頃だった。それについてはいくら後悔してもし足りない。結局俺は、己の身の上や半生、そして将来に嫌気が差し、何度も述べるように現実逃避したかっただけで、ただそれだけのために金を溝に捨てたのだから。

 

熱も冷め

 金も惜しいのは当然だが、時間もまた然りである。学校があるのは毎週土曜日で、言うまでもなく貴重な週末の一時だ。そんな時間を、家で寛ぐでもなく街なかに遊びに行くでもなく、例の学校に通うのだから我ながら惨めというか無様というか。別にもう辞めてもいいのだか、そうなるとこれまで通っていた時間や労力が全て無駄になってしまうから、それを思えば最早、引くに引けない。

 学校は、1年間通い続ければ上級のクラスに上がれ、それ以降はより専門的なことをやるらしい。取り敢えず1年通わなければ次のステップに進めないという仕組みになっている。次など別にどうでもいいから、早々と辞めてしまうという道は当然あるが、そうしたところで、いまの俺に一体どんな道が残されているというのだろうか。別に書くことが好きでない、かと言って辞めたら何も残らない。

 通うだけなら、そこまでの苦はない。更に言えば、週末に別段これといった用事が有るわけでもない。あるとしたら国会図書館に赴いてそこの蔵書を漁るくらいだろうか。しかし、そんなことを始めたキッカケが例の学校なのだから、そこを辞めればわざわざ図書館に通う理由も待たなくなる。加えて、週末には国会図書館だが日曜は都立図書館に行くし、毎週千代田区と新宿区の図書館にそれぞれ、交互に行き書籍を借りる習慣があるのだが、それも学校に行っているからこそ身に付いた習慣である。

 学校を辞めれば、それらの全てを俺はしなくなるだろう。そうなった時に、俺に何が残るというのだろう。言うまでもなく、本当に何もなくなる。そう思えば、金を払って週末にせいぜい90分程度、作家志望という形で講義を受けることが、それほどまでに害悪で時間の無駄だとも思えない。学校に通うまで、俺はアル中で酒浸りだったから、学校をはじめとした習慣が全てなくなれば、どうなるかは火を見るより明らかだろう。

 一度、本格的に酒で見を危険に晒したことがある。精神は完全にアルコールを欲しているにも関わらず、内蔵をはじめとした身体が、一滴も酒を受け付けなくなった。そこから俺は完全に断酒を余儀なくされたのだが、当時は経済的に困窮しており医者にも行けず薬も買えなかった。そんな状況においては仕事もままならず、経済的に破滅する一歩手前まで追いやられたのだが、今でも酒は時おり飲みたくなる。

 飲みたくなると言っても、翌日が休みの日だけ、数カ月に一度くらいの頻度で、今は飲む程度だ。現在は節度を保っていられるが、それが可能なのも講義に備えたり課題の提出などのために時間を確保し、それらに加えて本を読んだり調べ物をしたりなどといった、必要に迫られてのことだ。それらの全てがなくなれば、俺は恐らく再び酒に溺れてしまう。それを潔しとしないなら、何らかの用事は作っておいた方がいい。

 

 結局、学校云々に関しては、作家になるだの目指すだのということは度外視して考えるべきだろう。それのためにモチベーションを維持する気力も意志も最早、俺には存しない。結局のところ、暮らしを成り立たせ人間的な必要最低限の生活を維持する手段としての労働と地続きでない作業に従事するための、キッカケづくりの場として文章教室を捉えれば、俺は途中でそれを辞めることもなく、また酒を控え続けることができるだろう。

 作家になるだの、それを目指すだのといった、目標や夢を設定することが、荒唐無稽の現実逃避でしかないということを、俺は子供の頃から承知ではいた。書くことを生甲斐とし、人生における第一義として生を全うすることなど、俺にはとてもできない。俺はそこまで文章について情熱もなければ、達者でもない。また、将来的に書くことがそこまで好きになるとも思えない。

 他人よりは、作文や詩が得意だった覚えはある。しかしそれが、何らの収入に結び付き、それが仕事となり労働から解放されるための糸口たり得るかは、全く別の、次元が異なる話であろう。大体、その得意だの何だのというのは、全く普段から読みも書きもしないような手合いと比較し、母国語の文章の巧拙という一点に限り、それらに僅かばかり秀でているという、せいぜいそんな程度の話でしかないのだ。

 そんなものは所詮、だから何? で終わる。他人よりも巧いかどうかよりも、それが本当に好きかどうかを、俺は考えるべきだった。そして遅ればせながらそれについて一考した結果として、俺は大してそれについて思い入れも無ければ愛着もない、という結論に至ったのだった。

 寝食を惜しんで、文章を書きたいか。表現したいことや誰かに伝えたい何かが、湯水のごとく溢れ出して、止まらないだろうか。そんなことはこれまで一切なかった。公募にしろ学校の課題にしろ、このブログのような場でも、文章教室に通うことを決めてから俺は、相当大量の文章を作ってきた。しかし、俺は本物の文才を備えた人間には太刀打ちできなかったし、それを目の当たりにして、奮起してどうにか腕を磨こうなどという殊勝さも芽生えはしなかった。

 とどのつまり、俺は言葉というものがそれほど好きではなかった。工場や倉庫で働いたり、販売や接客、清掃業などをして賃金を稼ぐようなことに比べれば、自宅に篭って駄文を書き連ねる方が楽で、心身の消耗が少なくて済むという、単にそれだけのことでしかなかった。しかし、その道における本当の苦労とでも呼べるようなものに、僅かでも直面したときに俺は、書くという行為にさえも怖気づき、また嫌気が差してしまう。そんな自分の本性を俺は、クダンの学校を通して思い知った。

 今、俺はただ眠りたい。働くことも嫌だし、己の人生を遡れば学校に行ったり習い事をしたりして勉強をすることさえ億劫だった。学ぶことも稼ぐことも、俺には全く興味がなく、実のところ俺は、ただただ眠りたかったのかもしれない。遊びにさえ俺は、興味や関心を示せない。アウトドアはもちろんのこと、繁華な街に出て遊ぶことさえ、俺には楽しくない。一人で居ても他人と居ても、何処でどんなことに興じようとしていたとしても、俺は腹の底ではまるで気乗りせず、心もまた躍らなかった。

 

よく眠れ

 アルコール依存症から脱しなければならない段に、もっと辛かったのは不眠であった。内蔵が正常に機能しなくなり、自律神経が失調した。それによる健康にまつわる被害は数多くあったが、眠れないことに比べれば、それらのどれもは大したことはなかった。心臓が止まりかけもしたが、それさえも不眠よりは苦しみが少なかった。疲れ切り、どれほど休みたくてもそれが出来ないという苦しみ。

 単に睡眠が取れないのではなく、横になり目を閉じることさえ能わない。そうしようとし、実際にそうすると数秒もすれば不安感や焦燥感を覚え、居たたまれなくなる。そのため俺は、2週間ほど一睡もできなかった。それは地獄のような苦しみだった。この先、二度と安眠できないのではないかと思うと、俺は自殺衝動に駆られた。困憊しているにも関わらず、眠るどころか目を閉じて休むことさえままならないことへの絶望。

 幸いそれも一時のことで、俺は再び眠れる夜を取り戻した。眠れないことで俺は、文字通り死ぬほどの苦しみを味わったが、文章に関してはそれに類する目には遭っていない。つまり、書けない苦しみとでも呼べるようなものを、俺は一度たりとも感じることはなかった。今日は一文字も文章が書けなかったと、気に病んだり苦しんだりは全くしなかった。むしろ、書かずに晩を寝て過ごすようなことがあれば、その方がグッスリできて、却っていいくらいだった。

 遊べなくても、飲み食いが出来なくても、快適な環境でよく眠ることさえできれば、ただそれだけで俺には十分なのだと、この歳になって実感する。何も成せなくても、寂しさや貧しさの只中にあっても、安眠・快眠さえ確保できれば、それだけで俺は何も言うことがないのだ。ましてや書くことなど、あるはずがない。だから俺はここ数日はブログの更新さえ怠った。そしてそれは俺を苦しめなかった。

 職場に拘束され、楽しくもやりがいもない、辛く苦しいだけの労働に従事させられることにさえ、安楽に眠れる夜の為になら、喜んで「然り」と言える。苦役と薄給、孤独と屈辱、悲哀や寂寥などといったものを、どれほど被ったとしても、その先に安らかな眠りが間違いなく有り、それに浴せられるなら、俺は前出の一切合財を耐え忍び、また肯定できる。

 俺は常々、卑しい労働や下らない習い事に従事し、金を稼いだり或いはそれを惜しんだりしている。そんな諸々の先に何があるのかと、時おり俺は自問し、それに納得の行く答えが見い出せず一人で勝手に悩み苦しんだ。しかし、結局のところそれはなんという愚問だろう。労働も勉強も、金儲けも節制も、或いは出費や奢侈といった類いのものでさえ、快く眠るための過程だと見なせば、人生とはナント有意義な時間だろうか。辛く苦しく、理不尽で不条理で、報われないあらゆる出来事や事象に対しても、それらを乗り越えればいい感じに疲れてよく寝られるくらいに考え、せいぜい臨めば十分だ。